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七話

立食パーティー、と言うんだろうなこれは。


右見て、左見て、俺は肩を落とす。こんな華やかな場所で浮いてる気がしてならない。フォーマルな格好、スーツというか、正装に身を包んで俺は壁さんと仲良くしている。


こんな格好した事なんて数える程しかなくて、なんだか窮屈だが、それ以上にこの場は窮屈だ。周囲の人間の話し声、笑い声、息がしにくい。


この場に俺を呼んだ張本人はまだ到着してないし、一緒にこのパーティーに来た紗羅ちゃんは着替えに時間がかかってるらしくて現れないし、あお姉ちゃんはメイドであるためこの場に来られないらしいし、知り合いなんているわけないし、暇だよ。


呼んだ張本人であるじいさんは、なんでここに俺達を呼んだんだろうか?


『頼むから来てくれ。俺の人生がかかってるんだぁ』


と鼻水垂らしながら言われたので仕方ないから来た。―――しかし、全くこんな場所は慣れないな。昔は父さんにこういう場に連れられて来ていた自分に驚きそうだ。


「もし?」


少し腹が減ったから、その辺の肉を食おうかと思って、勝手に手を出していいのか悪いのか、弱気に逡巡してると声をかけられた。


恐ろしいくらい美人、桃色のドレスがよく似合う…………この人だったら何を着てもこの人のために用意された物にしてしまいそうなくらいの美人。俺の周りの女子は美少女揃いだと思っていたのに、彼女はそれに劣る事は絶対ない人だ。


それと……………ドレスのせいで露出されている谷間に目がいってしまう。紗羅ちゃん以上か、確実に紗羅ちゃんクラスはある上半身の一部。


俺に声をかけていて、俺が返事をしないから首を傾げてるんだろうが、その仕種も愛くるしい。


「えと、その、俺に何か用ですか?」


「はい、御用ですよ」


俺を拝むように手の平同士を合わせる仕種も可愛い、仕種に合わせて強調される部分にも目がいってしまう。声も、なんて言えばいいのかな、鈴を鳴らしたようとか言うのかな、声優さんみたいにめちゃくちゃ可愛い。


「正太郎様、ですよね?」


「はい、日向……………ここはじいさんの親戚やらが集まってるから、日向だらけか。正太郎です」


「あっ、でも私は日向じゃありませんよ? 日向の血筋でもありません」


「あれ? 日向が集まるパーティーじゃなかったんですか?」

「いえ、そういうパーティーです。私は日向の人間と婚約してるんです。それで、招待されたんです」


ああ、そういう事か。納得納得。


美人さんだけど案外話しやすい人だ。気さくな感じもそうだし、なによりこっちを気にかけながら会話してくれてる。ちょっと大人っぽいもんなこの人。


「って婚約? 随分と…………気が早いんですね」


「違いますよ。許婚です。親が勝手に決めた婚約ですからあんまり気乗りはしませんが、仕方ないですよ。日向とコネクションを…………失礼しました。いらない事を喋りましたね」


