34. 嫌いな奴は後宮に放り込んでおけ
先代の巫女は、自分たちと同じ日本人だという。巫女は総じて黒目黒髪を持っていると言うから、記録には残っていないが皆日本人だったのかもしれない。巫女は美しいものが多いが、特に先代の巫女は、老若男女問わず人を惹き付けてやまない美貌を持った女性だったという。
非常に聡明で巫女の力も強く、歴代の巫女の中でも優秀で救済はすぐに終えてしまうだろうと期待されていた。
しかし、先代の巫女は役目を果たすことなく消えた。
理由は語られていないが、消える直前巫女は心を病んでいたといわれている。
そんなこんなでやってきました、隣国の巫女様。美しいドレスに身を包み、偉そうに従者をたくさん引き連れて。まあ、実際美人だし、地位的には偉いのだが。
ちなみに従者は皆イケメンだ。顔のレベルが高いのは良いことだが、腕前はどうだか。どうせ、この者たちは巫女の機嫌をとるために連れてこられただけだろう。
「よくぞ来てくれた。宴は中止となってしまったが、ゆっくりしていってくれ」
謁見の間に通された巫女は皇帝の姿を見たとたん、目をきらきら、いや、ギラギラさせた。新たな獲物を見つけた目だ。
「まあ、皇帝陛下はお優しいのですね。最高のもてなしを期待しておきますわ」
皇帝の手を握り上目遣いにそう言うと、従者を連れて去っていった。
巫女が、超絶イケメンを見て、あっさり興味を失うなんてあり得ない。しかも、顔だけじゃない。顔に加えて地位、権力、金と女なら誰でも飛び付く要素がそろいにそろっている。巫女はこの皇帝を手に入れるために動くに違いない。
おおかた、極上の獲物を捕まえるために何か企んでいるのだろう。
「何だあの目は。気持ち悪くて顔も見たくない」
「陛下が巫女の顔を見たくないのは、元からでしょう」
宰相が巫女の様子を見るために、遠視の魔法具(監視カメラもどき)の準備をする。
監視カメラは巫女の部屋には置かれていないが、その他の場所にはたくさん置かれている。
魔具自体非常に高価なものだというのに、この城には多くの魔具が設置してある。さらに、多くの魔具を起動させるには多くの魔力がいる。だから普段は使われない。
あえて使用したということは、巫女はそれだけ警戒されているということ。
宰相が魔力を込めると監視カメラのスイッチが入り、廊下にいる巫女の姿が映された。
「あの皇帝、初めて見たけど噂以上ね。彼こそ、私に相応しいわ。巫女なんて制限だらけで面倒だし、さっさとやめて、妃にでもなろうかしら?」
そういってうっとりする巫女が思い浮かべるのは、皇帝ではなく、皇帝の隣に立つ自分の姿だろう。ナルシストだし。
同郷の巫女の言動にげんなりしながらリエナも皇帝や宰相と共に映像を見つめる。
「巫女がやめられるわけないだろう。役目を終えることはできても、途中で放棄することはできない。そんなことも分からないのか、巫女は」
「それよりも陛下、巫女は陛下の妃の座を狙っているようですが」
「誰があんな奴の配偶者になるか。というか、巫女は結婚できないだろう」
巫女は神に身を捧げるものであり、役目の間結婚は許されない。役目を終えて結婚することは可能だが。
「巫女の頭の足りなさには呆れ果てますね。問題を起こさなければ良いのですが」
宰相の懸念通り、巫女は毎日のようにトラブルを起こしていた。
「陛下、今日の報告を致します。洗濯場で下女が暴行を受けました。また、料理人に陛下の所有する最高級のワインを出せとせがんだそうです。鍛練場では巫女の力を使って騎士たちをなぶり、部屋では内装が気に入らないと言って調度品を破壊したそうです。何人かが耐えかねて辞めたいと申しております」
どれだけ問題を起こせば気が済むのか。皇帝の耳に届いているとは思わないのだろうか。
後宮は放置しまくっている皇帝だが、それ以外の仕事場についてはしっかり労働環境を整えてある。使用人たちはさぞ辛かっただろう。
「俺の専属の者を使え。もう文句は言わせない」
巫女は自分の思い通りにならない生活にイライラしていた。
毎日最高級品が出されると思っていた食事は、今まで食べていたものより質が悪い。新たな服を購入しようとしたら、購入届けがいるとかでそれは一向に受理されない。使用人は自分の望み通りには動いてくれず、「巫女様のため」と言っては余計なことをしようとする。外出しようと思えば騎士に止められる。
