蒼の花園
死竜ジャガーノート――それは、冥府系ダンジョン【不破の墓所】の主にして、不破の墓所が完全攻略困難といわれる最大の要因。
通常攻撃を完全無効化する不死属性と強固な魔法耐性を持つ竜属性に加え、不死族の弱点である聖属性を完全無効化する聖鎧を纏っているという規格外。
強固で巨大な体躯から繰り出される攻撃すべてが物理系最上級であり、竜族特有のブレス系攻撃は広範囲属性系最上級。
間違いなく、攻守共に世界でも最強クラスの化物である。
ボス系不死族や竜族の討伐クエストは、ギルドの格付けでは最低でもAランクオーバーの上級クエストに指定される。
その中でも最上位に位置する不死・竜属性持ちのジャガーノートを打ち倒すことなど不可能とされていた。
回復魔法以外でダメージを与えられない不死竜を倒そうと思うのならば世界中から最上級の回復魔法の使い手を集めなくてはならない。
それはつまり、事実上の攻略不可といえるのだが――。
[ジャガーノート HP-500000+500000/-500000]
規格外の単体完全回復魔法を魔力消費なしで行使できる俺が存在する時点で、単体で出現する不死属性持ちは一撃である。
場所は、交易都市アトロス。
完全攻略不可と言われたダンジョンを攻略した俺たちは、無事にこの世界のヒト族が普通に生活する場所へと戻ることができた。
アトロスには、アロイド地域で最も大きな冒険者ギルドである『蒼の花園』がある。
街の最南端に聳える巨大な青い館『蒼の花園』。
「いぃ~やっほぉぅ! 特別報奨! AAランク昇格! 今日から俺らも『蒼』の称号持ちだぜ!」
喜色満面で奇声を発して小躍りを始めるバズを尻目にメイルがギルド内に満ちるざわめきを散らすように受付嬢へ仄暗い輝きを放つ宝玉を出す。
ちなみにこの場にアカネとユリシカは居ない。
限界ギリギリの空腹状態だったユリシカを正常に戻すべく、『早い安い大きい』が売りのモンスター肉専門の大規模食堂に放り込んできたからである。
アカネはユリシカのお守役だった。
「【不破の墓所】の魔核だ。攻略の承認をしてくれ」
差し出された宝玉とメイルの宣言に受付ホールにいた者たちのざわめきが先ほどよりも大きくなって戻る。
メイルから宝玉――ダンジョン完全攻略の証であるダンジョンそのものと言われる『魔核』――を受付嬢が震える手で受け取る。
「た、確かに……承りました。少々お待ちください」
メイルから魔核を受け取った受付嬢は、カウンターの奥に並べられている鑑定用の魔法装置に魔核をセットする。
すると魔核内から不破の墓所の主である死竜ジャガーノートの幻影が投影された。
『あ、あれが……【不破の墓所】の主!』
攻略不可の代名詞とされた【不破の墓所】に巣食う災厄の姿にホール内に居合わせた他の職員や冒険者たちが揃って驚愕の表情を見せる。
ジャガーノートの幻影の他にも【不破の墓所】の詳細な内部情報や生息モンスターなどが投影されていた。
それらに驚愕と畏怖を示しながら受付嬢は、複写式の書類を作成し、そのうちの一枚を以ってメイルの前に戻ってくる。
「お、お待たせしました」
まだ震えが治まらないらしく、震えた手先と声で決められた手続きを進める。
「照合の結果、【不破の墓所】の魔核であることを『蒼の花園』ギルドマスターであるジェリル・カイライの名の下に「待て! コルナリーナ」――マ、マスター!?」
通常の手続きに従って受付嬢コルナリーナさん?がダンジョン攻略の承認を行おうとしたところで上階より強めの声で制止が掛けられた。
その声に引かれ、ホールに居た者たちが俺も含めて声の主に視線を向ける。
「【不破の墓所】は確かにランク外指定のダンジョンだが、その攻略難易度は間違いなくSランクオーバー。攻略承認は私が直接行うのが良いだろう」
「あ、はい! 申し訳ありませんでした、マスター!」
慌てて謝る受付嬢のコルナリーナに構わないと手で示し、悠然とした歩みで階段を降りてきたのは、ギルド名に相応しい美しい蒼髪と大きな角を頭部に持つ外見的に十代前半くらいの男の子だった。
見た目からして明らかに人間じゃないのがわかる。
ジェリル・カイライ/魔術師・ギルドマスター/232歳
[種族]悪魔族・水魔
[技能]槍Lv65 水魔法Lv90
予想通りの人外、ヒト族ですらないのかよ。というか悪魔って何だよ、悪魔って。しかも、232歳!