「あっ、いえ! 俺こそごめんなさい、あんま考え無しに好き勝手言って」


無配慮、が正解な気がしたが、俺の語彙にそれを操る力はなさそうだ。


「駄目です」


「え?」


「私の失敗を許してくれたら許しますよ」


「あ、ああ、はいわかりました。この事は水に流しちゃいましょう」


「はい、賛成です」


一々仕種が可愛い人だ。飾った感じがしないというか、美人がやる可愛い仕種が絵になるから違和感を感じないだけかもしれないが。


「名前を名乗ってませんでしたね。失礼しました。泉堂せんどうかぐやと申します。ちなみにかぐやは紛れもなく私の本名ですよ」


「かぐやさん、改めてよろしくです」


失礼にあたるかもだが、最近流行りの自己主張が激しい名前だな、と思ってしまった。個性を意識するのは悪いことじゃないだろうが。


「はい、よろしくお願いします正太郎様」


なんだか懐かしい呼び方をされてる気がする。


「正太郎、呼び捨てとかにしてください。様、とかつけてほしくないです」


「え? そ、そんな殿方を呼び捨て……………」


かぐやさんが急に頬を朱に染めた。


なにか逡巡するように俯いてぶつぶつなにか言っている。

そして、深呼吸を始めるかぐやさん。


「で、では、しょ、正太郎?」


「はい、姫」


「………姫?」


「かぐやさんだから姫、やっぱ失礼でした?」


さっきの反応を見るに『かぐや』って名前をコンプレックスにしてそうだから、名前で呼ぶのは控えた。


「いえ、いいですよ。姫だなんてちょっと自意識過剰気味ですけど」


「そんな事ありませんよ。姫みたいな人に姫って漢字はあるんですよ」


「まぁ、お上手ですね正太郎は」


なんかフランクな間柄が確立されてきてる気がする。友好的にするのはいいけど、この場にはいずれ姫が結婚する男性もいるんだろうからあまり男と仲良くするのも考えものだよな。


「そういえば用事ってなんですか?」


「用事? ああ、お話が楽しくてすっかり忘れてました。と言ってもお話するのが用事だったので、日向の御祖父様が正太郎に会ってみると面白いぞ、と言われたので」


日向の御祖父様とはじいさんのことだろう。面白いぞ、だなんてじいさんは俺をなんだと思ってるのだろうか。後でお尻ペンペンだな。


「そうですか」


上手い返答が出来そうになかった俺は、ちょっと素っ気ない返事をしてしまう。


「あっ、そんな興味だけで近づいてきて、失礼でしたよね? ごめんなさい」


沈んだ顔も綺麗だな、と思いつつ、態とオーバーに両手を振って、


「違います違います。別に気を悪くなんてしてません。俺の取り柄は『バカ』と『面白い』と『パジャマ』しかないですから」


「それなら良いのですが……………パジャマ?」


「パジャマ、寝巻き、寝る時に人が着衣する至高の一品です。人間の文明が飛躍的に進歩したのはパジャマにあると高名な学者先生がそんな言葉を遺したそうです! 故に! パジャマとは愛である! そう私は言いたい、全ての人に、否、この地球に生きる者全てに!」


「は、はぁ………………」


「時に姫、貴女、寝る時の格好は?」


「普通のパジャマ…………です」


普通のパジャマ、なんと素晴らしい事か、なんと喜ばしい事か、黒髪長髪の大和撫子な姫には着物も似合いそうだが、やはり女性はパジャマだ。アメリカンだろうがアフリカンだろうがジャパニーズだろうが、全世界の女性はパジャマじゃなきゃいけない。そうだ、人類パジャマ計画を発案し、実行するのはどうだろう。人の個性等パジャマに淘汰されてしまえば……………


その前に大事な事を姫に聞かなくては―――


「素晴らしい! して材質は?」


「シルク…………だと思います………か、顔が………近いですよ」


「シルク、最近お嬢様ばかりと仲良くなってよく聞く名前になりました。しかし、人間の技術の進歩はパジャマに顕著に現れると偉大な先人達も口を揃えています! 人間の作った化学繊維もパジャマとして―――」


「おい! お前なにやってんだ!」


その声と共に俺の視界が一気に横に流れた。頬になにか当たって、自分が倒れてると気づいたのは頬を手で触れてからだ。


「正太郎! 大丈夫ですか!?」


「…………え、ええ大丈夫、です」


俺は自分が元いた場所に目を向けた。


金髪が肩にかかってウザいくらいの髪型の目付き悪い男が、周囲にドレス姿の女性を何人も侍らせながら笑っている。


「おいおい、きたねぇ手で俺のかぐやに触んなよ」


コイツが姫の婚約者、ちょっと俺もパジャマでヒートアップしていたし、婚約者がいる女性の手を握ってたのもよくないよな。殴るまでしなくてもいいかなと思うが、それでも殴られてもある種当然だ。

