27. ナツ争奪戦~宰相のターン~
久しぶりなので、ストーリーに矛盾があったらすみません。
今回はついにあの人が暴走します。
リエナは、宰相と楽しい楽しい授業の時間を過ごしていた。
「ですから、この書簡の解釈は………」
「それだと矛盾点が生じるのでは?今までの宰相様のお話だと………」
………本当に楽しいです。
リエナは今、古代の書簡の解釈を巡って宰相と激論を交わしていた。
何でこんなことをしているのかというと、時間潰し。
当初予定していた授業内容を早くも終えてしまったリエナは、時間を持て余していた。早めに解放してくれるよう皇帝に掛け合ったが、聞き入れて貰えそうにもない。さらには「せっかくだから、学びたい分野があれば学んでいけ」という皇帝からのありがたくも迷惑なお言葉を頂いてしまい、こうして宰相との勉強を続けている。
「本当にナツは博識ですね。これだけ白熱した討論をできたのは久しぶりです」
宰相は心底感心した様子で言う。
「ありがとうございます。俺も楽しませて貰いました」
「皇帝陛下と討論してみると面白いですよ。私などより陛下の方が優秀ですから。特に、古代史などお得意なようです」
しっています、リエナ・リサーチで。いや、身を以て知ったと言うべきか。
古代史といえばリエナが皇帝に目をつけられるきっかけになった代物だ。皇帝に嫌われるために努力した日々を一瞬で崩壊させた、憎き古代史。あの日の事は、一生忘れないだろう。
「この年でこの優秀さ。私としてはナツにずっと居て欲しいのですが」
「イエイエ、ソンナ………」
あなたの目の前は年を誤魔化していますよー。
貴族の教養についてどのくらいのものかは知らないが、リエナの実年齢を考えるとできて当然の勉強内容ではないかと思う。
宰相も皇帝も、まさか性別に加え年齢まで詐称しているとは思っていないのだろう。挙げ句の果てには出身地、さらには名前まで嘘だとは考えていない様子。彼らは、ナツのことを欠片も疑わない。それどころか、信じている様子。
ナツの正体が実は、皇帝に無礼を働いて殺された例の少女だと知ったら、どうなるだろうか。
ナツって凄いわね〜。
自分の事ながら他人事のように言うリエナ。
所詮、傭兵のナツも、公爵令嬢のリエナも、自分が演じる他人。本当は、地球出身の夏川里奈という普通の女の子に過ぎない。
きっと、皇帝も宰相もナツでなくなった瞬間、自分を必要としなくなるだろう。彼らが見ているのは自分が演じる“ナツ”であって、夏川里奈ではないのだから。
ここに、地球にいた夏川里奈はいない。里奈本人を見てくれる人なんていないのだ。
皇帝も宰相もきっと、自分自身を見てくれることをナツに望んでいる。だが、それはリエナも同じ。いや、全ての人が望むことではないだろうか。
地位もお金も考えずに結婚相手を選ぶことができたなら、どんなに良いだろうか。誰だってそう思うが、そんなことは不可能、決して叶わない理想に過ぎない。
だからこそリエナは、公爵家の人々が好きだった。だって彼らは、地球の夏川里奈を知っている。リエナを演じる前の里奈を知っているから。
皇帝や宰相は気付いているだろうか。―――――――彼らもまた、能力や容姿といった表面だけしか見ようとしていないことを。
だから、ナツを欲している。ナツの力を見てしまったから。
ナツが女だと知っても彼らに変化がないのは、もとよりナツの能力しか見ていないからだ。ナツが彼らの望むナツでありさえすれば、他の事など関係ない。
「やはり、ぜひとも私の補佐に……」
そういって宰相は、目をキラキラと輝かせている。
なんだろう、この雰囲気は………。
やはり、宰相にもリエナ・リサーチを発動すべきだったか。
宰相版リサーチも勿論存在している。不快だという理由一つで左遷させたり、皇帝目当てで自分に近づく女を追放したり、彼もなかなかの人だと思う。脅すための材料は十分に揃っている。
そんな物騒なことを考えているとは露知らず、宰相はにこにこと微笑んでいた。
それからも宰相はリエナのもとに毎日通ってきていた。それは日々エスカレートし、昼食や仕事の合間にまで訪れるようになった。
なぜ毎日通う?
というか、仕事はどうした?
「これほど頻繁に通って、政務の方は大丈夫ですか?」
つい言ってしまった。随分差し出たことを言った気もするが、宰相は気にしていない様子だった。
すると、次からは書類をナツの部屋に持ち込むようになった。
女性用の部屋であるリエナの部屋に執務が出来るほどの机は置かれていない。宰相は、お茶を飲むテーブルで書類にペンを走らせている。時折リエナが差し出すお茶やお菓子を嬉しそうに受け取り、口にする。
しかし、どう見ても効率が悪い。机が狭いため、必要最低限の資料しか置く場所がない上、ペンを動かすのも大変そうである。
「あの、宰相様?書類は執務室で片付けた方が良いのでは?陛下との情報交換もやりやすいでしょうし」
「いえ、ここで過ごす時間は私にとって物凄く有意義なものなので、減らすのは惜しいのです」
「ですが、何もそんなに無理をして通わなくとも………」
そんな会話を交わしていると、廊下からドタドタと足音が聞こえる。それだけでなく、騎士たちが騒ぐ声も聞こえてくる。
敵襲か?
