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六話

燃えている。


別に家とか物とかじゃない。人が、だ。人自体が物理的に燃えているわけじゃなく、闘志が燃えているって事だ。


「おい正太郎、紗羅を……………止めてくれ…………」


今膝を折って崩れ落ちたのは愛さんだ。強靭なバイタリティーを持っている愛がこんな簡単に疲れをみせるなんて。


「正太郎、簡単ではない。明らかに今の紗羅は常軌を逸して……………」


愛の肩に手が置かれた。もちろんその相手は紗羅ちゃんだ。満面の笑みを顔に貼付けて額には玉の汗を浮かべている。


「愛さん、休憩は終わりです。さぁ、続きを!」


紗羅ちゃんは肩で息をして、背後からはなにかこう、鬼気迫るオーラが。


「いや待て、全く休憩になってないぞ紗羅! く、うわぁーー!」


あんな愛初めて見たよ。


紗羅ちゃんがこうなったのも昨日の母さんの一言が原因だったりする。










隣に引っ越しをしてきたその日に真宮姉妹が家にご飯を食べに来た。その時の事だ。


「というわけでお義母様、正太郎君を家に招きたいんです。一緒に住むという意味で」


もちろん今のは華織、そしてもちろん紗羅ちゃんが黙っていない。


「急に引っ越しをしてきて、なに勝手を言うんですか! ここはしょう君の家なんだからここにしょう君がいるのは当然の事です!」


お隣りさんが引っ越してったなぁ、くらいで思っていたがまさか真宮姉妹が引っ越してくるとは思わなかった。しかも一日で一緒にいた(鞭で叩かれていた)その日の夜に。


そりゃ驚くってもんだよ。


「よし、なら勝負しよう。チャンスは平等にあるべきだからね。明日は晴れ、そして球技大会なんでしょ? ならそこで決着をつけなさい」


と母さんが爆弾を投下してくれたわけだ。俺の意志は一体どこで、どこに言えばいいんだろうか。










「紗羅、待つんだ。体を温めるという意味では了解したが、これ以上は試合までに逆効果だ」


逆効果というか、もう既に疲労困憊の愛さん。ちなみに、球技大会のテニスは人数の関係上ダブルスとなっている。さらにゲームカウントを半分にして時間短縮をはかっている。


「愛さん! そんな事でどうするんです!」


俺の方の野球は一回戦負け、て事で紗羅ちゃんの応援。


野球をやっていた愛は一回戦負けという事で紗羅ちゃんに手を引かれダブルスの相手にされた。紗羅ちゃん曰く『この負けられない戦いは最も勝つ確率が高い相手を選ばなきゃなりません』んで愛だ。たしかに無駄に運動能力の高い愛を味方につければ素人だらけの球技大会ではそれなりに有利がつくだろう。それに紗羅ちゃんは経験者らしいし。


「ちょっとお姉ちゃんタイム。今試合終わったばかりでしょ? 休もうよ、次の試合までなんか飲んでさ」


「なに言ってるのかな? 沙織ちゃん負けたいの? 勝たなきゃ、勝たなきゃなんだよ? 体を最高の状態にし続けないと!」


華織と紗羅ちゃんって結構相性良さそうだよな。


近くで会話してる双子の方を見てたら華織がその視線に気付いて手を振りながら近づいてきた。


「しょうちゃん残念だったね野球。もっとしょうちゃんの格好いいところ見たかったのに」


「いや、あんまし格好いいところなんてないよ。野球苦手だし」


苦手とは思ってなかったが、今日苦手になった。二回のエラーと三振二回はトラウマもんだ。


「えへへ、私達の活躍見てた?」


「ああ、格好よかったよ。俺と違って」


俺は男子クラスメイトに迷惑をかけた事から少し卑屈になっていた。


にしても…………


華織を上から下まで見る。格好は上は体操着、下はスパッツ。


体操着が、その汗で、体のラインと下着がうっすら…………


「えへへ、しょうちゃんのえっち」


「ちょっ! 違うぞ、断じて違う!」


勢いで一歩華織に近づく俺。華織はそれに反応して一歩下がる。


ん?


一歩進む。更に一歩下がる華織。


「華織さん? どうしましたかね? 俺なんかしたっけ?」


「えへへ」


とだけしか返ってこない。


そういや紗羅ちゃんもタオル渡そうとしたら同じ事されたな。タオルだけ引ったくるように取られたし。


「あの、華織?」


「……………しょうちゃん少し考えてよ」


「へ? なにを?」


いや、マジでわかんね。なんで華織は自分を抱くようにして頬を染めてんだ。なにかを恥ずかしがってるような感じ?


