42.自殺願望はありません
里菜は馬を借り、闇の渦の側まで移動した。
だが、ここからは徒歩で進むしかあるまい。 闇の渦の、飲み込もうとする力は強い。下手に馬で飛び込むのは、危険だ。
里菜は馬を降りて渦の側に一歩、近付いた。
闇の渦の側では、あらゆるものが渦に向かって引き込まれていっていた。
各地で発生している闇の渦は、全部“同じ所”に繋がっているはずだ。だから、どこの闇の渦に言っても良かったのだが、大きな渦でないと里菜を飲み込んでくれそうがないように思った。
闇の渦は想像以上に、圧倒的な力だった。
体は渦の中へと引っ張られ、気を張っていないと体ごと持っていかれる。
なぜ女神は、里菜にはこれをどうにか出来ると思ったのだろう。里菜の魔力なんて、この渦を潰すほどの力は無いように思えるが。
だが、後戻りはできないので、とりあえず進むしかない。
里菜は魔力が吸い込まれないように抵抗しながら、渦の中心らしき方向に進んでいく。
奥に進めば進むほど、渦に吸い込もうとする力は強くなり、渦に吸い込まれていく欠片が里菜の体を傷つけていく。
それでも、必死に前に進もうとしていた里菜だが、視界を覆い隠されていたせいで、気づかなかった―――――後方には、大木が。
「危ない!」
何が起きたか正確に把握する前に、力強い腕に抱き込まれ、防御壁の中に引っ張り込まれたのが分かった。
顔をあげると、顔だけは良い皇帝のご尊顔が怒りに満ちた表情で里菜を見下ろしていた。
「なんで自ら死ににいくような真似をしているんだ!」
「いや、これには、訳がありまして」
「ほう……我が身を擲って良い正当な理由があるなら述べてみよ」
「別に自殺しようとかそんなこと考えてた訳ではなくてですね」
「今の状況で死ぬ以外に選択肢があるとも思えんが」
「…………」
あまりの恐怖に、里菜はだんだんと黙り混んでしまう。
「とりあえず、一端ここから出るぞ。事情は後から聞く」
「いや、せっかくここまで進んだのに」
「お前…………冗談抜きで死ぬぞ?対策もなしに乗り込んで」
「………あ」
里菜はとりあえず安全な場所まで離れることにした。
「で、何故黙って城を出た?」
「これからしようとすることを言ったら引き留められると思ったから」
「闇の渦に飛び込むことか?リナは何を考えていた?何を為そうとしている?」
里菜は諦めて洗いざらい話すことにした。
「これは、全部私の推測です。信じられなくても結構なので、聞いてください」
たぶんきっと、これを言ってしまったら、この世界の常識そのものが覆される。だから、皇帝が信じてくれるかは分からないが。
「あの闇の渦の向こうには、神がいるはずです」
「女神が?」
「いえ、女神ではなく、おそらく男神ですね」
古代史を読んでいるうちに気づいたがこの世界の神は“神”としか表記されていなかった。それが、いつ頃からだろうか、“女神”と言われるようになったのは。
そして、“女神”が現れたときから、巫女の召喚が始まった。突然現れた女神と、異世界から一人ずつ、不定期に呼び出されるようになった巫女。
これらに関係がないわけがない。
「偶然では?たまたま時代が被ったとか………」
「巫女は、女神が召喚するものです。突然現れた女神が巫女を召喚したから、巫女が異世界から来ているわけです」
神が“女神”に代わったことで、“巫女”を呼び出さなければならない事態が生じた、と考えるのが普通である。
女神は、言っていた。魔力の渦を封じるためには巫女の力が必要だと。魔力の渦が世界のバランスを崩すから、異世界から巫女を呼び、それを封印する。
「なぜ、魔力の渦など出来るのだ?女神自ら消せないなど、おかしくはないか?」
「――――――――女神が太刀打ちできそうにない力って、何だと思います?」
女神は、この世のことに干渉できないから天の使いを使わすのだと言った。だが、神自らが造り出し、守ってきた世界に干渉できないなどということがあるのだろうか。世界の破滅も迫っているのに。