しかし、殺しのプロに正体を晒しつつ正面から乗り込んでくるような馬鹿はいない。
面倒事か………。
そう思ってげんなりしていると、ドアがばーんと開かれ、何日ぶりかに見る人物が現れた。
「宰相!」
はい、予想通り皇帝陛下のご来訪でございます。
「お前はいつまで政務をサボれば気が済むのだ」
え、サボって来てたの?
てか、皇帝陛下、よく見たらやつれてない?
「政務を放り出してでも勧誘するほど、ナツは有益だと思いますが」
「な、それは………」
宰相の冷静な反論に皇帝が黙り込んだ。
いやいや、政務の方が大切でしょうに!
ナツが強いと言っても、所詮傭兵レベル。ナツが礼儀正しいと行っても、所詮使用人レベル。
なのになぜ、それほどナツを欲するのか、全くもって理解不能である。
「これからナツが私たちにもたらしてくれる利益より、今目の前に転がっている、書類の処理が大切だと仰るのですか?」
何故、ナツが利益をもたらす前提になっているのか?
「………だからと言って、お前一人が政務を休んで良いわけではない。クビにするぞ」
「私の書類は陛下が処理できますが、陛下の書類を処理できるのは、陛下のみです。よって、私が休むのが妥当です」
「二人分も処理できるか!ただでさえナツの授業時間の政務を肩代わりしているのに、これ以上は無理だ」
「今まできちんとこなしているではありませんか」
「お前は執務室の惨状を見ていないから言えるんだ。寝ずに働いても書類は積もっていくばかり。未だ見たことがない量に達しているが?」
道理でやつれているわけだ。今まで不眠不休で政務をこなしていたのか。
「宰相は当分ナツと面会禁止だ。取り敢えずお前の分の書類を片付けろ。あと、ナツの授業は俺との面会時間を増やす形で対処する」
宰相が絶望に満ちた顔でくずおれた。なぜに?
「あの、授業は一通り終わっていますし、仕事を優先してください」
「いや、前にも言ったがナツを閉じ込めているのはこちらの都合だ。授業はきちんとやる!」
慌てて皇帝が反論してきたが、自分の授業を続けることに何か別の理由がある気がしてならない。
「そんな、卑怯ですよ。私は授業以外でナツに面会ができないのですよ」
「授業外の時間にまで会っていたのは何処の誰だ?」
「あれは授業の一環です」
いつまで経っても口論をやめない二人。不毛な争いをいつまで続けるのやら。
「ナツは、どう思う?」
突然、皇帝に話を振られ、困り果てる。
正直、もう来なくても全く困りはしないのだが、それを言ったら今まで通ってくれた宰相に失礼になる。
「あの、さすがに自分のために仕事をしないというのは心苦しいので………」
「迷惑なはずがありません!!」
宰相がそう叫ぶが、こんなに皇帝がやつれているのに迷惑がかかっていない筈がない。
「あの、気持ちはありがたいのですが、皇帝陛下の言うことは間違っていないと思います」
その瞬間、皇帝が勝ち誇ったような顔をして宰相を見る。一方、宰相は悔しそうな表情をした。
二人とも、精神年齢こんなに低かったっけ………?
「ほら、ナツもこう言っている。さっさと仕事に戻れ」
「くっ………このご恩は一生忘れませんから。覚えていてください!」
悪役みたいな捨て台詞を残して、宰相は部屋から出ていった。
皇帝はというと、「また来るからな」と笑みを浮かべ、悠々と部屋を去って行った。
何だったんだ、今のは………。
リエナは呆然と二人を見送った。
まるで子供のような振る舞いを見せた二人。そんなのが大国で善政を敷く皇帝と、その右腕である宰相であろうとは。
この国はやっぱりもう終わりかもしれない………。
今すぐにでも国外逃亡の準備をしておこうと誓ったリエナは間違っていないはずだ。
その後、執務室では猛スピードで政務が行われていた。
黙々と書類に判を押していく皇帝と、悲壮な表情を浮かべながらペンを走らせる宰相。
「当分ナツに会えないなんて………」
「自業自得だな」
「勧誘もできないなんて、このまま一生会えなくなったらどうするつもりですか」
「勧誘しても無駄だろう。ナツはきちんと仕事をしない奴を好くと思うか。先ほどの件で十分印象を悪くしたお前の口からそんな言葉が出てくるとは」
その言葉に、ばっと宰相が皇帝の方を振り向く。
「陛下は、ナツに会えなくなっても良いのですか!?」
少し涙目になっているのは気のせいか。
皇帝は見なかったことにして、宰相にさらりと言ってのける。
「俺が代わりにナツを貰うから問題ない」
「なっ………」
ニヤリと笑う皇帝に、宰相は絶句する。
「良いですか、ナツを先に頂くのは私です。立派な宰相補佐として育てて見せます」
「せいぜいナツに会えない身で頑張れよ」
今日も当人の知らぬところで皇帝と宰相のナツ争奪戦は続くのだった。