23. 理由のわからない厚遇は受けるべきでない
何故か携帯電話の使用を制限されてしまいました。
この作品は主に携帯から投稿していたために、更新が遅くなります。
非常に申し訳ありません。
「ナツに、これから3ヶ月間の教育を行うこととする。勿論、その間王宮から出ることは出来ない」
ナツは先日の皇帝の命令で王宮の一室に閉じ込められていた。顔はナツメイクの状態で、服装は男装のまま。
アリー、どうなっているかな………。
アリーも持ち物もそのままにして来てしまった。アリーは情報収集が上手いほうだから、リエナを見つけてくれるかもしれない。
しかし、仮にアリーと連絡がとれたとしても彼女は現在令嬢の使用人であり、リエナの一存ではどうすることもできない。
自由に動き回れるならまだしも、軟禁状態の今では公爵家に助けを求めることも出来ない。
それにしても………。
――――――広すぎではないか、この部屋!?
貴族の客人を泊めるような広さと内装になっている。
確信できる。この部屋を維持するには、使用人が3人以上は必要だ。
センス良く選ばれた調度品、壁やカーテンは華やかで、女性などが喜びそうなデザインだ。
そして、ベッドも風呂も広い。何人用か分からないくらい広い。
部屋………間違ってないよね?
「失礼します、ナツ」
一通り部屋の間取りを確認したリエナのもとに現れたのは、宰相だった。
なぜ、宰相がここに?
リエナが首を傾げていると、宰相が事情を説明し始めた。
さすが仕事のできる男だ。詳細な点まで丁寧に教えてくれる。
「まず、宰相である私が貴女の指導を担当することになりました。理由としては、陛下が私を信頼してくださっていること、機密を詳細に知る者が陛下と私しかいないことなどが挙げられます」
宰相は、説明したことに対しリエナが納得したのを確認しつつさらに話を進める。
「ナツには、3ヶ月間情報の価値を勉強して頂きます。今のままでは身を滅ぼすような危険な情報まで人に晒しかねないので、みっちり指導させていただきますね」
宰相はにっこり笑っているが、その目にはめらめらと怒りの炎が見える。
気づいたのは、入室してきた時からだ。リエナとしてはスルーしたかったのだが………。
「なんか………怒ってます?」
「ナツに対して、ではないですよ。ずっと傍にいながらナツがそんな知識を持っていることに気づかず、挙げ句の果てには罪を犯すような結果を招いた自分に怒っているのです」
宰相が怒るとは珍しい。
皇帝にも常に穏やかに接し、冷静さを欠くことはない。激しく裏表があるのかと思いきやこれは彼の地の性格らしく、誰に対してもその態度を崩すことはない。
だからこそ怖いのだ。余程の事があったに違いないから。
だが、怒りの矛先が自分でないなら気にすることはない。リエナはこれ以上その話題に触れることをやめた。
「さて、ナツに注意事項を述べておきます」
注意事項、だと?命令ではなく?
何か怪しい匂いがするような。
「基本的に部屋から出ないこと。出るときは私か陛下の監視付きで。訪問者があっても部屋に入れないこと。危険だと判断したら、助けを呼ぶこと」
ナツの監視というよりむしろ、保護が目的のような気がするのは気のせいか。
特に最後のなんて、危険があると事前に告げられているようなものだ。
「それから、ナツは女性であると承知の上ですので、偽る必要はないですよ。サトナが本名ですか?」
「……………ナツカワが本名です」
危なかった〜。
夏川なら友人や家族以外からはそう呼ばれていたのでボロを出す心配はない………はずだ。それに、こちらの世界では夏川の姓を使っていないので身元が割り出される危険性はない。
「そうですか……では、私と陛下は初めからあなたの事を愛称で呼んでいたのですね」
そうなりますね。
ナツカワが本名なら、ナツは略称みたいなものだ。
そういえば、宰相はなぜそんなに嬉しそうな顔をしているのだろうか?愛称、と言ったあたりから顔が綻んでいる。
宰相は嬉しそうに笑みを浮かべながら話を続けた。
「それにしても、ナツカワというのは珍しい響きですね。どこの国の出身ですか?」
「さあ………気付いたらここで暮らしていたので、故郷の事などわかりません」
答えられるはずのない故郷の話はさらっと流す。うっかり喋って詳しく尋ねられても困る。
