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36. 時には本質から目を背けることも必要

リエナは、ナツとしての仕事を終え、後宮に舞い戻っていた。


「久しぶりでございますね〜」


やっと部屋の主が戻ってきたアリーは、嬉しそうにリエナの世話をしていた。

正直鬱陶しいのだが、やめろと言うと余計に暴走しそうなので好きなようにさせておく。


「それにしても、懐かしいわね〜」


後宮に戻ってきたのは本当に何ヵ月ぶりだろうか。

皇帝に引き留められ、仕方なく折れてきたリエナだが、今回は譲れなかった。


噂によると、巫女を手酷く追い返した皇帝の周辺が物騒らしく、公爵家に頭を下げに行くらしい。

理由は知らないが公爵家を怒らせてしまった皇帝は、警備を脅かしている公爵家に頭を下げざるを得ない状況に追い込まれたらしい。

公爵家が怒る所なんて、見たくもない。


そんなわけで、皇帝の護衛を辞して全力で後宮まで逃げてきたのだった。


「それにしても皇帝は、何をして怒らせてしまったのかしら」




「あの時のことは本当に、申し訳なかった」


皇帝は、公爵家の屋敷を訪れ、頭を下げていた。


「なぜ、私たちが怒っているのか、分かっていますか?」


「ご令嬢を、殺めてしまったからだ」


「死んでおりませんがね」


公爵家当主は、笑みを浮かべながら言った。

その射殺しそうな視線に、皇帝は冷や汗をかく。


「別に頭の狂った子たちを前に、防衛しようが、うっかり怪我させようが、私たちは構いませんわ」


公爵婦人は紅茶を優雅に飲みながら言う。


「それは………」


周りの様子がおかしいことに気付いていると言うことか、と問おうと皇帝は口を開きかける。


「あなたが、うちの子を、その本質を見極めようともせず、傷つけたのが、許せないの」


公爵婦人は皇帝を睨み付けた。


「あの子が君にしたことはよく知らないが、殺めてしまう程だったのか?」


絶対知っているだろ、と内心思いながらも、吹雪のように冷ややかな視線に見つめられていては言えない。


「君は、狂った人と、正常な人の見分けくらいつくだろう?あの時判断できなかったのは、冷静さを欠いていたからだ」


確かにその通りだった。

あの時は、夜会が立て続けにあり、女に囲まれてイライラしていた。さらに、令嬢には自分が勝手に期待しておいて裏切られた怒りをぶつけてしまった。


臣下の私が言っていいことではないが、と前置きして、当主は更に続けた。


「確かに、君の周りは異常。でも、それが皇帝としての判断を鈍らせると主張するのなら、あなたは皇帝として失格ですね」


「皇帝として的確な判断ができたとは思っていない」


「まあ、君以上に優れた統治者はいないのですが」


公爵家当主はにっこり笑った。


「君にもう一度チャンスをあげましょう。巫女に関しては、適切なご決断を」


皇帝は、公爵家当主と婦人に深々と頭を下げ、公爵家を後にした。




リエナは、妾として楽しく快適ライフを送っていた。

皇帝のスケジュールは全てわかっている(手紙が頻繁に来る+公爵家からの情報)し、相変わらずセキュリティの弱い後宮内は動き回りやすい。



「というわけで、今日は堂々と禁書室に入れるわ!」


皇帝は、公爵家への謝罪でここにはいないと分かっている。

当主様と奥様の組み合わせなら、一日は皇帝を拘束してくれるだろう。


今までは遠くに長期で離れるということはなかった。あったとしても、いつ魔法で帰還するかわからない状況だった。やっと巡ってきたチャンスだ。


「はい、リエナさま!服装はなるべく動きやすい物を用意致しますね!」


今は、リエナの茶髪変装だけだが、問題ないだろう。リエナの顔を知る者はいない。


意気揚々と王宮の方へと向かう。

行く先々に無差別テロ用の魔法が仕掛けられているが、ひょいひょい、と軽やかに避けて進んで行く。

ついでに危険な魔法は解除して、天井裏に潜った。


「何て素敵なのかしら!」


リエナは思わず感嘆の声を上げた。

部屋は壁、天井、床の全てがシンプルな白で、どこか落ち着かないような、妙な感覚がする。

同じように白い棚には、たくさんの本が並んでおり、分野に分けられ整頓されて置かれていることが分かる。


「わあ、すごーい。失われた魔法が書かれた本があるわ」


「こっちなんて、歴史の真実が記されたものだわ」


リエナは本を手に取るなり緊張を忘れ、色々な本を物色し始めた。


色々な本を見ながらも、異世界に関するタイトルを目指す。


「…………あった」


リエナが手にしたのは、巫女以外の異世界人に関する記述だ。

パラパラとページをめくってみるが、見つかるのは、この世界にもたらした技術や恩恵の話ばかりである。

しかも近年、こういった現象は見られないのだから、資料は見るだけ無駄かもしれない。


「………となると、魔法か」


リエナは、先ほど目にした失われた魔法についての棚を見つめる。

