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40. 異世界の名前って覚えにくい

リエナは、王宮に戻ってきていた。

禁書室のことを責められるかと思っていたが、その様子はない。

それどころか、リエナを公爵令嬢として扱い、客人のように遇するのである。


皇帝は、分かっているのだ。

リエナがここから逃げない、いや、逃げられないことを。

なぜなら、リエナがこの世界で唯一欲したものは、皇帝が持っている。


帰還術、もしくは返還術。


リエナは、それを得ることと引き換えに、皇帝の呪いを解き、世界を救うことを契約した。

もう、禁書室に忍び込むこともないし、王宮から去ることもない。皇帝は、それが分かっていてリエナを好きにさせている。




「久しぶりだな」


与えられた部屋で品のある豪華なドレスを身に纏い、ソファで読書をしていたリエナは、皇帝に声をかけられ、顔を上げた。


あの後、民は何事もなかったかのように過ごしている。世界の危機が迫っているにもかかわらず、落ち着いた様子で生活を送っている。

皇帝も宰相も首をかしげるばかりだが、これは女神の力によるものなのだろう。


皇帝は、リエナが呪いを解けることを知り憂いが消えたのか、後宮を完全に壊してしまった。呪いが解けたら改めて妃選びをするつもりらしい。

そのため、多忙になった皇帝とは、なかなか会えないでいたのだ。彼には、たくさん聞きたいことがあったにもかかわらず。


「時間もないから本題に入ろう」


そう言って皇帝はリエナの向かい側に腰掛けた。侍女が急いでお茶とお菓子を出そうとしたが、それを制して部屋を退出させた。


「リエナ、呪いが解けるというのは、本当か?」

「本当ですよ。私の魔力を使えば、なんとか」


皇帝は今まで自分で解呪を試みていた。だが、魔力が僅かに足りなかったのと、コントロールが甘いので上手くいかなかったのだ。

しかし、皇帝を超える膨大な魔力と、繊細な術の使い手など、この世界には存在しなかった。


「私は、巫女の力を超える魔力を有しています」


巫女が女神から与えられる力は、莫大な神力。しかも、神力の質は魔力に比べると格段に高く濃密で、僅かな力でも行使すれば大きな効果を発揮する。

だから、この世界に巫女に匹敵するものはいない。つまり、巫女の呪いは基本的に解けるはずがないのだ。


神に近い色と言われる皇帝は、巫女に近い力量を持つものの、やはり叶わない。

イレギュラーなのがリエナである。リエナは、巫女に与えられた神の力をも凌駕する魔力量の持ち主。そして、魔法はこの世界に来てから磨かれ、リエナに叶う者は誰もいなくなった。

この力こそが、救済者に選ばれた理由でもある。


「力でねじ伏せて消したいと思います」


皇帝が疑いの目でリエナを見つめる。

その目には大丈夫か?と訴えている。


「……が、少々危険なので呪文の構成を解析して、そこから解いてみますね」


「そんなことまでできるのか」


皇帝が驚いた様子でこちらを見る。

魔法などの構成を見られる人は少ない。普通の人は魔力の塊にしか見えないそれだが、リエナの目には絡み合い形を為す魔力の糸のようなものが見えるのだ。

皇帝はできるようだが、他にそれが出来る人を知らない。


「実力は陛下にも劣らないと思いますよ」


リエナは隣国を追い出された時、身を守るため、お金を稼ぐために魔法を磨いた。強力な魔法を使うよりは、汎用性のある器用な魔法を学ぶことに重点を置いたおかげで、今は魔力コントロールに苦労しなくなっている。


