欠落者の豹変
アンデット軍団を退け、迷宮内を行き来し、いくつかの階段を使い数階上へ移動したところで人心地付ける広間に出て、休息が取れた。
「本当に助かったよ。君は、我々の命の恩人だ」
「気にしないでください。困った時は、お互い様です」
暑苦しく強面の厳つい顔を近づけながら感謝の意を述べる大男メイル・ソーズから逃げるように身体を引く。
メイルは、逆立った特長的な赤髪と無数の傷跡が残る小麦色の肌のいかにも歴戦の戦士といった風情で簡素な布製の鞘に込めた大剣を背負っている。
メイル・ソーズ
[種族]ヒト族・人間
[技能]大剣Lv35 土魔法Lv5
メイルを至近で観察したことで脳内に詳細な情報が流れ込んできた。
「いやいや、君がいなければ我々は確実に死んでいた。今の時代、レイスデッドのような上級不死族を一撃で滅するほどの討滅スキルや聖属性魔法を扱える者は、聖王家縁者か聖王騎士団の筆頭騎士くらいのものだ」
「メイルの言うとおりです。単なる『浮遊霊討伐』クエストを受けたはずなのに、まさか『不破の墓所』への転移トラップに引っかかるなんて思いませんでした」
なにやら感激している様子で話すメイルの言葉を肯定しながらため息混じりに肩を落として疲労を示す女魔術師ユリシカ・エルロン。
ユリシカは、銀髪赤眼の典型的な美少女系魔術師だが、その額に第三の眼を隠しもせず開いているため純粋な人間種ではない。
良く見れば耳が長く尖り気味で、エルフっぽい。
ユリシカ・エルロン
[種族]ヒト族・メトラ
[技能]短剣Lv15 水魔法Lv27
メイルの時と同じくユリシカの情報も流れ込んでくる。
ユリシカは、見た目通り純粋な人間種ではなく、『メトラ』と呼ばれる種族らしい。
例の如く、そこらへんの詳細は読み取れない。
自分で聴取しろということだろうか。
「トウマさんは、メトラと会うのは始めてかしら?」
「あ、はい。すみません」
『数値化』と『存在干渉』による透視が働く時の俺は、対象をガン見しているみたいなので注意しなければ、人によっては不審に思われるだろう。
もとより種族的な特徴に気を取られるということは、俺がいまだに現実の価値観を引き摺っている証拠だ。
そんな俺の内心を察してか、ユリシカは気にしないと前置きしておかしな問いを投げかけてきた。
「見たところトウマさんも人間ではありませんよね?」
「はい?」
ユリシカの問いは、俺にとって完全な不意打ちだった。
俺の外見に変化はない、と思っていた。
この世界に来てから鏡を見る機会はまだないが、それでも自分の身体に変化は感じられない。
そんな俺の困惑にユリシカは微笑み、先ほどから体育座りで俯きがちな姿勢をとりながら俺の方をチラチラ見ているもう一人の魔術師にも視線を向けた。
「黒髪は、古代種の血統を受け継ぐ証。こちらのアカネも貴方と同じ古代種の末裔なのです」
ユリシカの言葉に先の戦闘中から気になっていた魔術師の少女アカネ・ウエダを改めて注視する。
「アカネ、ウェダ、です。さっきは、ありがと、です」
俺の視線にアカネは視線を合わせようとせず、俯いたまま詰り詰りな喋り方で感謝の意を述べた。
「えっと……アカネ・ウエダさん、ですか?」
声が小さく、たどたどしい喋りだったので聞き間違いかもしれないので確認の意味を込めて聞き返す。
しかし、そんな俺の確認をアカネは小さく首を左右に振って訂正する。
「ウエダ、違い、ます。私、ウェダ、です」
アカネ・ウエダ
[種族]ヒト族・人間
[技能]杖Lv8 炎魔法Lv99
アカネの訂正に改めて彼女の情報を透視すると確かに名前はアカネ・ウエダとなっている。
ついでに炎魔法Lv99という破格の技能持ちであることも判明。
先の戦闘で放った[フレアバゼラード]は、この世界で最強の炎属性魔法らしいので、この技能Lvも頷ける。
反則技である【天恵】による透視が間違っているとは思いたくないが、彼女が嘘を言っているとも思えない。
そもそもウエダをウェダと偽っても訛った程度にしか感じない。
「……もしかして、アカネさんのご実家は由緒正しい家系とかじゃないですか?」
