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11. 弱味を握られるって恐ろしい

最近、妙に視線を感じる。しかも、微妙に殺気が混ざっているのはどうしたことか。


皇帝に仕えるようになってから数日が経過していた。皇帝は初日から変わらずナツを側で働かせ続けている。


その間中感じるのだ、殺気の混じる鋭い視線を。

皇帝の護衛をしている時も、皇帝とお茶している時も、皇帝とチェス(異世界版)を楽しんでいる時も。

しかもそれは、皇帝ではなく自分に向けられているものである。


「ナツ、どうした?」


いつもと違うナツの様子に気付いた皇帝が声をかけてくる。


「いえ、なんでも………」

リエナは慌てて取り繕う。今は仕事に専念しなければ。私的な問題で皇帝を煩わせるようなことがあってはいけない。

「そうか、気を張りすぎて疲れないようにな」


皇帝はぽん、とリエナの頭の上に手を置いた。自分も随分と気に入られてしまったものだ。

彼は何かと頭を触る癖があるらしい。身長的に手が置きやすい位置にあるからだろうが、上手に紅茶を入れられた際には頭を撫でるし、何気なく頭にぽんと手を置くこともある。

そういう時には特に、物凄い殺気を感じるのだ。………なぜ?


傭兵として色々な仕事をこなしてきた自分を排除しようとする輩は少なからずいるものだが、それとは少し違うらしい。

だからしばらくの間は様子見ということで放っておいたのだが、どうにも気になって仕方がなかった。




「ついて来い。話がある」


近衛隊長から呼び出されたのは、ナツが皇帝に雇われ始めてから5日後のことだった。


以前からこうなることは何となく想像がついていた。あの殺気を向けていたのは、近衛隊長だったからだ。


彼は、ナツの扱いに対し、不満を持っていたらしい。

他の護衛が公爵家のせいで皇帝の命令を聞かなくなる中、この近衛隊長だけは主君に忠実であり続けた。護衛が使い物にならなくなったとわかったその日から、ろくに睡眠も取らずに全身全霊で皇帝を守り続けていた。

それなのに、皇帝は素性も実力も知れない傭兵を雇い、しかも片時も側から離さないときた。

金次第でいつ自分の敵に回るかわからない傭兵を信頼し、今まで仕えてきた自分の忠誠を理解してくれない皇帝に、直接その憤りをぶつけることは出来ない。だから、それがナツに向けられることは仕方がないと言えよう。


ちなみに、近衛隊長の堅苦しすぎるところが皇帝は苦手らしく、大切な臣下だとは思うものの、打ち解けた間柄にはなれないらしい(リエナ・リサーチより)。


「今から皇帝陛下のお茶の用意をしなくては……」


そう言って断ろうとしたが、ぎろりと睨まれてしまった。


「それは侍女の仕事だろう。お前の仕事は陛下の護衛だけだ」


つまり、傭兵ごときが余計なことまでするな、と言いたいらしい。


「ですが、毒の混入を防ぐためにも必要だと陛下が仰られて」


「なら私が陛下に許可を取ろう」


そんなこんなで近衛隊長から逃れることは叶わず、結局面白がった皇帝が許可を出してしまった。




やって来たのは近衛隊の訓練場だった。彼の考えていたことはやはり―――――。


「武器は何でも構わない。俺と手合わせしろ」


そう言い放つと、近衛隊長はいきなり剣を抜き、殺気を放つ。


剣を構えて立つ姿はとても美しい。こうして見ていると本当に様になる。


整った容姿に冷ややかな双眸。鍛え上げられたその体躯は、傭兵の目から見ても見事だ。

これで良いとこの貴族の次男坊だと言うのだから、令嬢の人気は相当の者だ。その人気は皇帝には及ばないものの、皇帝に手が届かないと理解した者の一部は、次に彼を狙う。残りの大半は宰相を狙うらしいが。