技能の方もかなり高いな。水魔法Lv90とか、アカネと同ランクの上級魔法の使い手だぞ。
階段を降りてくるジェリルを情報収集の為に凝視していると背後からバズが肩を叩いて囁いてきた。
「びびっただろ? あんなだけどマジでギルマスなんだぜ? 見た目はガキだが、何十年も『蒼の花園』のギルマスやってるらしいぜ。あの角も何の亜人種かわかってねぇうえに年齢不詳で巷じゃ100歳以上なんて噂もあるみたいだぜ」
「そう、なんだ……」
「あら? あんま驚かねえのな?」
「いえ、十分驚いてますよ」
秘密っぽい感じに声を潜めて言うバズだが、おそらく巷に出回っている以上の情報を今し方手にしたばかりなのでバズが求めるようなリアクションを演じることができなかった。
バズと無駄なヒソヒソ話をしている間にジェリルがカウンターに入り、コルナリーナが作成した書類に視線を奔らせると俺たちを見回して営業スマイルを作った。
「それでは改めまして、当ギルドマスターであるジェリル・カイライの名の下に【不破の墓所】完全攻略を承認し、貴方たちを【不破の墓所】の攻略者として登録させていただきます。代表の方は、ギルドカードを提示してください」
ジェリルの言葉にメイルが応じて懐からギルドカードとやらを取り出す。
冒険者ギルドは、完全攻略したダンジョンの魔核を検査し、攻略されたダンジョン情報を得る代わりにそのダンジョンの攻略者を登録する決まりになっているという。
最初にダンジョンを攻略した者たちには、そのダンジョンの所有権が認められ、そのダンジョンを開発して拠点や農地などにしても良いし、魔核を再びダンジョンに戻し、ダンジョンを再生させて修行場や稼ぎ場所とすることもできるのだとか。
もっとも冒険者のほとんどは、所有権をギルドに売り渡すのが通例らしい。
個人でダンジョンのような広大な空間を管理しようとすれば膨大なコストが掛かるのでそれも当然だろう。
魔核を戻されたダンジョンは、通常のモンスターはもとよりボスモンスターも再生するので修行や素材稼ぎなどに利用ができるらしく、所有権を個人で所有していれば、ダンジョンへの入場料を取ることが可能とのこと。
すでに一度攻略され、魔核から情報を引き出しているため、ダンジョン探索は非常に簡単になり、その情報を所有者やギルドから購入すれば、実りの良いダンジョンならばひとつでも経営しておけば、入場料や情報量でかなりの利益を上げられることだろう。
通常のダンジョンであればギルドの受付でダンジョン攻略の承認やその所有権の登録なども可能なようだが、高ランクダンジョンはギルドマスター直々に扱うわけか。
種類によっては、ダンジョンは莫大な利益を生み出す可能性がある。
そういったものを職業的に上長が担当するのは当然のことだろう。
「おや? そちらの方は、冒険者ギルドに所属していないようですね」
メイルからギルドカードを受け取り、パーティーメンバーの名前を何やら魔法式っぽい書類に記入していたジェリルが訝しげに俺へと視線を向けてきた。
「どうやらゲストメンバーのようですが……、このままではダンジョンの所有権が二つに分かれてしまいますがどう為されますか?」
いつの間にか俺は、メイルたちのパーティーのゲストとして登録されていたらしい。
まあ同じパーティーに属していないと受けられないタイプの仕掛けや魔法もあったのかもしれない。
現にダンジョン攻略後、ジャガーノートを倒した俺だけでなく、メイルたちのパーティーも[冥府の鏡]が壊れたにも関わらず一緒に脱出できた。
やり方次第では莫大な利益を生むダンジョンの所有権が一時的な協力者と共有することはできないという。
もっとも、右も左も分からない世界で知識もない俺がダンジョンの所有権など貰っても上手く使えるはずがない。
ここで無為に欲を張らずとも天恵技能さえあればいくらでも稼ぐことができるしな。
そう思い、所有権を放棄しようと一歩前に出たところでメイルがジェリルに言う。
「我々は、【不破の墓所】の所有権の一切を放棄させていただく」
「え? ちょ、メイルさん!?」
俺が言い出す前にメイルがあっさりと金のなる木である所有権を放棄した。
「ま、それが順当だろ。死竜を倒したのは、トウマなんだし」
「バズさんまで!?」
メイルの決定に反対するであろうと予測した欲張りっぽいバズまでも当然のことだと言う様にあっさりと認める。
「我々は、特別褒賞とランクの昇格に『蒼』の称号を得られるだけでも十分過ぎる」
「そうそう。装備品も素材系アイテムも良いモノが手に入ったことだしな」
