39. 下手なことは言うべきでない
「さて、色々と整理しようか」
王太子が切り出した。
「まず、巫女の今までの行いは、巫女としての能力がないことを認めさせるためだったと……」
王太子は視線を巫女に向けた。
麗華はそれに頷く。
「そうよ。誰も信じてくれないんだもの、色々と手段を講じたさせてもらったわ。少し過激なことはしたかも知れないけれど………」
麗華は悪いことをしていた自覚はあるようで、わずかに目をそらしながら語る。
「暴力や、お金の使い込みについては、どう弁解するつもり?」
「お金を使い込んだのは、私ではないわ。侍女が勝手に私に買ってくるんだもの。泣いて止めたのに、やめて貰えなかったのよ!」
再び涙目になる麗華。
何度買ってくるのをやめてくれと頼んだか。買い物に行こうとする侍女にすがりついて止めたこともある。
だが、侍女は考えを変えず、「お好きなものも満足に買えないなんて、お可哀想に」「なんて謙虚な方なのでしょう」と言うばかりで、浪費している自覚をまるで持たなかったのだ。
「だから、国の予算がなくなるほど使ってるって自覚すればやめてくれるかと思って、政務担当様に相談したの」
政務担当とは、皇帝の国で言う宰相のことだ。
彼は、実際にお金を使い込んでいるように思わせ、国家予算がなくて国が焦っている様子を見せればいいと言った。麗華はそれに乗っかり、お金を使い込んでいるように見せかけていたわけだ。
「そのお金は?見せかけでなく、実際に引き出したでしょ?国家予算に戻ってきてないんだけど」
王太子のもとには、巫女が使ったという事実と、国庫からの支出は報告に上がっているものの、お金が返されたという報告は一切ない。
「政務担当様が一旦預かると言って、すべて持っていったけれど……」
「今すぐ彼を捕縛して連れてこい!!」
嫌な予感がした王太子が騎士に命じた。
横領、という二文字が王太子の脳内に過る。まさか、信用していた者がこんな愚行に走るなんて……。
この国の問題は巫女自身の行いだけに留まらなかったようだ。彼女を利用して私腹を肥やすものがいたとは。
「ついでに無駄遣いの元凶の侍女もクビかな」
「ぜひともお願いするわ!」
あの侍女たち怖いんですもの、と巫女が言った。
本気でそう思っているようで、怯えが見て取れる。
「次は、リナ」
王太子が里菜を見つめる。
麗華以外から本名を呼ばれ、ドキリとする。王太子は、里菜をきちんとした発音で呼べる、この世界で唯一の人だった。
「なぜ、巫女が演技していると言ってくれなかったのかな」
「頑なに巫女の力不足を信じようとしない人がいたからです。救済者の存在が露見すると、私は殺されかねませんからね」
「確かに、巫女の信者は狂信的だよね。巫女を上回る救済者という存在は、彼らの信仰には邪魔だ。殺されても不思議じゃない」
意見に賛同しながらも、王太子が納得のいかない顔をしている。
王太子が聞きたかったのは、そういうことではない。皇帝や王太子はリエナのことを全面的に信用していた。彼らにだけ本当のことを語っても良かったはずだ。だが、リエナはそうしなかった。
態と答えるのを避けたことを分かっているのだろう。王太子は、里菜の意思を悟り追求するのをやめた。
「そもそも、巫女の魅了はなぜ、あんなに極端なのだ?頭が狂うほど魅了しては、却って脅威になりかねない」
巫女の呪いで魅了の能力に取りつかれている皇帝は言う。
おそらく、ずっと聞きたかったのだろう。一番の被害者として。
「それは、巫女に逆らうものがいては困るからです。巫女の役目を邪魔するものがあっては、駄目でしょう?」
女神がすかさず答える。
「そのことが今回仇になっている訳だが……」
「でも、今まではその能力に助けられたでしょう?物事には一長一短あるものよ」
皇帝の指摘にも、女神は顔色一つ変えず淡々と答える。
「では、なぜ、先代の巫女に問題が起きたとき、対処しなかった?」
先代の巫女があれほど心を病むまで放置していたのはなぜなのか。
