38. 一番の被害者は……
お久しぶりすぎでございます。
長らく書いていなかったために名前や設定等、記憶が怪しいので、おかしな点があれば連絡お願い致します。
皇帝はマスターから話を聞きながら王宮に向かっていた。目指すは転移魔方陣の敷かれた小部屋。そこから一気に隣国までとんでしまうつもりだった。
「あいつは、巫女と同じ世界の出身だ」
「まさか………」
「彼女の本当の容姿は、黒目黒髪だ」
黒目黒髪………それは、皇帝がこの世で一番嫌いな色だった。
呪いを受け、その色を持つ者は須く哀れで醜い存在だと思っていた。まさか、最愛の者がその色を持つなんて。
「俺は、彼女こそ本当にこの世界を救ってくれるのではないかと思っている」
皇帝は思わずマスターの方を見た。
それは、神の意志を疑うということだろうか。
「本気で言っているのか?」
「ああ、使えない巫女に対し、彼女よりももっと優秀な者が異世界から来ているんだぞ?どう考えても、彼女が本物だとしか思えない」
「だが、彼女に神の力は感じられない。神の力がない限り、神に認められた巫女ではない」
巫女の定義。
それは、神の力を纏った黒目黒髪の存在。人々を惹きつけ、全てを跪かせる神の使者。
「だが、彼女は巫女の力をも超える膨大な魔力を持っている。これは、何を表していると思う?」
マスターはニヤリと笑った。
ナツは連れて来られた場所が見覚えのある所だと気付いた。
きらびやかな装飾が施された広い部屋。しかし、大国とは違う異国風の金糸に彩られた絨毯。
ここは………。
「ここに来るのは久しぶりかしら、里菜」
振り返るとこの前見たばかりの顔。
「巫女」
里菜は腕を括られたまま、巫女を睨み付けた。
「なぜ、私はここに?」
里菜の質問には答えず、巫女は喋り始める。
「あなたが城から出ていって、いい気味だと思っていたのに。私は、皆にかしずかれるお姫様。あなたは、国籍も持たない下人。なのに………」
巫女はキッと里菜を睨み付ける。
「あなた、この国に援助金を出してたらしいわね?」
「そうだど?」
「目障りなのよ、正直。……やめてくれないかしら?」
「私はあなたの犬じゃない。やめろと言ってやめるわけないじゃない」
巫女は激昂し、思わず里菜を扇子で叩く。
里菜の頬から一筋血が流れた。
「どこに行ってもあなたの邪魔ばかり入って…皇帝だって私のものになるはずだったのに」
いやいや、いつ皇帝があなたのものになると?
里菜が何をしようが、巫女恐怖症抱えてる皇帝には無理だ。
「あんたなんか、死んじゃえばいい!どうせこっちの世界なら巫女が人一人殺したってその権限で揉み消せるわ」
巫女が力を溜め始め、里菜は目をぎゅっと瞑り、覚悟をする。
「もう、私の前からいなくなればいいのよ!!」
麗華と里菜は同じ学校の生徒だった。二人とも舞台役者として仕事をする傍ら、同じ学園で勉強していた。
麗華は生粋のお嬢様だった。対して里菜は、仕事で稼いだお金と奨学金で学校に通っていた、一般庶民の少女だった。
里菜は、麗華のことをすごいお金持ちがいるという噂以外なにも知らなかった。
――――――――ある事件が起こるまでは。
その日は、奇しくも麗華と里菜が同じ舞台に立つ日だった。里菜が主役で、麗華がライバルの少女だった。
その頃、麗華は仕事がうまくいっておらず、両親の不仲もあり、精神的に追い詰められていた。さらには、やっと決まった舞台は主演を逃し、主演を取ったのは同期で同じ学校の里菜だった。
耐えきれなくなった彼女は、偶然楽屋に置いてあったハサミで自分を傷つけようとした。たまたま部屋にいて気づいた里菜が必死で止めた。
しかし、麗華がハサミを持った瞬間をカメラマンが偶然撮影していた。情報が売られたのだろう、その事件はマスコミに取り上げられ、大きく騒がれた。
―――里菜を襲った傷害事件として。
それ以降、麗華の社会的地位は地に落ちることとなり、家も世間からの冷たい視線を浴びることとなった。
それから、麗華は強く里菜を恨むようになった。