「まったく、何でこんなに使えない奴ばかりなの!?」
イライラをものにぶつけては発散する。
そんな時、コンコン、とノックの音が耳に入り、巫女はその手を止める。
「失礼致します。私、新しく巫女様のお世話をさせていただきます。皇帝陛下直属の侍女にございます」
皇帝直属。その言葉に、巫女はぴくりと反応した。
もしかして、皇帝は将来の妃のために………。
そんなことは全くないのだが、この世界では自分の思い通りに事が運んだ例ししかなかったため、勘違いは訂正されなかった。
「まあ………」
それ以来、巫女の文句は消えた。―――――いや、消されたと言うべきか。
「ちょっと!このジュース、美味しくな………」
「それは国内有数の産地でとれた果実を使用しております。巫女様のお口に合うものをと皇帝陛下が用意してくださったものです」
「そ、そうなの?か、変わった味ね」
………こんな風に。
皇帝が用意した高級品だと言っておけば納得するだろうと、あまりにも巫女を馬鹿にした作戦だったが、どうやらこれで納得したらしい。
また、皇帝に会いたいと言う巫女の要求も消されていた。
「ねえ、皇帝陛下とお話が………」
「私、直属の侍女ですので陛下にお伝えしておきますね」
「いえ、直接お会いして」
「陛下が、お気を遣われないように、と仰せですので、必要ございませんわ」
侍女は見事に巫女の要求を退けていた。
いくら傍若無人な振る舞いをしている巫女とて、口では侍女に勝てなかったらしい。
「………このような感じで、うまくいっております」
「ふん、思い知ったか」
皇帝は偉そうに宰相の報告を聞いていた。
「しかし陛下、くれぐれも気を付けてくださいね。油断なさらぬように」
リエナは未だかつて無く心配そうな顔で言った。
巫女は皇帝に会えないことで不満が爆発しそうな様子だ。これから大胆な動きに出てもおかしくない。いや、間違いなく何か仕掛けてくるはず。
巫女をよく知るリエナだからこそ、彼女の行動はよくわかった。
「大丈夫だ、監視もつけてある」
しかし、その夜事件は起きてしまった。巫女が皇帝の寝室に忍び込んだのだ。
近衛隊長が全力で巫女の侵入を食い止めようとしたが、巫女の力を使って隊長を拘束し、入り込んだのだという。
「あの女、ふざけるな!巫女の地位に俺が靡くとでも思ったか!!」
激昂する皇帝。
巫女は今、追い出されて私室にいるのだという。皇帝に拒絶されたことを慰めてもらっているらしい。
巫女はどうやら、巫女という地位がこの世で一番上だと思っていたらしい。そして、その巫女を、皇帝は間違いなく欲するだろうと勘違いしたらしい。
基本的に巫女は政治に関与してはならないが、当の本人はそれを分かっていない。
「国に帰るように言ってやった。今度こそは許さない!」
荒れる皇帝を見つめながら、宰相はリエナにポツリと呟いた。
「知っていますか。陛下が一番嫌っているのは、女性ではなく巫女なのです。女性を見ると、巫女を思い出してしまうと、仰っていました………」
それは、初めて聞いた情報だ。
皇帝は、間違いなくその事がトラウマとなり、接することを拒否するのだろう。だから今まで現実にいないような理想を述べ、正妻を娶ろうとしなかったのかもしれない。
「陛下が女性と距離を置くようになったのは、先代の巫女が原因なのです」
先代の巫女。やはり。
一体、彼女と皇帝の間に何があったのだろうか。
翌日、巫女は大人しくしているかと思ったが、違った。いや、正確には巫女の周囲がそれでは収まらなかったのだ。巫女を慰めるあまり、また巫女が調子にのったらしい。
あろうことか、リエナが巻き込まれた。何故だ。
それは、皇帝への伝言を頼まれ、彼の私室に向かっていた時の事だ。
不意に腕を捕まれ、一緒に階段を転げ落ちてしまった。だが持ち前の反射能力で上手く受け身をとり、大怪我は免れた。
体を起こすと、目の前に広がるのは黒の豊かな髪。リエナと同じ色。そう、巫女が犯人だった。
「………なっ」
なぜ、巫女がこんな行動に出たのかは疑問だった。
呆然としていると、タイミングを計ったように、巫女の取り巻きが現れる。
「おのれ、巫女様に何ということを!」
………状況確認もせずに、いきなりその台詞っておかしくないですか?