さて、そんな悠長なことを考えていると、近衛隊長が動いた。


この力をまともに受けるとまずい。そう思ったリエナは、彼の剣筋を見極めてかわす。

だが、さすが近衛隊長。すぐに次の攻撃に移る。

避けきれないと感じたリエナは短剣を取り出し、迫りくる刃を受け流す。


「なかなかやるな。だが、その程度では私には勝てないぞ」


互いに剣を構え直す。緊張した空気が辺りを支配する。


そんな中、ふと、近衛隊長以外の視線を感じてそちらを見る。

そこには、王宮の二階から愉快げに試合の成り行きを見ている皇帝と宰相の姿だった。


………くっ、あの二人、愉しんでいるな。


「何をよそ見している!!」


おっと、危ない。


近衛隊長が斬りかかってきた。リエナは避けようともせずに、ポケットから秘密兵器を取り出した。


「香辛料爆弾をどうぞ」


ぽいっと投げると、見事近衛隊長の顔面に命中。


「くっ、けほっ……」


思いがけない攻撃を受けた近衛隊長は、リエナから視線を外してしまった。まさか、手合わせでこんな卑怯な手段を使われるとは、夢にも思わなかったのだろう。


「はい、終わりです」


リエナは近衛隊長の首筋に短剣を当て、勝利を宣言した。


近衛隊長は、渋々といった感じで自分の負けを認め、剣を納めた。


「きちんとした剣を習ってきた隊長から見ると俺の戦いは卑怯に見えるかもしれませんが、どんなことをしてでも必ず陛下を守ると誓います」


「いや、陛下の命を守るのに手段など関係ない。実力を疑ったりして悪かった」


うわぁ、いきなりなんて殊勝な態度だ。


「だが、お前が陛下の邪魔になるようなことがあれば、容赦なく叩き斬る」


―――と思ったら、全くの勘違いでした。

まあ、これで彼との確執は消えたはず。リエナがほっと息を吐いていると……。


「そういえば、怪我をしていたな。手当てをしてやろう」


………その申し出はありがたいが、一つ、問題がある。

――――ナツが、女だということだ。


「いえ、自分でできますから!!」


「遠慮することはない。見せてみろ」


リエナは先程の戦闘より緊張し、手にはじっとりと汗をかき始めた。

肩から鎖骨の下あたりまでうっすらとある傷は、さすがに人に見せるわけにはいかない。手当てのために脱いだら、即座に女性とわかるだろう。


「あの、本当に…」

―――いいです、と断ろうとすると。


怪我をしていない方の肩を掴まれ、すぐ側の椅子に座らされた。近衛隊長は、抵抗するリエナを押さえつけ、上着を脱がし始めた。

その途中で、ピタリと手を止める。


「お前………まさか……」


ヤバい、バレた?


最後までバレてないことを願いながらも、近衛隊長の表情から判断して、その可能性は諦めた方がよいとわかる。


「――――女、だな?」


こちらに向けられた鋭い瞳と目を合わせることが出来ず、リエナは目を逸らした。

その様子に、近衛隊長はにやりと笑みを浮かべた。


「さて…この秘密、皇帝陛下に黙っておいてやっても良いが?」


弱味を握られたーーー!?


異世界に渡って以来、初めて人に隙を見せてしまった。


「傭兵に性別は関係ありません」


「だが、皇帝に露見するのは困るのだろう?」


悔しいが、その通りだった。女だとわかると、後宮で皇帝と鉢合わせした時に気付かれる可能性が高くなる。ナツは敵国の間者と疑いをかけられても文句は言えない。


えーい、こうなったら!!


リエナは最終兵器を出す決意をした。日本人と言えば、これでしょう。


土・下・座!!


「お願いです、貴方が実は皇帝陛下マニアだなんてことは黙っておきますから!!皇帝陛下に斬られた服を額に入れて大事に保管していることは言いませんから!!!」


「………何故知っている」


近衛隊長は、目を見開いてこちらを振り向いた。


抜かりはない。

こういった事態に対処できるように、貴族の弱味はきちんと握っている。


「お願いします!皇帝陛下の絵姿を自室の天井や壁いっぱいに飾っているだとか、言いませんから」


「おい、落ち着け……」


「皇帝陛下が魔法で壊した陛下の私物を収集しているなんて言いませんし」


「おい……」


「ましてや、巷で流行っている皇帝陛下を題材にした妄想小説の原作者が貴方だなんて絶対に言いません!!!!」


書いているのは別人らしいが、近衛隊長は間違いなく小説のネタの情報提供者だ。


「わかった、わかったからそれ以上言うな!!!黙っておいてやるから!!」

よっしゃ、遂に近衛隊長を攻略したぜ!!




その日以来、近衛隊長はナツに対して殺気を放つことがなくなったどころか、不用意にナツに会うことを避けてナツにめっきり近付かなくなったとさ。




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