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29. お別れは心残りなく

最近、皇帝がおかしい。

何がおかしいって、リエナが回復したあとも部屋に足を運び、スキンシップをとろうとしてくる。

以前から頻繁に部屋に来ていたから、そこは心配すべきではない。いや、仕事もせずに遊びに来て頭がおかしいと言われればそうなのだが、あれは皇帝の普段の状態なので気にしなくても良い。

だが、必要以上に接触してくるのはやめて欲しい。皇帝がナツに好意的なのは理解していたが、正直ここまでとは思っていなかった。


は や く 帰 れ!


もうかれこれ1時間以上も居座っている。


出会った当初の皇帝なら、放っておくのが当たり前だったため、苦痛にはならない。

しかし、今の皇帝はなんだか疲れる。彼に会った後は命を吸い取られたようにぐったりとするようになっていた。


「どうした、顔色が優れないが?」


「いえ、何でもございません」


「病み上がりなんだから、体を大事にしてくれ」


その病み上がりの者をお茶に付き合わせ、長時間拘束しているのは一体誰だ………と問い詰めたくなるが、もうそんな気力は残っていない。まだ腕に残る怪我を見つめながら、気をまぎらわせる。


「ナツ、ほら………」


皇帝の声に顔を上げると、目の前にはお菓子が。

なぜかもう、食事を与えられるのは日課となりつつあった。


「陛下、仕事をしない人は嫌いだと申し上げたはずですが」


「最近はしているぞ」


そう、この皇帝、宰相にほとんどの仕事を任せて自分は最低限の事だけ片付けるという生活に味をしめつつあった。


「皇帝陛下、相変わらず入り浸ってますねぇ」


多少のことには寛容なアリーまでをもそう言わしめた。


「そうね、今のままでは目に余るわ」


「どうにかして、皇帝が通わなくなるようにはならないものですかねぇ」


アリーがうーんと唸りながら考え込む。


「アリー、私、リエナ・リサーチを発動させようと思っているの」


皇帝の、ナツへの執着ぶりは異常である。それが原因となって引き起こされているのだから、この執着をなくさせてしまえば良いのだ。

つまり、ナツが皇帝に嫌われればいいのだ。

「本当ですか?それは楽しみです!久しぶりに腕がなりますね」


アリーは、目をキラキラさせながらリエナを見る。

リエナ・リサーチを誰よりも楽しんでいたのは、アリーだった。見苦しいドレスと装飾品の組み合わせを考えたり、派手な化粧を施すのは工作をしているようで楽しかったのだ。


「今度こそ厚化粧、派手衣装の気持ち悪い令嬢を作り上げて見せますよ!」


こうして、リエナの「ナツへの執着を無くそう作戦」がスタートした。



「ナツ、今日は好きなおやつを持ってきたぞ」


ばん、とドアを開けてリエナに駆け寄る皇帝。


「まあ、嬉しいです。………私のために?」

いつもの冷たい視線とは違い、花のような笑みを浮かべて出迎えるリエナ。唖然とする皇帝の表情が一瞬見え、さらに笑みを深くする。


「ああ………ナ、ナツ。その姿は?」


「着飾ってみました。似合いますか?」


参考は、下品な令嬢の間で流行っているファッション雑誌「理想の姫君」である。

正直、頭に羽を挿すとか、レースのフリフリとか、常人には理解できない部分があるが、まさかこれを参考にする日が来ようとは………。

最近夜会に出てないから流行とか分からないもんで!!