謝ろうと思いながら立ち上がった。


「あの―――」


「大輝様! 理由がどうであれ人を殴るなんて!」


「あぁ!? かぐや、お前が俺に指図かぁ!?」


姫に謝罪の言葉が遮られた。


にしても、この男なんか嫌な奴だな。


「しょう君! だ、大丈夫!? 怪我はないですか?」


男の後ろ、取り巻きの間から紗羅ちゃんが駆け寄ってきた。赤いドレスだなんて派手だけど、よく似合ってるじゃないか。とっても綺麗だ。


「大丈夫大丈夫、紗羅ちゃんが遅かったね。ドレス似合ってるね」


「あう、ありがとうございます」


「おい! この奴隷娘、ドリンクどうした?」

今、あの男が信じられない事を言った気がする。取り巻きの女達がクスクスと笑い、紗羅ちゃんが俯いている。どうやら聞き間違いじゃないようだ。


「はい…………ただいま」


紗羅ちゃんが俺から離れる。向かう先はドリンクが置いてあるテーブル、そこに立ってる執事らしき人に笑われながらグラスを受け取り、奴に渡す。


「うわ、本当に持ってきた。こんなばっちぃの飲めるかよ。この奴隷娘が」


あろうことか、目の前で起きてる事は現実か?


大輝と呼ばれた男はグラスを傾けて紗羅ちゃんの頭からそれをかけた。


それを見て、俺は即座に紗羅ちゃんに駆け寄る。


なんで今の今まで動けなかったんだ。なんで俺は、俺は、アイツが紗羅ちゃんをどう見てるかわからなかったんだ。


崩れ落ちて泣き出した紗羅ちゃんを抱き寄せて、男を睨みつける。


「アッハッハッハ! 可哀相だよなぁ。俺の一声で、日向正太郎を潰せると言ったらまた奴隷娘に逆戻りしなくちゃだもんなぁ。そりゃ俺の言うこと聞くよなぁ?」


じゃあ紗羅ちゃんは俺の為に。


「しょう君…………しょうく、んが………しょう君しょうくん…………しょう………くん………」


つくづく、本当に、どうしようもなく、どこまでも、有り得ないくらい、俺は愚かだ。これが終わったら紗羅ちゃんが望む事なんでもしてやろう。なんだって紗羅ちゃんの為にしてやろう。

「あお姉ちゃん! 紗羅ちゃんを頼む」


「はいはい、了解」


とりあえず呼んでみたら背後からあお姉ちゃんが現れたので、紗羅ちゃんを渡す。それであお姉ちゃんはその時に俺に一枚の紙を渡してきた。


紗羅ちゃんを抱きしめながら、さがっていくあお姉ちゃん、俺はその場で紙を見る。


なるほど、それなら奴に負けないな。


「大輝様なんてことを!」


「姫、俺に任して」


そう言って肩に触れると姫は黙ってくれた。


頭の中が爆発しそうだ。冷静でなんかいられない、体の中が熔鉱炉にでもなったみたいだ。熱くて、熱くて、熱くて仕方ない。


あお姉ちゃんの手紙に殴るな、と書いてなければとっくに殴り掛かってる。


「あぁ!? また人の女に触れやがって」


「あ!? 人の大事な人に酷い事言って、酷い事してなに言ってんだ!?」


「言っちゃうね言っちゃうね、俺、日向の次期後継者よ? 祖父様の全てを俺が受け取んの、それで俺は―――」


「知るか! それで? 権力で俺を潰す? やれよ、やってみろよ! 俺の大事な人を傷つけたお前も今ここで潰してやる!」


「言うじゃねぇかこの野郎!」


「なら勝負しろ。俺が出す条件で」


「はい? お前頭沸いてんの? 俺がなんでお前程度に時間割かなきゃならないわけ?」


ちくしょう、やっぱり乗ってくるわけないか。俺の口がもっと上手ければよかったのに。馬鹿な俺には―――


「勝負、受けたらどうだ大輝?」


この声は、じいさんだ。


なんだ、じいさんがニコニコしてる。いつも通りの好々爺然とした態度、しかし、その裏にある感情がはっきりと体から出ている。怒りだ。見てたんだ。紗羅ちゃんの事、じいさんは見てたんだ。


