初遭遇・アンデット
意識と肉体の連動を取り戻し、健常な身体であることが確認できたことにひと心地つけた。
眼前には、Λ世界とやらの光景が映っている。
広がっている、と表現できないのが残念なところだ。
まずは自身の状態を確認する。
身体機能において不具合はなく、五感にも現時点で異常は感じられない。
身に纏っている衣服は、丈夫な布製の長ズボンとごわごわ感のある半袖シャツの上から草臥れた感じの外套。
各衣服は、革製のベルトで弛みを絞るようにサイズが俺に合わされている。
幸い運動の阻害となるほどの違和感はない。
続いて衣服以外の装備を確認する。
【武器】浄破の籠手
攻撃力:筋力+10 属性:光・聖 特殊:対不死族
【防具】魔除けの腕輪
防御力:体力+5 属性:光・聖 特殊:魔物遭遇率低下
【装飾】清めの指輪
属性:聖 特殊:呪・状態異常無効
装備を確認しようと意識すると同時に情報が思考に流れ込んできた。
「これはまた……徹底してるな~」
この感覚は、天恵技能の一つ目と三つ目が合わさったものだろう。
あらゆる事象を数値化する感覚とあらゆる存在に対して接触・干渉を可能とする能力が合わさり、俺が認識しやすい形で再現されているようだ。
物事をすべて数値化できると文字通りゲーム感覚になりそうで怖いな。
遊びのゲームと違うのは、五感すべてに影響することだ。
「痛い思いは誰でも嫌だしな」
自身と装備品の確認を終えたら、次は能力の確認。
そう思うと先ほどと同じように情報が流れ込んでくる。
【魔法】回復魔法Lv99
ヒーリングLv5(消費MP0):単体回復・生物限定。
修復Lv5(消費MP0):単体回復・無生物限定。
リフレッシュLv5(消費MP0):状態異常を回復する。
禊ぎLv5(消費MP0):呪を解除する。
再生の刻印Lv5(消費MP0):一定時間生命力を活性化させる。
【技術】医学Lv99 薬学Lv99
薬剤合成Lv5(消費MP0):回復系アイテム作成が可能。
手当てLv5(消費MP-):緊急時の応急処置が可能。
異物除去Lv5(消費MP0):物体内の異物を摘出する技術。
欠損修復Lv5(消費MP0):致命的な欠損の治療及び接合が可能。
思いのほか技能が少ないと感じるが、内容を考えれば十二分に贅沢な技能だ。
各魔法・技術についているレベルは、高ければ高いほど良い効果を得られる。
最高レベルは、5。
俺がゲームのキャラクタなら回復役としての地位を磐石のものにしていただろう。
「いや……逆に外されるかも」
ここまでの技能を持った回復役がいたらバランスブレイクもいいところだ。
そんな完璧な保険を旅のお供に選ぶようなことはプレイヤーとしても楽しめないと思う。
しかし、ゲームと現実は違う。
現実において保険は必要不可欠な要素だ。
いざという時に備える。
難易度が下がろうが楽しみが減ろうが関係ない。
現実で失敗した時にそこで終わってしまわないための保険は絶対に必要だ。
死んでしまえばそれですべてが終わってしまうのだから。
自身の確認を終え、改めてこれからの未知に対する不安を再認識したところで無機質な音の響きが耳に届いた。
< シャンッ シャンッ シャンッ >
軽い金属がぶつかり合うような音が規則正しく通路内に響き渡る。
音としては綺麗だが、どこか物悲しさを感じさせるリズムだ。
自身以外から発せられている音を認識し、再び周囲の環境を確認する。
「……迷宮、なのかな?」
俺が放り出されたのは、どことも分からない石造りの通路の中だ。
ここが迷宮なのか、何某かの遺跡なのか、文明人の生活圏なのかも分からない。
少なくとも俺の感覚では、人間が生活しているような要素は感じ取れない。
四方の壁を天恵技能の感覚で調べると馬鹿げた数値の耐久性を認識した。
「破壊は可能だが、それ相応の破壊力が必要ってかんじかな?」
