17. ヒーローは遅れて登場するもの
ヒーロー=皇帝です。
リエナは犯人に抱えられたまま、周りの気配に注意を向けながら眠ったふりをしていた。
………目が覚めて男に惚れたふりをするのも面倒だ。
犯人はリエナの密かな行動に気付いているのかいないのか、すたすたと目的地―――おそらく、誘拐した人物を留めておく場所だろう―――に歩を進めた。
犯人は、どこかに着いて足を止める。そして静かに扉を開け、さらにその奥にある扉を開けた。
途端に周囲が暗くなり、徐々に空間的な圧迫感のようなものを感じた。
――――――――もしかして、地下?
目を閉じているのでよく分からないが、恐らくそうだろう。
暗闇でも戦えるようにある程度は訓練しているので、空気の動き、音の反響などから自分のいる場所の情報を得ることは可能だ。勿論、敵の位置や攻撃の先読みなどは造作もないことである。できなければ、命に関わるから。
そのままリエナは牢に繋がれ――――――――――るかと思ったが、普通に部屋に通された。
「………で、何で私はここに呼ばれたのかしら?」
度重なる予期せぬ不幸によって、リエナの機嫌は急降下している。一人苛立つリエナに対し、男は暢気なものだ。それがまた、リエナの機嫌を損ねるのだった。
「まあまあ、そんなピリピリするな。世間話でもしようや」
「早く返して。愛しい家族が待っているんだけど」
本当に帰して欲しい。本当なら、夕方には家に帰っているはずなのに。主に皇帝とか陛下とか強い神の加護を受けているとかいう誰かさんのせいで帰りが遅れているのに。
父が本気で心配して動き始めたら、ここが血みどろの戦場になることは想像に難くない。家族の中では正常な思考の持ち主であるリエナとしては、犯罪者でもなるべく、できればだが、命くらいは助けたいというのが本音だ。
だが、男はリエナの言うことなど一つも耳を貸さず好き勝手に喋り続ける。
「お前、隣国の巫女のこと知っているか?」
その言葉を聞いた瞬間、リエナの顔はわずかに曇る。その瞳の奥に潜む闇がちらりと覗いたが、リエナは瞼を閉じてそれを隠した。
「男性を虜にするほど綺麗で、王太子と婚約していることくらいは」
「やっぱ、一般人はそんな情報しか知らないだろうな………………巫女様だがな、後宮の男子禁制の規則を廃して男を集めて………………この前は新入隊の年若い騎士まで囲っていた。ドレスは一日着ては捨て、宝石を買いあさる。国庫は彼女の浪費癖で空っぽに近い」
――――――――だから何だと言うのだ。いくら同じ日本人と言えど、リエナが他人である彼女にまで干渉する理由はない。
リエナは眉をしかめ、男を見つめた。
「彼女の周りは必死にそれを隠し、何とか民のためにお金を確保しようと必死なんだ。内情を知るものはもう、我慢の限界なんだよ!国のために何もしない彼女になぜ、国庫を全部使われなければならない!なぜ、彼女のわがままで国が犠牲にならなければならない!!」
彼の悲痛な叫びはリエナの胸を突き刺す。
隣国の実情は知っていた。だが、リエナは誰にもこの事を話そうとしなかった。関係ないと思いたかった。
………たとえ、巫女のせいで犠牲になっている存在があったとしても。
「俺は、巫女を――――――――――殺そうと思う」
リエナの瞳がわずかに揺れた。たとえどんなことがあろうとも、誰も人の命を奪う権利はない。そう思いたい。
「あんたには二つの選択肢が与えられている。俺らの仲間になるか、それとも――――――――――死ぬか。」
男の目がリエナを見つめた瞬間、その雰囲気は鋭いものへと変わった。
彼は神の使いである巫女に反感を持っている。そして、巫女を廃そうとしている。
巫女に歯向かうことは、神に歯向かうことと同義。
巫女を殺すことは、世界を終焉へと導くことと同じ。
――――――――――――彼は、何と大それたことをしようとしているのだろう。
もし断った場合、これだけの大きな情報を打ち明けておいて生かしてくれるはずがない。
「俺は正直あんたが欲しい。あんたほどの腕の者がいれば、巫女は殺せるし国庫なんて簡単に潤う」
彼は、お金を必要としている―――――――――――――ということは、まさか。
「もしかしてあなた、少女を誘拐していたのは国のため?」
「そうだよ!人身売買は驚くほど金が儲かるからな」
確かに人は高値で取引されるため、少ない人数でも大金を得ることが可能だ。
だが、そうすると疑問が残る。――――――――――――なぜ彼は、あえて媚薬を使って罪を重ねるようなことをしたのか?