「とりあえず、今から授業を始めますよ。今日は歴史について学びます」
こうして、3ヶ月に渡る授業が始まることとなった。
「宰相、初めての授業はどうだった?」
宰相が帰ってくるなり皇帝は執務の手を止めて尋ねる。
「今日は時間が遅かったために少ししか授業ができなかったのですが………今日取り上げた歴史に関しては、十分すぎるほどに優秀だと思います」
「そうか。さすがナツだ。不便はなさそうな様子だったか?」
宰相は、顎に手を当てて思案する。
冷静な顔とは裏腹に、ナツの生活に不便をもたらすようなことは脳みそを絞ってでもすべて思い出したいと燃えているのだ。
「……もう少し、生活環境を整えた方が良い気がしますが。ナツは女性なのにいまだに服は男物のままですし」
「では。侍女を多めに手配しろ。あと、女性用の服も用意しておけ。ドレスは後日きちんとした仕立て屋を呼ぶ。それから部屋もナツ好みにに模様替えして…………」
「いいですね。せっかくですから念願の食事にでも誘っては?」
「そうだな。それと………」
二人のナツに甘々に尽くしたい、ナツと色々やってみたい談義は深夜まで続くのだった。
これが後々、リエナにとっても二人にとっても地獄を招く結果になるとは誰も思いもせず。
王宮滞在が決まった翌日。
リエナはなかなか寝付けないまま朝を迎えた。
だって、部屋がまぶしいんだもの。キラキラしてるんだもの。
しかも、傭兵として野宿に慣れているリエナにとってキングサイズのふかふかベッドは苦痛以外の何物でもなかったのだ。
そしてそんな寝不足の朝から、扉をノックするものが。
「ナツ、失礼します」
入室してきたのは宰相だった。リエナとは違って朝から爽やかな笑みを浮かべている。
皇帝の右腕として多忙な生活を送っているというが、なぜこうも爽やかな顔を保っていられるのか?
「昨日までは男装のままでしたね。既製品で申し訳ないのですが、女性用の服を用意しましたよ」
「…………はい?」
別に今持っている男物の服で問題ないのだが。機動性を考えたらスカートなどよりはむしろズボンの方が良い………のだが。
「いままで職業の関係上男装をしていたようですが、もうそのように振る舞う必要もありません。女性として思う存分着飾ってみては?」
宰相が声をかけると侍女がわらわらと部屋に入ってきて、その後は侍女たちのやりたい放題だった。
「……………………これで、よろしいでしょうか?」
侍女によって強制的に着替えさせられたのは、可愛らしいワンピースだった。
ナツメイクをいじられる訳にはいかなかったので本気で抵抗したが、それ以外は好きにさせた。
短い髪は結い上げられ、美しい髪飾りを使って無理やりまとめられた。
「よくお似合いです。陛下が見たら喜ぶでしょうね」
「ありがとうございます」
なぜあの皇帝が喜ぶのかは分からないが。褒められているようなので素直に受け取っておく。
「今度仕立て屋を呼んできちんとしたドレスを作りますから、サイズの不具合などは我慢してくださいね」
「…………………へ?」
今、さらっとあり得ないことを言ったような。
「気に入りませんでしたか?では、仕立て屋の手配をすぐにでも――――――」
「いえっ、ドレスなんか要らないですから!!そんなことのために税金を浪費しないで下さいっ」
「ああ、大丈夫ですよ。陛下の私財からお金を出していますので」
「それでも要りません!」
私財から出された方が怖い気がするのは自分だけか。
貴族は搾取した税金を使うことに躊躇いはないが、自分のお金となると話は別だ。皇帝だって公費を出すより私財を消費することには躊躇いがあるはずだ。
私財を出すほどの意味とは一体………。
その後、なぜか恐怖を感じたリエナによる必死の説得により、ドレスの仕立てはなしになった。
しかし――――――――。
「ナツ様、喉は乾いておりませんか?」
「ナツ様、お部屋が暑くはございませんか?」
「ナツ様、お菓子を持って参りました」
なんだこの至れり尽くせりは。
宰相が大量に侍女を置いていったせいで、リエナは非常に困っていた。
「あの、そこまでしていただく必要はありませんから!!」
「ですが、ナツ様は皇帝陛下にとって大切な方なので、誠心誠意お仕えし快適に過ごせるように尽力しろと宰相様から言い遣っております」
あの宰相、何考えてるんだ?