「だから、汗かいてるのいっぱい」


「うん、俺もだが」


「――――――ばかしょうちゃん!」


そう言い残して華織は行ってしまった。いや、確実に分からん。思春期ってやつか、難しい年頃だねぇ。


「いや、百パーセントアンタが悪いわ」


「沙織、はなんか近くね?」


「へ? そうかしら、私、しっかり汗拭いてるし」


「いや、だから華織はなにを気にしてたんだ?」


「え、えと、女の子だから…………じゃないかな?」


なんだか昨日今日で沙織が少し丸くなった気がする。


「む…………やっぱり分からん」


男には分からない世界だなきっと。男にも自分の世界があるがな。


「ねぇ、今度の日曜だけどさ私と―――」


「沙織ちゃん! 行くよ!」


「え!? お姉ちゃん! あーーーっ! 正太郎ーーっ!」


いつも通りニコニコの華織に首根っこ掴まれて引きずられていった。


なんか手持ち無沙汰になっちまった。なにしようかな。


「日向、ちょっといいかな?」


「よくない」


「いいんだな。ありがとうついて来てくれ」


「よくないって言ってるのにぃぃぃっ!」










「これとそれとあれ、運んでくれ」


………………確かに手持ち無沙汰って言った。結構「無沙汰」って漢字難しいのによく言えたって感動してたのに。


「日向? 聞こえたのか? 返事くらいしたらどうだ?」


なんか高圧的で、俺をなんだと思ってるんだこの女子は。


女尊男卑を地で行きやがって、別に男性が偉いとかは思ってないが、こいつは―――


「聞いてるのか!?」


「額を叩くな! お前は何を運ぶんだよ。俺だけパシリにしてさ」


「私? 私はこれだ。場所は教えるからそこに今言ったの置いてくれ。ほらはやくついて来い」


なんであいつはこの体育倉庫の中から謎の紙一枚しか運ばんのだ。


とりあえず言われた物の一つテニスボールがぎっしり入った買い物カゴを持つ。そういや、なんで買い物カゴが体育倉庫にあるんだろ?ドラマとかでもよくあるよな?近所のスーパーから貰ってきてんのか。