二人とも満足げな表情で言う。
特別褒賞とは、ダンジョンを完全攻略した場合にギルドから攻略者全員に贈呈される特別仕様の武具と聖金貨50枚(聖金貨1枚は金貨100枚分の価値だとか)。
ランクの昇格は、それぞれのギルドカードに蓄積されている経験値やこれまでの功績をギルドが確認することで上昇するらしい。
Aランクから上はかなり難しいらしく、昇格条件のひとつに【不破の墓所】のような攻略難易度が高いダンジョンを完全攻略があるとのこと。
冒険者にとってランクが上がることは、それだけ上位のクエストを受けることが可能になり、特にAランク以上は聖王国内の各所でかなり優遇されるそうだ。
メイルなら分かるが、バズが目先の利益を捨てるほどランクの昇格というのは美味しいことなのだろうか。
もしかしたら、所有権を渡すことで命の恩人という貸しをここで清算しておこうと思ったのかもしれない。
「ま、正直なところもう二度とあんなダンジョンに関わりたくないってのが本音だけどな」
そんな俺の勘繰りを察したわけではないだろうが、バズはウインクしつつ親指を立てたキメ顔で正直なところを明かしてくれた。
「それによ、不死系ダンジョンは、トウマにとったら経験値でも素材でもワンパンで稼ぎ放題だろ?」
「経験値? ……経験値って、あの経験値?」
「? 経験値は、経験値だろ? さすがに自分のレベルまで把握してないなんてトンチキなこと言わねぇよな」
俺は相当変なことを言ったらしい。
バズの呆れ顔だけでなく、メイルやジェリル、コルナリーナの困惑顔まで拝む嵌めになった。
いや、経験値くらい理解できるが、俺の技能レベルはすべてカンストしていて成長の余地はない。
しかも、天恵能力による透視では、この世界はゲームのように個人ごとのレベルは見えず、各々の身体能力だけが見えていた。
そのために経験値の要素があるとは思わなかった。
いや、技能レベルはあるのだから経験値のようなもの自体はあると予想できるが、俺には関係ないもののはずだ。
「――って、ちょっと待ってください。レベルや技能って測ることができるんですか?」
俺の問いにメイルたちはさらに困惑度を深め、バズにいたっては哀れさえ感じるというように俺の肩を抱いた。
「そっか、そうだよな。あれだけすげぇ回復魔法や討滅スキルを習得してるんだ。どっかの辺境にある教会か神殿に篭りっきりだったんだろう?」
何やら勘違いされているようだが、そんなことはどうでも良い。
この世界にレベルや技能といった概念が当たり前のように存在し、それを確認するすべがあるのならば俺の特異性が露呈する可能性がある。
「なるほど。トウマ様は、これまでどこのギルドにも所属されていないのですね」
哀れみの視線に耐えているとジェリルが何やら裏がありそうな営業スマイルを見せた。
そんなジェリルを警戒しながら尋ねてみる。
「すみません。俺のレベルや技能を確認するにはどうすれば良いんですか?」
天恵能力で透視できる情報とこの世界で確認できる情報に違いがあるのか確かめなければならない。
そんな俺の問いにジェリルが素晴らしい笑顔で応える。
「一番手っ取り早いのは、ギルドに所属するのが良いかと思います。どうでしょう? ダンジョンの完全攻略と所有権の登録にもギルドカードが必要ですので、これを機にわたくしどものギルドに入ってみませんか?」
ジェリルの勧誘の言葉に隣の受付嬢も素晴らしい営業スマイルを取り戻していた。
彼らの態度を見るに膨大な利益を生む上級ダンジョンを完全攻略できる人材は、喉から手が出るほど欲しいと見た。
もしかしたらダンジョン所有権の登録や買取は、冒険者ギルドじゃなくても行っているのかもしれない。
そして、高度な回復系技能が稀少であるらしいこの世界では、治癒術士のほとんどは他のそれっぽいギルドに入ってしまうのだろう。
不死族モンスターを一撃で倒せるというのも冒険者ギルド的には良いのかもしれないな。
「ご加入していただけるのであれば、トウマ様が【不破の墓所】を個人所有される場合、こちらから腕利きの迷宮管理者を無料で斡旋いたしましょう。ダンジョンの維持管理は膨大な知識と人材が必要不可欠ですからね」
「うっひょー! ギルマスってば、太っ腹~。おい、トウマ! 絶対入った方がいいぞ! そんでまたパーティー組んですんげぇクエスト受けようぜ!」
「確かに。今回は頼り切ってしまったが、別のダンジョンならば私もトウマ君の助けとなれるだろう」
ジェリルが提示した条件は、この世界の常識で見ても破格の条件らしい。
