討滅スキル
眼前に迫った闇色の魔力弾に意識を集中する。
[シャドウLv3 与ダメージ上限1000]
レイスデッドが放ったと思われる闇属性攻撃魔法。
その威力は『再生の刻印』使用中でも一撃で俺を殺せる威力がある。
直撃する――そう思った瞬間、闇色の魔力弾が頭上をすり抜け、通路の奥で魔力弾の破裂音が響いた。
「これが……干渉予知ってやつかな」
乾いた石畳に倒れ付しながら直撃コースだったはずの魔力弾を掠りもせずに回避できた。
予知感覚なんてもっていなかったのだから慣れないうちは、見極めが難しくなりそうだ。
[シャドウLv3 与ダメージ上限1000]
[シャドウLv3 与ダメージ上限1000]
一撃目を回避して間を置かずに再び魔力弾が飛来する。
今度は床を転がらずに広間の円周を走る通路を駆ける。
走る速度に緩急をつけ、ダメージ予知を利用して直撃の瞬間に意識を集中して回避する。
シャドウの追尾性は低いようで緩やかなカーブを描く程度。
完全な自動追尾性をもった攻撃だったら最初の一撃で死んでいた。
「……あっぶな!?」
俺は今、死ぬところだった。
それを思うと自然と笑いが漏れた。
[ソーマ HP950+50/200]
もう少しで『再生の刻印』の効果により一撃は耐えられるようになる。
さらに走りながらヒーリングを展開する。
ヒーリングは高レベルになれば追加効果や特殊効果が得られる。
光球として展開したヒーリングを背中に装填する。
数は、6。
瀕死の人たち5人の分と自分用。
ヒーリングの発動速度はかなり速いが、それでも単体回復魔法だから同時に複数人を回復できない。
予め複数のヒーリングを展開していれば、ダメージを受けた瞬間に対応できる。
普通なら魔法を展開し続けるということはそれだけ魔力消費が激しくなるが、俺の場合は魔力消費の心配をしなくて良い。
そして、回復用のヒーリングとは別に両手の籠手にヒーリング効果を込める。
五人組が居る中央の柱にある儀式的な広場まで続く通路には、デッドガーディアンが犇いている。
これだけの数をまともに相手にしていたらキリがない。
「だから……ノーダメージのうちに試しておかないとな!」
数十体のデッドガーディアンの群れに向かってヒーリングLv5(単体完全回復)の光球を全力投球。
[デッドガーディアン HP-1000+1000/-1000]
イメージでいえば、ボーリング。
狭い通路に犇く骸骨達が面白いように骨を崩れさせて倒れていく。
[レイスデッド HP-5000+5000/-5000]
癒しの光球は、何体ものデッドガーディアンを貫き、最後は中央に陣取っていたレイスデッドの一体を貫いてから柱にぶつかり、霧散した。
「生物に限定されていたからもしかしたらと思ったけど……アンデット系には効果抜群だな」
マイナスの生命力は、プラスの生命力で相殺することができるようだ。
ヒーリング投擲による攻撃が有効だと分かれば、後は楽勝だ。
背中に装填していたヒーリングを中央の広場に倒れている五人組に向かって投擲する。
[オオオオォォォォォーーー]
飛来する癒しの光に骸骨達の哀しげな咆哮が空間全体に響き渡る。
アンデット系がこの世界でどのような存在なのかわからないが、生命が浄化されているのだろうか。
そうであるのなら俺は良いことをしていることになるのだろうが、そこは分からない方が良い。
何しろ俺は、見た目で骸骨達を敵だと決め付けて行動している。
やつらの救済を願うつもりがあれば、せめて対話を試みていただろう。
俺にそんな殊勝な心掛けはない。
こんなにも分かりやすい敵ならばさっさと掃討してしまった方が良いし、その方が俺の本性に合っている。
距離があるせいで五人の誰にも当てられないが、確実にデッドガーディアンの数を減らせている。
飛来するシャドウLv3を回避しながら距離を詰める。
通路に散乱するデッドガーディアンの破片を慎重に退かし、脚を取られないようにすればレイスデッドの攻撃も回避できる。
さすがに俺のやり方を警戒し始めたアンデッド軍団は、デッドガーディアンがレイスデッドの盾となり、レイスデッドが魔法で攻撃するという戦法を取り始めた。
魔法による遠距離攻撃がやまないのは辛いが、そろそろ狙って当てられそうな距離になったところで改めて狙いを定め投げ――。
