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28. ナツ争奪戦~報われない皇帝のターン~

結局、皇帝と宰相の騒ぎは、仕事に従事し疲れたための乱心ということで片付けられた。

彼らの評価は下がるどころかむしろ、寝る間も惜しんで働く素晴らしい皇帝と宰相だと褒め称えられた。

どうやら、臣下たちは皇帝と宰相の事に関して都合の良い方に解釈するようフィルターがかかっているらしい。

臣下が彼らの本性に気づくのはいつか知らないが、国が潰れる前に気づく事を祈っている。


さて、そんなわけでまた昨日とは違う日常を送っていたリエナ。

毎日押し掛けてくる皇帝の相手は面倒この上なく、宰相のように部屋に入り浸る始末。何を張り合っているのだか。


「そろそろ教育期間も終わりだな」


「そうですね」


それが、今のリエナにとっての唯一の救いだった。だからこそ耐えているのだ。

この期間が終われば解放され、傭兵の仕事を再開できるし、地球に帰る手段を探すこともできる。


「何か知りたいことがあるなら、今のうちに俺に聞いておけ」


何か…と言われても、リエナが今まで学んだ内容以上だと、皇帝と宰相を悩ませた国家機密しかないのだが。


「では、皇帝陛下はこの国をどんな国にしたいですか?」


「どんな国か…考えていなかったが、国民が幸福でいられる国であれば良いと思う」


「そうですか」


この皇帝なら、民は安心だろう。

今までこんな国逃げた方が言いとか、国が潰れるとか言っていたが、皇帝はこの国に、国民に対して誰よりも真摯である。

さらに皇帝は、自分の望みを叶えるだけの力を持っている。莫大な魔力、膨大な知識、優れた政治的手腕、万人を魅了する容姿。彼はそれらを最大限活用させる術を知っている。

それを悪用せずに国民のためだけに使っているというのだから、本当にすごい。

自分の利益しか考えない貴族にとっては目障りな事この上ないだろうに、彼はそれを怖れることなく、ただ民の幸福を願い政を行う。

国を愛し民を愛する彼を理解して、愛してくれる人は、きっと現れるだろう。


もうそろそろナツの役目も終わりに近付いているのだと思う。


「………ところで、王太子の婚約者の事だが、知っているか?」


「いえ、何も」


皇帝は驚愕の事実、みたいな顔をしているが、いったい何なんだ。

令嬢といえば最近忙しそうでなかなか会いに行けなかったが、どうしているのだろうか。


「彼女だがな………先日、隣国へ出立した」


「……………………は?」


確かまだ、婚約期間中ではなかっただろうか。婚姻の際に隣国へ行く手筈になっていたはずだが。

リエナの表情を見て、可哀想に、と言わんばかりの顔をしている皇帝。


「大方、令嬢が言い忘れていたのだろう?」


皇帝も令嬢の性格をよく分かっていた。


………天然がここで炸裂した訳でございますね、陛下。


リエナはがっくりと膝をつき、肩を落とす。

令嬢はあろうことか、一番仲の良かったリエナに報告するのをうっかり忘れていた。


「しかし、こんな時に………」


先日令嬢を狙っていたのは、間違いなく隣国の暗殺者だった。

彼女が隣国へ行けば、泥沼化するに違いないだろう。大国の最上級の警備と、小国の警備では彼女の身の保証は段違いに違う筈だ。

狙いやすい環境に現れた令嬢に、周りの者は嬉々として暗殺者を放つ。


さらに、ただでさえ財政難に喘ぐ小国に追い討ちをかけるような形で、婚約者の登場。未来の王太子妃ともなれば、金をかけずに済ませるわけがない。貴族の反発は目に見えている。

ついでに、ハーレム要員の王太子をとられた巫女の反発も。


つまり、令嬢の登場は悪い方向にしか働かない。


「なぜ、行かせたのですか?」


厳しい目をして問いかけるリエナに、皇帝は慌てて弁解する。


「彼女が行きたいと言ったのだ。勿論、隣国の状況は説明したし、王太子にも止められた」


令嬢は、危機に瀕している今だからこそ、隣国を支えるべきだと言ったのだ。妃になると覚悟を決めたのだから、隣国のどんな状況も受け入れるべきだと。王太子と一緒に乗り越えるべきだと。

