37. 安全対策は万全に
「ナツ、これはどういうことだ?」
皇帝がせめるような視線を向ける。
当然だろう。皇帝の側で護衛をしていた者が後宮にいたなんて、スパイ活動をしていたとしか思えない。
というか、今やっていることがまさにスパイ活動だし。
当主様、奥様、次期当主様。リエナは今、現行犯逮捕されました。
無事国外逃亡を果たしていることを祈っております。
「おい、聞いているのか?」
リエナははっと気づき、皇帝のほうへくるりと向き直った。
「陛下の想像している通りだと思いますよ」
その瞬間、皇帝は傷ついたような顔をした。
当たり前だ。
皇帝は友達が少ない可哀想な人だ。
数少ないお友達に裏切られたら、それはショックだろう。
「………では、傭兵も、公爵令嬢も、仮の姿だと?」
「そうです。私は、里菜。公爵令嬢リエナでも、傭兵ナツでもありません」
この世界で得た肩書きなど、リエナにとっては仮初めにすぎない。
「俺に近付いたのは………禁書室が目的だったと?」
「そう、神に関する資料が目的です。傭兵はお金稼ぎの一貫で、まさか王城に上がれるなんて、幸運でした」
皇帝はショックを隠しきれない様子で、目を見開いた。
「取り敢えず、ナツには牢に入って貰う。後日、尋問も行うからな」
そんな訳で、地下牢に入っております。
夏川里菜ことリエナです。
地下牢はとってもじめじめしています。衛生環境も宜しくなさそうですし、さすがに快適とは言えません。
それに、なんと!!
至るところからナイフや魔法が飛んで来るのですが、何故でしょうか?
先程なんて、牢の外を覗いていたら、手が伸びてきて首を絞められそうになりましたが。
「尋問される前に殺されそうなんですが」
尋問するって言ったよね?
何で殺そうとするの?
スパイが死んで言い訳がない。まだ、ナツの主、黒幕が分かっていないのだから。
黒幕なんていないのだが。
「………もしかして、嫌がらせ?」
そんなに嫌われてたら、確実に尋問とか厳しそう………。
落ち込むリエナ。
「何が嫌がらせですか?」
聞き慣れた声に顔をあげると、宰相がいた。
冷たい、ナツの前では見たことのない顔だった。………まあ、リエナの時に何度も見ているのだが。
「この牢、少々特殊だなーと思っただけです」
「ああ、これは腕の良い犯罪者が逃げられないように入れられる所ですよ」
宰相が笑みを浮かべながら言った。
え、まさかあの嫌がらせは脱走防止のため!?
牢の外からの魔力や気配を感知できないようになっているし、それに加えて魔力封じもかかっているので、いくら手練れとはいえ下手したら死ぬ。
こちらは素手で魔法、武器、毒全ての攻撃を防がなければならないのだから。
「素晴ラシイ設備デゴザイマスネ」
「ありがとうございます。今日はあなたに素敵な知らせを持ってきました」
そういって宰相は懐から紙を取り出した。
「皇帝陛下からです。“かの者の聴取は、皇帝自ら担当する”」
それが何故朗報なんだか。
リエナは首をかしげる。
宰相も知らない国家機密だから皇帝しか尋問できないだろうし、それだけの犯罪に手を染めたからにはそれなりの人が尋問するのだろう。
そんなリエナの気持ちを読み取ったかのように、宰相が口を開いた。
「皇帝陛下の尋問は容赦ないですよ。今まで口を割らなかった人は一人もいません」
宰相がにっこり笑って答えた。
これって、皇帝に尋問されなくても皆自白するんじゃない?
そう思わなくもないリエナです。
ひっきりなしに飛んでくる攻撃。
最近気付いたが、この攻撃は当たっても死なない気がする。急所は外しているし、武器も深くは刺さりそうにないのだ。
しかし、負傷するのは確実だろう。
狭い部屋で逃げ場がない中常に狙われている状態で、精神を弱らせるのが目的だろう。
しかし、これは発狂してもおかしくないレベルだ。
こんなの、尋問されなくても吐きたくなる。
口をつぐみ、じりじりと体力と精神を削られながら弱っていくよりは、いっそ一思いに殺してくれと言いたくなる。
まあ、リエナにとっては何でもない攻撃なのだが、それでも嫌になる。
「おい、飯だ」
看守が食事を持ってきた。
リエナはそれにチラリと目を向けた。粗末だが、きちんと栄養は摂取できる。
しかし、配られる食事には、少量ずつ毒が含まれている。蓄積して弱っていくタイプならまだ大丈夫だが、麻痺毒は危ない。
食べられるものは少ない。
それでも体力温存のため食べられそうなものは全てお腹に納めた。
これ、おかしくないか………?
体力を削り続け弱っている時に毒を摂取するのは、危険だ。
罪人が喋れなくなっては意味がない。
もしかして、悪意をもって動いている人がいる?