「分からない……です」
俺の問いに相変わらずたどたどしく返すアカネは、しれっと重そうな言葉を漏らす。
アカネは、それだけ言うと頭を俯かせたまま黙り込んだ。
「あ、えっと……すみません。俺、何にも考えな「――zzzZZ」……何故に寝落ち?」
話を切ってから3秒で少女らしからぬ鼾をかき始めたアカネ。
突然のアカネの奇行に戸惑っていると他のメンバーたちが苦笑しながら心配ないと教えてくれた。
「アカネは、アロイド地域でも最高の魔法使いなんだけど、その分魔力消費も馬鹿みたいに燃費が悪いんだ。だから、さっきみたいな大魔法を使った後は、安全圏まで移動できたらぐっすり眠って魔力を回復させるのさ」
そう言って笑いながら説明するのは、弓術士の少年バズ・ハーデンス。
「同じ出自かもしれないトウマさんとお話したくて眠るのを我慢してたみたいですけど、さすがに限界だったようですね」
ユリシカも優しげな微笑みで眠りに付いたアカネの横に腰掛けて肩を貸しながら言う。
アカネの喋りがたどたどしかったり、こちらをちらちら見ていたのも眠気を我慢していたからだったのか。
何だか暗そうな奴だと思ったが、どうやら勝手な思い込みだったようだ。
「アカネさんが古代種の末裔ってことですけど、その古代種ってのは何なんですか?」
アカネの反応や他のメンバーたちの様子からアカネが俺と同じ第三期改変因子ではない可能性が高い。
それにも関わらず、日本人っぽい名前や【天恵】級の技能を若くして持っていることから考えれば、ひとつの仮説が立てられる。
そんな俺の仮説を裏付けるようにメンバーの中で、いかにも説明役っぽいユリシカが親切に教えてくれる。
「古代種というのは、かつてこの世界に幾度となく現れた超越者たちの末裔を指します」
「超越者、ですか?」
「はい。メトラに伝わる伝説には、2000年前と1200年前に超越者たちが現れたとされています」
曰く、2000年前に現れた超越者は、3人だったという。
いまだ人類が自然界の王者である魔獣たちと熾烈な生存競争を繰り広げていた時代に現れた3人の超越者たちは、その超越的な能力で魔獣たちを駆逐し、ついには魔獣たちの頂点たる獣魔王を滅ぼし、現在の世界の礎を作り出した。
この時現れた3人の超越者は、紅の剣聖ハヤト・クゥラート、氷翼の魔女エーリカ・ウェダ、黒き龍姫ユーリ・カイド。
3人は、一様にこの世界では類を見ない黒髪黒眼であった。
世界を平定した後にハヤトとユーリが結ばれ、当時の人々が担ぎ上げる形で現在の聖王家が興った。
以降、聖王家は圧倒的な武力を持った血統として長きに渡り、人類世界の平和に貢献した。
しかし、時を経れば高潔な血筋や思想、世界の風潮にも変化が起こる。
超越者の血も薄まり、聖王家の支配力が衰えてきた1300年前を境にこの世界に新たな脅威が現れた。
世界各地で発生する不自然な自然災害や空間の歪み、遥か昔に滅んだはずの魔獣たちが知能を失った狂獣として復活し、さらにはその狂獣たちを従えるように見たこともない異形たちが人類を襲い始めたのだ。
この事態に対応するため、聖王家を中心に再び人類がひとつに纏まり始めたのが1200年ほど前。
薄まったとはいえ超常の力を発揮していた聖王家の縁者や聖王騎士団でさえ梃子摺っていた異形や狂獣たちを軽々と打ち倒す者たちが現れた。
魔法とは異なる力で膨大な炎を操る炎の剣帝ヒーロ・クァモト。
伝説級の武具を無限に生み出す錬鉄の武神エージ・アッサ
世界に存在しなかった回復魔法の祖となる光の聖女ユリ・トライ
再び世界に現れた超越者だったが、現れた当初はその存在は世に伏せられていた。
次代の超越者たちの存在を隠そうとしたのは、この時代の聖王家とその恩恵を受ける貴族層だった。
超越者が興したのが聖王家ならば、新たに現れた超越者たちが自分達の地位を奪ってしまうと考えたのだ。
最初の超越者たちは自ら王家を興したわけではなく、その時代の特権階級者たちが年若い英雄たちを利用して戦後の自分達の地位を確かなものにしようとからであった。