「………ドレスは、今後デザインも注文もする必要ないからな。お、俺が発注しておくから、本当に買わなくていいからなっ」


ドン引きした皇帝がそう言うと、リエナはチャンスとばかりに抱きついた。


「本当ですか?またドレスを買っていただけますか?約束ですよ」


まさに金の亡者。これなら皇帝もドン引きだろう。


「では、お茶にしましょうか」


皇帝をテーブルへと誘い、リエナも席につく。アリーがタイミング良く紅茶の準備をし始める。


「うっ………」


「どうされました?」


いきなり口元をおさえ、俯く皇帝。

実は皇帝は甘い匂いが苦手なのだ。しかしながら現在部屋中に甘い紅茶の匂いが充満している。皇帝にとっては苦痛以外の何物でもない。


「さあ、お菓子を召し上がってください」


お菓子もきついほど甘い匂いがするものにしてみました。


「いや、今日は満腹なのでいい。………ところで、あの置物は?」


皇帝が視線を向けていたのは、部屋の端にある金ぴかの塊。センスの良い落ち着いた部屋には似合わない代物である。


「気付いてくださったのですね?先日、有名な職人に頼んで作ってもらいました。素敵でしょう?」


もちろん「理想の姫君」で人気No.1の職人ですとも。

金色に輝く像は、なんだか良くわからない置物。大きさはなんと、長身の皇帝と同じくらい。照り輝く表面が目に痛い。

センスは最悪な上に、値段は詐欺かと思うくらい高かった。


「あ、ああ。部屋の内装にも気を遣うようになったのだな」


あまりにも酷すぎて、お世辞でも誉めることができないのだろう。皇帝の気持ちがありありと伝わってくる。


翌日、皇帝からたくさんのプレゼントが届いた。きっと、変な方向に目覚めたナツを心配したのだろう。


しかし、何度もリエナ・リサーチ発動を繰り返し、使用人にまで辛くあたるナツの噂は王宮を駆け巡ることになる。

それは当然、主である皇帝にも、その右腕である宰相にも届いていた。


「最近、ナツの悪評が流れているのは気のせいでしょうか、陛下」


「俺も最近ナツの様子がおかしいと思うのだが、気のせいだろうか」


「しかも、最近特別予算の減りが早いのですが、気のせいでしょうか」


「……………………」

「……………………」


「ナツが、純粋だったナツが………」


沈黙の中、突然嘆き始めたのは皇帝。

最近のナツをよく知らない宰相より、ナツの部屋に通い詰めて現状を知る皇帝の方がダメージは大きかったようだ。


「一体、何があったのです?」


「ナツが、貴族の下品極まりない性悪女に似てきた」


「……………………」


宰相は疑うような視線を皇帝に向ける。

皇帝が嘘をつくとは思わないが、突然ナツの性格が変わったなんて信じられない。しかも、かなり悪い方向に豹変してしまうなんて、ナツに限ってあり得ない。


「ほ、本当だ。行って確かめてみても構わない」


「良いのですか?では、行って参りますね」

積み重なった書類のせいで、ナツに会えるのは久しぶりだ。宰相は喜び勇んで駆けて行くのだった。



しかしながら、ルンルンで執務室を出ていった宰相は、すぐに帰ってきた。


「どうした?随分と早かったな」


書類を恐ろしい勢いで処理していた皇帝は、息を切らして帰ってきた宰相に、顔を上げた。

どうせ3時間くらい平気で入り浸るのだろうから、書類を大量に処理しておかなくては、と考えたのだが。


「どうしたもこうしたもないです!何なのですか、あれはっ」


「ナツだが」


「あんなのナツではありませんっっ!」


「別人だとでも言うのか?」


信じて貰えなかった腹いせに、そ知らぬふりをする皇帝。


「いったいナツに何をしたのですか!」


「疑った上に俺のせいか!」


未だナツの変化を受け止められず、皇帝が何かしたのではと勘ぐる宰相に、皇帝はキレる。


「いえ、あの、あのナツがですよ?華やかなドレスを嫌っていたのに今は恐ろしい配色のドレスを当然のように着こなしていますし、質素な部屋を好んでいたのに金ぴかの家具に替えて訳のわからない金の塊を置いていますし、たくさんあった教養書は全部「月刊 理想の姫君」とかいう雑誌に変わっていますし、今まで世界情勢について激論を交わしていたのにあそこの令嬢はどうだの新作のドレスがどうだの本当にどうでもいい世間話しかしませんし、お茶は甘すぎて美味しくないですし、グリーンの香りは鼻につく香水の匂いになってますし、なによりっ、ナツが使用人を悪く言うなんて………あんなに純粋だったのにーー!!」


何故か机に顔を伏せ涙を流し始める宰相に、皇帝は眉をしかめた。


「陛下がこんな所に閉じ込めているから、非行に走るのです」


宰相がキッと皇帝を睨みつける。

お前もナツの教育には賛成してただろうが、とか、またしても俺のせいか、とか言いたいことはたくさんあるが、皇帝はそれを呑み込んで呟いた。


「――――――――おまえは、信じるのか?」


「………はい?」


再び机に突っ伏していた宰相が顔をあげる。


「ナツは本当に変わったのか?人はそう簡単には変わりはしない。表面はどうあれ、本質は同じではないのか?俺はとりあえずナツを信じる」



――――――そうはいったものの。

皇帝は1週間たつ頃にはげっそりしていた。宰相に関してはとっくに許容範囲を越え、ナツのもとを訪れることをやめた。


「………もう、無理かもしれない」


明日の視察先の資料に目を通しながら、皇帝は言った。


「だから言ったではないですか。ナツは変わってしまったのだと、どうして納得できないのです」


それは、どうしてだろうか?

今までなら、気に入ったものでも鼻につくことがあれば容易に切り捨てられた。切り捨てたものに再び情を抱く事はなかったし、思い出すことすらなかった。

ではなぜ?


――――――――ナツが好きだからか。


すんなりとその答えに行き着いた皇帝。

どんなナツであれ、まだ好きなのだと自信を持って言えるし、ナツのもとに通うことは誰が何と言おうとやめられない。


今、気づいた。


俺は、ナツそのものが好きなんだ。


例えナツに代わる理想の女性が現れたとしても、彼女に惹かれることはないだろう。反対に、ナツがどんなに変わろうと、ナツに対する思いは変わらないのだろう。


だが、気づいたところでもう遅かった。

自分の感情を弄びつつ、ナツに思いを告げるべきか、そうしないべきか悩んでいるうちに、ナツとの別れは迫っていた。




そしてとうとう別れの日当日。


皇帝はナツとの別れを納得できずもやもやとしたままだったが、とうにナツに興味をなくした宰相に促され、ナツの部屋へと足を運んだ。


「ナツに何があったにせよ、最後の別れくらい笑顔で見送ってあげましょう」


「そうだな」


そうして二人、ナツの部屋の扉を開けたわけだが。

………部屋はもぬけの殻だった。


「ナツは?何故いないんだ?」


通りすがりの侍女を捕まえて聞いてみると、ナツはもう出発したという。


「陛下、これを見てください」


宰相がテーブルの上から発見したのは、ナツからの手紙だった。手紙というより、紙切れと言った方が正しい代物だが。



親愛なる皇帝陛下


長い間お世話になりました。

陛下と過ごした日々はとても有意義なものでした。

では、また会える日まで。



美しい筆跡で書かれた内容は、ひどく簡潔なものだった。簡潔というか、淡白というか。


皇帝ははあ、とため息をこぼした。

今まで、あの手この手でナツを引き留めていたわけだが、最後はあっさりと逃げられてしまった。


何よりも、最後に書かれた言葉に落ち込んでいた。



追伸:早くお嫁さん見つけてくださいね。



「なぜだ、ナツ………」


自分の想いが欠片も届いていなかったことに落ち込む皇帝なのであった。





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