それでじいさんはなにも言わず、なにもせず俺に任せようとしている。


今回ばかりはじいさんの期待に応えなくちゃなんない。


「じいちゃん!? 待ってよ、僕がなんでこんな庶民の勝負受けるのさ? 時間の無駄だろう?」


「大輝、正太郎はちなみにお前の下の後継者候補だ。血で順当に行けばお前が俺の後を継ぐが、正太郎に血さえあれば順当は正太郎だ。俺の息子の子だしな」



「だからこの庶民には血が…………」


「なら日向の人間と結婚しちまえばいいだろ? それに力さえあれば正太郎は俺の後を継げるさ。俺の息子の子だしな」


なんなんだこいつら、『血』とか『後継者』とか―――ばっかじゃねぇの!?


「うるさい! そっちの話はなんだっていい。勝負は受けろよこのクズ野郎」


本当下らない。今俺は一刻もはやくあの大輝とかいう野郎に頭を下げさせたい。紗羅ちゃんに、紗羅ちゃんの涙を俺に見せやがったクズに謝らせる。


「ちっ…………いいだろう。女を生かして日向に取り入ってきた狡猾な息子の力見せてもらおう」


……………………………………


「なら賭ようぜ。お前が負けたら紗羅ちゃんに謝れ、それと―――」


「はっ、俺が勝ったらどうする気だい?」


「俺の人生やるよ。奴隷でも執事でも好きに使えよ」


「ギャハハハッ、馬鹿かお前。こんな勝負に人生賭ける? 漫画の読みすぎじゃね?」


あんな下品な笑い方出来る人間が漫画の外にいることも驚きだよ。


「後は姫、かぐやさんを賭けろ」


「はぁ!? なに言ってんだお前! そんなの認められるかよ!」


理由はない。ただ、あんな奴と結ばれなきゃいけない姫に同情しただけ。友達になった人の結婚相手があんなクズなら日向の中でもっと良い男を探した方が……………いや、好きな人と結婚するのが一番だ。