人々の間では、すでにかつての超越者たちの話は伝説を通り越して、おとぎ話からも聞け賭けていたため、新たな超越者たちの存在は、直接会った者たちしか知らず、その存在を知った者達も聖王家や貴族層の力で彼らの存在を世に伝えることができずに居た。
そんな中、廃れたおとぎ話が真実であり、新たな超越者たちを正しく導こうとした者がいた。
それは、かつての英雄ユーリカ・ウェダの血を受け継ぐ賢者だった。
賢者もまた正しい歴史を記録しており、大切な友が人々の欲に飲み込まれてしまったことを憂えたユーリカの意志の下、新たな英雄達の助けにならんと尽力した。
賢者の導きの下、新たな英雄達の存在はようやく人々の知ることとなり、聖王家もついに彼らの存在を認め、協力体制を取ることとなった。
新たな英雄達と光翼の魔女の力を色濃く受け継ぐ賢者に、聖王家の中でも王位継承権が低いながらも先祖返りによって高い戦闘力を有していた王子と王女の兄妹がパーティーを組み、新たな世界の脅威と戦うこととなった。
伝説の再来となった超越者たちと聖王家が協力体制を取った。
最早、脅威は去ったと活気に湧いた人類だったが、そこに新たな超越者が加わることで世界は混迷の渦へと陥ることとなる。
新たに現れた超越者は、あろうことか異形や狂獣たちを統率し、人類を滅ぼさんと行動を開始した。
人類の敵となった超越者は、神焔の覇王ゼロ。
無限にも例えられる再生能力とヒーロをも越える漆黒の炎を操る真正の魔神であった彼は、異形たちの本来の統率者である王を屈服させることで異形たちの新たな王となった。
同じ超越者でありながら数で勝る人類側の超越者たちを軽々と上回る力を誇ったゼロは、英雄達との初接触で錬鉄の武神エージと聖王家の王子を瞬殺した。
超越者をも上回るゼロの存在は、神にすら例えられ、人類側から寝返る者たちも少なくなかったが、ゼロはそのこと如くを惨殺した。
ゼロは、支配下に治めた異形たちも捨て駒のように扱い、人類の絶望を少しでも大きく、永くするように動き続けた。
圧倒的な魔神の存在に、再び人類の希望が潰えようとしていた時、残った人類側の超越者たちは、かつて世界を救った三英雄の力を得ることに成功する。
剣聖ハヤトの力をヒーロが、龍姫ユーリの力をユリが、氷翼エーリカの力を王女が授かったことで人類は、僅かな希望を掴み取った。
そして、人類最大の反攻作戦が実行される。
しかし、過去の英雄の力を得た超越者2人と王女の力をもってしてもゼロの力には僅かに及ばなかった。
最後まで諦めようとしなかった彼らもついに終わりかと諦めかけた時、彼らに意外な形で救いの手が差し伸べられる。
本来の異形たちの王である深淵の女王が、自身の命と引き換えに3人へ自らのすべてを預けた。
それにより、3人は超越者としての力に加え、異形たちが使う闇の力までもをその身に宿すこととなる。
深淵の女王の力により傷が癒え、新たな力を得た3人を前に、ゼロはついに膝を折る。
神にも等しい力を持った魔神が討たれ、再び世界に平和が戻った瞬間だった。
長い戦いが終わりを告げ、神に近しい力を得た2人の超越者と聖王家の王女は、強すぎる自らの力の大半を特殊な儀式を行って封じ込め、歴史の影で真実の歴史を伝えてきた賢者へとその力の管理を託した。
力の大半を封じても常人を遥かに凌駕する力は健在だった英雄達は、戦争に疲れ果てた人々の復興の希望となるべく政治の舞台に立たされることとなる。
この戦争で多くの継承者を失った聖王家は、英雄となった王女が新たな女王となり、その伴侶としてヒーロが女王の傍らに立ち、ユリは自らの力である回復魔法を広めるべく聖王家が管理する魔術学院に席を置いて世界の平和と安定に尽力した。
長い昔話を聞き終える頃には、俺とユリシカを残してメイルやバズもアカネと同じように爆睡していた。
どうやら俺の能力と装備品である魔除けの指輪[効果:魔物遭遇率低下]の効力を知って安心し、疲れが一気にきたようだった。
疲れならば俺も疲れているし、ユリシカも傷は治っても瀕死になっていた精神的疲労は他の奴らと同じようにあるはずだが、ユリシカは昔話を終えても眠気を感じさせることのないしっかりとした眼差しで俺を見据えている。
