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22. 後宮は女しか入れない

リエナ視点→皇帝視点です

「ありがとう、巫女のことを教えてくれて」


令嬢はリエナの両手をとり、綺麗な笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べた。

先日までのような悲しみに打ちひしがれた様子とはうってかわり、彼女はこの運命に対し前向きに頑張っていこうとしているようだ。

話した側として、非常に嬉しい。彼女なら絶対に乗り越えられると思っていたが、やはり少し懸念はあったもので。正直、ひやひやしながら見守っていた。


「いえ、お嬢様には知っていただきたいと思っておりました故」


私はきつめの教育お姉さんの仮面を被り、表情を変えることなくそう言った。


「私、これから頑張るわね。殿下と共に豊かな国を作り上げていきたいの」


令嬢は殿下をたいそう愛しているようで、本気で彼と結ばれることを望んでいるようだ。とても幸せそうな顔をしている。

話を聞いてみると、実は政略結婚ではないらしく、隣国の王太子を招いた宴の際互いに惚れてしまったらしい。それを知った皇帝が色々と手を貸してくれたということだ。

どこのベタなラブストーリーだよ。現実にそんなことがあるのか?天使のような彼女と美男子と噂される王太子という組み合わせの時点で充分現実離れしているのに、なんて運命的な出会いをしているのだ。しかもラブラブだし。