「認めます。私の旦那になる男なら、どんな小さい勝負でも負けは許しません」


「かぐや、俺が許可する。大輝、それで勝負しな。後継者の査定も兼ねる勝負だ」


姫と更にじいさんにこう言われては大輝とかいう男もたじろぐ。


後は、勝つだけだ。










勝負の内容は簡単、トランプ勝負だ。大輝と向かい合うようにしてテーブルにつく。


ルール。


『裏向きでスプレッドしたトランプの中から一枚引く。このトランプの数字の高さで勝敗をつける』


『ジョーカーを一枚いれた53枚』


『一番高い数字はジョーカー、その下はAとする』


『しかしジョーカーは一番低い数字2に負ける』


『五回中三回先取で勝利』


とてつもなく簡単で、『運』だけの勝負だ。頭を使わない勝負。


「カードは僭越ながらこの斎藤がシャッフル及びスプレッドします」


斎藤さん、なんだか久々の登場にちょっと得意げだ。


あお姉ちゃんの指示通りの展開になった。頭を使わない『運』の勝負なら勝ち目が俺にもある……………というわけじゃない。負けない勝負を選んだんだ。


「ちっ、5だ」


「俺は6」


地味であっさりな勝負だ。だから劇的な展開や、高度な駆け引きはない。否、高度な駆け引きってのがあっても俺はそんな事を考えない。そんな頭ないのだから。


「よし! Kだ!」


「A」


「なっ! ちょっと待てよこの野郎! なんかイカサマしてんじゃねぇか!? 二回連続で俺より一個上の数字なんて」


「この斎藤がイカサマ等させません。坊ちゃんは『運』だけで引いております」


「嘘つけ! 坊ちゃん、なんて呼び方してひいき目が―――」


「斎藤さん、申し訳ないけど姫に代わってもらえませんか? 大輝、だったよな。勝負を最初から仕切りなおそう」


「…………お、おう」


斎藤さんが一瞬笑った気がした。


一礼した斎藤さんはテーブルから離れ、代わりに姫がテーブルの横につく。


「正太郎、本当に私でよろしいんですか?」


「それはそこの大輝さんに聞いてよ」


姫が大輝の方に顔の向きをかえる。


「当たり前だろ? 君は俺の勝利の女神さ」


残念だな、この大輝って奴はなんにも理解してない。


「ジョーカー! やったぜ! 流石はかぐやだ! 勝利の女神!」


本当馬鹿だな、勝利の女神は、


「俺の勝利の女神だったみたいだな。2だよ」


これで一勝。『有り得ない』とかまだぼやいていたが、今度はそんな言い訳はさせない。


次の勝負は、


「3…………くそ」


「俺はジョーカーだ」


これで二勝、斎藤さんのも含めて四回勝負したが、全て俺の勝ちだ。


こんなのはただの『運』


「後一勝だよ。大輝さん」


本当はかけらだって『さん』なんてつけたくないが、時間が経って少し怒りが落ち着いてきた。冷静に考える事が少しだけ出来る。


まぁ、それでもコイツは許さないけどな。


「………………おかしい………おかしいじゃないか!? なんでこんな結果に―――」


「いい加減になさい! 正太郎は正々堂々勝負してるじゃないですか」


「かぐや、だって俺は」


「さぁ、早く次を引きなさい!」


俺はなんて言ったらいいかわからず、呆然とそれを見ていた。


そして、震える手で大輝が引いた。裏側のまま自分の手元まで持ってこようとして、落っことした。


テーブルの上に落ちていくトランプは、表側になってテーブルに落ちきった。


『2』


残りトランプから、まだ引いてない俺の負ける確率は52分の1。引き分ける確率もあるが、負けはほぼない。


俺はトランプに手を伸ばした。


「待て! 待ってくれ!」


「待たない」


俺はトランプを引き、裏向きでテーブルにたたき付けた。


「さて、これを引いたらお前は、紗羅ちゃんに謝って、姫との婚約を解消。そして、父さんは本気で母さんを好きになったのに、失礼な事を言った事も謝ってもらうぞ」


「わかった! 謝る! 謝るから許してくれ! かぐやとの婚約解消は嫌だ!」


「じゃあこの場で俺の父さんと母さんに謝れ」


「ご、ごめんなさい!」


「じゃあこれは姫との婚約解消のかわりだ!」


頭を下げて、上げた瞬間の顔面に拳を見舞ってやった。


「じゃあなクズ野郎が」


紗羅ちゃんが心配になって俺は探しに行くことにした。










鼻を押さえて騒いでいる大輝を尻目にかぐやはテーブルの裏向きのトランプをめくった。


つくづく。


面白い殿方だ。


ピエロが笑うトランプを束に戻してかぐやはそこを立ち去ろうとした。


「どうだ? 正太郎は面白かったか?」


「はい、とっても。私、正太郎のお嫁さんになろうと思うのですがよろしい…………ですよね?」


疑問で聞いた意味合いはない。もう、かぐやは決めたのだ。初めて好きになった男性に嫁ぐと。


「いや待て、正太郎には相手がいてね…………諦めてくれたらじいちゃん嬉しいなぁ………」


「私、初恋を諦めるなんて死んでもしたくありません」


自分の成すべき事、自分の愛するべき人を確信した乙女は駆け出した。


「かぐやー! 待て! 待ってくれぇぇぇぇっ!!」










「しょうくん、私………」


「気にしない方がいいよあんな奴。紗羅ちゃんを虐めた悪い奴は俺がぶっ飛ばしたから、もう恐い事なんてないよ。それと……………ごめんね、守ってあげられなくて……………守るって約束したのに」


屋敷内のある一室、この馬鹿みたいに広いパーティー用の屋敷の中を闇雲に探しても紗羅ちゃん達がいる部屋は検討つかなかったので、その辺にいた執事さんをつかまえて聞いた。


