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生存戦記  作者: 山茶花
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墓所の主

【不破の墓所】


 それは、専用アイテム[冥府の鏡]を通してのみ進入可能となる不死族(アンデット)の巣窟。

 この世界の裏側にある異界の一つ、冥府に存在しているとされるこのダンジョンを攻略できた者はいない。

 それもそのはず。

 このダンジョンに自ら進んで挑む者など皆無であり、予期せぬ事故で[冥府の鏡]に触れてしまい、取り込まれる場合がほとんどである。

 [冥府の鏡]は、不死族(アンデット)系統のモンスターが所持しており、不死族(アンデット)モンスターを倒した際に不注意で触れてしまう者が多いという。

 メイルたちもそれで不破の墓所へ飛ばされてしまったらしい。

 このダンジョンから抜け出す方法は、ただ一つ。

 手にしてしまった[冥府の鏡]を所持したまま、ダンジョン中央に聳え立つ柱の頂上広場に到達すること。

 脱出方法こそ単純明快だが、不死族(アンデット)に対抗できる技能を持った者がいなければ死を覚悟することになる。

 不破の墓所に存在するモンスターは不死族(アンデット)だけであり、これに対する技能さえ持っていれば、脱出するだけなら容易い。


 しかし、不破の墓所を完全攻略しようと思えば難易度は桁違いに上昇する。


「基本的にダンジョン攻略の条件は、そのダンジョンの主を倒すことなんだが、此処の主は不死族(アンデット)の癖に聖属性を無効化する能力があるらしいんだ」


「聖属性攻撃が効かないなら回復魔法で攻撃するしかねえんだけどさ。回復魔法を攻撃に使ってたら自分達を回復するための魔力が無くなっちまうからな」


 通路を歩きながらメイルとバズが説明してくれる。

 不死族(アンデット)が犇くダンジョンで回復魔法が使えなくなったら絶望的だ。

 ここにいきなり飛ばされた時の彼らも絶望し、必死に脱出しようと戦ったが、さすがに物量で押されて敗北したとのこと。

 そんな時に現れたのが、俺だったというわけだ。


「本当に我々は運が良かった。トウマ君みたいな伝説級の回復魔法と討滅技能を併せ持った者に助けられたんだからな」


「ホントホント! トウマさえ良ければこのまま俺たちのパーティに入らねぇか? アカネもその方がいいだろ?」


 数時間前まで瀕死状態だったとは思えないほど元気溌剌なメイルとバズ。

 そして、バズに提案の同意を求められたアカネは、


[デッドフライ HP-140+159/300]


「……私、は、別に。それ……トウマ、さん……決める、こと」


 思い切り振り被った金属製の杖を眼前に迫っていた不死族(アンデット)モンスターであるデッドフライに振り下ろしながら応える。

 アカネが現在装備している杖は、鎮魂の杖。

 俺が倒したレイスデッドが落とした聖属性付きの杖である。


「いや、まあそこら辺は、保留ということでお願いします。……というか、本来は後衛役である俺たちが前衛やってる今の状況について何も思わないんですか?」


[デッドフライ HP-300+300/300]


 愚痴を溢しながら俺は、飛び掛ってきたデッドフライをこれまた聖属性付きの浄破の籠手で叩き落とす。


「そうしたいのも山々だが、うちの問題児を抑えておくので精一杯なんだ。本当にすまないと思っているよ」


「俺も全員の荷物持ちで手が塞がってるからな。実際、俺らより魔法が使えるトウマたちの方がここじゃ強いんだしいいじゃねえか」


 本当に申し訳なさそうに言うメイルは兎も角、馴れ馴れしく頼り切っているバズの言葉に少しイラッとする。

 しかし、バズの言うことも正しい。

 この世界で使用される身体強化魔法は、自身にしか適用されないため、魔法適性が高いアカネや俺の方が不死族(アンデット)を相手にする分には効率が良い。

 俺は[再生の刻印]で身体能力を高めることができるし、通常攻撃も回復魔法も不死族(アンデット)に対して大ダメージを与える。

 回復魔法が使えないアカネは、魔法攻撃でダメージを与えることはできなくとも低レベルの相手なら衝撃で怯ませることくらいはできるため、発動の速い魔法で牽制し、新たに入手したばかりの鎮魂の杖で削る。