確かに、隣国の問題がすべて片付いたところでのこのこ現れたとしても、妃としては認められないだろう。

リエナの教育の賜物と言ってもよいかもしれないが、こんなところで発揮して欲しくなかった………。


しかし、もう行ってしまったものは仕方がない。こっそり令嬢に護衛でも付けようか。

当主様に隣国行きを知らせてくれなかった件も含めて連絡しておこう。


そういえば、ふと気づいたことがある。

令嬢はいなくなったはずなのに、隣国の暗殺者は王宮に現れ続けているのだ。


まさか………………。

――――――――気付かれたか?


隣国に何か気づかれたのかもしれない。

それならは、十分に注意しなければ。


リエナは山積みとなっていく問題に、ため息をついた。






その夜も、暗殺者は現れた。


リエナは突然感じた殺気に寝台から飛び起きた。側に置いてある剣を手にとる。

相手は、どうやら魔術師のようだ。しかも相当の手練れ。その体から漏れ出る強い魔力と、複雑に構成された術を感じとる。


魔術師は、ニヤリと笑って氷でできた針をいくつも放ってくる。リエナは身をかわしながら、避けきれなかった分は剣で落とす。


今はナツ役で魔法が使えないため、武器で応戦するしかない。なんて不便な。部屋の中では近距離戦にしかなり得ないため、こちらが有利ではあるが。


魔術師は、次に大きな火球を放ってくる。その口元は勝ったと言わんばかりに笑みを浮かべながら。

ナツが生粋の剣士であるという情報故だろう。固体である氷は剣で振り払えるが、炎はそうはいかない。


リエナは予想通りの展開に口角を上げた。自ら火炎の中に突っ込み、剣を振るった。


「………なに?」


魔術師は驚いた様子で声を上げる。


リエナの剣はただの剣ではなかった。魔力を吸い込む、特殊な剣(リエナ作)だ。

だてに陛下の護衛を勤めていたわけではないのだ。世界最強の皇帝に挑む暗殺者たちは、熟練、いや異常といえるくらい強い者たちばかりだ。特殊な能力を持つ者もいる。だからこそ、どんな敵に遭遇しても対処できるように、できるかぎりの備えはしてある。


魔術師が怯んだ様子でいる間に、リエナは攻撃に転じる。剣を構え、魔術師に接近した。


魔術師は慌てて次の魔法を発動させる。それを避けてとどめを刺そうとしたリエナだったが――――――――。


「――――――ナツ、無事か!?」


最悪のタイミングで扉を開けてくれた皇帝。相変わらず、残念なタイミングで行動を起こしてくれる。


そんな残念な皇帝だが、守らなくてはならない。今よければ、皇帝に当たってしまうのだ。いくら皇帝でも、魔法を発動させるには時間が足りなかった。


………仕方がない。


リエナは魔法を正面から受け止めた。剣は先程より大きな魔力を時間をかけて吸いとる。

その隙に魔術師はナイフを取り出しリエナに斬りかかっていた。


「………っ」


寝室の綺麗な絨毯の上に、血が舞った。

しかし、それに怯むことなくリエナは暗殺者を斬りつけ、息の根を止めていた。


まさか、暗殺者の方も、特殊な武器を使っていたなんて………。


気が付かなかった自分の失態に歯噛みし、リエナはそのまま気を失った。






目を覚ますと、アリーが心配そうにリエナを見つめていた。


「やっと目を覚まされたんですね!」


どうやら一晩眠っていただけのようだ。

体を起こそうとしたが、案の定全く動かなかった。腕に負った傷は痛みを訴えている。


………まったく、小賢しいもの作ってくれちゃって。


暗殺者が使ったのは、体力を根こそぎ奪う武器だったらしい。しかも、魔法で回復できないようにされている。動けなくなった隙に殺すつもりだったのだろう。例え殺し損ねたとしても、衰弱死する筈だ。