[シャドウフレアLv3 与ダメージ上限2000]
[シャドウフレアLv3 与ダメージ上限2000]
[シャドウフレアLv3 与ダメージ上限2000]
闇色の炎が通路を埋め尽くしながら迫ってきた。
「いや、死ぬでしょ!?」
予知感覚で見なくても喰らえば即死級だとわかる。
少しアンデッドの思考を甘く見ていたようだ。
通路に転がっているデッドガーディアンが持っていた骨の盾を拾い、何枚も重ねて構える。
「どわっちゃチャチャァア!?」
炎の直撃は避けられたが容赦ない熱が空気を焼く。
ダメージは軽微で『再生の刻印』の効果ですぐに回復する。
骨の盾でダメージ軽減が可能なようだ。
盾に隠れながらレイスデッドたちに集中してヒーリングLv5を投げ捲くる。
すでにデッドガーディアンの数はかなり減っている。
こっちが削られるより先にレイスデッドを仕留められるはずだ。
レイスデッドの数さえ減らせば簡単に状況は覆せる。
「こっちは一撃当てさえすれば良いんだ」
まだ臆する必要はない。
「しかも、こっちは増援が期待できる」
デッドガーディアンの壁がレイスデッドに集中したことで倒れていた五人までの隙間が開いている。
背に装填していた6つの光球から5つを握りこみ、禊ぎの魔法を付与する。
「とっとと起きて手伝ってくれよ!」
盾を得たことで回避行動を停止して狙いを定めることができた投擲ヒーリングが倒れていた奴らに直撃する。
それと同時に悪寒が走った。
[トウマ HP2190-900/200]
骨の盾に身を隠すのと骨の盾が砕け散るのは、ほぼ同時だった。
盾を砕いて現れたのは、金属製の杖。
盾を砕いたのは、レイスデッドだった。
レイスデッドの杖は、聖属性を持っている。
[オ、オオォォォォ]
テレポート移動でもしてきたのか、目と鼻の先に現れたレイスデッドが不吉さ全開の奈落を思わせる眼孔が妖しく光り、口腔からさらに凶悪な闇の息吹を漏らす。
[死の息吹Lv3 与ダメージ上限3000]
「ちぃ!」
この近距離で範囲攻撃魔法を打ってくるか。
こいつは、こっちの苦手を理解して攻めてきている。
中身空っぽの骸骨の癖にこっちを分析してたのか?
盾がない状態で死の息吹の直撃を受ければ、耐えられない。
「ここまで――「避けてえええええ!!」っ!?」
死を覚悟しなければならないかと思った瞬間、女の叫び声と共にレイスデッドの横っ面を凄まじい炎の大剣が貫いた。
[フレアバゼラードLv5 炎属性最強単体攻撃魔法 消費MP250 与ダメージ上限99999]
凄まじい一撃の余波で吹き飛ばされる中、レイスデッドを襲った魔法は、炎属性最強の攻撃魔法であることを理解すると共に何故、魔力を残したまま五人が敗れたのかを知る。
[レイスデッド HP-5000/-5000]
回復系魔法が弱点なら攻撃系魔法は無効となるのか。
そういえばレイスデッドもデッドガーディアンもダメージを受けた個体は居なかった。
おそらく、この世界の不死族は生命力が反転していて通常の攻撃は無効化されるのかもしれない。
しかし、今の一撃で死の息吹は消し飛ばされた。
[オオォォォ]
ダメージはなかったといえど横っ面を叩かれたのはレイスデッドも腹に据えかねるようだ。
[シャドウフレアLv3 与ダメージ上限2000]→[アカネ HP220-200/220][バズ HP330-1500/330]
レイスデッドの掌に闇色の炎が燃え盛り、最強の攻撃魔法を放った魔術師の少女と彼女を守るように弓を構える少年が標的となった。
少女の方は、一撃を耐えられるようだが弓使いの少年は一発だ。
しかし、レイスデッドはここに来て優先順位を間違えた。
「アシストには応えるさ」
ヒーリングを込めた対不死の籠手で拳を強く握る。
「喰らええ」
不死族に対して猛毒となる一撃を討ち込む。
[魔法拳:浄破の一撃Lv5 対不死]→[レイスデッド HP-5000+5000/-5000]
全力で振り抜いた拳がレイスデッドの胸骨に直撃するとレイスデッドの身体全体を獰猛な光りが侵食し、その骸を喰らい尽くした。
2体目のレイスデッドが消滅し、周囲を静寂が包む。
見れば瀕死状態から回復した5人も信じられないモノを見たかのように唖然とした表情をしている。
「ぼけっとしないでください!」
見た感じでは戦い慣れていそうな風貌の連中なのに今の状況を理解できないのか。
