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「そんなものが王宮にあったのですか?」


宰相と近衛隊長は驚いた様子で皇帝を見やった。彼は今、医務室のベッドに横になっている。意識はまだ戻っていないようで、瞼は閉じられたまま。


リエナは近衛隊長によって強制的に宰相の所へ連れて行かれ、先ほどの出来事の説明を求められた。さすがの宰相も青ざめた様子でいたが、ナツの説明を聞くと安心したようだ。今は毒花に興味を示すくらいには精神状態が回復したらしい。


「気絶する毒なんて序の口ですよ。他にも危険性が問題視され国同士で使用禁止にしているものもあります」


「それは………頭が痛くなりそうな問題ですね」


「はい。陛下のお母様が何を思って作られたかは知りませんが、普通ならば人を増やすなり魔法をかけるなりしてもっと警戒をしなければいけないところです」


「そこまで危険なものですか?」


「はい。使いようによっては、中庭の花だけで一国が滅ぼせる程度だと考えていただければ」


特に大量殺人兵器はまずい。

もうすでに魔力で閉じ込めている毒花粉の量が半端ではないのだ。あれが解放されれば、たぶんこの国は滅びるしかないだろう。


「そうなると、今すぐにでも増員をして徹底的に侵入者を監視しなければ」


「いえ、貴族や他国に気づかれると厄介です。物々しい雰囲気で怪しまれるよりは、このままの方が良いかもしれません」


何故だ、とばかりに宰相と近衛隊長がこちらを訝しげに見てくる。


「皇帝陛下もその事実をご存じないようでしたし、何年間にも渡って誰にも知られていない事ならば、これからも知られない可能性が高い。幸運なことに中庭は人の出入りがない王宮の奥ですし、下手に人を動かして気づかれるよりは見なかったことにして今まで通りに振るまう方が………多少、魔法による警備強化は必要だと思いますが」


毒花を他国に盗まれることよりむしろ、その存在を知られることが問題なのだ。国家間で使用禁止にしている毒花を王宮の奥で栽培しているとなれば、他国は侵攻を危惧するだろう。いくら大国と言えども、連合国など組まれて攻められれば大打撃を食らうに違いない。………国王がいる限り負けはしないだろうが。


「………………」


説明を終えて二人を見ると、口をあんぐりと開けて目が真ん丸でした。――――――なぜ?


「ナツ、あなた…私の補佐にでもなりますか?」


「――――――――はい?」


「想像以上に頭を働かせるのが得意なようですね。今、私についている者も十分優秀なのですが………交換したいくらいです」


宰相は遠い目をしていた。

リエナには分からないが、笑みを絶やさない彼がそんな顔をするということは、何か困っていることがあるのだろう。だが、なんとなく首を突っ込んではいけないことのような気がする。


返答に困っていると、ナイスなタイミングで皇帝が目を覚ましたようだ。


「皇帝陛下!!!」


「………ん?俺は、どうなったのだ?」


リエナが掻い摘んで事情を話すと、皇帝は青ざめた顔をして無言のままだった。

時折「そこまで毒を愛していたとは………」とか「母上………俺まで殺すつもりだったのですか」とか聞こえてきたが、あえてスルーする。


今までのいきさつを知った皇帝は、どこか落ち込んでいるようだった。


「あの………陛下?」


「喜ばせようと思って連れていったのに、こんな結果になるとは………ナツ、本当に申し訳ない」


「あ、謝らないで下さい!!!俺は、ドレスを頂くよりは、こちらの方が嬉しかったんです」


リエナは慌てて否定する。

さんざん皇帝を欺き、嫌がらせまでしておきながら、こうして面と向かって謝られると何故か謙虚な態度になってしまう。


もしかして罪悪感………?

いやいや、こんな男にそんな感情抱くはずがない。


「ほ、本当か………?」


「陛下、俺は、贅沢な生活なんかよりも、こうやってどこかに連れていってくれる方が好きです。お金をかけてもらうのでなく、気持ちだけで十分嬉しいんです」


「そうか」


「そうです。今日もあれが毒花だったのは予想外でしたが、中庭自体は美しくて感動してしまいました」


「それほどに、喜んでくれたのか?」


「はい、勿論です」


「そうか、では、ぜひともまた誘わせて貰うぞ。次はどこがいい?今度は夜空でも見に行こうか?それとも――――――」


「よ、用事がありますのでそろそろ失礼しますっ!」


皇帝の蕩けるような笑みを見て恐怖を感じたリエナは、自室までの道のりをダッシュで帰っていった。




ナツが去って行った後、宰相は呟く。


「陛下、ナツは優しいですね。毒花まみれの庭に連れて行って許してくれるなんて」


「………………」


宰相の嫌味を皇帝は無言で聞き流す。


「言っておきますが、私もナツのことは気に入っておりますから」


「そう、か………」

「陛下が王妃にする場合以外は、私もナツが欲しいと思っていますから」

皇帝は驚いてそっぽを向けていた顔を宰相の方に戻した。


「それはどちらの意味で…」


「部下としても、妻としても…です」


その言葉に、皇帝はさらに驚くことになる。

確かに、宰相も自分同様ナツを可愛がってはいたが。それは、子供を可愛がるようなものだと、親愛の情にすぎないと思っていた。


「誤解しないで下さいよ。私は彼女に恋愛感情を抱いているわけではありません。ただ、自分の隣に立っていて誇りに思える女性がナツ一人だというだけです」


それは、皇帝も同じだった。いつしか、自分の隣に立つ者は、ナツしかあり得ないと考えるようになっていた。………他の女が愚かすぎて選択肢にないだけだが。


「陛下」


「あれほど優れた者が、あなた以外に取られるなんて絶対に許しませんからね」


そう言いながら、宰相は一度もナツに強引な態度を取ったことがない。部下という形で手に入れることは簡単だ。ただ、それをしないのはナツに好かれたいと思っているから。

上司と部下の関係になってしまえば、ナツがこちらに歩み寄ることはなくなってしまうだろう。身分をわきまえているナツは、こちらから働きかけない限り個人として見ようとはしてくれない。

だからこそプライベートで接することの出来る時間が必要なのだ。


そうしていつしか、どんな形であれナツが自分の傍にいることを、自らの意志で選択してくれれば良いと思う。

皇帝もきっと、同じ気持ちのはずだ。


「さて、残りの時間は多くありません。部下としてであれ、妻としてであれ、ナツを手に入れられるよう、お互い頑張りましょう」

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