あいにく、リエナの体力は生半可なものではないので死にはしないが、当分自力で動くことは叶わない。面倒くさい事この上ない。


そんなこんなで、アリーと過ごしているうちに、ドタドタとお馴染みの奴がやってくる。


「ナツ、体の調子は大丈夫か?」


皇帝が尋ねてきた。

聞くまでもないだろうに。身動ぎ一つできないのに、大丈夫な筈ない。


「ナツが魔力無しでなければ治療できたものをっ」


非常に悔しそうな皇帝。

魔力がない(設定)のナツは、魔力を受け付けない体なのだ。無理矢理魔力を使えば、悪影響がでる。例えば、お酒が飲めない人にお酒を飲ませるようなもの。少量なら小さな影響ですむものの、魔法拒絶を解くには莫大な魔力が必要だ。

皇帝もそれを理解して、死なない程度に魔法で生命維持しておいてくれたらしい。

魔法拒絶といっても完全に魔法を防ぐ訳ではないので、軽く回復するくらいは可能だ。


「すまなかった。ナツが怪我をしたのは俺のせいだ。きちんと責任はとる」


「………………?」


謎の発言に首をかしげたものの、言葉を発する元気もないのでそのまま放置した。



しかし、まさかこんな展開が予想できただろうか。いや、できない。


「さあ、ナツ。口を開けてくれ」


リエナの目の前には、スープを掬ったスプーンを差し出す皇帝がいた。


「それは、アリーの、仕事です」


「無理に喋る必要はない。それより、しっかり食べて、回復しなければ」


嬉しそうにリエナの口元にスプーンを近付ける。

喋りたくて喋っているのではない。むしろ言わざるを得ない状況だからだ。


………仕事はどうした、仕事は!

確か先日、書類が山積みだとか何とか言ってはいなかっただろうか。

政務を放棄した上、侍女の仕事の真似事をしている皇帝にリエナは呆れていた。


「すまない。今宰相のせいで書類が滞っている故護衛を増やせないが、代わりに俺が側にいる」


そんな言葉を吐きつつ、決して仕事に戻ろうとしない皇帝に呆れるなと言う方が無理だ。


食事が終わると丁寧に口の周りをぬぐい、体をゆっくりとベッドに寝かせる皇帝。


………だからそれは、アリーの仕事だ!


もう言っても聞かないであろう皇帝が、リエナの心の声など汲み取ってくれよう筈もない。


放っておいて欲しいのに、皇帝の暴走は止まることを知らず。






「退屈だろう、庭園に連れていってやる」


ある日、皇帝はそう言うとリエナを抱き抱え、庭園へと向かう。

まさか、あの庭園に連れていかれたら命の保証はできない、と思ったが、人気もないが華やかさもない違う庭園だった。


リエナを横抱きにしたままベンチに座る。


「体の方は、大丈夫か?」


まさか今、それを聞かれるとは思いもしなかった。普通、出かける前に確認するものだ。


「………」


一瞬、唖然として無言になったリエナに、皇帝はおろおろとし始める。


「まさか、今日は体調が?それとも、腕が痛むのか?」


一国の皇帝の情けない姿に、ふ、とリエナは笑う。


「陛下は、お優しいですね。きっと、女性に、モテますね」


皇帝はリエナの笑みに一瞬安堵を浮かべたが、次に紡がれた言葉に顔をしかめた。


「女なんて皆、皇帝の地位や俺の見た目しか見ていないぞ」


「そんなことないです。それだけ素敵な内面なら、例え地位とお顔が優れていなくても、好かれますよ。このナツが、保証します」


リエナの台詞に、皇帝が虚をつかれたように目を丸くする。


「きっと、陛下自身を見てくださる女性は現れます。結婚も、すぐにできますよ」


女性に対する態度がなっていなかった皇帝だが、これなら大丈夫だ。今までろくでもない女しか寄ってこなかったのは、彼の接し方のせいだ。しかし、不器用な面があるとは言え、これだけ紳士的に振る舞えれば、及第点だ。きっと素敵な女性は彼の元に現れるだろう。


ほっと安心するリエナ。

情が移ったぶん、彼を放っておけなかったわけだが、これなら心置きなく城を出ていける。


めでたし、めでたし。



――――――――そう思っていたのが間違いだと気づくのはもう少し先のことだ。



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