「なんだよ、それ一つを両手か?」


ぐ、本当にこいつはなんなんだ。


「あのな、クラス委員だからってクラスメイトパシれるってわけじゃないだろ。それに俺以外の男子は!?」


「野球負けてさっさとどっか消えた。お前がいたから頼み事をした。女の子にあんなかび臭い所を何度も行って重いものを持たせるのかお前は?」


目を細めてこっちを馬鹿にしたように見てくるクラス委員様。


「確かに、言われれば女の子にはそうしたい。なら、もう少し可愛げある頼み方をしてくれよ」


目を閉じてなんか酸っぱいものを口にいれてるような顔。


「あのね日向君! 私、クラス委員の仕事でね、体育倉庫から運ばなきゃいけない物があるの。出来れば、その、出来ればなんだけど運ぶの手伝ってくれないかなぁ?」


……………………………………………………


「分かった! 任せろよ。全部俺が運んでおいてやるよ」


「わぁ、私嬉しいな。日向君が優しい人で!」


「おう、女の子にそんな事はさせられないぜ」


「うん、ここに全部置いといてねじゃあね」


………………ちくしょう、可愛いと思った俺の負けだよ。










暑い、汗が顔を伝って顎から落ちていくよ。


ただ物を運ぶだけなのに流石炎天下、歩くだけでも体力がなくなっていく。


こりゃ紗羅ちゃんも華織も沙織も心配だな。愛は心配ないだろうが。


よし、言われた物は全部揃った。紗羅ちゃん達の応援に戻ろう。


ん?人が集まって……………


暑さなんて忘れて俺は走り出した。体中から血の気が引いていく。嫌な予感が嫌なイメージを呼び、頭がパンクしそうになる。


「紗羅ちゃん!」


女子達を抜けた先にはイメージ通りのモノがあった。紗羅ちゃんがコートに倒れている。


「愛、どうすればいい!?」


こういう時俺の頭なんか働かしてもしょうがない。愛ならきっといい知恵を出してくれると思っての事だ。


「とりあえず日陰に、それか保健室、後水分……………救急車も必要かもな……………すまん正太郎私がついていながら」


まずいな。『ボク』が抜けてる。愛もだいぶ参ってるみたいだな。


「おいクラス委員、佐山を頼むよ。俺は紗羅ちゃんを運ぶから」



「お、おう」


お姫様抱っこ。本当に紗羅ちゃんは軽い、上から下までジャージ着て、暑かったよな。


傷を見られたくないからってジャージ着て、あんなに一生懸命で、俺、そんな紗羅ちゃんが綺麗だな、ぐらいしか考えてなかった。情けないな、気付いてやれなくて、ごめんな。


「しょう………たろうくん…………私、試合しなきゃ、勝たなきゃ…………」


「いいよ、勝たなくても、いいんだよ。俺はちゃんと側にいるからさ」


「……………はい………」










「あう、ごめんなさい」


病院の一室。とても軽度の熱中症患者が入る場所ではない部屋。


話を聞いたじいさんが鼻水と涙を垂らしながら心配しての所業だ。


病室にソファーなんかないだろ普通。冷蔵庫まであるんだぜ。


「本当だよ。心配した。愛なんて珍しく泣きそうになってたんだからな」


「あう愛さんには悪い事しました。私の我が儘に付き合わせちゃって」


因みに紗羅ちゃんは着替えたらしく病室の薄い服を着ている。最近、俺にはあんまり傷を隠さなくなった。ありのままを見てほしいそうだよ。だからってネグリジェでいられたりすると私の理性は大変ですがね。


「しょう君、私負けちゃったんですよね? じゃあしょう君は家を」


「出ないよ。俺の意志を無視した決まり事なんか知らないよ。あの家は大切な家だからね、出ていくなんて真っ平さ」


「あう、それじゃ真宮さん達が」


「それは今度の日曜日一日俺を好きに出来る権利で納得してくれたよ」


あ、紗羅ちゃんが固まった。と思ったらガタガタと危ないくらい揺れだした。


「あうあう! あう、あうあうあうあう!」


『あう語』全開の紗羅ちゃん。俺はそんな紗羅ちゃんに肩を掴まれガクガク揺らされる。首が、首が、なんかいけないくらい揺れてる。


「なんでそんな約束するんですか!? そんな危ない事しちゃ駄目ですよ!」


「危ないって、大袈裟だよ。別に友達同士で遊びに行くくらい。そろそろ揺らすのやめてくれないかな紗羅ちゃん…………気持ち悪くなってきた」


「あう~、確かに負けたのは私ですもんね…………」


しょげているところ悪いんだけどいつ止めてくれんのかな。なんか気が遠くなってきたんだけど。


「紗羅! じいちゃんが来たぞ! もう安心……………正太郎? 正太郎ーーーっっ! 紗羅、正太郎が泡ふいてる、やめて、正太郎がいやぁぁぁぁぁ!」


ああ…………なんかこの引き方デジャヴュ…………










あれ?じいさん。なんでこんな暗い河原で石を積んでんの?小石を一体何個積み上げるんだよ。


え?俺も石を積むの?ひらべったい石があんまりないなぁ……………


じいさん、これなんか意味あるのか。石を積み上げるだけなんて。じいさん器用だな。そんなに石を積み上げるなんて。










「あれ? 俺は…………」


「あう、しょう君大丈夫ですか?」


「ああ、なんか首痛いけど」


目の前には紗羅ちゃんの顔、でも視界の横から首が出てる。延長線上は天井が見える。寝てるんだよな俺。


「あれ…………膝枕?」


「あう、なんか今だって感じなので」


「そっか……………でも紗羅ちゃんの膝、硬いね」


「あう?」


首傾げる紗羅ちゃん可愛いな。あはは、そう、紗羅ちゃん可愛いんだ。だから紗羅ちゃんが今離れて冷蔵庫を開けた音なんて聞こえないぞ。


「はいしょう君」


紗羅ちゃんが冷たいお茶を差し出してくれたなんて認めないぞ。この膝がじいさんのものだなんて認めてなるものか!


「正太郎、頭、結構重いんだな。じいちゃんうれしグボォ!」


いや、認めない、認めないぞ!膝枕がじいちゃんの硬い膝枕だったなんて断じて認めない。ソファーに寝かせてくれるなら、膝枕なんて必要なかったじゃないか。そのままソファーに寝かせてくれよ。


