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31. 皇帝の執着からは逃れられない

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皇帝はナツを探して城下に下りてきていた。

皇帝ほどの魔力があれば、探し人など簡単に見つかる。事件などの際には非常に活躍する能力だ。しかし、ナツは魔力がない特殊体質であり、皇帝が知るなかで居場所を把握できない唯一の人間だ。


さて、どうやって探すか………。


皇帝が辿り着いたのは、ナツの所属するギルドだった。


「お、皇帝陛下じゃないか」


マスターはのんびりと皇帝に声をかけた。


「すまない、ナツの居場所を教えてくれないか」


焦っている様子の皇帝に対し、マスターは少し驚いたような表情を見せたが、すぐにニヤリとした笑みを浮かべて言った。


「ゆっくり待ってろよ。もうすぐここに来るだろうから」


皇帝はナツが来る、と聞いておとなしく応接用のソファに座った。


「あんた、ナツがどこの誰かも知らねえで気に入ってるのか?」


以前もナツの仕事延長の申し出があった。今回はナツを探しに来たようだ。余程気に入っているのだろう。


「ナツはナツだ。生まれも立場も関係ない」


「はあ、本気で言っているのか?後悔するのはあんただと思うが………」


マスターが言っているのは勿論、ナツが公爵家の令嬢リエナで、皇帝の妾という立場であり、皇帝が魔法で殺しかけた人間………ということだ。何故知っているかは、後宮の手薄な警備がヒントだ。ナツに正体を知っていると言ったことはないが、薄々感づいているだろう。


「後悔なんてしない」


自信たっぷりに言う皇帝にマスターも呆れる。

一度殺されかけたのに、ナツが皇帝に好印象を抱くことは考えにくい。ナツは自分の損得で動くので、害になると判断すれば二度と近づかないだろう。

そのリエナがわざわざ皇帝に近づいたのは、何か思惑があってのことだろう。


「ナツを手に入れるために、ナツに関する情報提供の契約をしたい」


「ギルドはそう簡単に個人情報を晒せないぞ」


マスターは話にならないとばかりに肩をすくめた。


「――――――こちらのギルドの隠密部隊と正式に契約をしたいと考えていたのだが」


「協力しよう」


即答してしまった。

マスターも、ナツと同じく損得で動くタイプの人間だった。




リエナは皇帝の登場に戸惑っていた。

皇帝は一度見捨てたら興味を持つことすらなくなるはずだ(リエナ・リサーチより)。たとえ、気に入っていた部下だろうが、血の繋がりのある家族だろうが、関係ない。

そんな皇帝がリエナを、いや、ナツを探しに来た。理由は………怒っているからとしか考えられない。


なのに………。


「ナツ、すまなかった。お前の気持ちも考えず、いつもこちらの都合を押し付けてばかりだ。特に先日は、ナツの都合も考えず、仕事も放り出して、一日中部屋に入り浸ってすまなかった」


目の前では皇帝がなぜか頭を下げている。

マスターがそんなことしてたのか、とドン引きしている顔が視界の端に移ったが、そんなことは関係ない。


「あの、別に謝られるようなことは何もないかと」


リエナは不思議に思ってそう答える。


「怒っていないのか………?」


皇帝が下げていた頭を起こし、恐る恐るリエナの様子を伺う。


「むしろ自分の方こそ陛下に無礼な態度をとって、怒られるべきなのでは?」


「…………」

「…………」


お互い、理解できないといった様子で見つめ合う。

何か、二人の間で誤解が生じているようだ。


「ナツは、競うように部屋を訪れていた俺たちに怒ってあのような行動に移したのでは」


「陛下こそ、俺が陛下の嫌がる振るまいをしたから怒ってここまで来たのでは?」


お互いに相手が怒っていると思っていたようだが、そうではないみたいた。

二人で顔を見合わせほっと息を吐いた。


「怒っていないのなら、いい。………ナツ、お願いがある。もう一度、俺のところに戻ってきて欲しい」


それは、傭兵として再度雇いたいということでしょうか?