紗羅ちゃんはさっきと同じようなドレスに着替えを済ませ、化粧もし直したらしく、完全に元通りだ。


「あう、しょう君は助けてくれました。格好よかったです」


「そう言われるとくすぐったいな。さて、あんなパーティーに戻りたくないし、どうするかな?」


そんな時だ。俺の背後の扉が蹴り飛ばされたかのように勢いよく開いた。


「よう、正太郎君! 早速だがきてやったぜ!」


大輝、と呼ばれた男が頬を腫らしながら現れた。


「いやぁ、貴方いい人ですね。態態自分から紗羅ちゃんに謝りに来てくれるなんて」


「あぁ!? んなわけねぇだろ! 俺はお前をぶん殴りに来ただけさ」


まぁ、だろうね。素直に謝ってくれるなんてないよね。


でも、作戦通りなんだよ。だって、


「お前まだ紗羅ちゃんに謝ってないぞ?」


「年上にお前はねぇんじゃね? 日向を勝手に名乗ってる正太郎君よぉ」


なんて下品な顔だ。まださっきの女を侍らせてニヤニヤやってる時の方がマシだ。


大輝が手を振り上げた瞬間、部屋の中に六人のメイドさんと執事さんが現れた。


しかも、各々ナイフやら刀やら殺傷能力のある武器持ってるし。ここは日本だよ?いくら敷地内でも犯罪だろアレ。


「ふぅん、人数はいるみたいね。でも正太郎にも紗羅にも私がいるんだけど?」


あお姉ちゃんが一歩前に出た。腕を組んで格好をつけてはいるが、人数が圧倒的過ぎる。


この状況をなんとかする方法はないだろうか。斎藤さんかじいさんになんとか伝えられれば―――


「ま、今回は他力本願仕方なしね。さっきは自分の力で勝ったんだからお姉ちゃんが認めるわ。これに電話しなさい」


あお姉ちゃんから渡されたのは一枚の紙と、パーティー会場に持ち込むなと言われた携帯電話。


この可愛いメモ用紙には覚えがある。この番号は鈴蘭さんの番号だ。


「やれ! 正太郎の首を持ってこい!」


大輝の命令によって六人全員が動き出す。首、だなんてちょっと古い言い回しをするな。


周囲で金属音が炸裂している。あまりの速さに人が動いている事しか確認出来ない。あお姉ちゃんが守ってくれているのは分かる、しかし、少しずつだが、あお姉ちゃんの体に切り傷が入っていく。やはり、数が違いすぎる。


なら鈴蘭さんに電話…………って、今から鈴蘭さんにかけたって近くにいなきゃ意味ないじゃん!やっぱじいさんか斎藤さんに―――


その時俺の携帯電話が鳴った。


『運命』が流れる。この曲は設定では―――アドレス帳外の番号のはずだ。


折りたたみ式の携帯電話を開いて、番号を見る。見覚えがあるから、続いて左手を見る。


「とっとと出なさいよ!」


あお姉ちゃんに怒鳴られたし、とりあえず電話に出よう。


「はい、もしもし!」


『こんばんは、正太郎様の携帯ですよね?』


「そうですが…………」


『私、たまたま、偶然、正太郎様のいらっしゃるはずの屋敷の中にいるんです! 是非この間のご挨拶も兼ねてお会いしたいなぁ、と思うんですが』


「い、今、今困ってるんです! いきなりで失礼かもしれませんけど―――」


混乱してしまって本題にいくまで時間がかかったのが運の尽きか、その時刀を持ったメイドさんがあお姉ちゃんの横を抜けた。


あんなに速く見えたメイドさんが今は緩慢に見える。このゆっくりの時間の中で俺は必死に紗羅ちゃんの前に立って、少しずつ着実に近づいてくる刀の盾に―――


「―――助けてください!」


「承知しました」


止まった。


文字通り、メイドさんが完全に停止した。


人間は死ぬ間際に、集中力が極限まで高められるから時間がゆっくりになり走馬灯を見れると聞いた。だから、俺の集中力もある程度を越えて停止の域までいったのかと思えばそうじゃない。