そんなツッコミを入れる気力はなかった。痛いし。
とりあえず、巫女の様子を確かめると、目立った外傷はない。まあ、自分で仕組んだのだから当然か。怪我をしないように、巫女の力を使ったのだろう。
そのままナツは気を失った。
ぱちりと目を開けると、皇帝がいた。
「ナツ、大丈夫か?」
大丈夫に決まっている。仮にも傭兵が、ただの女に遅れをとるわけがない。
さっと身を起こし、ベッドから降りる。
「大丈夫ですけど、巫女は?」
「ああ、怪我を理由に滞在の引き延ばしについてごねている」
そうではなく、怪我をしていないか聞こうと思ったのだが。まあ、元気だということだろう。
「これだけ問題を起こしておいて、滞在は許可できない。即刻国に返す」
その時、ドアが開き、巫女が駆け込んできた。その勢いのまま皇帝にすがり付く。
「どうしてですか?私はこの者に突き落とされたのですよ?なぜ、私が国へ帰らなければならないのですか!」
「あなたが来てから問題が頻発している。そろそろ滞在を終えてもらおうと考えていた」
「ですが、負傷者を帰らせるなんてっ」
「ほう?“寝たきりで動けない”のではなかったか」
「それはっ………そんなことより、問題は私が突き落とされたことでしょう?」
なおも皇帝にすがる巫女。
「では、確かめてみるか?映像が保存してあるのだが………宰相」
どこからか宰相がやってきて、例の魔法具を取り出すし、映像を再生する。
そこには、ナツを突き落とす巫女の姿がはっきりと映っていた。
「な、こんなの捏造よ!皆で私を貶めようとして」
「巫女様を害するものがいないのは、貴女自身が知っているはずです」
宰相はため息を吐いて言った。
巫女は押し黙る。
世界で唯一の救済者と言われる巫女を殺そうと考える人間はいない。確かにそうだ。
「とりあえず、国に帰っていただきますね」
こうして巫女騒動は幕を下ろした。
「陛下、お疲れさまです」
リエナはティーセットを手にして皇帝の私室を訪れていた。
皇帝はソファに身を沈めていたが、慌てて身を起こした。
「あ、そのまま休まれていて構いませんよ」
しかし、皇帝は起き上がり、リエナが淹れた紅茶に手を伸ばす。
一口含むと、溜め息を吐いた。
「俺はなぜ、こんな甘い決断しかできないのか。本当に情けない」
それは、巫女のことだろうか。迅速な対応だったと思うのだが。
「使用人たちも、嫌な思いをさせた。いっそのこと、後宮の一角にでも放り込んでおくのだったか」
………それは、後宮の惨状を理解した上での発言でしょうか?
巫女があの後宮の中で生き残れるとは思わないが、見てみたかった。
「でも、陛下はご決断されたでしょう?本来、巫女に関しては干渉してはならない規則がありますが、実際に巫女を拒むのは難しいことです。陛下は、よく巫女を追い出してくださいました」
「そうではない。俺が巫女を拒めないのは………」
皇帝は一端、口を閉じる。言おうか迷っている様子だ。
「………いや、やはりナツには言っておくべきだな」
そう言って、皇帝は顔を上げ、リエナを見つめるのだった。
ついに、先代の巫女について知ることができるのだ。