「私は、女神は、本物の神ではないと思っています」
古代から崇拝されてきた神は別にいる………里菜はそう考えた。
里菜が立てた仮説はこうだ。
この世界の神は、何らかの理由で女神にその座を奪われた。そのせいで、この世界は調和を守ることができなくなった。女神は、自らが支配する世界の破滅を恐れ、巫女を呼び出し何とか世界のバランスを保とうとしている。
最初は、あの渦の中で身を投げれば異世界に帰れると思ったのだ。だが、そうではなかった。女神が干渉できない渦の先に、女神の力が及んでいる筈がない。
「おそらくですが、神が、あの渦の向こうにいると思うのです」
里菜が見つめるのは、暗い、暗い渦の中心。
あの中から聞こえてくるような気がするのだ。
『ダレカ、タスケテ――――――――』
その声は、哀しみを滲ませながらも、必死に助けを求めている。
「だから、あそこに行かないと」
命を捨てる気はない。
だが、あそこにはやるべきことがあるのだ。
これ以上、地球人が苦しまないように。
先代の巫女や、麗華だって、この世界に来なければ平穏な生活が送れていたはずだ。巫女という大役を為せなかったとしても、彼女たちの心の弱さや、正義感の無さなどという理由では納得できない。背負えなくて当たり前の重責を担わされ、出来なければ容赦なく糾弾される。
そんな理不尽によって、これ以上、誰かの想いが、未来が壊されて良い筈がない。
それは里菜も同じ。
自分自身がこれ以上、この世界に振り回されずに済むように。
幸い、里菜は魔力の渦をどうにかできるほどの力を持っているらしい。女神が里菜を救世主に選んだのは、そういうことだと確信している。
そうでなければ、魔力の渦に向かっていくなどということはしない。
「だが、先程は死にそうになっていただろう。一人であの渦をどうにか出来ると、本気で思っているのか?」
「思ったより、渦が成長していて。中心に辿り着く前に、魔力が減っちゃいそうで、さっきは節約しながらいけるかなーと試していたところだったんです」
そう、渦の中へ行くと決めたは良いが、その前に魔力が減ってしまいそうなのだ。渦の中で何があるか分からないのに、魔力を大幅に減らすわけにはいかない。できれば、なるべく力を温存しておきたい。
どうにか打開策を考えたいところである。
「お前は、何か忘れていないか?」
「へ?」
何か、何か………。
「えと、頑丈な装備とか?」
皇帝は無言で首を振った。
「リナに今一番必要なのは何だ?」
「魔力と、省エネな防御魔法」
「目の前には、救世主には及ばないが、この世界で一番魔力の強い者がいるのだがな」
あー、もしかして、呪いが解けて、力が自由に使えるようになっちゃった感じか。
前はコントロール出来ないからあんまり使わなかったもんねー。
「俺も是非、手伝わせてもらう」
「いやいや、一国の皇帝陛下にそんなことさせられませんっ!」
「世界の滅亡の危機だが?それこそ、貴族でも皇帝でも共に立ち向かうべきだとは思わないか?」
「そんなの、私みたいなのに任せておけば良いんですよ」
「お前、辿り着く前に死ぬだろう。どうにかなると思って突っ込むなんぞ、無駄死にと変わらんぞ」
「………………」
てなわーけーでー。
皇帝もついてくることになりました。この上なく
不本意です。
「借りを作ったら見返りを求められそうで怖いんだけどなー………」
里菜がぼそりと呟くと、地獄耳の皇帝陛下が振り返ってきました。
「ん?何か言ったか?」
「いえいえ何でもございません」
「では、対策を練った上で出発するぞ」
「了解です」
里菜は、皇帝と共に、もう一度魔の渦にむかった。
お待たせいたしました。
投稿に時間を空けすぎたため、話に矛盾があるかもしれません。
その他、誤字脱字などもありましたら申し訳ございません。