レモンスカッシュ
「やだ、なにこれすっぱい」
彼女はしかめっ面をしてグラスを照明にかざした。淡い水色に透けて、氷の影がその不機嫌な顔に落ちる。
「どうですか、おいしいですか?」
「おいしいわけないじゃない。何よこれ」
「僕特製の手作りレモンスカッシュなんですけど・・・・・・」
「まさかレモン果汁百パーセントじゃないよね」
また失敗、か。
僕は彼女に聞こえないようにひそかにため息をついた。レモンスカッシュをよく飲む彼女の為に、おいしいものを作って喜ばせたいと思って今まで何回も練習したけれど、美味くできたためしは今まで一度も無かった。
やっぱり、僕では彼女を喜ばせられないのだろうか。
グラスを弾く涼しい音が部屋に響いて、はっと我に返る。彼女が難しい顔をしながら華奢な指でグラスを弾いていた。
「材料、まだある?」
「え? あ、まぁ」
「私が作る」
彼女はおもむろに立ち上がるとキッチンへ向かった。僕は急いで一口しか飲んでもらえなかったレモンスカッシュをあおる。ああこれは確かに駄目だ。半分涙目になりながら飲み干す。
「ほらはやくあんたも」
手招きされたけれど声がだせなかったのでとりあえずなんどもうなずく。
キッチンでは、彼女が僕が作るためにわざわざ買った絞り機でレモンを絞っていた。少しぎゅっと絞ると、あっさり残りを捨ててしまう。
「あ、まだ果肉残ってるのに」
思わず声をだすと、不機嫌な声が返ってきた。
「絞りすぎたら苦いのよ。知らなかったの?」
まったく知らなかった、とは言えずただ苦笑いしてごまかす。
彼女の手際はかなり良かった。玄人なみの手つきでてきぱき捌いていくところを見ると、何度か作ったことがあるんじゃないかと思う。あっけにとられて僕が見とれている前で、彼女はレモンスカッシュをグラスに注いで氷を浮かせた。飾り付けに小さなカットレモンをこぎれいに飾る余裕にも、ただただ感心するばかりだ。
「さ、飲んでみて」
彼女が勧めるままに僕はグラスに口をつけた。
しゃわしゃわと泡がはじける音と一緒に、さわやかな甘みと酸味が舌先から広がっていく。喉元を通り過ぎてもなお、すっきりとした後味が残ってかすかに匂い立つ。これは、と目を丸くして彼女を見ると、彼女は自信まんまんな顔をしながら、どうよ? と目だけでたずねた。
紛れようもなく、このレモンスカッシュは僕が今まで飲んだ中で一番美味いレモンスカッシュだ。
驚きのあとに浮かんだのは、『悔しい』という感情だった。
やっぱり僕は彼女を喜ばせることなどできなくて、彼女は僕がどうこうあがかなくっても自分で全部うまくやってしまう。僕は、彼女には似合わない。
落ち込んだ気持ちを隠すように、僕ははははとからからに乾いた声で笑った。
「なんだ、こんなにうまいんだったら何度も不味いの作ったりして練習しなくても良かったのに。馬鹿ですね僕」
「なあに言ってんの。あんたはこれから、あたしの為にこれを作るの」
驚いて彼女の顔を覗き込む。珍しく彼女は目をそらしてそっぽを向いた。
「何のために今作ったと思ってんのよ。これから毎日あんなに酸っぱいの飲んでられないわよ、今度飲ませたりしたら知らないんだから」
窓の外に不機嫌な顔で視線をさまよわせる彼女の耳はわずかに赤かった。僕はその背中に向かって明るく微笑んだ。
「・・・・・・はい、がんばります」
甘酸っぱい恋心を
照れ隠しで割って
ここまで散々書いておきながら、私は全く炭酸飲めません!
それでは!!((逃避