「じゃあ、今すぐ頼む」


「まさかー。そんなこと急に言われて出来るわけ……」


「禁書室を開けたのは誰だったかな……」


「………」


禁書室を開けるまでには、かなり高度な魔法を使った。証拠がある以上は、言い逃れできない。


「早く解呪も救済も済ませれば、もとの世界に帰れるぞ」


「早速やらせて頂きます!!」


リエナは皇帝の腕にある呪いを見つめ、構成を確認する。巫女は術の腕を磨くことがないので、単純な構成をしていた。

すぐに魔力をこめて解呪できた。


「これは……救済者に選ばれるのも納得だな」


皇帝はリエナの能力に感心している。


「ところでリエナ」


「はい」


「サインしろ」


そう言って差し出されたのは、いわゆる婚姻届だった。


「嫌です」


「呪いは解けた。女性関係で煩わせるつもりはない」


「そういうことではなくて、ですね。私はもとの世界に帰るのですよ?」


「あの魔法は界渡りだから、行き来が可能だ。もとの世界に帰ったからといって、今生の別れになるではないぞ」


「は?」


皇帝は界渡りと言ったか。

てっきり帰還魔法だと思っていたのに。そんな馬鹿な。


「では、陛下は自由に行き来が出来ると?」


「やろうと思えばな」


嫌いな巫女の世界に行く気は毛頭ないようだが。


「もとの世界にでも実家でも自由に行き来させてやる。妃はお前一人だけで、存分に愛してやる。金にも不自由させないし、今のような過酷な仕事を強いるつもりもない。何が不満だ?」


確かに、自分を最大限尊重してくれるつもりの皇帝の元でならそれなりに幸せな生活が送れるのだろう。路頭に迷うこともなく、何不自由ない生活が約束されるなら、飛び付いて喜ぶ者もいるだろう。


だが――――――――。


「そ、そもそもですね。私は元は庶民なので恋愛結婚がしたいのです」


「俺はお前を愛しているが?」


「私は違うんです」


皇帝は少し残念そうな顔をした。


「せっかく巫女の呪いは解けたのですから、もっと色んな女性を見てみると良いと思いますよ」


「…………」


「皇帝陛下はお顔も完璧ですし、剣も魔法も優秀で賢くていらっしゃるのですから、モテるでしょう?女性も選り取りみどりですから、私以上に素敵な方が望めると思うのですよ。前から思っていたのですが、お見合いパーティーなどどうでしょう?公爵家の伝を駆使して令嬢を厳選しますので、陛下の好みはバッチリ押さえてみせますよ。好みの女性像は調査済みですから、心配はいりません」


リエナはぐっと拳を握り、力説する。

皇帝が望めば、可愛い女の子なんて、何人でも用意して見せる。


「――――――――お前の言いたいことはよく分かった。この世界で生きていく自信がないのだろう?誰のそばにいるのも、相応しくないと。………だったら、思い知らせてやる」


皇帝はニヤリと笑って、リエナの手首を掴む。ソファの背もたれに押し付けられたリエナは、キョトンと皇帝を見つめる。


何を思い知らせるつもりか知らないが、リエナはもうすぐ消える。救済を終え、界渡りの魔法で帰還したら、そこでリエナはいなくなる。

地球に居るのは、「里菜」だ。

皇帝は、二度とリエナに会うことはないだろう。


リエナは皇帝の手を振り払うと、部屋から逃げ出した。




リエナは先日の皇帝の言葉が気になり、アリーに相談していた。

皇帝が宣言した日から数日が過ぎていたが、何の音沙汰もない。その、嵐の前の静けさのような、何か嫌な予感を感じ取って、いてもたってもいられなくなったリエナは、取り敢えずアリーを呼び出したのだ。


