〔第三部〕「確かなもの」18話
「二〇X二年五月十六日 来訪」
Tの家に着いた。
あの男は僕のベッドに寝かせていた。
シズカさんは、僕らが連れ帰った行き倒れの存在にひどく驚き、Tが男に向かって叫んでいたのと同じ名前を叫び、男の容体が大事にはいたっていないことが確認されるまで、その名前を心配そうに何度も繰り返しつぶやいていた。
Tは、そんなシズカさんをアオのそばにいるよう寝室にうながした後、ウィスキーをグラスに入れてチビチビと飲んでいた。
僕は、持ち込んだビールを缶のまま飲んだ。
あらためてビール缶のデザインをながめると、この世界で企業のロゴの入ったビール缶を手にしていることが不思議で、なんだか似つかわしくない気がした。
まあ、それはさておきだ。
「T、どういう事なんだ? そろそろTが知っていることを僕にも教えてくれないか? 」
「私は何も知らないよ」
「あの男は、マルキスという名前じゃないのか? トランクルームで共に暮らしていたマルキスだ」
Tが何かを言いかけた時、僕の部屋の扉が開き、マルキスが顔を出した。
「MJ、お加減はいかがですか? 」
Tは立ち上がり、背筋を伸ばした。
そう、Tは倒れている男を抱き起こして、MJと叫んだのだ。
「T、随分久しぶりですね。助けてくれてありがとう。そしてタケシも。危うく行き倒れる所だった」
やはりこの男は、僕を知っていた。
「君は……マルキスだよな? おかしなことを聞くようだけど」
マルキスは僕の問いかけに即答せず、Tをチラリと見てからあらためて僕を見て、微かな笑みを浮かべながら言った。
「マルキスは、本当の名前ではない。本当の名前は、MJと言うんだ。そしてタケシ、君をずっと捜していた。やはり、Tのもとに居たんだね」
「MJ、それではタケシが、我が故国に語り伝えられた男なのですか? 」
「そうだ。これから少し時間をかけて二人に話したいことがあるんだ。その前にまずはとても腹が減っているんだが、何か温かい物を食べさせてくれないか? T、私にもウィスキーをください」
僕は、マルキスとTの話しにまったくついて行けないながらも、マルキスが言った最後の一言に違和感を持った。
マルキス、MJはウィスキーを知っていた。
Tは知らなかったのに。
マルキス、MJはどこか異国の地でウィスキーを飲んだことがあるのかと思いかけた所で、MJが言った次の一言に、僕はまるで頭を殴られたような衝撃を受け、しばらく言葉を失った。
「アサヒビールじゃないか。インポート物のビールなんて珍しいな」
そんな僕をよそに、Tはシズカさんの作り置いたシチューにジャガイモを足して、またしばらく煮込んだ後、皿によそって出した。
僕は、MJから聞きたいことを山のように思いついたが、取りあえずはMJの話しを聞こうと決めた。
「Tには、僕の幼い頃にも食事をご馳走してもらったね」
Tは、MJににっこりと笑いかけ、それから僕を見て、「タケシはいいのか? 」と僕の返事を待たずに、もう一皿よそってくれた。
僕はTから皿を受け取りながら、座り直して二人に言った。
「なあ、T。そしてマルキス、本名MJ。僕は二人の関係も、二人の話していることも何もかもまったく理解できずにいるんだ。チンプンカンプンと言っていい。僕がもしこのままここに居ていいのなら、色々な背景や経緯も含めて僕に分かるように言葉を補足しながら話してくれないか? 二人には、周りくどくて苦痛かもしれないけど……」
僕の真剣な顔に二人は顔を見合わせた後、MJが「分かった。この皿を食べ終わったら話すから、少しだけ待っていてくれ」と言って、スプーンで皿に残ったシチューをかき込みはじめた。




