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〔第一部〕「言葉が現れる時」6話

「残していくものと残されるもの」


わたしは、おばあちゃんが暮らす施設に来ていた。


ここには寝たきりの人もいれば、車椅子で生活している人、まだ普通に散歩に出られる人、おじいちゃん、おばあちゃん、(生きていたら)わたしのお父さんやお母さんくらいの歳の人、わたしと同い年くらいの人、まだ幼い子供などさまざまな人がいた。


ここでは毎日色々なことが起こっているけど、お医者さん、看護師さん、他にも専門的な仕事をしている人、ボランティアなどが協力してテキパキと対応しているし、なによりとても感じの良い人ばかりだった。


そんな施設でおばあちゃんは普段、車椅子で生活していた。


おばあちゃんを看てくださっている方から、おばあちゃんのここ数日の体調を教えてもらい、とても良好だということなので、車椅子を押して外へ散歩に出ることにした。

その日は日差しが暖かくて、空も澄み渡って輝いていた。

おばあちゃんは、わたしが訪れるとはじめに必ずハルとウノのことを聞いた。


「ハルちゃんとウーノちゃんは元気なの? 」


おばあちゃんはウノのことをウーノと呼んだ。


「うん、元気だよ。ハルは、相変わらず寝てばっかりいるし、ウノは、「散歩! 」って言うと相変わらず、すっ飛んでくる」

「そう。それは良かったわ」


おばあちゃんはいつもニコニコしながら、小さくてゆっくりとした声でしゃべった。


「学校はどう? もう半年経つわね」

「そうね、随分慣れたかな」

「そうかい、寂しい思いをしていないかい? 」

「大丈夫だよ、学校でも友達できたし、それに……」


アルバイトの話しをしかけてやめた。


「おばあちゃんは、何か必要な物とか、欲しい物とかないの? 」

「うん、特にないね」

「そっか」


わたしは、庭園内で紅葉がよく見える辺りまで、おばあちゃんを乗せた車椅子を押して行き、車椅子の車輪をロックしてからおばあちゃんの横に並ぶようにしてベンチに腰をかけた。

庭園内には、ほかに杖をつきながら散歩をしている人もいれば、点滴スタンドを押しながら看護師さんと一緒に歩く人、わたし達と同じように車椅子で移動する人、ベンチで本を読んだり、うたた寝する人、はしゃぐ子供達もいた。


この施設で生活している人は年齢もかかえる病気もこの施設での過ごし方も本当にさまざまだけど、皆に共通していることが一つだけある。


それは、もうそれほど長く彼ら、彼女らの人生は残されていないということだ。


おばあちゃんがこの施設で生活しはじめてから一年近くになるけど、その間に施設で出会ったおばあちゃんの友達は何人か天国に召されて行った。

おばあちゃんも、もう年齢相応の体力の問題から手術などの治療はできなくなっていた。

前回ここに来た時、お医者さんからおばあちゃんの余命は三カ月から長くて半年だろうと言われた。


おばあちゃんが亡くなったら、わたしにはこの世界に血のつながった身内が誰もいなくなる。


いわゆる天涯孤独というやつだ。


そんな事を考えながら、おばあちゃんと同じ目線で紅葉した大きな樹を見ていたら、おばあちゃんがぽつりと言った。


「わたしは、もういつお迎えが来てもおかしくないけど、お陰さまでこれといった後悔も残さずに逝けそうだよ。ただ……一つだけ悔やまれるのは、心に大きな……それは大きな傷を負って……、そんな孫娘をたった一人残して逝くことだよ。ごめんね」

「おばあちゃん……」

「ただね」


おばあちゃんは紅葉に目を向けたまま、ゆっくりとした声で話しを続けた。


「逝くものもあれば、生まれるものもあるんだよ。みんな順番で、繰り返すものなんだから。だから自分の信じた道を真っ直ぐ行きなさい。みんな最後には一人で行かなければならないんだけど、その先にはきっと何か、とても幸せなことが待っているから。そう、信じるんだよ」

「ねぇ、おばあちゃんにとって人生で一番幸せだったことってなに? 」


おばあちゃんは紅葉からわたしに視線を移したものの、面と向かって話すのは気恥ずかしいのか、また紅葉に視線を戻し、少し照れながら言った。


「そりゃあ……、おじいちゃんと出会って、夫婦として暮らしたことだね」


わたしは、そういうおばあちゃんが可愛らしくて、ちょっと意地悪を言いたくなった。


「おばあちゃんがあっちの世界へ行ったら、おじいちゃんはちゃんと迎えに来てくれるかな? 案外、薄情だったりして」

「そんな事はないよぉ。ちゃんと迎えに来てくれるよ。おじいちゃんは、優しい人だから」


わたしはちょっと羨ましく感じた。

そして、おばあちゃんとわたしは再び紅葉に目を向けた。わたしは、このとても短くて、儚くて切なくて、だから大切でかけがえのない時間を丁寧に過ごしたかった。

おばあちゃんは、またそっと「ごめんね」ってつぶやいたけど、わたしは聞こえない振りをして、ただ紅葉を見つめ続けた。

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