「しょう君、本当は私がする予定だったんですが、救急車に乗ったばかりの私は駄目だって御祖父様が」


「そっか、それで御祖父様って? じいさん来てるの? 小さいからねあのじいさん、よく見えないや」


「え? そこにうずくまって、しょう君の頭突きが顎に当たったから」


「え? 紗羅ちゃんなに言ってるのかな? じいさんなんていないじゃないか。じいさんは今頃石を積み上げるので忙しいんだからさ」


紗羅ちゃんはまだなにか言いたそうだったが、諦めてくれてベッドに戻った。


そこでノックの音、


「中城さん、大丈夫?」


この声は華織か。とりあえず近くにかかっていた羽織るジャージを紗羅ちゃんに渡して、小走りで入口に。


「よう、華織と沙織、愛さんじゃああーりませんか」


「なんだそのキャラは。紗羅に会わしてくれ、ボクは謝らなければ」


ジャージは着れたよな。上だけでも着れたよね。


「あ、愛さん。真宮さん達も」


「紗羅、元気そうだな。良かったよ」


小走りで駆け寄る愛。余程心配だったんだろう。


「はい、ご迷惑をかけました。愛さんには無理までしてもらったのに」


「なぁに、あれくらいどうって事ないさ。紗羅の体調を気遣えなかったボクにも落ち度はある」


二人でお互いのフォローのしあいを始めた。見ててなんだか微笑ましくなる光景だな。


「あ、アンタまだ着替えてなかったの?」


沙織が後ろから声をかけてきた。そういや体操着のまんまだったな。昨日もなんだか体操着でいた時間が長かったような。


「………………」


「沙織ちゃん、いくら匂いフェチだからってそんなに男の子の側に行くのははしたないんじゃないかな?」


「ふぇっ!? ちが、誰がこんな汗くさい男なんて」


「汗くさい…………よな。着替えてくる…………」


「え? 着替えちゃうの?」


「いや、着替えるよ。風呂入りたいし」


やっぱ人生は風呂、そろそろ夕方だし、家帰って風呂入って一日を終わりたいな。一日の終わりの風呂は大事だよな。


紗羅ちゃんは帰れるよな。元気そうだし。いや、大事をとって一泊かな。


あお姉ちゃんはそういやどこに行ったんだろ。真っ先に来てくれると思ったのに。斎藤さんもそういやいないな。じいさんはいるのに。


「しょうちゃん? ボーッとしてるよ。大丈夫?」


「え、ああ、ちょっと考え事。すまんすまん」


「今週の日曜日のデート、楽しみにしてるね」


「デート? 一日パシリじゃなく?」


あ、華織と沙織が固まった。ってなんでだ?


「正太郎、アンタまた?」


「しょうちゃん、デートだよ、で・え・と! 服とかもしっかり気合いいれてきてよ!」


「そうね。服とかいつも通りはやめてよ。私達も気合い入れるから」


えと、普段着で、いいんだよね。女の子だけだよね気合い入れるのって。


「沙織ちゃん、日曜日はしょうちゃんの服とかも見ましょう。少しオシャレに気をつかってもらわなきゃ」


「賛成」


なんか嫌な予感してきた。










そんなこんなで日曜日。紗羅ちゃんの恨めしそうな顔に見送られながら家を出た。


なんだか紗羅ちゃんが病院に運ばれた日からあお姉ちゃんの元気がない。あお姉ちゃんらしくない失敗もするし。あお姉ちゃんが味付けに塩と砂糖を間違えた時は本当に心配した。


でも、本人は決まって『大丈夫』しか言わないんだよな。悩み事かな。あまり悩みすぎなきゃいいんだけど。


「あれ、沙織だけか? 華織は?」


お隣りの家の前に立っていたのは沙織だけ、眼鏡のお姉さんの姿が見当たらない。


そういや、紗羅ちゃんから言われてた事があったな。


『しょう君、必ず女性の服は褒めて下さい。きっと沙織さんの方は喜びますよ。沙織さんの方は、ですけどね』


なんか紗羅ちゃんの笑い方が気になるし華織はどうなんだって思うが、目の前にいるのは沙織のみだ。とりあえず、褒めた方がいいよな。服に気合い入ってるのは見て分かるし。


「えと、今日の服似合ってる、ぞ」


うわぁ、予想以上に面と向かって言うの恥ずかしい。なんか顔熱くなってきた。


「え? あ、そう。ありが、とう」


なんだこの空気、くすぐった過ぎるぞ。


「にしても今日暑いな。空調の下に早く入りたいぜ」


「そうね。でも、クーラーに頼り切りの生活はあまり褒められたものじゃないわ」


「へぇ。沙織は暖房と冷房なきゃ足をバタバタさせて怒るシティ派お嬢だと思ってた」


「あ、アンタ私をなんだと思ってんのよ。夏は暑い、冬は寒い、四季を楽しむのも日本人よ」


意外に立派な考えを持ったお嬢様だこと。海外暮らしが長いから四季があるのが珍しいだけだったりしてな。


にしても、紗羅ちゃんもたいがいスタイルは良いけど、沙織はモデルみたいな体型だな。今日は黒を基調とした大人っぽい感じだけど、夏場だし露出のせいか細身なスタイルの良さが映えるな。