可愛い侍女さんがたくさんいるのは嬉しいが、何不自由のない生活もありがたいが、なんで――――――。
なんでこんなことに―――。
「ナツ、やっと会えたな」
目の前には、食事のために整えられたテーブルと、皇帝。
ワンピース姿になったリエナは、皇帝に夕食に誘われて皇帝の私室に来ていた。
上機嫌の皇帝とは対照的にリエナは不機嫌な顔をしている。
「ナツの女性らしい姿を見たのは初めてだ。すごく、似合っている」
ワンピースで現れたリエナを見て、たいそう満足しているようだ。皇帝は後宮の女性が見たら卒倒してしまいそうな、嬉しそうな顔をした。
皇帝は自分の席につくのかと思いきや、リエナを席までエスコートした。わざわざ椅子を引いてリエナを座らせる。
「そういえば、授業の方はどうだ?気に入らないことがあったら何でも言え」
「そのようなことは、何も………」
「部屋から出してやることはできないが、欲しいものはなにかあるか?」
「いえ、そんな………」
「それとも、したいことはあるか?」
「もう、生活を保障してもらえるだけで、充分です」
皇帝のさらなる特別待遇を必死に辞退しつつも、リエナは耳を疑っていた。
皇帝、頭でも打ったのか。聖職者でもあるまいに、何で自分に物を恵もうとするのか。
皇帝の悪意のない提案と断固拒否の果てしない戦いを続けているうちに、料理が運ばれてくる。
その光景に、リエナは目を疑う。給仕達はやむことなく大皿を運び続けるのだ、それはもう、永遠に。
「さあ、好きなだけ食べろ」
目の前に出てきたのは、いつもの皇帝の食事とは比べ物にならない程豪華なもの。
皇帝はいつも健康的な食生活を送っているようで、通常はもっと質素なメニューだ。
この量はいつもの倍以上で、使っている食材も裕福な者にしか口にできないような内容だ。
自分が来たことによって、たった一日でかなりの金額が消えていく。これを、許しておくことだできるだろうか。
ついにそれはリエナの逆鱗に触れた。
「いい加減にしてください!!何でそんなに至れり尽くせりなんですか。俺は、犯罪者ですよ?」
「ナツは、無実だ。それに、これは俺がしたいからしているだけだ」
皇帝は一瞬驚いた表情をしたが、平然とリエナの怒りを受け流す。
「その甘い態度が問題なんです。洋服も、食事も、部屋も、あんな貴族みたいな生活をさせてもらう必要がありません。最低限で良いはずでしょう?」
「だが、機密漏洩を防ぐというこちらの都合で閉じ込めているのだぞ。少しはわがままを言ったらどうだ?」
皇帝は遠慮していると思ってそのようなことを言ったのだろうが、リエナからしてみれば心外だ。自分は皇帝に高価なものをせびるような恥ずかしい真似をするつもりはない。
「陛下は皇帝です。今、自分がしていることを客観視してみて下さい。皇帝として誤った判断をしていると思いませんか?」
皇帝の眉がぴくりと動いた。
矜持の高い彼にとって、このように言われるのは不本意で仕方がないだろう。
「これは皇帝としてではなく、俺自身がやりたいことだと言ったら?」
「あなたはそうでも、周りはそんな風には見ません。公私の区別もつかないようなら、皇帝として失格です」
皇帝に反抗するなんて、正気の沙汰ではないことは十二分に分かっている。分かってはいるが、臣下の一人として止めないわけにはいかないだろう。
「失礼いたします。お食事のお誘い、ありがとうございました」
リエナは皇帝の顔を見ることもなく、身を翻して皇帝の私室を出ていった。
「何かあったのですか?」
誰かが声を荒げたのを耳にして、宰相が皇帝の私室に顔を出した。
「ナツを怒らせてしまった……」
皇帝は今までの経緯を宰相に話した。
「それは、陛下にも問題があったのかもしれませんね」
「だが、なぜ優しくされて怒るのだ?」
「ナツは………自分の身の丈に合わないものは、嫌いでしょう?いくら給料を増やすと言っても、契約した分の金額しか受けとりませんでしたし。今朝はドレスの仕立てを断られました。――――――陛下はそれを分かっていらっしゃるのに、なぜそのようなことをしたのです?」
「ナツが喜ぶことがしたかったが、思い浮かばなかった」
「陛下は、変なところで不器用ですね」
宰相が思わず笑うと、皇帝は額に手を当てながら俯く。
「本当に………何をしてやったら良いか、わからない。彼…いや、彼女には笑っていて欲しいのに」
弱々しげに言う皇帝に、宰相は目を瞠る。
「陛下は、ナツをどうしたいのです?」
「それも、わからない。ナツが女性とわかって、正直戸惑っている」
皇帝は、一旦そこで言葉を切る。そして、自身の心を落ち着かせるかのように息を吐いた。
「だが、これだけは言える――――」
――――――――傍にいて欲しいという思いは、今も変わらない、と。