12. 筆頭権力者たちの結婚事情
やっと近衛隊長の殺気の件も片付いたと思ったら、新たな事件が発生しました。大問題どころじゃありません。リエナの人生最大のピンチです。
皇帝に付き従って王宮内を歩いていた爽やかな朝のこと。
今は、大臣たちとの会議を終えた皇帝と執務室へ帰っている最中だ。
相変わらず皇帝は、その美貌を振り撒きながら(本人は不機嫌なのだが、女性にはそうは見えないらしい)、黙々と歩いていくのだった。
王宮内の女性の、皇帝への傾倒率は凄まじいものだ。ほぼ全員が彼へ恋愛なり憧憬なり少なからず何らかの情を抱いていると言っても過言ではない。
そしていつか、皇帝が自分を見初めてくれると信じているのだ。可哀想な話だが、王宮にいる皇帝以外の男は、女性にとって皇帝を諦めなくてはならなくなった際の保険にしか過ぎない。そのためか、王宮での平均結婚年齢は毎年上がっていくような気がしないでもない。皇帝を狙う女性は勿論だが、どれ程努力しても女性の眼中に入らない男性陣も結婚しない、いや結婚できないからだ。おそらく妃の座を狙う彼女たちは、皇帝がよぼよぼのじいさんになり男としての価値を失うか、皇帝を退位して権力者としての価値がなくなるまで諦めないだろう。
自室の前に着くと、皇帝は何故か立ち止まった。皇帝の後についてただ足を動かしていたリエナは、目の前の背中にぶつかる寸でのところで歩みを止めた。
「午前中はもう仕事はないぞ。ゆっくり休むが良い」
「……………………はい?」
一日中護衛するのが仕事であるナツには当然休みなどないはずなのに、この皇帝は一体何を言い出すのか。訝しげに視線を送ると、皇帝はニヤリと笑いながら扉を閉めた。
リエナは、突然のことに呆然と扉を見つめるしかなかった。
すると、どこからともなく……。
「キャァァーーー!!ナツ様よ!!!」
嫌な予感がして、リエナがそちらを振り向くと――――。
――――――――そこには、皇帝の嫌いな女性の大群が。
「ナツ様、これを受け取って下さいます?」
「あら、ナツ様にはこちらの飾りの方がお似合いよ」
「いえ、ぜひ、私の手作りクッキーを!」
「私のケーキも召し上がって!」
「私の父が主催する夜会の招待状ですわ~」
リエナはあっという間に女性たちに囲まれ、てんやわんやの大騒ぎとなってしまった。解放される頃には、リエナの精神は限界に達していた。
あの皇帝、人を生け贄に……。
可愛いと思っていた女性が、初めて恐ろしく見えた瞬間だった。
午後、皇帝と宰相にその話をしたところ、腹を抱えて笑われてしまった。
「まあ、私も同じような目に遭いましたし」
「宰相様もですか?」
どうやら、皇帝陛下の覚えもめでたい臣下とあっては、皇帝と結婚出来なかった際の保険になるだけでなく、皇帝の寵愛への足掛かりになるのだという。
「ですが、俺はまだ結婚できる年じゃありませんよ」
リエナは18歳だが、ナツは一応、それより年下の男の子設定なので。
「そんなの、彼女たちにとっては、問題にもなり得ません。その瞳に映るのは、皇帝陛下ただ一人ですから…ね」
恐るべし、皇帝。
誰をも魅了するその能力、もっと何かに活かせないか?女を囲うでもなく、むしろ女が嫌いな現状では、宝の持ち腐れだ。
「まったく迷惑な話です。陛下が正妃を迎えないせいで、私たちはこんな目に遭うのですから」
「そう言うお前こそ、早く結婚したらどうだ?既婚者なら、煩い女たちも手を出しにくくなるぞ」
そんな軽口を叩きながら、皇帝と宰相はお茶を飲む。二人はよほど仲が良いようだ。
「そういえば、以前こちらに訪問された姫君も陛下をたいそう気に入られておいででしたね。国同士釣り合いますし、正妃になされては?」
「あんな女、誰が娶るか。いくら見た目が良かろうと、性格は最悪だぞ」
「いい加減、世継ぎのことも考えて下さい。この辺で妥協したらどうですか?」
未だ舌戦を繰り広げているが、二人とも結婚の意志はないようだ。国の権力者トップ2がこんなことで良いのか?