恐らく、時空間魔法の類だろう。それっぽい本を見つけ、中身を確認する。

全て古代文字で綴られたそれは、普通の人には読めないがリエナは簡単に読み解いていく。


これらの文字は、貴族の中でも高位の者しか学ぶことができない。古代文字は文献秘匿のために、研究者の数が限られているのだ。

研究者は皇帝自らが選んだ者で、研究機関も皇帝直属となる。

古代文字を学ぶのは、皇族を除いて信頼のおける者のみとなのだ。


公爵家では、何故か学ぶことが許されていた。リエナはこの時ほど公爵家の養女であったことを喜んだことはない。


「あったわ、転移魔法」


――――――転移魔法は、離れた場所に移動する手段として使われていた魔法である。

難易度は高いものの、その利便性から多くの魔法使いたちが習得した。それに伴い、研究も発達し技術は飛躍的に発展していった。

最終的に、異なる世界への転移も可能となった。異なる空間に移動する魔法を、空間転移と呼ぶ。


「―――――しかし、異世界の技術が持ち込まれることを危惧した神によって、異世界への道は閉ざされた………」


嘘でしょ、とリエナは無意識に呟いた。

現在は、同じ空間、同じ世界内での転移は可能だが、異世界転移は不可能。

神の考えを覆さない限り、期間は不可能ということだ。


本をパタリと閉じ、その場に座り込んだ。

自分はもともとこの世界の理に縛られない存在だ。

自分に神が作った制約を越える力はないが、それだけの魔力を持っていたら、帰還できたのかもしれない。


……………いや、それはない。

魔法は、神の作った理の中に存在する。

つまり、リエナという存在自体は異世界を行き来できるが、魔法という移動手段は使えないのだ。例えると、切符はあるのに電車が止められている状態だ。


「そうなると、神と接触できる方法を考えるしかないか………」


この世界の神は、地球のように実体のない神ではなくて、姿を持ったものであるようだ。

巫女は神と合間見えて言葉を交わすことができるのだという。

つまり、神とコンタクトをとることがリエナにもできれば、何か方法が見つかるかもしれない。

現在、神に会って話せるのは巫女のみだが、神官は神託を受け取ることができる。リエナも可能かもしれない。


神に関する棚に移動しようと立ち上がった瞬間。


「ここで、何をしている?」


聞き覚えのある声。美声を響かせるのは、殺気を向けて、剣をリエナの首に突きつけている皇帝。


あ、顔見られちゃった………。


白の空間は、どこに光源があるのかさっぱり分からないが、とても明るい。当然、リエナの姿も皇帝にはっきりと見えていた。


「まさか………ナツ?」


「………は?」


そっちがバレるとは微塵も思っていなかったよ、皇帝陛下。


「気のせいかと思ったが、やはりナツだろう?なぜ、こんなところに?」


「これには理由が………」


ほっと?して答えようとリエナが口を開いた矢先、皇帝はリエナを上から下まで眺め始めた。


「いや、それ以前にその姿、どこかで見た覚えが………」


皇帝はリエナをじっと見つめる。

リエナは、とっさに下を向く。見られて居心地が悪いのと、顔を見られたくない一心だった。


「公爵家の令嬢。俺が魔法で傷つけた、公爵家の令嬢だ」


ついにバレた。



皇帝は思ったよりも早く解放されたため、公爵家からあらかじめ用意されていた転移魔法で執務室まで戻った。

その時、禁書室の方から気配を感知し、慌てて自ら禁書室へ向かう。

現在この国で禁書室への入室ができるのは皇帝だけだ。宰相ですら皇帝の付き添いがないと入れないのだ。


何故入れないか。

それは、禁書室への鍵の開け方を知らないからである。この鍵を開けるにはちょっとした技術が必要で、それを習得しているのが皇帝だけなのだ。


だからこそ、禁書室に侵入者があったことは信じ難い。

一体、どんな輩が忍び込んだのか。


禁書室に入るとすぐに、茶色い髪が棚の向こうに見えた。

何やら、神に関する文献をあさっているらしい。


神に関することは、最重要機密事項だ。

そう思った瞬間、剣を抜いて殺気を放った。

今すぐ切り捨ててしまいたいと思いつつも、公爵家の約束を思いだし踏みとどまった。


しかし、俺の声で振り返ったのは、どこか見覚えのある少女。

厚化粧で派手に髪を結い上げているが、雰囲気は………。


「まさか………ナツ?」


そう言うと少女は驚いたような顔をする。

その表情も、ナツと同じだった。俺が見間違えるはずがない。


いや、それ以前にこの少女そのものを見たことがある気がして、思考を止める。

そして、じっくりとその姿を観察する。


それは、ずいぶん前に殺めてしまったと思っていた公爵家の令嬢の姿と重なった。


まさか、ナツが公爵家の令嬢?

いやしかし、ナツは傭兵だろう?


皇帝は混乱したまま少女を見つめたのだった。









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