張りぼて迷路のように薄い壁を破って最短距離を進むという方法はとれないようだ。
幸い通路には風が吹いている。
空気が流れているということは、少なくともどこかに空気が出入りする通気口があるということだ。
「さて……どっちが出口なのかな?」
視界に映る範囲に日の光は認識できない。
一直線に伸びる通路の真ん中に佇み、どちらに行こうかと決めかねている俺の耳にさきほどから聞こえている金属音が興味を向けさせる。
< シャンッ シャンッ シャンッ >
一定の間隔で鳴り続ける音が人為的なものか、機械的なものか、自然的なものかも不明。
俺は今、自身の知る世界にいない。
こういう場合は、ある程度情報を集めてから行動するべきなのだろうが、この場で集められる情報はほとんどない。
周囲が安全かどうかも分からない状況で動き回るのは懸命ではないが、動かなければ情報も集められない。
情報がなければ、何が正しいかなど決められない。
「好奇心は猫を殺す…って言っても進まないと始まらないしな」
曖昧な気持ちで決めた目的地へ歩を進め始める。
音が響いてくる通路の奥に一体何が待っているのか。
不安がないと言えば嘘になるだろう。
しかし、そこで歩みを止めてしまえば新天地に降り立った意味がない。
未知に対する恐怖は、人として当然のモノ。
目の前の状況にどう対応するかが、その人のあり方を決める。
俺は、人生から逃げ続けてきた。
死ぬのが怖いから生きていたと言っても間違いではない。
人は、目的がなくても生きていける。
しかし、目的がなければ自身を語ることはできない。
人と人が関わり合う人間社会において、互いを知り合うことで関係性を強化し、社会性を育んでいく。
社会において、数は絶対の正義として成り立つ。
人と人との関わりが育てた社会において、ある程度の個を示しながらも個を主張し続けることは避けなければならない。
協調・融和・親交。
人間社会における美徳に分類されるであろう関係性を成立させるためには、個と個がさまざまな状況で物事の感じ方を共有する必要性がある。
例えば、親しい誰かと食卓を囲むと食事が美味しく感じる。
例えば、気の知れた者達で娯楽を楽しむ。
例えば、同じ目的を持った者達が集い大きなことに挑戦する。
誰かと何かを共有するということは、人生の幅を広げ、自身の人間性を高めることに繋がる。
また、異なった価値観を持つ者同士が意見を交し合うことも有意義なことだ。
人間社会において「当たり前」という最低限の部分を共有してさえいれば、人は人として生きていくことに支障はない。
しかし、この「当たり前」を共有できない人間も少なからず存在するはずだ。
それが生来からの性質か、何某かの障害かに関わらず、大多数が示す「当たり前」という基準点から外れれば外れるほど人としての幸福を得られなくなる。
健康な身体、暖かな家庭、恵まれた環境。
凡そ人が幸福になるためのすべてが揃った人生に絶望する性質を持った人間も存在するのだ。
自己の内面を掘り下げるという愚考に陥っていた俺を今の現実へ引き戻したのは、鼻腔に入り込んだ異臭だった。
「この臭いは……死臭、かな?」
嗅覚を刺激する臭いは、乾燥しかけた死者のモノだ。
こんなモノの臭いを嗅ぎ分けられる程度には、人の死に近い場所に俺は居た。
望んで得た場所ではなかった。
人生から逃げ続けていたら辿り着いてしまった場所で俺は……。
「……生きてあの世界には返らない。絶対に返らないんだ!」
再び堕ち始めた意識を強引に今の現実に戻して歩を進める。
音を頼りに10分程度歩き続けると通路の先に開けた空間が見えた。
先ほどよりかなり近くに音を感じる。
「さて、鬼がでるか蛇がでるか。……ま、保険だけは忘れずに掛けておこう」
音の発生源があると思われる空間を覗き込む前に『再生の刻印』を自身に使用する。