俺としては、もっと考えてみたいが、ここで断ればさらに変人扱いを受けるかもしれない。
おまけにジェリルが悪魔族というのも引っかかる。
この世界は、悪魔が通常の種族として受け入れられているのならばここでそれを問い質すのは失礼にあたるだろう。
ギルドマスターというそれなりに権力をもってそうな人物を相手にそのようなリスクは犯せない。
メイルたちも冒険者ギルドに加入しているのだし、ギルドに入ることで大きなリスクがあることはないはずだ。
この世界の常識であるレベルなどを確認するためにもどこかのギルドに入らなければいけないならば、高条件を貰っている今の内に入っていた方が良いかもしれない。
流れに任せすぎている感じがあるが、この世界の情報を集めるためにも今の流れに合わせた方が効率が良さそうだ。
「……分かりました。こちらのギルドに入ります」
「ふふふ。承りました。それでは少々お待ちください」
俺の応えにジェリルはまたしても含みがある営業スマイルを見せた。
俺の了承を受け、ジェリルは受付嬢にお茶の用意をさせるとギルド加入のための手続きの用意を指示した。
俺たちは、受付ホールに併設された待合室へ通される。
そこでふと興味を引かれて用意のために部屋を出て行こうとするジェリルとコルナリーナの背を天恵能力で透視する。
コルナリーナ・ロジャム/カウンターレディ/3歳
[種族]悪魔族・半魔
[技能]事務Lv15 風魔法Lv23
「ぶふぉ!!」
「どあっちゃああ!!」
口に運んだ用意されたばかりで熱々のお茶(おそらく紅茶系)を対面に腰掛けていたバズの顔面にぶっ掛けてしまった。
「い、いきなり何しやがる!」
「す、すみなせん。お茶が熱過ぎて……」
「俺の方があちぃよ!」
真っ赤に張れ始めるバズに回復魔法を掛けて謝りつつ、確認したばかりの情報に困惑する。
外見的に20代後半と思しきコルナリーナが僅か3歳! 僅か3歳ですと?!
コルナリーナは、ジェリルと逆パターンなのか?
これは、悪魔族の成長形態なのか、それともジェリルが水魔でコルナリーナが半魔という部分の違いなのだろうか。
コルナリーナは、見た目が完全に人間と区別が付かないから半魔というのは、文字通り人間と悪魔の混血児なのだろうか?
というか、もしかして、ここのギルドは、悪魔族が仕切ってるのか?
しかし、メイルたちやギルドの受付にいた他の冒険者たちを見る限り、俺がイメージする悪魔的な雰囲気は感じられなかった。
悪魔が邪悪な種族なら俺のような回復系術者を囲いたいとは思わないだろう。
「お待たせいたしました。こちらの書類にサインをいただければトウマ様も正式に今日から冒険者ギルド『蒼の花園』のメンバーです」
差し出された書類に一応眼を通す。
見慣れない文字の羅列だが、その文字列はこの世界に落とされる前に捕らえられていた不思議空間で見たモノと非常によく似ている気がする。
それゆえか、文字そのものは知らないが、文章の意味は理解できた。
至極簡単なギルドに所属する上での注意事項や必要事項、クエストが達成できなかったときや不正が発覚した際の違約金や処罰、対応等など。
少なくとも現段階で怪しいところは見受けられない。
もっとも文章の内容が理解している内容と本当に合致しているかは分からない。
さらに抜け道のようなものがある内容である可能性も捨てきれない。
そのどちらであっても今の俺に見破る術はない。
このギルドの正邪は、メイルたちを信用する以外にないな。
そして、内心で覚悟を決めて書類にサインをするために筆を持った段階で気付く。
俺は、この世界の文字を知らないのだ。
自分の名前がどのように表記されるべきなのか分からなければ、サインなど――。
「トウマ・ササキベさまですね。これで、今日から貴方は、当ギルドの冒険者として登録されました。それでは、こちらの方で【不破の墓所】の完全攻略と所有権の登録も行っておきましょう」
ミミズがのたくったような適当さで書かれた文字は、俺の名を正しく記していたらしい。
ジェリルの反応を見るにどこもおかしなところはなかったようだ。
俺がサインした書類をジェリルが回収すると隣に分厚い書物程度の大きさの木箱を持ったコルナリーナ(3歳)が、俺の前でその木箱を開いて見せた。
「こちらが『蒼』のギルドカードになります」
木箱には、蒼い金属板が5枚ほど入っていた。
「何故、五枚?」
「残りの四枚は、メイルさま方の物になります。AAランクに昇格された当ギルドの所属者には『蒼』の称号を贈らせて頂いています」