里菜も大事にする気はなかったのに、誤解を受けて、罪悪感だけが残される結果となった。それ以来、里菜は何かと麗華を気にかけたが、彼女のプライドを傷つけるだけだった。
あの事件の記憶が、お互いを傷つけていた。
里菜は思うのだ。
きっと、彼女の巫女の素養が不完全だったのは、自分のせいだと。あの事件で、彼女が心に傷を負うことがなかったら、この世界はもっと早くに救われていたはずだと。
だからこの国に寄付を続け、彼女のためにお金を工面した。それは、里菜にとっての贖罪だった。
だが、今回も彼女にとってよい結果にはならなかった。自分はもう、己の身を差し出して彼女の好きにさせるしか、彼女が納得することはないのだと。
「さっさと死んでちょうだい」
巫女が力を放ったとき、暖かいものが体を包む。
「お前は、彼女の何を知っている?」
低く心地よい声に見上げるように振り返ると、皇帝がいた。
「いい加減にしなよ。巫女がいくら世界で唯一の者と言っても、救う気がないなら、はっきり言って不要だよ」
「そうです、いくら巫女だからと言って悪事を見逃すことはできません!」
王太子に続いて出てきたのは、令嬢だった。
ビシッと人差し指を巫女の方へ指し、何とも勇ましくなったものだ。
その言葉を聞いた瞬間、巫女の表情はみるみる変わる。
「皆、巫女だから、巫女のためだからって………私個人のことなんか、考えてくれたことないじゃない!巫女の役割を果たさないから捨てるなんて、呼び出しておいて自分勝手よ!」
「じゃあ、君は僕たちのことを考えたことがある?君の要望はできるだけ聞いたし、悪いことなら諌めもした。全て、巫女ではなく君自身のためにやって来たことだ」
「この国は、充分すぎるほど巫女に尽くした。巫女としても、お前個人としても、答えようとしなかったのは、お前の勝手だ」
巫女は、その言葉を聞いた途端、ふらふらと座り込んだ。
まさか、自分の味方だと思っていた人からそんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。
「なんで、里菜は好かれるの?あの子だって、何も努力してないじゃない………」
「残念ながら、彼女は君と違う。彼女はこの世界を理解しようと、助けようと努力してくれたよ。俺たちに文句も言わず協力してくれた。本当は俺たちが彼女に償うべきなのに、彼女は巫女とこの国のためだからって、お金を寄付し続けていた」
「それにあらゆる知識も深い。彼女は10年以上かけて得るはずの知識や能力をを、たった数年で会得し国に貢献している」
「そんな………」
「ところで、巫女の処分はどうする?悪用される可能性があるので、国から出す訳にもいかない」
「かと言って、軟禁すれば暴動がおこること間違いなしだから………臣下に下げ渡すのも臣下が可哀想か。君が貰ってくれると嬉しいな」
「嫌だ。申し訳ないが、国にも入れたくない。民が可哀想だ」
「じゃあ、神殿に閉じ込めよっか。一人ぼっちで可哀想だと思って王宮で保護していたけど、慣習通りにするのが良いね」
「ウソ、でしょう………?私は、巫女なのよ、巫女!神に仕える存在よ?」
しかし、彼女の言葉に耳を傾ける者など、誰一人いなかった。
巫女は、この世界から見限られた。
巫女が涙を流しながら床に手をついたとき、キラキラと天井が光り始めた。
「ごめんなさいね。巫女はこの世界から存在を消しもとの世界に帰ります。どうか、彼女を許してあげて」
唐突に聞こえた美しい声。この世のものとは思えない美しい容貌と、優しげな瞳。
――――――――神。
誰も顔を合せたことのない存在だが、なぜか、その姿を見た瞬間、皆、神だと理解した。
女神だという事実は文献にほとんど残されていないが、どうやら本当だったらしい。
「この世界はどうなる?巫女無くして救済は不可能では?」
放心している者達をよそに、皇帝は強気にも神に意見を述べた。
「巫女の仕事は封印のみ。原因を取り除くことは出来ません。救済者は別にいます」
そう言って神はリエナの方を向き、にっこり笑った。
「やってくれますね?」
リエナはこくりと頷いた。
当然のように頷いたリエナを神は申し訳なさそうに見つめた。
なぜ?