「ねえ、皇帝の言ってたことってどういう意味だと思う?」


「リエナ様の居場所をくださるというのでしょう?おそらく、側妃の位でも下さるのでは?」


「そんなわけないでしょう?私、恋愛結婚以外嫌だと言ったもの」


「では、何ですかねぇ」


奥方にして居場所をくれるというなら分かる。しかし、この世界で生きていく自信には繋がらないと思うのだが。

中身のない地位を貰っても仕方がないし、誰かの心の拠り所となったとしても、リエナは帰りたいと望むだろう。


そんな時、ドアをノックする音が響く。

来客が誰か確かめるよりも早く、皇帝がドアを開け放っていた。


「リエナ、仕事をしないか?」


「仕事?」


「ああ、実は人手が足りなくてな。………宰相補佐の下で働いていたものが家の事情で退職して。新しい人材が必要なのだ。リエナ、やってくれないか?」


「そんな頭を使う仕事なんて向いてないと思いますが」


リエナは地道な仕事が嫌いだ。妾の時も茶会などサボっていたし、社交会も出たことがないのに。デスクワークなんて荒事の得意な傭兵のリエナには絶対向いてない。


「二つも国を欺くような真似が出来たのだから、向いてないわけないだろうに」


皇帝が嫌みっぽく言う。


「大丈夫だ、宰相補佐ははお前もよく知る者だから」




そう言って皇帝が翌日連れて行った先には、確かに知った顔がいた。


「やあ、よく来たな」


「次期当主様……」


「その呼び名は相応しくない。ここは城なのだから次期当主の者など、いくらでもいる」


そう言われても、リエナにとって自分を養ってくれている主の嫡男という認識しかない。


「では、オーレンス様」


「リエナもオーレンスだろう、それはダメだ」


オーレンスは、公爵家の名乗る姓だ。

兄妹同士で姓を呼び合うのは、おかしいだろうと次期公爵家当主様。


「えっと、じゃあ……」


「名前で呼べ」


「………」


「まさか、覚えていない、とか?」


その通りである。

異世界人の名前なんて覚えにくくて叶わないし、リエナは誰かとそれほど深い関わりを持つわけではなかったので、基本的に人の名前を覚えていない。


名前なんて、呼んで不敬になることはあっても(皇帝とか)、呼ばなくて咎められることはない。

だから、後宮内でも基本的に地位やら家族関係で呼んでいた。〜(領地名)伯爵家の次女様とか、〜(階級)の妹君、とか適当に呼んでいたのだ。


「それにしても、これは重症だな………」


う、それを言われると辛い。

オーレンス公爵家の養女として、申し分ない教育を受けさせて貰っていたのに、社交の初歩である人の名前を覚えていないなんて申し訳ない。

ここは、国の重鎮たちとたくさん関わる場だ。名前も覚えられないなんて、やっていけないかもしれない。


「お前は取り敢えず、今日一日これを暗記。貴族の名すら覚えていない状態じゃ、ここには置いておけない。今日中に覚えて、テストするからな」


そう言って置かれたのは、貴族の名前一覧。丁寧に絵付きで。

なにこれ。果てしなく分厚いのだけど。


「研修の一貫だ。仕事と思って取り組め」


とか言いつつも、追加で書類仕事をちゃっかり置いていくあの方は鬼だ。


まずは、皇帝の名前………は必要ないから飛ばして。

リエナは不満に思いつつもきっちりと勉強をこなすのだった。




「リエナの様子はどうだ?」


皇帝は、宰相補佐に問うた。


「しっかり教育を受けさせたと自負していたのに、貴族の名前を一人も覚えていないなんて………オーレンス公爵家の恥ですよ。慌てて覚えさせましたが」


宰相補佐は頭を抱えて言った。

手元にはリエナの貴族名鑑暗記試験の結果が置かれていた。


「さすが、優秀だな」


一日かけて覚えた内容はほぼ、満点だった。一部の名を除いて。


「これは………わざと、か?」


名がなかったのは、皇帝、宰相、公爵家の面々………一番身近な人の名前が抜けていた。全て無回答だ。


「違いますよ。彼女の心はまだ、あちらにある。気付かなかったのですか?」


きっと、彼女は長い夢でもみているつもりだ。夢から覚めたら、ここにいたこともすぐに忘れ、いつも通りの生活を送るだろう――――――――宰相補佐は、そう呟いた。




投稿が遅くなっていてすみません。

絶対に完結させますので今後も読んで頂けると嬉しいです。

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