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幕間 火の記憶

花守の一人、明臣の物語です。初登場・金臣かなおみも出てきます。花守は全員で五人で、金臣もその一人です。花守の説明はちらりと水臣の口から出ましたが、理の姫の守護役のようなものです。

幕間 火の記憶


 ポチャン、と明臣の投げた石は湖の中に姿を消した。

 丸い輪を、いくつも生じさせる波紋を残して。

 先程から明臣は同じ動作を時折思い出したように繰り返していた。

定行(さだゆき)様。お帰りをお待ちしております)

 そう言って、かつて自分を送り出してくれた人がいた。

 愛らしい、優しい笑顔の人。

 ポチャン、とまた一つ投げる。

 ――――――――二度と会うことは叶わなかった。

(大変だ、定行。富どのが―――――富どのが)

 明臣は小石を持った手を握り締め、目を閉じた。

「あまり投げ過ぎては水臣の不興を買おう。程々にしておけ」

 女にしてはやや低めのその美声に左を見遣ると、すらりとした長身の美女が腕を組んで立っていた。

金臣(かなおみ)…。いつからそこに?」

 黄金に波打つ長い髪を後頭部で一つに束ねた、どこか凛々しい印象を見る者に与える美女は、少し考えてから言った。

「多分、明臣が三つめの石を放るところあたりから。いや、四つめだったかな?水音が、聴こえたので」

「そう……」

「人の恋とは苦しいものなのだな。…いや、人に限ったことでもないか」

「え?」

 不意に同情するような声音で言われ、明臣が訊き返す。

「富とやらのことを、また考えていたのだろう?我らにとってさえ、人の転生を把握するのは難儀なことゆえな。……理の姫様も、お心を砕いておられる」

「…………」

 知っていた。

 明臣は、理の姫が富の転生後の行方を、時々自分に察せられないように捜していることに気付いていた。

 気付いていて、何も言わなかった。

 もういいからやめてくれ、と言えなかった。

「僕のこと責めるかい、金臣?」

 ふっと美女が笑った。

「いいや?目に余るようなら、水臣が姫様を止めよう。それまでは、姫様が明臣の為になさりたい、と思うことをされれば良い。―――――私も、目に余ると感じたなら姫様をお止めする。姫様御自身を損なう程のものならば、そこは譲れぬ一線ゆえに」

「……僕はただ、もう一度会いたいだけなんだよ、金臣」

「ああ。それは花守の誰もが知っている―――――――――」

 子供をあやすような口調で金臣が頷いた。

 明臣は湖面にじっと眼を据えた。

「…晴れた朝だった。出陣に相応しい。男たちは皆が自治を守る戦の為に高揚していた。そんな中で、不安が無い訳でも無いだろうに、富は僕の前では笑顔しか見せなかった。…帰れば、祝言を挙げる筈だったんだ。そうして、花のような笑顔で見送られて―――――――それっきり」

(定行様。どうか御無事で――――――)

 しばらく黙ってから、金臣もまた湖面を見ながら言った。

「……神界の湖水は澄んでいるな。澄んでいながらにして寛容だ。誰ぞの涙の一粒や二粒、混じり入ったところで知れるものではあるまい。私は摂理の壁のもとに戻る。明臣は、今しばらくここで湖を見ていると良い」

 そう言い置いて金臣が去り、初めて明臣は自分が泣きたい思いであることに気付いた。

 金臣の、思い遣りだった。

 しかし明臣は涙を落とすことなく、新たな石を手に取ると、高々とそれを湖に向かって放り投げた。

(見つけてみせる。どれだけ時がかかっても、必ず)

 石はそれまでで最も大きな放物線を描くと、明臣のいる湖のほとりからはだいぶ離れた湖水の中に、音も無く吸い込まれていった。


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