そんな令嬢の王太子との馴れ初めから惚気話までを聞いていると、不意にドアがノックされた。



「失礼します。皇帝陛下の命にて、教育係を捕縛させていただく」


なんと、現れたのは妙に嬉しそうな近衛隊長だった。嬉しそうに皇帝の発行した後宮への立ち入り許可証を持っている。

…………………久しぶりに仕事をもらって、大喜びしているといったところか。哀れなやつめ。


そうしているうちに、リエナは手を縄で縛られる。

やば、気持ち悪い近衛隊長の観察に気をとられていた。逃げるチャンスが………。


「まって、なんで彼女が捕縛されなきゃならないの!!」


「国家機密を漏洩した罪です」


「………………」


令嬢は本気で忘れていたらしく、今さらことの重大性に気づき、青ざめた。そして、気まずそうにリエナから目をそらした。

わかっていますよ、お嬢様。国家機密漏洩が罪だということに気づかなかったことも、そうとも知らずに名前を喋り教育係を売ってしまった事実に今やっと気づいたことも。

………そんなところもやはり可愛いと思ってしまうリエナであった。


そうして気まずいまま、リエナは近衛隊長に引っ立てられて部屋を出ていった。



「お前、ナツだろう?」


ふいに耳元に囁かれた言葉に驚き、リエナは顔をあげる。何でこいつにはいつもいつも気づかれるかなぁ。


牢まで二人で歩きながら、他の人には聞こえないよう気を使ったのか、近衛隊長は耳元に顔を寄せて小声で話しかけてくる。


「こんなところで何をしている?」


「………………」


いや、まさか地球への帰還のために後宮へ潜入中ですとは言えない。さらに実は皇帝の私生活を覗いていましたとか、皇帝に数々の嫌がらせをしましたとか言えない。


近衛隊長は何も答えないリエナを呆れたような視線で見つめ、ため息を吐いた。


「俺は弱味を握られているから陛下に正体を言うつもりはない」


弱み?………………ああ、そんなこともあったなあ。別に、数々の変態行動なんぞ知られても困らないとは思うがなあ。皇帝は薄々だが何か感じ取っているようだし。

黙っていてくれたことに恩義でも感じているのだろうか?律儀なやつだ。


「だが、ナツだと明かして陛下に赦しを請う方が得策だと俺は思う」


近衛隊長も、皇帝がナツに絶対の信頼を寄せていたことを知っている。そして、信頼しているナツのことは疑いもせずに許してしまうであろうことも。

だが、そうすれば皇帝に女だと知られてしまう。あんな美味しい儲け話は二度と転がっていないので、皇帝の護衛はできれば(不定期だが)続けたいと思う。


「まさかとは思うが、死刑もあり得るこの状況で、女だと露見するのが怖いなどと言うわけではないだろうな」


わお、ばっちり心を読まれておりました。そのとおりです。

死刑になる気はさらさらないのだが。

いざとなったら魔法でも何でも使用して、大地の果てまで逃げてやる。勿論、自分の弱点とも言えるアリーと公爵家の一家は一緒に連れて逃げるが。


「俺は、お前が数少ない陛下の味方だと知っている。どんな事情があって捕まったかは知らないが…………………できれば、失いたくはない」


「………………」


ぶっちゃけ、近衛隊長からそんな(まともな)ことを言われるとは思わなかった。あんなイタイ人に勇気をもらうことになろうとは、思ってもみなかった。


「ありがとうございます。陛下に、話します」


流石に今回の件はマズすぎる。自力でなんとか乗りきれるとも思えない。ここは正直に近衛隊長に従うしかないのだろう。

ああ、当主様に迷惑がかかると思うと胃が痛くなりそうだ。




「皇帝陛下、失礼します。教育係の者が、弁明したいと申し出ています」


執務室に入ってきたのは、捕縛の任務から帰ってきたらしい近衛隊長だった。


「ほう、弁明だと?言い訳の間違いではなく?」


皇帝は邪悪な笑みを浮かべつつ、皮肉を言った。

相手は公爵家の間諜。容赦していれば、いつの間にか自分の手の内から逃れられかねない。今回の件に関しては一切の赦しも与えないつもりだ。


「まあ、いいだろう。こっちに通せ」


近衛隊長は、罪人の腕を縛る縄を持ちながら皇帝の前まで歩いてくる。


その姿は、見覚えのある少年のものだった。


「――――――ナツ!?」


なぜ、ここにナツが。

………というか、教育係は女ではなかったか?たしか、侯爵家の令嬢は“彼女”と言っていたような気がするのだが、気のせいか?いや、そもそも後宮なのだから男子禁制だった。男はありえない。


「申し訳、ありませんでした」


ナツは頭を地面に擦り付けるようにして謝罪している。


「ちょ、ちょっと落ち着け。何か事情があるのだろう?取り敢えず、頭を上げろ。な?」


突然のことに驚き、ナツの謝罪に狼狽えてしまった。口から発する言葉は、いつもの自分とは思えないくらい落ち着きがない。


「それにしても、なぜ後宮などに………まさか、意中の者に近づきたかったのか?」


ナツは以前、後宮廃止をやめるように懇願してきたことがあった。自分がそれを了承した時の、ナツの嬉しそうな顔は忘れられない。それほど必死に頼むのだから、想い人でもいるのだろうと思っていた。


「いえ。陛下に、幸せになっていただきたくて………」


「―――――――――どういうことだ?」


皇帝は訳がわからないとばかりに眉をひそめる。


「皇帝の理想を叶えて差し上げたくて、後宮の令嬢を教育しようと思い立ちました」


「だが、俺には意中の女性が………」


そうだ。俺には意中の人がいる。庶民の、ナナという娘。輝くような笑顔は眩しく、優しくて強い。やわらかな茶色の髪と可憐な容姿は素敵で、まさに理想に近い女性なのではなかろうか。


「陛下、妥協していらっしゃいませんか?」


「――――――――なっ!?」


――――――妥協、だと?

俺が初めて好きになった人だぞ?ナツはなんてことを言うのだ。まさか、初恋で妥協なんて………。


「陛下、礼儀作法も知らぬ庶民と、性格の良い教養もある貴族の女性………どちらが良いですか?」


「――――――そ、れはっ!」


ナツの歯に衣着せぬ言い方によって、途端に頭が冷静さを取り戻した気がした。

そうだ。俺が追い求めていた理想の女性は、すべてにおいて完璧な貴族の女だった。


いつからだろうか………貴族の令嬢に失望を覚えるようになったのは。


美しいドレスで身を飾り、民のことは顧みない。媚びることや人を欺くことは飛び抜けて上手で、他を思いやる心など欠片も持ち合わせない。今年の流行のドレスだの話題の貴公子だのには詳しいのに、政治や難しい問題に関しては全く知識を持たない。