ジェリルの言葉に改めて見ると1枚だけ何も書かれていない金属板があり、他の四枚にはメイルたちの名が描かれているようだった。
「おお! 念願の『蒼』のギルドカードゲットだぜ!」
「ああ。これで我々も次の領土戦には参加できるな」
新しいギルドカードを手に入れたバズが子供のようにはしゃぎ、メイルまで何やら高揚した面持ちでカードを手にする。
「あの~、俺も『蒼』のギルドカードをもらえるんですか?」
つい今し方ギルドに加入したばかりである俺の分のギルドカードも『蒼』だ。
「はい。【不破の墓所】はランク指定外でしたが、その難易度はSランクオーバーの超難関ダンジョンです。そこを完全攻略されたソーマさまならば『蒼』の称号を持つに相応しい。次回の領土戦が今から楽しみです」
作り物であるジェリルの営業スマイルに促されるように『蒼』のギルドカードを手に取る。
すると手の中に不可思議な違和感が発生した。
「ん? どうかされましたか?」
「いや、何でもありません。……持っただけで所持者の情報が記録されるんですね」
手の中の違和感を無視し、ギルドカードに記された自身の情報を見る。
[所属]蒼の花園 [ランク]AA
[名前]トウマ・ササキベ [レベル]Lv20
[称号]不死殺し 竜殺し 蒼
[技能]回復魔法Lv99 調合Lv99 討滅Lv12 拳術Lv10
[所有物]不破の墓所
これがこの世界で見られてしまう俺の情報というわけか。
幸いなことに天恵技能に関連する直接的な情報はなく、回復魔法のレベル、医学と薬学が抜けているが、レベル的に調合の技能に統合されて表示されているのだろう。
他にも保有するアイテムは、初期装備だけでなく、不破の墓所で獲得したアイテムも表示されていない。
同じく所持金も表示されていない。
天恵能力で見たときに表示されていなかったモノは、所属とランク、称号にレベル、所有物。
この情報からなら俺が治癒術士として優れていることがばれる程度で、他に不都合はない。
アカネやジェリルも高レベルの技能をもっているから珍しく見られても異質とまでは思われないだろう。
『トウマ、さん。……聞こえ、ます?』
「うおあ!?」
まじまじと見詰めていたギルドカードから突然、少女の声が聞こえてきた。
「だははっ! 今度こそびびったな? びびっちゃったよな?」
「バズ、悪ふざけが過ぎるぞ」
突然の声に驚いた俺を笑うバズとそれを呆れているメイル。
ジェリルとコルナリーナは、優しげな営業スマイルを向けている。
ギルドカードには、見知った名前が表示されており、全員の様子とカードから聞こえてきた声に聞き覚えがあるため、ギルドカードに付与されている機能に見当をつける。
「……えっと、アカネさん?」
『はい、です』
抑揚のない短い返事は、アカネのもので間違いないようだ。
バズの悪戯心とギルドカードの便利な機能に感心する。
『あ、もしかしてトウマさんですか?』『トウマさん、ユリシカです。聞こえますか?』
アカネに続いてギルドカードにユリシカの名が表示され、その声が遠目に感じるものからはっきり聞こえる音量になった。
ユリシカの口調からどうやら理性を取り戻したようだ。
「もう大丈夫そうですね、ユリシカさん」
『ええ、もう大丈夫です。ダンジョン内では、お恥ずかしいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした』
「いえいえ、お気になさらず。体質では仕方ないですよ」
本当に申し訳なさそうに言うユリシカに自分のこともあるのでとりあえず優しく応える。
「このようにパーティーメンバーに登録している者同士ならば、ゲストメンバーも含めてギルドカードを通して会話ができる。便利なモノだろう?」
「ですね。こんな便利な機能があるなんて、やっぱりギルドに入ってよかったです」
メイルの説明に素直に頷く。
ギルドカードは身分証明の他にも携帯電話の代わりにもなるようだ。
「さて、これで正式に冒険者仲間になったわけだな」
「そうですね。俺は、冒険者に関してはど素人ですからいろいろと教えてください」
「オッケー、オッケー! 初心者のトウマには、玄人の俺たちが手取り足取りみっちり教えてやるぜ!」
メイルとバズの言葉にも素直に応じておく。
ずっと彼らと一緒に居るつもりはないが、折角構築された関係性だ。
この世界になれるまで十分に利用させてもらおう。
こうして、本当の意味で俺は異世界での第一歩を踏み出すことになった。