 魔除けの指輪の効果で敵との遭遇も散発的になっているので俺たち二人だけでも十分に対処できるのは事実だ。

 ちなみに戦力になりそうなもう一人の魔術師ユリシカは、現在猿轡をされたままメイルの背中で眠りについている。

 先ほど俺が[顔面砕き]でちょっと人様に見せられない状態にして気絶させた後、目覚めたアカネが強制睡眠魔法でそのまま眠らせた。

 とりあえず顔面の状態を治療して元に戻したが、次があったらもっと穏便な方法で撃退するようにしよう。


「後で睡眠魔法教えてもらって良いかな」


「……ん」


 俺の申し出に快く頷いてくれるアカネ。

 このアカネという少女は、平常時でもこんな感じで口数が少なく、たどたどしい喋りだった。

 ユリシカから聞かされた昔話に出てきた超越者、おそらく第一期事象改変因子であるエーリカ・ウェダの系譜であると思われる

 考えるにウェダというのは、ウエダが長い歴史で正しい発音が変化したのだろう。

 彼らと会話していて気付いたが、聞こえる言葉と口元の動きに若干ズレているため、本来は別の言語を喋っているのだと分かった。

 つまり、エーリカ・ウェダの本名は、ウエダ・エリカであろうことが予測できる。

 これなら他の超越者たちの微妙に異国風な名前も発音が変化したものであり、彼らがやはり日本人であったことがわかる。


 話をアカネに戻すが、アカネに受け継がれた力は、エーリカの力の一部であるらしい。

 初代超越者の一人であるエーリカは、本来単一属性の魔法しか扱えないこの世界の常識を覆す、全属性の魔法に対する適性を持っていたという。

 それが代を経るごとに分散、或いは劣化して現在では、アカネのように単一属性特化型の才能がせいぜいなようだ。


「アカネさんって実は、すごい人なんですね」


 俺の隣で鎮魂の杖を無表情で振り回すアカネに素直な感想を述べるが、アカネの方はまったく気にした様子もない。


「そんなこと、ない、です」


 声に抑揚もないし、音量も小さいためどこか人形的な雰囲気を感じさせるアカネが、俺は苦手になりつつある。

 初めは、俺と同じ改変因子かとも思ったが、前回以前の改変因子の子孫ということで神のシステム側の情報共有ができないということに落胆した。

 昔話に出てきたゼロの件もあるので、改変因子同士が必ずしも友好的な関係になれるとは限らない。

 それでも自分と同じ境遇にある者がいるかどうかを確認するのは、精神的な安定を得るためにも必要だ。

 天恵技能という世界にとって規格外な能力を持った者が必ずしも秩序を重んじるわけではない。

 俺は、別世界に来れただけで十二分に満足しているが、それだけに留まらない欲を抱く者も出てくるはずだ。

 そうでなくとも強大な力を利用しようとする輩が出てくることもある。

 生存力を追求した俺は、単純に火力がない。

 このダンジョン内に限って言えば、圧倒的な戦力となれるが、ダンジョンの外に出れば、ただの回復役でしかなくなる。

 回復魔法が稀少なこの世界ではそれなりに有用なのだろうが、純粋な戦闘ではどうしても決定打がない。


「……そういえば、今って世界情勢的にどんな感じなんですかね?」


「どんな感じ、とは?」


「例えば、どこかの地域で不自然な災害や珍現象が頻発しているとか、見たこともないようなモンスターが現れ始めたとか。国同士の戦争とかは?」


 この世界に来てからダンジョン直落ちだったので外の様子が分からない。

 ユリシカの昔話を鵜呑みにするならば、それぞれの時代に世界的な争乱が起こっている。

 もしかしたら今回も同じような状況になっているか、若しくはその兆候が現れている可能性もある。


「そうだな。ここ最近は、大規模な災害や怪現象なんて聞かないな。戦争とまでは言わないが、西側の列島諸国で小競り合いが昔から続いているくらいだからな。世界情勢という意味では、安定していると言っても良いと思うが……何か悪いことでも起こる可能性があるのかい?」


「いや、そういうわけでは……。平和ならそれで良いんです」


 少なくともメイルたちのような冒険者っぽい連中の耳に入るような異変は起きていないらしい。

 俺たち改変因子に求められるのは一定期間この世界で生き残ること。

 過去二回の改変因子投入時の要件が今回と同じだったかどうかは不明だが、今回も過去のような世界的危機が起きた場合、生存率が大幅に低下するだろう。

 元の世界の柵から抜け出せた今の状況を俺は大切にしたいと思っている。


「まあ、最近の変わった話題といえば、アイツじゃね?」


 俺の思いを嘲うようなタイミングで何かを思い出すバズ。


「ん? アイツ……おお、『金剛龍』のことか。確かに今話題の人物と言えば彼女だが……」


 バズの思い出しに歯切れの悪い感じになるメイル。

 なにやら危ない感じの名称だが、どんな人物なのだろうか。


「その『こんごうりゅう』とかいう人は、どんな人なんですか? アカネさんみたいにすごい魔法が使えたりとか、黒髪持ちの古代種の末裔とかだったり?」


「いや、黒髪は黒髪だが……彼女は、龍人。ユリシカが言っている超越者のような伝説上の存在を除けば、現代最強の種族なんだ」


 真面目な顔で嫌な情報をくれるメイル。


「現代最強、ですか。……それは、聖王家やアカネさんみたいな古代種の末裔よりも強いってことですか?」


「当たり前じゃん。龍人だぞ、龍人! 見た目は人間でも、中身はドラゴンそのものさ。おまけに龍族の中でも伝説級の白銀龍(プラチナドラゴン)に乗る竜騎士だってんだから敵なしさ。アイツが出てきてからギルド内のランキングもメチャクチャになっちまって、Aランクだった俺らがDランクの『浮遊霊討伐』クエストを受けることになったんだ。そのせいで【不破の墓所】に嵌っちまって……あああああ、ムカつくぜ!」