結婚と言えば、国同士の繋がりを作るために重要なことだ。身分の高い者の婚姻というと、政略結婚で溢れ返っている。隣の国だって、神から遣わされたという黒目黒髪の聖女が王子と婚約している。
ましてやここは大国だ。先代も、先々代の王も婚姻によって繋がりを得ている。そんな中、この皇帝と宰相は、結婚をする意志もないと言う。これはゆゆしき事態だ。
「あの………お二人の、結婚のご予定は?」
きっと、きっとあるに違いない。結婚までいかなくとも、今お付き合いしていて、ゆくゆくは………みたいな人とか。
リエナは恐る恐る二人に尋ねた。
「ない」
「私もです」
きっぱりと二人に言われ、リエナの希望は打ち砕かれた。
ちなみに、近衛隊長には期待していない。あの皇帝大好き野郎が結婚するはずない。どうせ、「私は一生皇帝と共に在ります」とか言うのだろう。
それにしても、二人とも結婚に積極的な様子はないが、それどころか結婚のけの字も感じさせないとは。
いや、そうか。お付き合いまで至らない関係の女性も考慮に入れなくては。それならきっと………。
「因みに、今狙っている女性などは?」
「いない」
「いませんね」
「……………………そうですか」
なんということだ。
いや、陛下の美貌なら、他国の姫をたぶらかして後宮に入れることなどたやすいはずだ。なのに、自分の好き嫌いだけで、国の利益を無駄にするとはどういうことだ。
何より、リエナの先行きがかかっているのだ。後宮に潜んで日本に帰る方法を探すには、皇帝が寵妃を作らないのも困るし、国が廃れていくのももちろんまずい。
そう思うと、つい叫んでいた。
「何でですか?陛下の美貌を使えば、後宮にどれだけ人質を得られるとお思いですか!面倒臭い政治の駆け引きを繰り返さずとも、貴方がその容姿を活用するだけで利益は何倍にも膨れ上がるのですよ?」
皇帝と宰相は目を丸くしていた。だが次の瞬間、確かにその通りだと笑いだす。
「ナツ、陛下が賢帝と言われるほど政治に力を入れるようになったきっかけをご存じですか?」
「?」
「女性関係にあれこれ言われないために、政略結婚に頼らずとも、安定した国を作ろうと考えたからです」
ど、どこまで女嫌いなんだ、この男………。
確かに、この国は今や大国で、他国との関係も概ね上手くいっているし、国全体が豊かで国民は生活に困ることもない。その状況の中で、無理に政略結婚する必要に迫られることはない。豊かになったらなったで結婚を望むものは多いだろうが、国が良ければ政略結婚を断れるだけの余裕がある。
だが現実問題、皇帝には山のような見合い話が舞い込み、求婚を受け続けている。原因は―――。
「陛下の容姿がまずかったとしか言いようがありませんね」
宰相が皇帝に視線を送る。
「ああ、これ程までに自分の容姿を呪ったことはない。後宮なんぞ、さっさと潰したいものだ」
「陛下、今――――――何と?」
先程の、結婚しない宣言を上回る衝撃的事実をリエナは耳にした。
いや、そんなはずはない。皇帝はまだ未婚で、世継ぎもいない。そんな状況で後宮をなくすなど、周りが許すはずがない。そうだ、そうに違いな――――。
「後宮を、潰すと言った」
先程よりはっきり潰すと言いやがったよ、この皇帝。
「いつになさいます?きな臭い動きをしている方も増えつつありますし、早めに潰さなくては」
「そうだな、2ヶ月後には後宮の閉鎖を目指したい」
に、2ヶ月後ー―――――!?
それだけは、阻止しなければ。
今、王宮から追い出されればリエナは地球に帰還できる可能性が極めて低くなる。なんせ家に帰る頼りとなるものはもう、この王宮にしかないのだから。別に侍女としてもう一度王宮に上がるのもアリだが、妾としての特権はなかなか手放せるものではない。侍女は後宮の女と違って管理が非常に厳しい。それこそ、どこの家の何者か、どこの家と繋がりを持っているか、皇帝に害を為す存在かなど事細かに調べ上げられ、挙げ句の果てには恋人などの関係まで皇帝に筒抜けだというのだから、恐ろしいことこの上ない。まあ、皇帝の世話をするということは後宮の女たちより皇帝に近い位置にいるのだから、仕方がないだろう。
その点、管理がずさんな後宮はどんな身分の者でも、たとえ反逆を企てている反皇帝派の者であっても出入り自由。リエナからすれば、なんて素敵なんだ、後宮最高!!と言いたくなるくらいの素晴らしい環境なのである。
その後宮が、潰れる。そんなことはリエナが許さない。絶対に阻止してやる!!
リエナは、皇帝の護衛を辞めた日には後宮閉鎖を阻止するべく精力的に(皇帝への妨害活動に)動くことを決意するのだった。
お久しぶりです。
なかなか更新できなくてすみません。
これからも努力致しますのでどうぞよろしくお願いします。