「これがメトラに伝わる伝説です。前回の超越者来訪から1200年。人間では、聖王家縁の者でない限り、この話を耳にする機会はないでしょう」
そう締め括るユリシカの瞳には、話の前までの優しさが見受けられない。
まるでこちらを値踏みするかのように感情を廃した三つの赤い視線が突き刺さる。
「……メ、メトラって眠らなくても平気なんですか?」
実年齢よりも幼く見えるユリシカだが、無言の視線に込められている不思議な圧力に耐え切れず、強引に話題を逸らそうとしてみる。
俺の適当な問いに肩を竦めながらユリシカは、膝に乗せているアカネの頭を優しく撫でた。
「メトラに睡眠による休息は必要ありません。私たちメトラは、ヒト族であると同時に精霊種の特徴も併せ持っていますから」
強引な話題逸らしにも付き合ってくれるユリシカをありがたくおもいながらも、精霊種とやらの特徴を知らない俺には説明不足だ。
表情に出さないように脳内だけで首を傾げる俺をわずかに間をおいてユリシカからも問いが投げかけられた。
「トウマさん」
「あ、はい。なんですか?」
「貴方も先ほどから眠気がないように見受けられますが……眠らなくても平気なのですか?」
ユリシカに問い返され、初めて気付く。
俺がこの世界、というかユリシカたちが言うところの『不破の墓所』と呼ばれる場所に到着してからすでに半日以上が経過している。
大量のアンデット軍団を実質一人で退け、その後も多少のサポートは受けつつ、疎らに遭遇したアンデットを屠ったのは、俺だ。
下の広間での戦闘からこの階までの移動は駆け足で行われたので、メイル、バズ、アカネの三人は疲労困憊でぐっすりだ。
俺も疲れは感じていたし、本来であればこのような長話などせずにしっかりと休むべきだったはずだ。
しかし、今の俺に眠気はない。
それどころか、眠る前に携帯食を食べていた彼らから渡された俺の分の干し肉や何かの実は、いまだに完全な形で膝の上に置いてある。
これは、睡眠欲だけでなく、食欲までが働いていない状態だ。
「これは、一体……」
理由は不明だが、今の俺は寝ることも食べることも必要としていないらしい。
アレだけ動いてそのどちらも働かないというのは生物的に変だ。
原因として可能性があるとすれば、複合技能認定された『存在干渉』の天恵技能。
それが俺でも意図しない効果を及ぼしているのかもしれない。
もっとも、食事と睡眠が必要ないというのは生存力という意味では大きなプラスだろう。
ただじっとしているだけで疲れが取れ、食べなくても活動できるならば寝込みや食事時を襲われて対処できないという事態を避けられる。
睡眠や食事は、隙を作りやすいからな。
そんな楽観的な思考に至った俺を再びユリシカの鋭い三眼が見つめていた。
「こ、今度は、何ですか?」
本来ならば美女と表現すべき年齢の美少女からの鋭いガン飛ばしに怯みながら問う。
「トウマさん。長寿であり精霊種でもあるメトラは、睡眠欲や性欲が極端に低いのですが、食欲だけはかなりのモノなのです」
「そう、なんですか?」
真剣な顔で何を言い出すかと思えば、と気が緩みかけた俺の耳に[がるるるるぅぅぅ!!]という馬鹿げた音が銀髪赤眼の美少女の腹部から聞こえてきた。
「んあ!? て、敵襲か!」
「ぐ、なわけねぇだろ。今のは、ユリシカの腹の獣だっての~……zzzZZ」
「なるほど……zzzZZ」
「zzzZZ」
突然の奇音に一瞬目覚めたメイルとバズだったが、慣れているらしく再び眠りに付いた。
最も音の発生源に近かったはずのアカネは、無反応である。
その異様な状況に改めて周囲をみて気付く。
彼女達が所持していた食料は、本来所要時間半日程度の予定だったらしい『浮遊霊討伐』クエスト用の量であるはずだ。
半日予定のクエストのために用意されていた食料は、どこにしまっていたのかと首を傾げるレベルの量があった。
常人ならばしっかり三食摂っても二泊三日はできるくらいあった。
しかし、今足元に散らばっている食事の後は、あきらかにその半数の量が消費されていることを示していた。