麗華を傷つけた自分が悪いのだ。救済は当然の償いと言える。
「ごめんなさい、こんなことになった原因を話していなかったわ。全て、私のせいなのよ」
神は事の経緯を語り始めた。
先代の巫女は、皇帝に恋してしまったせいで役割を果たすことができなかった。
そこで急遽呼ばれたのが、今の巫女だ。しかし、慌てて呼んだために今の巫女は巫女として完全な状態ではなかった。
そこで、もう一人を呼び出すことになった。
神は、異世界で巫女よりも強い力を持つものを探し、巫女と共に召喚した。
それが、里菜だった。
「あの、麗華が巫女として成功できなかったのは、私のせいではないの?」
「いいえ、麗華さんはそもそも完全な適合者ではありませんでした。私が焦るあまり、神の力に適合するものを見つけられなかったのです。そもそも、先代の巫女の選定に失敗していなければ、こんなことにはならなかったのです。麗華さんは被害者です」
皆が麗華を哀れみの目で見つめた。
麗華は、神の力を入れる器としては十分だった。ただ、それを操る術を持っていなかったのだ。力を外に放出させることはできても、繊細な作業には向かない。だから、巫女として役割を果たすことが出来なかった。
「なっなによ?女神には謝られたし、もとの世界に戻れると約束してもらってたから、合意の上よ。哀れみの目で見ないで!!」
麗華は事実を全て知った上で巫女としての仕事を拒んでいた。
つまり、今までの振る舞いは全て演技だった?
「勿論、里菜に復讐する意味はあったけど、本気で世界潰そうなんて考えてないわ!!」
私、小心者なのよ!!と叫ぶ麗華。
「じゃあ、何であんなことを…」
一番の被害者である王太子が問う。
本当の小心者は、国を潰そうとしたりしないだろう。
「巫女としての素質がないことを認めて欲しかったのに、国民は誰も批判してくれないし、それどころか崇拝されるし…」
涙目になる麗華。
巫女の魅了の能力は自分の意思すらねじ曲げて伝えられてしまうとんでもないものだった。麗華はそれを上手く使いこなすことができていなかった。
「それにしても、やりすぎだ」
「頑なに私を追い出さなかったのは、あなたたちよ?巫女しか希望はないなんて他力本願なこと言ってたのは誰よ?」
それに関して反論できるものはいなかった。
悪意と殺意だけ向けておいて、彼らは動こうとしなかった。次代の巫女の出現を待つ時間がなかったのは事実だが、状況改善のために何かできたか、というと答えは否だ。
今までは精一杯やっていたと信じて疑わなかった王太子含む隣国の面々は巫女に振り回されて何もできていなかったのだ。
当初、麗華は巫女の仕事はできないと叫んだものの、誰も我が儘としか受け取らなかった。どうにか巫女を解任して欲しい彼女は躍起になり、行動はエスカレートしていった。
それでも皆、麗華の真意を考えようとせず、身勝手な行動を批難することしかしなかった。
「リエナ、は知っていたな?」
「そんなわけないですよ」
「薄々気づいてはいたのだろう?」
「………」
図星である。
仮にも役者の端くれだったのだ。彼女の振る舞いは演技だと分かっていた。確信を持ったのはこの間、麗華に再会したときだ。
「なぜ、誰にもこのことを言わなかった?」
「だって、国のトップとかかわりたくないし、目立つのも嫌だったので。巫女を隠れ蓑にこっそり国を救えば救済者とか崇め奉られなくて済みます。この国だって王太子が言うほど切羽詰まっている訳ではないし、お金はまだまだあるので十分建て直せますから、言うほどの事でもないかな、と」
つまり、我が身可愛さに国を引っ掻き回して見て見ぬふりをしていたのか。しかも、麗華の意図を理解し、加担していた。
「巫女の方がマシな人だったかも…」
王太子がポツリと漏らした言葉に、皇帝は反論することができなかった。