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5. リエナの目標は皇帝陛下への嫌がらせに変更されました

怪我をしてからは大変だった。骨折は肋骨一本だけなので助かったが、頭の怪我をどうしようか。


黒髪を隠すためには宮廷の医者に診て貰うわけにもいかず、かといって魔法が禁止されている後宮で魔法での治癒はできない。

止血と消毒は行っているものの、適切な治療が受けられず傷は開いたままなので、回復はかなり遅くなりそうだ。


「この怪我では夜会は当分欠席するしかないわね」


「そうですね。陛下も、あそこまでやらずとも…」


アリーがリエナのあまりに酷い傷に痛ましい表情を浮かべながら、呟く。


今は部屋の中で黒髪のまま頭に包帯を巻いて過ごすことが多くなっていた。もちろん、人に会うときはその上にウィッグを被る訳だが。蒸れるウィッグは、頭の怪我にはよろしくなさそうだ。


「アリー、その代わりに後宮の女性を集めた茶会をしたいの」


今まで茶会は自分から開くことなどなかった。自分が皇帝に嫌われるために茶会は関係ないと思っていたからだ。誘われることは何度かあったが、皇妃の有力候補の誘いだけ受けて、後は人間関係に波風が立たない程度に放っておいた。


「茶会…ですか?お怪我をなされていますのに」


アリーが心配そうに問う。


実際これは重傷だと思うが、以前はこんな怪我はいくらでもしていた。……もっとも、そんな時はすぐに治癒魔法で治すことができたのだが。


「夜会に出席できない分、他で補わないと。あの陛下、どん底まで突き落として人間不信にしてあげる」


アリーを泣かせた罪は重い。リエナにとって彼女は唯一無二の存在である。彼女を悲しませたことは、万死に値する。


既に「皇帝に嫌われること」から「皇帝に嫌がらせをすること」に目的が変わっているのだが、リエナは気付かないふりをする。


「さすがリエナ様!私、精一杯サポートさせて頂きますね!」


本気で気づいていない、純粋にリエナを応援するアリーの笑顔に、リエナは俄然やる気を出すのだった。




ある天気の良い午後のこと。中庭には少女たちの明るい声が響いていた。


「まあ、陛下はあのお茶が好きなんですの?」


「はい、逆に甘いものや癖が強いものはお嫌いだそうです。陛下は苦いくらいのものが丁度良いのです」


リエナは今、後宮の美女たちを集めて茶会の最中だ。

陛下の理想の女性について指導しているのだが、令嬢たちはリエナの話を聞きたがり、側に集まって来ている。まさに両手に花の状態である。


皇帝陛下の反応が楽しみだわ〜。


今まで自分にとって嫌な態度しかとってなかった令嬢が、いきなり理想の淑女と化すのだ。しかも、後宮の女性全員が一気に。これ程気持ち悪いことはないだろう。


(皇帝の地位と美貌に)恋する乙女である令嬢たちは、素直に自分の話を聞いてくれる。非常に可愛らしい娘たちだ。


「リエナさんはなぜ、こんなことまで知っていらっしゃるの?」


「ふふっ、秘密の情報網があるの」


柄じゃないけど、悪戯っぽく笑ってみる。自分でやっていて気持ち悪い。


「これから毎日お茶会を開くから、ご予定のない時はぜひ、参加してくださいませね」




「あれから、皇帝陛下の態度が変わりましたの」


「そうね、お優しくなったわ」


「これなら夜の訪いもありそうね」


令嬢たちが、嬉しそうに語りながら頬を染める。


茶会を始めてから一週間、リエナの「陛下の理想の女性講座」は侍女などの噂で急速に広まっていき、茶会への参加希望者が殺到していた。


人数が急増した最初こそ困ったものの、リエナは一日に開く茶会の回数を増やしたり、令嬢の予定を聞いて全員が平等に参加できるようにしていた。

だが、他の女性を出し抜こうとして情報を金で買おうとする女性には、参加禁止にしたり厳しい対応をした。


リエナは今や完全に後宮を掌握している。


というか、後宮にはどれだけ人がいるのよ。


後宮には、尋常でない数の女性がいた。歴代の皇帝と比べても、他国の王と比べても、半端なく多い。いくら興味がないからといっても、後宮に入る女に制限くらいかけたらどうだ。おそらく皇帝は全ての女性を把握しきれていないだろう。これでは、男が紛れ込もうと、暗殺者が紛れ込もうと絶対に気付かない。

思わぬところに皇帝の弱点を見付けてしまった。今ならだれが皇帝を暗殺しても、犯人は捕まらない気がする。皇帝は強いので、万一成功した場合の話だが。


皇帝といえば……。

そろそろ反応が気になるわね〜。今の状況をどう思っているのかしら?




その頃の執務室。


「宰相、最近後宮の女たちの態度がおかしいのだが」


「……は?それは、どのように?」


「態度に嫌悪を感じない。いつからあんな慎ましい女に変わったのだ」


皇帝は明らかに困惑している様子だった。


「それは良かったではありませんか。これを機に、本気で皇妃選定を考えて頂けると嬉しいのですが」


ついに、女性嫌いを克服したのか。宰相は、嬉しそうににこにこと笑みを浮かべた。


「だが、不審に思わないか?全員、あの態度だぞ?」


「……………………」


確かに、いきなり態度が豹変したのは少し気になるところだ。今まで寵を得ようと必死に皇帝に手を伸ばしていた令嬢が、いきなり大人しくなった。これが意味するところは。


「しかも、食べ物や装飾も全て、俺の好みに合わせてあるのだが」


「……………………」


なぜ、皇帝と接触がほとんどない後宮の者が皇帝の好みを知っているのか?裏の事情とかならまだしも、好きな食べ物や趣味といった私的な、しかも些細な内容だ。


「俺はどうも、何者かに俺の情報が流用されている気がしてならないのだが」


「私もそう思います」


しかし、そこまで皇帝の事情に詳しい者とは、一体何者なのか。


「陛下、後宮に親しくされている女性など、いらっしゃいましたか?」


「…………いる訳ないだろう」


出入りの不自由な後宮の女性と接触できる者というと限られてくる。容疑者候補として上がるのは同じく後宮の女性なのだが、女嫌いの皇帝に限ってそれはない。というか、私的なことで皇帝に関わる者自体、自分以外にまずいないだろう。


「宰相。まさか、お前がしたんではないよな?」


「は?畏れ多くもそんなこと、陛下にできるわけないでしょう」


宰相は突然皇帝から疑いの目を向けられ、ショックを隠しきれない様子だった。

私が皇帝に疑われるなんて……。


宰相の表情に、皇帝は罰の悪そうな表情をした。


「すまない。その通りだな……。このままだと、だれも信用できない。このままでは信頼する臣下までも失ってしまうかもしれないな……」


皇帝をよく知る者がこの情報を流しているのだとすると、その者は皇帝の女嫌いを知ってているに違いない。これは、早急に捜査を始めなければ。


「宰相、すぐに情報を集めてくれ。犯人の手で重要な情報が表に出る前に犯人を捕まえろ」


「御意」


かくして、犯人探しが始まったのだった。





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