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1. リエナの目的

ここは、とある王宮の一角。


「あー、疲れた〜」


繊細な彫刻が施された扉が開き、小綺麗に整えられた部屋に一人の少女が姿を現した。

地味な茶色の髪に、同じ色の瞳。何処にでもいる普通の少女だが、その身に纏うドレスは華美、いや豪奢と言うべきか。

余りにも派手すぎるそれだが、金遣いの荒い貴族にはお似合いかもしれない。


「おかえりなさいませ、リエナ様。……で、どうでしたか、宴の方は」


ドレスを脱ぐリエナを手伝いながら、侍女のアリーはわくわくした様子で問う。


「もちろん、完璧だったわ!!」




夏川里菜、18歳。

異世界トリップの後、運良く公爵家の養女に迎えられた。

帰還方法を探すため公爵夫妻が提案したのはなんと、妾として王宮へ上がることだった。


「王宮は膨大な量の情報が飛び交う場所だ。それに、貴族でも手に入らないような貴重な書物もたくさんある。妾になれば、ここにいるよりもずっと多くの情報が得られるにちがいない」


公爵家当主はそう語る。


だが、こんな小娘が王宮をこそこそ嗅ぎ回っていて、まずいのでは。正直、世界を渡る方法を探すためには、禁書にまで手を出さなければならない可能性もあるのだ。

私に何かあった時一番に迷惑を被るのは、他でもない彼らだ。


「大丈夫、後宮には多くの女性がいるから、一人や二人増えていたってわかりやしないわ」


奥様は、茶目っ気たっぷりにウインクをした。


本当に大丈夫だろうか……と心配を拭いきれないまま、私の後宮での生活は始まった。



今日は、後宮に入って初めての宴だった。


今代の皇帝は、暴君であった先代皇帝の圧政に苦しむ民を憂い、彼を討ち即位した。

皇帝は即位後、多くの改革を打ち出して国を再興した。

彼の手腕は優れたもので、この国は瞬く間に豊かな楽園へと変貌を遂げていった。


優れた統治能力を持つ皇帝は、20歳と若いながらも賢君と謳われ、その優れた容貌と相まって女性たちの心を鷲掴みにしている。


さて、 そんな彼の後宮には望む望まざるに関わらず、多くの女性がいる。

女性たちは、自分の美貌と才能を武器に国王の寵愛を得ようと必死だ。


今回の宴は、水面下で血みどろの争いを繰り広げている後宮の女たちや、陛下の目に止まろうと参加した令嬢たちが集まる皇帝主催の宴だった。


「毎晩寂しくて眠れませんのよ」


「陛下、実家から美味しいお酒が届きましたのよ。今晩ぜひご一緒しませんか?」


「あら、陛下はお疲れでいらっしゃるようだから、私の演奏を聴きにいらっしゃるべきだわ」


女たちは、その色っぽい唇にのせてそれぞれに言葉を紡ぐ。

そこらへんの男だったら、間違いなく誘惑に乗っているだろう。


……だが、皇帝陛下の場合は。


女が触れるたびに、誘惑の言葉を発するたびに、眉間の皺は深まっていくばかり。

勿論その表情は、ごくごく僅かな変化に過ぎないので誰も気付かない。


ふふふ、楽しい光景ね〜。


もともと皇帝の寵愛に興味のないリエナは、愉快そうに眺めている。


実は、この皇帝陛下、貴族の女性が嫌いなのだ。

甘ったるい香水の匂い、目が痛いほどの派手なドレス。

美しい見た目とは裏腹にどうやって人を蹴落とそうかと画策を巡らす醜い本性は、蔑みや嫌悪しか感じられない。

……らしい(リエナ・リサーチより)。


派手なドレスに身を包んだ女たちは、どんどん皇帝を囲んでいく。

もちろん、その女の中には周りの女性と同じく似合わない極彩色の服を纏ったリエナも含まれている。

すべての女が皇帝に群がっている状況では、壁の花となっていたり地味なドレスを着ている方が目立つのだ。


おっと、私もそろそろ誘惑合戦に加わらなければ。


これ以上興味のない素振りを見せると、陛下に気に入られかねない。

なんせ、陛下の理想の女性の条件に、地位や権力に媚びない女性というのがある(リエナ・リサーチより)。


皇帝の苦しむ様子を、心の中で笑みを浮かべつつ眺めていたリエナも女をかき分け皇帝に近付く。


「皇帝陛下、私の部屋へもぜひお渡り下さいませ」


その勢いで皇帝の腕に絡み付き、上目遣いで媚びるように皇帝を見る。


皇帝は思わずリエナを振り払いそうになるが、腕を必死に押さえて耐えていた。


「……今日の宴はこれで」


皇帝はついに忍耐力が限界に達したようで、眉間に青筋を立てながら会場を後にした。


今日の宴は、我ながら天晴れの結果となった。




「……てな感じだったの」


「素晴らしいですっ!!さすがリエナ様。陛下もイチコロですね」


そんな会話を交わしながら、リエナはするりとウィッグを外した。

その下から出てきたのは見事な黒髪。日本人なら、誰でも持つ色だ。

リエナは肩に僅かにかかるくらいの真っ直ぐな髪を弄ぶ。


「ウィッグって、蒸れるのよね〜」


実は、隣国では黒眼黒髪は巫女である証拠とされ、神の使いだなんだと持て囃されている。巫女なんて死んでも御免なので、ウィッグや髪を染めることで隠している。

因みに瞳はカラーコンタクトで誤魔化している。


さらに、リエナは分厚い化粧も落としていく。

別にしたくてしているわけじゃない。

……だって、皇帝の嫌いな女ベスト10に、この条件が入っているのだから、仕方ないのだ(リエナ・リサーチより)。


リエナは、皇帝の嫌いな女性を演じることに情熱を注いでいた。

普通にひっそりと暮らしていれば良いではないか、と思うが、皇帝が好むのはそんな慎ましく大人しい女性だ。


リエナは後宮で暮らしているが、皇帝に身を捧げる気も、ましてや愛を捧げる気など欠片もなかった。


だが残念なことに、後宮の女たちの大半が陛下の『嫌いな女』の条件を満たしている。

つまり、これくらいの努力では所詮“並”にしかならないのだ。特定の女性がいない皇帝が、たまたまリエナの所へ来てもおかしくはない。


リエナが目指すのは、『皇帝が大嫌いな女』なのだ。それこそ、自分の部屋を訪れる可能性が0になるくらいの。


今日の宴では、一番癪に触った女になれたに違いなかった。


「これで皇帝陛下のお渡りは当分避けられそうですね」


「そうね。明日はゆっくり書庫にでも行きましょうか」



二人は明日待ち受けている幸せな日々に思いを馳せる。


「あとはお風呂に入って眠るだけだから下がって良いわよ。明日は一日中読書に明け暮れるつもりだから、しっかりと目を休めないとね」


こうして宴の夜は更けていった。


後に、不幸な事態が待ち受けているとも知らずに。




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