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幕間 滑稽(こっけい)なお話

花守を全員揃えたくてつい書いてしまいました。最後に登場したのは木の性質を持つ木臣もくおみ。花守には嵐下七忍らんかしちにんほどの和やかさはありません。全員が仲良し、という訳ではないので。ちなみに若雪が病になるより前のお話です。

幕間 滑稽(こっけい)なお話


 堺の町中を、被衣(かづき)で頭を覆い、ゆるりとした足取りで歩く女がいた。

 身に着けた物の上等なこと、被衣から垣間見える面立ちの麗しい気配などから、彼女は道行く男たちの視線を浴びていた。加えて通り過ぎる時に薫る、何とも甘い芳香。

 その香りに酔いでもしたかのように、男の一人が、ふらりと声をかける。

「なあ、そこのお姫さん、どこ行くんや?お供したろか?」

 その言葉に、女は緩やかな歩みをそっと止めた。

 ゆっくりとした動作で、被衣から顔を男に向けて覗かせる。

 そして、大輪の花が咲きほころぶような、満面の笑みを浮かべた。ゆっくりと開かれる唇は、椿の花弁のように色づいている。

「まあ、親切なお方でいらっしゃる。けれど、案内はよろしくてよ」

 男は想像していた以上の彼女の美貌と、邪気の無い笑み、そしてこれ以上無い程に甘い、耳をくすぐるような声と香りに陶然となり、それ以上の言葉がかけられなかった。

 彼女はもう一度、男に対してにっこり微笑むと、変わらないゆったりとした足取りでその場をあとにした。

 女の髪が、肩までふわふわと波打つ、淡い若草色という異相であったことに男が思い至ったのは、もう彼女の姿が見えなくなってからのことだった。


木臣(もくおみ)

 そのまま堺の町中を歩き続けていた女は、低い声で名を呼ばれ、きょとんとした。

 振り返った場所には、鋭利な刃を思わせる風貌の男が腕を組み、渋い顔をして立っていた。

 上衣も黒なら袴も黒、全身が黒い出で立ちである。人の注目を浴びずに済んでいるのは、自身が気配を消してそう仕向けているからだ。

 そうした手間や思慮さえ惜しみ、目立ち放題の木臣の在り様に、男は少なからず腹を立てていた。

「あ、あらやだ。黒臣。あなたも降りてらっしゃったの?珍しいこともあるものだわ」

 多少の狼狽(うろた)えと共に、被衣を取り払いながらそんな言葉を木臣は発した。

 相変わらず甘ったるい声と匂いの女だ、と黒臣は突き放すような嫌悪感と共に思った。

 その甘さは、木臣自身の取る行動への苛立ちと相まって、黒臣の神経を一層苛立たせる。

 本来なら土の性質である黒臣は、木の性質である木臣には敵わないものなのだが、黒臣の口から出て来るのはまるで遠慮の無い言葉だった。

「何を言うか。お前を連れ戻しに来たのだ。こんなところで、一体何をしている。…人の世は、我々が軽々しく降りて良いところではない。水臣のような勝手を、お前までがするのか、木臣?」

 責める響きの声に対して、木臣はつんとして答えた。

 柔らかな、若草の髪がふわりと揺れる。反論もまた甘い声だった。

「たまには息抜きも必要だわ。神だとて。それに私は、明臣の、同胞の願いを叶えてあげたいのよ。それはもちろん、雪の御方様を直に見てみたいと思ったことも否定はしないけれど」

 黒臣が苛立ち紛れの息を吐く。解らない女め、と言わんばかりだ。

「堺の町を歩き回れば、富という娘の転生者に逢えるとでも?――――明臣のことなら、奴自身にさせておけ。俺とてあれに哀れを感じないではない。しかし言うまでもないことだが、花守の勤めは同胞の色恋を手助けするものではない。雪の御方様にも関わるな。今後の展開に障りがあってはまずい。さあ、今日はもう、このまま帰るぞ。――――――全く、お前たちは好き勝手な行動ばかり。よくもまあ、そう、律から自由でいられるものだな。俺から言わせれば、いっそ感心する程に無秩序だ」

「好き勝手の仕方も解らない石頭のあなたに、言われたくはないわ。――――――あなた、女性相手の喋り方というものをもう少し覚えたが良いんじゃなくて?きつい物言いは水臣に対してだけになさいな」

 小首を傾げて呆れた顔をする木臣を、黒臣は少しも意に介さなかった。

 しかし、次に木臣が目を見開いた先にあるものを見て、彼も僅かに息を呑んだ。


 そこには、どこかに遣いにでも行くのか、黒漆塗りの文箱を抱えた小袖姿の若雪がいた。

 目くらましに加え距離もある為、異相の二人には気付かず、そのまま通り過ぎる。

 そして彼女の傍らには、その護衛のように嵐が共に並び、歩いていた。

 嵐と若雪は、時折何やら言葉を交わしながら、大小路通りを北荘の方向へと歩いて行った。


「………満足か、木臣?」

 彼らを見送ったあと、二人の花守に訪れた沈黙を黒臣が破った。

 木臣は、黒臣の問いに何も答えず、それまでとは打って変わって静かになり、感情の読み取りにくい表情をしていた。

 畏敬のような、憐れみのような、焦燥のような。

「……吹雪は」

 一言呟くように言った木臣を、黒臣が見遣る。

「吹雪は、成るのかしら。……成ってしまうのかしらね」

(愚問だ)

 黒臣は、確認するまでもなく、それを防ぐのが自分たちの役目だと思った。

 だから木臣の問いに対しては何の返答もしなかった。

「ひとまず気は済んだだろう。行くぞ」

「ええ……」

 急に素直になった木臣は、黒臣に促されるまま、神界への帰途に就いた。

(私たちだけではない。数多の神々が、彼らの動きに、一挙手一投足に注目している。いいえ。怯えているーーーーーーー他ならぬ、神が)

滑稽(こっけい)なお話…」

クスリと笑った甘い声の囁きに、黒臣が怪訝そうに振り返った。

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