「鈴蘭、参上」


止まっているメイドさんに指を指すような決めポーズをとっている鈴蘭さんが気づけば俺の横にいた。


「かっ、かっこいいぃぃぃ~~! 鈴蘭さん凄い格好いいです!」


俺の方に向き直り、眼鏡をクイッと上げる鈴蘭さん。重ねて格好いい。


「状況は分かりました。正太郎様、何なりと命令して下さい」


メイド服の裾を持ち上げて一礼する鈴蘭さん。それは作法としてどうなんだろ、と知識の外の事に思いを馳せながら、きっぱりと言った。


「命令なんてしません」


「え? なぜです!? このままでは葵が!」


「俺とあお姉ちゃんは家族です。斎藤さんだって、ついでにじいさんだって、母さんだって、紗羅ちゃんだって。だから、鈴蘭さんはあお姉ちゃんを妹みたいに思ってるみたいですから……………俺の姉ちゃんです!」


「馬鹿もここまでくるとびっくりね」


一人動けないでいるから、余裕が出たのか、あお姉ちゃんが返してくる。


ただ、主従関係が嫌なんだ。皆対等、天は人の上に人はつくらず、だ。誰の言葉か忘れたけど。


「福沢諭吉の学問のすすめの言葉です。ちなみに、福沢諭吉の言葉ではなく、アメリカ合衆国の独立宣言の引用ですよ。その用法は微妙に間違ってますが」


凄い、心を読まれたし、眼鏡による知力アップは本当にあったんだ!俺も眼鏡さえあれば―――


「下らないことやってないで速くしろ!」


あお姉ちゃんカリカリしてるなぁ―――ま、日頃のやり返しを少し兼ねてるんだがね。


あお姉ちゃん余裕ありそうだし、怪我もしなさそうだし。

「だから、鈴蘭さん、助けてください!」


「嫌です」


足元がなくなったように俺は崩れ落ちた。


「そ、そんなぁ……………」


「お姉ちゃんと読んでくれなきゃ嫌です」


………………理解するのに少し時間がかかっちまった。


するってぇと、なにか、鈴蘭さんは、この知的で素敵な方は……………


「鈴姉」


「はい!」


「あの大輝って男にまだ謝らせてないんだ。向こうのメイドさん達を怪我させないように大輝だけ引っ張り出せない?」


大輝はメイドさん達の後ろにいるわけだから、文字通り引っ張り出さないとどうしようもない。


もう一発殴ってやったっていい、まだアイツに対してムカついてるし。


「…………お姉ちゃんって歳でもないでしょうに…………」


メイドさん達の攻撃を捌きながら、あお姉ちゃんが呟く。


今のはしっかり聞こえたぞ、と思ったその時瞬きしたらあお姉ちゃんが床に寝ていた。


「なんて攻撃でしょう!? あの戦闘だけは成績のよかった葵が床に寝かされるなんて!?」


うっわー、すげぇ棒読みだよ鈴姉。


「鈴姉お願い」


「承知」


しっかり返答してくれた鈴姉だが、それっきりその場を動かない。


「はい、皆無力にしました」


たしかに、さっきまであんなに俊敏に動いていた執事さんにメイドさんが、さっきのメイドさんのように微動だにしていない。


「しょう君、これです」


紗羅ちゃんが鈴姉とさっきの刀を持ったメイドさんの間の空中を指差した。


俺はなんなのか全く理解できず、首を傾げた。傾げたら見付けた、小さく光を反射しているそれを。


「ちょっとお前らなんで動かないんだよ!?」


この見えそうで見えない糸に気づいてない人間が約一名。


「あ、あのー、鈴蘭さーん。私は貴方の妹にあたると思うんですがー」


寝たまま固定されているあお姉ちゃんの文句は聞いてあげない。今回ばかりはフォローすると俺も危ない。


「やっと二人きりだね。大輝さん、今すぐ紗羅ちゃんに謝るか、謝罪するか、許しを乞うか、好きにしていいですよ」


「テメェ、舐めた口きいてくれんじゃんよ。さっきは油断したが、普通に殴り合ってお前俺に勝て……………あれ? いや、ちょっと待て! 体が動かないぃぃ!」


振り返ると鈴姉が態とらしく口笛を吹きながら眼鏡を布で拭いていた。吹いて、拭く。高度なギャグだろうか。