休息に入ってからさっさと睡眠に入った三人が早食い大食いをしている様子はなかった。
そして、改めてユリシカを見ると彼女のまわりにほとんどの食材が食された形跡がある。
信じたくはないが、現状証拠と自己申告にメイルたちの反応から考えて目の前の美少女は、4人用の食料5食分を小一時間で喰い尽くしただけでは飽き足らず、他の仲間が保有している残った食料を欲して餓えた獣のような唸りを腹から轟かせるほどの腹ペコキャラであることが確定した。
「このようないつ外に出られるかもわからない状況でも私の身体は、残った食料を欲しています。正直、あと半日もおあずけを受けてしまえば、デッドガーディアンやレイスデッドに齧りつきます。絶対、齧り付きます。お腹の足しにならなくてもしゃぶり尽くします」
「そ、それは……大変です、ね」
先ほどまでシリアスな雰囲気で昔話をしていたはずのユリシカは、いまや餓えたケダモノのように鼻息荒く、爛々とした眼差しで俺を捉えながら頭のおかしなことを口走っている。
視覚的には、かなりエロい雰囲気に見えるのだが、俺の本能は最大限の警戒を促している。
「トウマさんの回復魔法は、伝説に出てくるユリ・トライに匹敵します。おそらく、身体の欠損もすぐに修復できるのでしょう?」
「ユ、ユリシカさん?」
熟睡中のアカネを優しく撫で撫でしているユリシカの小さな口の隙間から見える唾液の量がハンパない。
それが涎となるのも時間の問題だろう。
ユリシカの危険域の食欲を知っているはずのメイルたちがいまだに熟睡していられる理由。
最悪なことに、それに思い当たってしまった俺は、アンデッドに殺されるより遥かに恐ろしい結末を予感してしまった。
そんな俺の危機感を感じ取ったのか、ユリシカは流れるような動きで膝の上に寝かせていたアカネを優しく下ろし、残像すら幻視するトリッキーな動きで俺を壁に押し付けてきた。
感受性が豊かな者であれば、神秘さえ感じさせるであろう美少女であるユリシカの『辛抱たまらんフェイス』が鼻息どころか、体温すら感じさせる距離にまで迫ったことで俺の身体にも変化が訪れる。
「トウマさん。先ほどの戦いでご自身に掛けていた自動回復魔法を使ってください。いま……すぐにぃ(れろん)」
「あッふン! ……じゃねぇええ!」
超気持ちえええええ! じゃなくて、舐められた!
これは非常に拙い。
どれくらい拙いかって、1200年前の超越者たちが覇神の前で死を覚悟した時をさらに上回るほどの拙い!
「ユ、ユリシカさん……アンタやばいです。というか、なぜか俺のティンクティンクもやばいッス」
「大丈夫です。ちゃんと回復ペースを考えて頂きますから」
「いや、駄目! それすでに完全なアウトだから! さらにこんな状態でもティンクティンクがやばいッス!」
普通なら恐怖で縮こまってしまいそうな状況でも、スーパーでサイヤな感じで猛っているんだ?
「安心してください。私に齧られるのが癖になっている殿方もいらっしゃるので、きっと貴方も満足できます」
「できねぇよ! というか、回復魔法が珍しいってんならその殿方死んでるだろ!? 事後に骸骨か?!」
最早、敬語を使う余裕すらない。
ユリシカの要求を呑むわけではなく、自身の安全のために[再生の刻印Lv5]を身体に刻み、[ヒーリングLv5]も待機状態で可能な限り、展開する。
それを確認したユリシカの可愛らしい、今は艶かしい小さな口が精一杯開かれ、涎を垂らしながらその手でスーパーな状態の俺の分身を押さえつける。
「ひぃぃぃ!」
人生最大の恐怖を感じながらもスーパー化は治まらない。
「ここには、口を付けません。だから――」
そこまで言ったところでユリシカの赤い三眼が光った。
「オマエ、マルカジリ!」
「うっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
綺麗に整列する白い歯を剥き出しにして豹変したユリシカ。
その美しい顔面に向かって俺は――
[顔面砕きLv1 単体物理攻撃 必ずクリティカル]
問答無用の顔面パンチを喰らわせた。