死んでも嫌だ。やっと意味の分からない執着から解放されたというのに、なぜあの場所に戻らないといけないのか。


「いえ、私は別の仕事を………」


「あ、悪いな、ナツ。実は今、仕事が少なくてお前にまわしてやれる仕事がないんだ」


謀ったようにタイミング良く、マスターが口を挟む。


絶対、嘘だ。


しかし、マスターは仕事を紹介しないと言ったら紹介しないだろう。しかも、一つ仕事をくれたところで意味がない。リエナのやり方は簡単な仕事を大量受注だ。

だが、お金がないと後宮に戻れないのだ。

忘れてはいけないが、リエナの最終目標は帰還方法を見つけて地球に帰ることだ。そのためには後宮に戻り、資料を探す必要がある。


「ナツ、給料は前より上げてやる」


「………………分かりました」


リエナは逡巡したが、結局頷くしか選択肢はなかった。

地球へ帰るのに私的な感情だけで時間を無駄にしている暇はない。まだ、帰還魔法の手がかりすら掴めていないのだ。


「じゃあ決定だな。ほい、この契約書にサインしてくれ」


皇帝は嬉しそうにさらさらとサインする。一方のリエナはこんな事態を招いてしまったことに落ち込みながらサインした。




リエナは馬車で城に帰るという皇帝に巻き込まれ、一緒に帰るハメになっていた。


あんな振舞いをしていただけに、リエナは気まずい。気まずいったらない。

しかも、わざとやっていたというのがバレているのだ。皇帝にはナツとしては二度と会わないつもりだったからやったが、今となっては後悔しかない。


「………………」


この沈黙が苦痛でしかなかった。

ああ、早く着いてくれないかな。………行き着く先は王城という名の地獄だが。


リエナが俯いていると、体になにやら圧迫感を感じた。


「もとのナツだな。…………良かった」


リエナは皇帝に抱きしめられていた。

いやいみわかんないんだけどまじでやめてくんないかな、と叫びたいのを呑み込んで、皇帝を押し戻した。


「あ………す、すまない」


皇帝はぱっとナツから離れた。リエナから背けられた顔は赤くなっている。


何だその純情少年みたいなリアクションは。

「陛下って女性経験ないの?」


心の呟きを思わずもらしてしまった。


「っ………無くはないが」


じゃあ何でそんな顔してるのさ!!

そう言いたいのを我慢して、ナツは話題を変える。


「仕事についてですが、陛下の護衛ということでよろしいですね?」


「いや、護衛に加えて侍従のようなことをして欲しいのだが」


「お断りします。契約書に書かれていないので」


「本当に人手不足なのだ。私生活の方は良いから、仕事の補佐を頼む」


私生活に関わることがないなら、まあ良いのではないかと思う。

それに、古代マニアの皇帝の傍にいれば貴重な資料を見るチャンスがたくさん巡って来るかもしれない。

もう、面倒は避けようとか、なりふり構っていられなくなってきた。時間がないのだ。どんな手を使ってでも地球に帰りたい。

それに、私生活の面で関わらなくて良いなら、皇帝の執着からは逃げられるはず。

決して悪くない条件だ。


「わかりました、そちらの仕事も引き受けます」


「本当か?」


「ええ、やりがいのある仕事の方が良いですから」


地球に帰れるという、ものすごい達成感を得られるはずだ。

リエナは皇帝が持っているはずの貴重な資料たちに思いを馳せながら、近付いてきた城を見つめるのだった。




皇帝はナツを見つめながら後悔していた。

なぜ、こんな方法でしかナツを留めることができなかったのだろう。


好いた女性を好き好んで荒事の場に置くはずがない。あの肌に傷がつくことなど、想像したくもないし、思い出したくもなかった。

頭によぎるのは先日ナツが怪我をした時のこと。頭が真っ白になり、思わず魔法を使用してしまった。


皇帝は普段、魔法をコントロールできない。しかし、荒れ狂う魔力を無理矢理押さえつければ使えないことはないのだ。………その代わりに、命を削ることになるが。


だが、そうしてでも守ってやりたい存在なのだ。傷ついて欲しくない。笑っていて欲しい。

ナツに対する想いは自分でも驚くほど強い。


だが、ナツが傷つかないために手放せ、と言われたらそれはできない。


傭兵として雇用したのは、苦し紛れの選択だった。他に方法が思い付かなかったから。

きっとこの傭兵契約が終わっても、何らかの方法で繋ぎ止めるだろう。


ナツを傍に置かないという選択肢は皇帝の中から消え去っていた。




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