という事で心置きなく―――の前に。


「紗羅ちゃん、こいつどうする? 俺的には殴っちまうのもアリかなぁ…………って、暴力よくないけど」


「あう、しょう君の事もお義母さんの事も馬鹿にしました。でも、一発で許してあげてください」


「承知した」


大輝に向き直る。自分の口角が異様に吊り上がるのがわかる

。やべ、恐ろしくなるくらい楽しい。


「ちょっと待って! 謝るから! な、正太郎君、やめようぜ! 顔はやめ―――」


大輝さんがわざわざ指定してくれた殴られたいポイントに拳をぶち込んだ。









「うぉぉぉぉっ!」


「へぶっ! あぉっ、はべっ、おぅっ!」


日付かわって次の日の昼間。力の限りじいさんに往復ビンタする。


理由は今日の天気が悪かったから。


でもいいんだが、実際は日曜日の朝っぱらからじいさんの顔を拝まなきゃいけないのと、なんかとりあえずなんとなくだ。


―――とかふざけた理由だったらどんだけ楽だったか。


「正太郎、何故日向の御祖父様にあたってるのかはわかりませんが、私が貴方に嫁ぐと決めたのは貴方だったからですよ?」


今俺に台風を呼び込んだ人、つか、台風、そう俺を飲み込んでグルグル回して―――ハリケーンっていうのかそういうの。じゃあ、ハリケーン、ハリケーンのかぐや姫だ。


そのハリケーン姫は、日曜の朝に突然現れて『貴方に私の残りの人生全て捧げます』と出会った次の日にとんでもない発言を頂いて、小生は大変驚いて昨日の夜更かしからくる眠気など、どこへやらでございます。


「姫、ちょっと冷静になってくださいよ。俺は、じいさんの後継者でもないし、いい大学どころか、大学なんかもいかないで、高校卒業したら働こうかな、と思ってるくらい将来の稼ぎに見込みがないような男ですよ?」


「…………それが?」


………………………………小首傾げる動作も美しい。背景が家の居間じゃなければ絵画になっていただろう。


「いや、だから、その、お嬢様には……………ちょっと辛いんじゃないかなぁ、そんな暮らし」


「まぁ、正太郎ってばもう私との将来を考えてるのね。嬉しい!」


「ちがっ、違う、違います!」


「私は、貴方が将来なにになろうと、なにをしようと、それを支え、隣を歩いて行くだけです」


そう言って微笑む姫は素敵だ。本当に素敵過ぎて、もうなんかそんな未来でいいかなぁ、とか思ってしまう。


って、ダメダメ、流されちゃダメだ。


「それに私は、お金なんていりませんよ。正太郎と一緒に暮らして、笑って泣いて、怒って、それでまた笑う。皆が家族でつくる幸せを正太郎と感じていきたいんです」


もう本当それでいいかなぁ、って気になってくる。


紗羅ちゃんは姫の大胆な発言にキャパオーバーしたらしくあお姉ちゃんに別室に連れていかれた。


「それは俺とじゃなくて…………別に他の方でも」


「嫌です。正太郎がいいんです…………正太郎じゃなきゃ駄目なんです!」


容姿は…………端麗、胸部は調っているっていうより突出してるが、性格から全て…………大和撫子って感じだよな。そりゃ、嫌いなわけない。


ええと、俺と姫の関係に足りないもの、足りないもの……………


「えと、お友達から…………また二人ともよく知り合ってないし、その後の関係は追い追い……………でどうでしょう?」


「はい、私の心はもう既に決まっていますが、正太郎がそういうのでしたら」


座布団から横にズレて、三つ指ついて姫は頭を下げた。


「不束者ですが、この泉堂かぐや、貴方に一生を捧げます。よろしくお願い致します」


俺の人生がハードモードからベリーハードに移行した瞬間だった。


頭を上げた姫は、


「覚悟してね正太郎」


と可愛くウインクするのだった。

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