また、先代の巫女がなくなった時点で、今の巫女には違う加護を与えるべきだった。能力の充分でない彼女が、この国で憂い無く過ごせるように。
ましてや、彼女は予期せず消えた先代の巫女と新たに現れる救済者の不在を隠す身代わりでしかない。不本意な形で呼ばれ、世界を救えない責任の重圧に苦しむ必要はなかった。
「というか、そもそもなぜ巫女を呼んだ?ナツがいるならそれで良いじゃないか」
救済者が召喚できるなら、巫女はいらないだろう。
「巫女はいるだけで崩壊の進行を食い止めることができるわ。たとえ、それが完璧な巫女でなかったとしても」
それだけで人生の大事な一時を無駄にし、苦しんだ麗華は哀れだ。
麗華だけではない。巫女を召還したことで起こった一連の事件は、この世界の者を苦しめた。
そう、今までのことは全部――――――女神のせい。
里菜は、気付いてしまった。
「私、思ったんですが、全部女神の責任なら、世界の救済もやらなくて良いですよね?」
里菜は自分のせいだと思ったから、責任を感じて救済者の役目を請け負ったのだ。
だが、今までのことは全て女神の失態だった。それなら自分でどうにかして欲しい。
「そ、それは……」
女神が狼狽えたような声を出す。
女神の力で世界の崩壊を防げるのなら、一生封印でも何でもしておけば良いだろうに。
「私は、直接的に世界に向けて力を行使することが、許されていないのです。だから、代々巫女が必要とされました」
「つまり、人間に頼らないと何もできないわけだ。しかも、異世界の人に」
王太子が、女神に嘲笑を向ける。
他の世界の人を犠牲にしないと成り立たない世界なんて、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。
女神は、どこまでも自分本意で、この「世界」のことしか考えていなかった。「世界」のためなら、誰かが傷つくことも、犠牲になることも、気にしなかった。
その結果がこれだ。
「今まで苦しんだ者たちのことを、考えたことがあるのか?」
先代の巫女。皇帝。当代の巫女。隣国の者たち。ナツ。そして、世界の終焉におびえる無力な民たち。
これだけの人が傷ついた。苦しんだ。
なのに、神はなんて傲慢なのだろうか。
「これも世界のためなのです。ゆくゆくは、この国は良くなっていくでしょう」
そう言い残し、女神は消えて行った。……皆からの追及が煩わしくなったのだろうか。
また、それとともに、真城麗華の姿も消えていた。おそらく、元の世界に帰してもらえたのだろう。
「終わった……」
王太子は緊張が解けたようで、その場に座り込んだ。
巫女がいなくなったことで、この国は落ち着くだろう。それならば、あとは世界の救済に全力を注ぐだけだ。
しかし、一点忘れていた。皇帝がナツを追った理由。
「ナツ、お前は何者だ?」
「しがない傭兵ですが?」
しれっと答えるナツ。
もうわかっているだろうに、わざわざ問うまでもないだろう。王太子にでも尋ねれば、全て分かる。
「先ほどの会話から推測するに、巫女と同じ異世界の者らしいな。世界救済のために動くとは思えないし、なぜ禁書室に忍び込んだ?」
「元の世界への帰還方法が分からないからですよ。返してくれるなら、何でもしますよ」
「本当か?何でも、やってくれるのだな?」
「はい、もう世界の救済だろうと、皇帝の腕の解呪だろうとやってみせますよ」
皇帝は意地の悪い笑みを浮かべた。
まさか、自分の腕の解呪ができるなんて思ってもいなかった。これは、良いことを聞いた。
「じゃあ、帰還方法を教えてやる。言質は取ったからな、救済も解呪も何でもやって貰うぞ」
里菜は嫌な予感がして皇帝の方を振り向いた。
冗談だと思っていた。まさか、皇帝が帰還方法を知っているなんて。
あれだけ調べても出てこなかったのだ。里菜が後宮に入ったのは禁書室に一縷の望みをかけたからだ。しかし、禁書室ですら、それらしい書籍は見当たらなかった。
「王家に代々伝わる秘術だからな」
ニヤリと笑う。
これで、ナツを傍に留めておく口実ができた。