「俺だって、本当はこんなことしたくない。だが、仕方がないだろう?」
そう言って笑う男の顔に浮かんだのは、諦めの表情だった。
この人は、止めて欲しいのか。自分の押さえきれない感情を。自分の、道を外れた行動を。
それなら、自分ができることは一つ。
「じゃあ、私はあなたを全力で止める」
リエナは隠し持っていた剣を取り出した。変質、抑制させていた魔力を元に戻し、臨戦態勢に入る。
「できるもんならやってみやがれ!」
男がリエナの隙を狙って魔法を放ってきた。
しかしリエナは魔力の解放を行いながらも防御魔法を構築し、涼しげな表情で男の魔法をあしらう。
それにしても、男の戦闘能力はかなり優れたものだ。リエナの実力に少しでも気づいたなら、男も相当の実力を持っているのだろう。もしかして、いやもしかしなくとも男は隣国の要職に就いていた者ではなかろうか。
言葉は粗野な印象を受けるが、彼の纏う雰囲気は人の上に立つ者のそれだ。
魔法を跳ね返された男は舌打ちし、再び魔法を放つ。氷の柱がリエナを襲うが難なく剣で叩き落とす。
その間に男は風の魔法を発動させ、剣で斬られて鋭くなった氷が再びリエナに襲いかかってくる。
しかし、リエナが構築した障壁によって氷の刃はあっけなく阻まれる。
それにしても、魔法を無詠唱で乱射なんてどれだけ魔力が多いのよ………。
これは、骨が折れそうな相手だ。遠距離にいては魔法を乱発させられるだけで、こちらからの攻撃は困難だ。
………魔法使いの弱点である近距離に突っ込むしかないか。
リエナは男の魔法をうまく避けながら接近し、男の背後に回り込んだ。
「なっ………」
男は慌てて魔法を放とうとするが、もう遅い。
リエナは男の腕を捻り上げ、素早く魔力封じの腕輪をはめた。
「ふう〜、終わった」
額に流れる汗を拭う。
リエナの町娘カツラが、ぽとりと落ちた。
リエナが犯人に捕まっていたとき、皇帝は行方不明の町娘ナナを探して東奔西走していた。
「くそっ!!宰相からの連絡のせいでナナを見失ったではないか!!!」
先ほどの宰相の言葉を脳内で反芻する。
『陛下、重大なことがわかったんですよ!!陛下の将来、いえ、命に関わることです!!!』
何が命に関わることだ。我が国に喧嘩を売っていた国は同盟を結ぶなり対処したし、国内の狸どもは十分に牽制しておいた。
他に命に関わることなどないはずだ。
「あいつ、こんな大事なときに………」
悪態を吐きつつもナナの魔力の気配の痕跡だけを頼りに道なき道を行く。
たどり着いたのはとある家屋の地下で、皇帝はとある部屋の前で足を止めた。
人の気配を感じ、部屋の扉を少しだけ開けた。
そこには、犯人と思われる男の姿があった。手には魔封じと思われる枷がはめられ、床に座りこんでいる。
「その黒髪………お前、巫女か!?」
“巫女”という言葉に思わず息を止め、会話に聞き入る。
「巫女は王宮にいる。それはあなたが一番良く知っているはずでしょ?」
少女の声が聞こえてきた。わずかに開いた扉の隙間からでは、姿を確認することはできない。
「だが、その黒髪は神の寵愛を受けていることに他ならないだろ」
「残念ながら、巫女の条件は黒髪ではないわ」
男はそのまま気絶させられ、地に伏した。
皇帝は勢いよくドアを開けると、そこには男の言う通り、黒髪の少女が立っていた。
さらさらと揺れる肩より短い漆黒の髪。凛とした顔立ちは美しく、神秘的な雰囲気すら感じた。
そして、彼女から溢れ出る力の奔流。それはまさしく、神の使いと言うに相応しいものだった。
しかし、皇帝は警戒を緩めようとはせず、剣に手をかけながら話しかける。
「ここに、少女が連れて来られなかったか?」
少女はそんな皇帝の態度を気にも止めず、僅かにこちらに顔を傾け淡々と答える。
「ナナという少女なら、家に帰した。他の人は、この先の牢にいるはず」
そう言って部屋の隠し扉を開けると、少女は男と共に消えた。
その後事件は解決。消えた男はギルドで捕縛されており、賞金が支払われたらしい。あの少女はギルドの関係者だったのかもしれないが、傭兵に関する情報は守秘義務があるので問うたところで教えてはくれまい。
事件も解決したので、ナツの出勤は明日からだ。皇帝は二日ぶりに会えることを嬉しく思った。
だが、そこでふと思い出す。
そういえば、ナツの雇用はあと少しで終りだな………。
やっとできた、二人目の信頼できる仲間。
――――――――――できれば、手放したくはなかったのに。
最近、一話ごとの文章量が異常なまでに増えていることに気づきました。………だからこそ更新が遅くなるのだということにも。
話が長いために携帯で読んでいて読みにくい、小分けにして頻繁に更新してくれる方が嬉しいという意見などございましたら遠慮なくおっしゃって下さい。
このままの掲載方法で良いという方もぜひご意見ください。読者様から何らかの意見があると作者はとりあえず安心いたします。
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