魔法に分類される技能だが、特に呪文などは必要なかった。
指先で胸部に再生を意味する印を描くだけで効果が得られる。
技能を確認した際にMP=魔力が必要であることは理解できたが、天恵技能によりMPを消費せずに俺は魔法を行使できる。
刻印を使用すると身体全体が熱を帯び、身体も軽くなったように感じた。
[HP250+50/200]
効果を確認しようと天恵技能で自身を見るとHP=生命力が[現在値/最大値]で認識できた。
現在値の部分に+50の数値が点滅しているような感じだ。
点滅の感覚は、5秒ごと。
+50が点滅するたびに生命力の現在値が増加している。
どうやら『再生の刻印』は自動回復効果だけでなく、余剰生命力分が身体強化に繋がるようだ。
さらに集中して効果を確認する。
[HP400+50/200 状態:『再生の刻印』580/600s]
制限時間は10分間。
無傷のまま時間が経てば経つほど身体は強化されるというのなら、戦闘行為を行う際はある程度追い込んだ方が良いのだろう。
「ま、そんな賭けはしたくないけど」
常に制限時間を感じられるように意識して通路の先にある空間を覗き込んだ。
開けた空間は、思っていたより遥かに広大だった。
頭上を見上げれば通路らしきものが幾重にも交叉し、その隙間から僅かな陽光が差し込んでいる。
空間の中央に支柱となる巨大な柱があり、そこを囲む円状の通路があり、その所々に通路の入り口や上下の階層を繋ぐ階段があった。
現代日本では決して目にすることはできない光景に呆けたくなるが、それを自然の理に反する物体の存在がそれを許さない。
「動く骸骨……肉が残っていなければ何とか見れる、かも」
円状の通路から中心の柱に伸びる通路の上を軍隊のように揃ったリズムで行進する骸骨たちの光景を滑稽に感じられるのは、俺がずれているのだろうか。
自身が別世界に居るのだと確認できたからなのか、ニヤけてしまう表情を抑えながら骸骨達を観察する。
デッドガーディアン/不死族
HP-1000/-1000
体力:99 筋力:50 走力:20 魔力:20
不死族50
彼らの名称は、デッドガーディアンというようだ。
見た目通りの不死族。
筋がないのに筋力という表示も変だが、俺が認識しやすければそれでそれでいいので無視する方向でいこう。
HP=生命力がマイナス値なのは、不死族の特徴なのだろうか?
筋力と体力は素の俺よりかなり高い。
個としての戦力差は明らかである。
見える範囲で確認できるデッドガーディアンの数は、100体程度。
能力値の上下はあるが、すべてが同じような白い剣と盾を装備している。
[装備]デッドガーディアン
【武器】骨の剣
攻撃力:筋力+10 属性:闇 特殊:呪
【防具】骨の盾
防御力:体力+10 属性:闇 特殊:呪
見た目通りの装備だった。
攻撃力及び防御力は、高くない装備だが、素の能力値に差があることと特殊効果の呪というのがやばそうだ。
また、デッドガーディアンが向かう柱の回りを囲んでいる通路に4体の不気味な紋様が描かれたローブを纏った骸骨が金属製の杖をシャンシャンと鳴らしている。
音の正体は、やつらだったようだ。
レイスデッド/不死族
HP-5000/-5000
MP 800-20/ 1000
体力:99 筋力:25 走力:15 魔力:89
不死族90 暗黒魔法40
[装備]
【武器】鎮魂の杖
攻撃力:筋力+20 属性:聖 特殊:鎮魂の儀(消費MP20)
【防具】
防御力:体力+50 属性:闇 特殊:呪
[技能]
【魔法】暗黒魔法Lv40
シャドウLv3(消費MP15):闇属性単体攻撃魔法。
死の息吹Lv3(消費MP50):闇属性範囲攻撃魔法。追加効果・呪
シャドウフレアLv3(消費MP30):闇・炎属性範囲攻撃魔法。
なにやら魔法使いタイプっぽい骸骨レイスデッドは、やはりデッドガーディアンよりかなりヤバイ。