それとも死の淵から蘇ったことで思考が停滞しているのか。
どちらにしろ、次のアシストは期待できなさそうなので自分で動く。
残った2体のレイスデッドに向かって投擲ヒーリングを行い、手近なデッドガーディアンへ浄破の一撃を討ち込む。
「コイツらに効きそうな回復魔法や聖属性の攻撃ができる人はいますか!?」
呆けている5人の男女に叫ぶ。
俺の声にようやくいまだに予断を許さない状況であることに気付いた彼らも動き出した。
5人の中で一番図体がでかい大男が大声で俺の問いに応える。
「すまない! 見ての通り、こちらは通常の冒険者ギルドだ! 回復系魔法も討滅スキル持ちもいない!」
頼りにならない答えを叫ぶ大男の声は、どこか安心感を含んでいた。
「つまり俺にどうにかしろってことですか……」
しかし、新たな情報を得ることができた。
この世界には、ギルドが存在し、回復魔法や対不死族用の攻撃手段は通常の手段では習得できないか、習得難易度が高いらしい。
もっと有用な情報を聞き出すためにも、今は現状の安全を確保しなければならない。
次のやるべきことを決めたならそれを全力で為す。
やりたいことをやれるこの世界で躊躇する必要はないのだ。
自分なりに気合を入れなおしてアンデッド集団を攻撃しようと走るが、なにやら残ったレイスデッドが不気味な発光現象を見せていた。
[オ、オオオオォォ!]
発光し始めたレイスデッドが周りのデッドガーディアンを黒い靄のような腕を伸ばして引き寄せ始める。
「なんだ?」
何体ものデッドガーディアンを引き寄せたレイスデッドが、そのまま逃げるようにこの空間の下方、地下へと飛び降りていった。
底の暗闇にレイスデッドたちが消えたのを確認し、俺はその場に座り込んだ。
「……さすがに疲れた」
戦闘態勢を解くと同時に『再生の刻印』で高められていた身体強化も解かれ、気だるさが一気に全身を包んだ。
そんな俺の様子を離れたところで窺っていた5人の中から1人の少女が近付いてきた。
他の4人は、一箇所に集まりなにやらヒソヒソ話を始めている。
乾いた石畳の通路に寝そべりながら視線だけを近付いてくる少女に向けて確認するが、視覚だけで得られた情報には限りがある。
外見は、俺より年下だと思うけど雰囲気が少し大人びた感じだ。
白人金髪までは珍しくない外見だが、こちらを捉える双眸は輝きさえ感じさせる黄金色の眼である。
「夜に見たら怖そうだな」
「何だ?」
俺の呟きに傍らまで近付いた少女が首を傾げる。
「いや、単なる独り言だよ」
少しばかり声のトーンを高めにして口調も和らげる。
初対面の相手に対しては、最低限の礼節を以って相対すべし。
いきなりタメ口や強気攻めをするほど俺も考えなしではない。
そんな俺の対応を少女は、特に気にした風もなく流して魅力的に映りそうな八重歯を覗かせる笑顔を見せた。
「オレは、セシル。アンタのおかげで命拾いしたぜ。あんがとな!」
「軽いな~」
見た目と合わない口調の自称オレ少女の軽すぎる感謝の言葉に思わず素の口調でツッコミを入れる。
疲れていなければ身体でもリアクションを示していただろう。
「何だ? えちぃ恩返しでもして欲しいのか? オレに欲情するなんてアンタ男か?」
「いや、どう見ても男だし。あと、さっきから軽過ぎじゃない?」
なんだコイツは?
普通、命を救われたらもう少し畏まったりするもんじゃないのか?
それともこの世界では、命を救われるってのは珍しくないのだろうか?
いつ自分も命を救われる立場になるかも分からないから他者を救う行為は当然ということなのだろうか?
「ま、えちぃ恩返しは、あっちの雌に頼んでくれよ。んじゃ、そゆことで!」
「いやいやいや、流れが意味不過ぎだから……って、あっちの人たちと仲間じゃないの?」
「オレはずっと一匹狼さ! ま、次に会うことがあったら飯くらいは奢ってやんよ!」
快活な笑顔を見せた少女セシルは、元気に手を振って走り去った。
「……何なんだ、アイツは?」
この世界の住人は、セシルみたいなのがフォーマルなのか?
そうだったらフレンドリー過ぎるにもほどがあるぞ。
そう思っていると今度は残った4人組が近付いてきた。
いかにも冒険者風の連中だ。
こいつらもセシルと同じような軽さだったら対面を繕うの速攻で止めてやる。