そんなことを考えていると、人の気配がした。
「ナツ、尋問の時間だ」
近衛隊長に拘束され、リエナは尋問室まで歩いた。尋問室は、予想と違いこざっぱりした部屋だった。
だって、あんな物騒なもの見せられてたらいくらなんでも狭くて怖い拷問部屋しか想像できない。
「やつれているようだが、どうした?」
皇帝は不思議そうに聞いてきた。
あなたが閉じ込めた牢獄のせいですが。
「さて、ナツ。まず、なぜあの場所を知っていた?」
「一番厳重に魔法がかかっている所を探索したら、ここでした」
「ここは、認識阻害がかかっていたはずだが」
「だからこんなに時間がかかったんです。大体の位置はすぐ割り出せましたが、認識阻害で正確な位置を掴むことができませんでしたから。あの魔法は、近付くほどに阻害が強くなるから、探索に時間がかかったんです」
「そこまで聞くとなんとなく想像はできるが、どうやって禁書室に入った?」
「魔法で鍵を解いて入りました。かけられている術を解析して、解いたんです」
「………やはりか」
思った以上に皇帝は動揺していた。
今聞いたことが信じられなかった。歴代の暗殺者たちはその部屋の存在に気づくことすらなかったのだ。
それを、たったの数ヶ月で発見し、鍵まで解いた。
「………ナツ、お前は何者だ?」
「信じてもらえるとも思えませんし、言いません」
その後リエナが口を開くことはなかった。
何時間にも及ぶ尋問の後、リエナは尋問室から出された。
再び近衛隊長に拘束されながら歩く。
皇帝も続いて出てくる。
その時だった。
激しい爆発音が響き渡り、辺りは煙に包まれる。
「陛下!!」
近衛隊長は迷わずリエナの手を放し、皇帝のもとに向かう。
さすが皇帝ラブな近衛隊長。
「俺は良いからナツを放すな!」
リエナの仲間がリエナを取り返しに来たと思ったのだろう。
皇帝が慌てて近衛隊長に叫ぶ。
そんなことしなくても目的は私じゃないわよ〜。
焦り、青ざめている皇帝を見て思わずそう声をかけてあげたくなった。
まさか自分が狙われているとは思わないリエナは、突然口元に布を当てられ気を失ってしまった。
「ナツが………」
「申し訳ございません」
「いや、構わない。これから傭兵ギルドに行ってくる」
「は?」
「ナツについて何か分かるかもしれない」
皇帝は慌てて城を飛び出した。
ナツには確かに怪しい点があった。
男のふりをしていたこと。
魔力がないと言っていたこと。
出自が不明なこと。
何より、あれほどの実力を持ちながらギルドでのランクは上位でないのだ。
そもそも、何故ギルドはあんな要注意人物を受け入れている?
皇帝に紹介するならば、信頼している者しか選ばないはずだ。
「マスター、ナツのことを教えろ。金は払う」
マスターは面白そうに皇帝を見つめた。
「何故知りたい?」
「知ってるだろうが、ナツが禁域への侵入で捕まった」
皇帝の言葉に、マスターは驚きもしなかった。
「まあ、落ち着け。ナツはそのうち回収するから、茶でも飲んでろ」
マスターは、皇帝を応接用のソファに案内し、置いてあるカップに茶を入れる。
それを見て、ナツがいれてくれたお茶を思い出す。
「俺のお茶はナツ仕込みの淹れ方だぜ」
マスターがにやりと笑ってソファに腰を下ろした。
「何故ナツを俺の元に寄越した?」
「傭兵ギルドが信用出来ないとでも?」
マスターの冷淡な視線が皇帝へと突き刺さる。
「では、俺が買い取ったナツの情報は、正しいものか?」
憤る皇帝に、マスターはためらいもせずにナツの情報を渡した。
「ナツ。出自は不明。両親はおらず孤独の身…」
2年前からギルドに所属し、現在のランクは中位。能力はそれほど高くないが、器用で頭がまわる。
「まあ、それはナツの情報だな。公爵令嬢リエナのはこれだ」
リエナ。18歳女。公爵家の令嬢。髪と瞳の色は茶。2年前に公爵夫妻に拾われ、養女となる。公爵家令嬢としては非常に優秀で、教養は完璧、政治にも明るい。その後、後宮入りのためギルドに入りお金を稼ぐが、頭角を現しトップクラスの実力に登り詰める。卓越した魔法技術を持ち、魔力はギルドでも上位。一番の理解者は侍女のアリー。
拾われる前は隣国にいたらしいが、出自は不明。
「本当にこれが本物なのか?」
皇帝は顔を上げる。
書類が2枚ある以上、3枚目が出てきてもおかしくない。
「これ以上は喋らねぇ。守秘義務だからな。部下の安全を守るのも、マスターの役目だ」
「契約違反だぞ!?」
「ナツの情報は渡したろ」
「ギルド自体潰してもかまわないのだが。せめて、ナツのところへ連れていけ」
マスターは舌打ちした。
「何であいつにそこまでこだわる?連れ戻したら尋問でも拷問でも何でもやりゃいいだろ」
「ナツは罪を犯した。だが俺は、ナツを信じたい」
「あいつは、思っている以上に勝手な奴だぞ。盗んだ理由だって、国のためとかそんなんじゃない」
「なら、なおさら助けなければ。ナツの味方が来たのでないとすると、ナツが危ない」
「分かった―――――――」