魔法が使える上にMPと魔力も高い。
なにやらMPが徐々に減っているように感じるのは、鎮魂の杖とやらに付随している特殊技能を使用中だからなのだろう。
鎮魂の儀とやらが文字通りの意味であるのなら魂を鎮める行為のはずだが、やつらの見た目からは良い印象は受けない。
デッドガーディアンの数とレイスデッドの凶悪さ。
はっきり言って近付きたいとは思わない。
天恵技能があるから意思疎通は可能だろうが、とても友好的な関係が築けるような相手には見えない。
初遭遇の別世界人がアンデット集団だとか笑えそうで笑えない。
「ま、ゾンビでないだけマシなんだけどな」
死体の腐敗臭は本当にきつい。
我慢はできるが、精神的に消耗してくるものだ。
嫌なイメージを思い出し、気落ちしたところで新たな情報を感覚が捉えた。
メイル・ソーズ/重戦士/28歳
状態:呪
HP18/560
MP0/20
体力:55 筋力:42 走力:32 魔力:18
ユリシカ・エルロン/魔術師/25歳
状態:呪
HP12/260
MP110/320
体力:35 筋力:20 走力:35 魔力:62
バズ・ハーデンス/弓術士/19歳
状態:呪
HP7/330
MP40/150
体力:40 筋力:28 走力:40 魔力:25
アカネ・ウエダ/魔術師/17歳
状態:呪
HP19/220
MP390/920
体力:99 筋力:5 走力:99 魔力:99
セシル・ドライゼン/軽戦士/16歳
状態:呪
HP10/240
MP25/100
体力:30 筋力:24 走力:30 魔力:49
人間と思しき男女五人が瀕死の状態でレイスデッドの前に転がされていた。
「嘘……」
今し方関わりたくないと感じたアンデット集団のど真ん中に瀕死の人間が居る。
ここで躊躇なしで助けに入るような正義感でも人道主義でもないが、見過ごせない情報が既に入ってしまった。
[アカネ・ウエダ/魔術師/17歳]
この世界がどのような文化なのかまだ知らないが、ウエダ・アカネという名前は日本人っぽ過ぎる。
年齢から考えて第二期に投入された人物である可能性は低いだろう。
神のシステムさんとやらも第三期に投入されたのが俺だけとは言っていない。
元の世界に未練はないが、俺と同じように現代日本から投入された人物であるのなら利用価値がある。
しかも、全員が死んでいない状況と魔術師連中の魔力がまだ残っているという部分がいやらしい。
全員意識朦朧状態だが、生命力を回復させて呪いを解除すれば十分な戦力になるだろう。
この世界の情報を得るためにもこの世界の人間と接触することは必要だ。
そこに命の恩人というアドバンテージを付けてから接触すれば、円滑な情報収集が可能になるだろう。
ウエダ・アカネが俺と同じ境遇の日本人ならば、さらにより良い接触が図れるはずだ。
幸いなことに俺の装備には、対不死族の効果が付いている。
この対不死族効果がどの程度の威力を発揮するか分からないが、『再生の刻印』の自動回復と身体強化を併用すればいけるかもしれない。
俺の治癒術は、MP消費なしで使い放題だから対処できないようなら彼らを回復しまくって囮にして逃げればいい。
逃げる際も魔物遭遇率低下の効果があるから『再生の刻印』を連続しようすれば逃げ延びることくらいはできるはずだ。
地上というゴールも頭上に確認できている。
「自分自身が保険になれるってのは、反則だよな」
これからの活動を効率的に行う為に彼らを救う。
自分自身対する言い訳としてはこれで十分だ。
目的を明確にし、行動に移そうと通路の影から身を乗り出した瞬間――眼前に闇色の魔力が迫っていた。
「え?」
トウマ・ササキベ
HP750-1000/200
生命力の現在値に-1000が灯り、警告のように明滅した。
俺は無意識の中、手遅れと知りつつ停滞していく視界の中でその場に倒れ込んだ。