 何やら説明しながら勝手にボルテージを上昇させて怒り状態になるバズ。

 どうにもその『金剛龍』とかいう女の存在が気に入らないようだ。


 それにしても黒髪の龍人で、白銀龍(プラチナドラゴン)を駆る竜騎士(ドラグーン)か。

 外見の変化は、天恵を用いれば替えられるはずだし、竜を従える能力も得られるはずだ。

 こいつは改変因子である可能性があるな。


「ま、どちらにしろここを抜けるのが先か」


「ん? ああ、そりゃそうだ。早くこんな辛気臭いところ抜け出して一杯やりたいぜ」


 嫌なことがあると酒精を欲するのはどこの世界でも共通なのか。

 まあ異世界なので未成年の飲酒歴を問い質すのはやめておこう。




 魔除けの腕輪の効果で戦闘を必要最小限に抑えられた為、日が暮れる前に最上階に辿り着くことができた。

 不破の墓所の最上階には、世界の境界面である天井部の隙間から夕暮れの光りが射しこみ、最上階中央広場を幻想的な茜色に染め上げている。


「うひ~ようやく出られるぜ」


「そうだな。ここを無事に出られるだけでもすごいことだが、こんなに早く脱出できたパーティも少ないだろう」


 この幻想的な光景を前にしてもバズとメイルは特に何も感じ入るところがないらしい。

 彼らが言うところのAランクの冒険者だというのならコレにくらいの光景は、見慣れているのかもしれない。

 もしそうだと言うのなら、冒険者になるのも良いかもしれないな。


「さあ、早くここを抜けてアトロスに戻ろう。いい加減、空腹状態のユリシカを眠らせておくのも限界だろう」


「そ、それもそうですね」


 忘れていたわけではないが、できるだけ考えないようにしていた喰人姫ユリシカは、いまだアカネの強制睡眠魔法で眠っているが、その口元からはしっかりと涎が垂れている。

 ユリシカのような人物を『残念な奴』と言うのだろう。

 他の全部が良くてもたった一つの致命的な欠点がすべてを台無しにしてしまっている。

 かく言う俺もあの時から臨戦態勢が解かれていなかったりする。

 これも睡眠欲と性欲が希薄なユリシカの異常な食欲と同じで、睡眠欲と食欲が希薄になったことに関連するものなのだろうか。

 少なくとも現段階で精神的な自覚症状はない。

 股間のティンクティンクが常に臨戦態勢であるため前屈みに状態なのだが、股間のモッコリを気にしなければ動けないわけではない。

 この生理現象のこともユリシカが起きて落ち着いたら聞いて見よう。

 性欲が爆発してユリシカのような暴走状態になることだけは、防ぎたい。


「お? この穴に[冥府の鏡]を嵌めれば良いんだな?」


 俺が心の中でひとつの決意をしている間にも荷物持ちをしていたバズが中央柱の上の広場、その中心部の床にある窪みに[冥府の鏡]をはめ込んでいた。

 バズが[冥府の鏡]をはめ込むと同時に中央柱上部の広場全体を光りの柱が包み込む。


「転移ゲートが開いた。これでようやく元の世界に戻れるな」


「おうよ。もう二度とこんな場所には来たくないぜ」


 光りに包まれながら安堵した様子のメイルとバズ。

 無言ではあるが、アカネも心なしか力の抜けた雰囲気を見せている。

 俺も茜色の中央柱最上部の広場の幻想的な光景を眼に焼き付けつつ、肩の力を抜く。



 瞬間――最大級の悪寒に貫かれた。









[ドラゴンファングLv5 広範囲物理攻撃 与ダメージ上限5000]









「逃げろおおおおおおおおおおお!!」



 俺の絶叫に振り向くメイルたちの姿をスローモーションのように捉えた視覚が、その背景に広場を破壊しながら現れつつある巨大な顎を認識する。








[死竜ジャガーノート/不死族(アンデット)竜族(ドラゴン)





 地上最強生物、竜族の成れの果てにして、不破の墓所の主がその獰猛な牙で愚かな生者を喰らい尽くさんと地獄の釜を開いていた。

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