そんな、外面ばかり美しく内面にはわずかの魅力も感じられない令嬢の集う後宮に、通う足は自然に途絶えていった。


そうか、俺は………。


ナツに出会って俺は自分の心に変化が起こり始めたのを感じていた。それは、ナツの傭兵とは思えない貴族にも通用するほどの礼儀作法と知識を見てきたからだ。庶民でありながら、貴族よりも優れた能力を持つ彼の存在が当たり前になっていたのはいつからだろうか。


「陛下は勘違いしていらっしゃるのかもしれませんが……………………俺が身につけた知識も、礼儀作法も、戦闘能力も一朝一夕に身に付けられるものではありません」


ナツは、生きていくためにどれほどの努力を強いられてきたのだろうか。もとは良いところの子息として立派になることを義務づけられていただろうに、何の事情があったかは知らないが今は実力をつけて傭兵の中でも結構な強者になっている。


「そうだな………俺は、勘違いしていたのかもしれない」


ナツは、俺が思っているよりもずっと貴重な庶民だったのかもしれない。こんなに何でもこなせる人間は滅多にいない。


「だから俺は、陛下の理想の女性を教育して差し上げようと思ったんです。そして、陛下が最上の幸せを掴んでほしいと」


ナツの目は本気だった。誰よりも純粋で、強い瞳。いつ見ても、眩しい。


「そうか、それほどまでに俺のことを考えて………」


そう、わざわざ女に変装してまで後宮に潜り込んだほどに。

………………ん、女装?

後宮は男子禁制=男は入れない=女だけ入れる。

まさか……………………。


「ナツ、まさかとは思うが………………女、ではないよ、な?」


ナツの表情が固まった。なぜか、視界の端に映っている近衛隊長までもが、わずかだが青ざめている。

もしかして、俺、踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったか?


「そうですよ、俺は女です」


ナツは、信じられない顔をしている俺にもう一度ゆっくりとその事実を告げる。まるで、その事実から逃げることを許さないかのように、ゆっくりと。


「俺は、女です。正真正銘………女性です」


ナツは仕方がないといった様子で語り始めた。


彼………いや彼女が語るには、彼女は孤児で、町を彷徨っていたところを貴族の家の者に拾われたらしい。親切にもそこで仕事を与えられていたが、迷惑をかけるのが嫌になり傭兵として働き始めた。しかし、今でも貴族の家には世話になっているらしい――――――ということだ。


「拾ってくださった方は親切で、たくさんの知識を与えて貰いました。自分でも知識を得るのが楽しくて、傭兵になってからは国中の知識を求めて歩き回っていました。国家機密のこともそうとは知らず………」


つまり、ナツは公爵家で世話をしてもらっていたが、自立して傭兵として働こうと努力していると。礼儀作法や多少の教養はその時に身につけたもので、国家機密も偶然知ってしまっただけだと。

つまり、ナツに罪はない。


「ナツ、事情はわかった。顔を上げてくれ」


再び必死に頭を下げていたナツはようやく下げていた顔をこちらに向けた。


「俺はお前を罪に問う気はない」


ナツはほっとした様子で息を吐いた。


「ただし、ナツは大切な情報とそうでないものの区別がつかない。その事に関しては罰を受けてもらわないといけない」


もしナツがこちらの想像以上に重要な情報を掴んでいるとしたら、それは国家を揺るがすことになる。そんな状態で野放しにしておくわけにはいかない。

なにより情報に振り回されたナツ自身が危険に晒されることになるのだ。

国王としても、ナツの友人という立場としても見過ごせる問題ではない。


「ナツに、これから3ヶ月間の教育を行うこととする。勿論、その間王宮から出ることは出来ない」



ナツの瞳に、 絶望の色が翳った気がした。






あれ、ナツの一人称って、「俺」………でしたっけ?

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