「なに? ジロジロ見ないでよ変態」


「すまん。その、結構綺麗だったからつい、な」


「っっ!!!?」


急に顔を真っ赤にする沙織、俺も自分で恥ずかしい事を言ったと気付き視線をそらす。


「…………アンタにしては気の利いた事が言えたと捉えるか、実は軟派な男だったと捉えるか」


「ほら、さっさと行くぞ。デートなんてしたことないからな、作法とか分からんからな」


「私だって、知らないわよ」


やっぱぎくしゃくな空気になっちまうな沙織と二人きりじゃ。華織が間にいてくれないと沙織とじゃ持たないなぁ。










「やり直し」


「「はい?」」


「やり直し!」


俺と沙織が待ち合わせ場所兼今日買い物をする場所である、便利だが、近場で俺は大体揃っちゃうからあんまり行かないや、って感じの大型ショッピングモールに着いて華織を見付けて近寄った第一声がこれだ。


珍しく沙織と声を合わせて、お互いに見合ってしまったほどだ。


「沙織ちゃん、私の格好見て」


「え? えと、清楚系?」


俺の感想も沙織と同意見だ。


沙織と違って年相応の白を基調としたイメージを受ける格好だ。眼鏡がより落ち着いた雰囲気を強くする。


「沙織ちゃんは私に合わせて着替えて。しょうちゃんの趣味を見誤っちゃ駄目だよ」


確かに容姿が瓜二つの二人の格好を見比べれば、沙織も新鮮だし格好良いと思うが、近寄りやすい印象を受ける華織のほうが好きだが。


そんな俺に合わせる必要なんて。


「うんわかった。えと、着替えはお店?」


え!?着替えるの!?しかも即答!?


「うん、先に行ってて。私は少ししょうちゃんにも話があるから」


と言うと沙織は小走りでショッピングモール内へと行ってしまう。


「しょうちゃん? この格好どうかな?」


「あ、ああ、似合ってる。可愛いぞ」


あれ?どうして華織は溜息ついて眉間にしわ寄せるんだ?


「あ、り、が、と、う」


ああ、ばれてる。紗羅ちゃんの入れ知恵ってばれてるよ。


本当に華織は紗羅ちゃんにライバル意識持つんだから。本当、仲良くしてほしいぜ。


「後、しょうちゃんもお着替えね」


「え?」


「適当に洗濯してあるシャツとジーンズの隣を歩く気は私も沙織ちゃんもありません」


きっぱりと否定を断言された俺の普段着。










そんなこんなで、俺も沙織も着替え完了。


そして、空調のきいたショッピングモール内。


それも、俺が一人では死んでも来ないだろうブティックとか立ち並ぶ、所謂お洒落ゾーンだ。


こういうキラキラしたとこ嫌いなんだよな。


このショッピングモールは映画館もあるし、食うものにも困らんし、友達と遊んでると時間があっという間だが、今日はそうはいかんだろう。


「うー、この服なんか窮屈だ。俺こんなお洒落したってこの周りの雰囲気に溶け込めてないだろ?」


「そんな事ないよ。私のチョイスは間違ってない、沙織ちゃんなんか照れちゃってしょうちゃん凝視出来ないんだよ」


と左側を歩く華織に言われて、俺を挟んで歩く右側の沙織を見る。


「な、なによ!? 確かに、似合ってる。でもお姉ちゃんのセンスだからね」


最近丸くなったと思ったのに、すぐにこれだ。華織がいてくれてよかった。


「沙織ちゃん? お姉ちゃん怒るよ?」


と言われて沙織が小さくなる。


「俺を挟んでケンカするなよ。俺がこんな服を選ぶセンスがないのは間違ってないんだから。にしても、沙織の格好、さっきもよかったけど、今も可愛いぞ」


なんか今日の俺調子に乗ってるわ。こんな軽口普段ならかけらも出て来ないだろうに。最初に沙織を褒めて喜ばれたから調子に乗ってんな。


「あ、ありがと……………軟派男」


お礼と罵りが一緒なのは沙織クオリティだろう。仕方なし。お礼言われただけよしとしよう。こんな馬鹿の一つ覚えみたいに格好を褒めるだけで、怒られなかっただけな。


華織には紗羅ちゃんの入れ知恵と一瞬で看破されちゃったけど、沙織の嬉しそうな顔を見てるからか華織は沙織に俺の軽口の真相を伝えようとしないし、ばれたら更に険悪になりそうだからそれは嫌だが。


「それで? どこ行くんだ? どこでも付き合うぜ」


両脇を歩いていた双子がピタッと止まる。


必然、俺は少し進みすぎてしまって、振り返る。二人とも死んだ魚の目をしていた。


今の俺の発言は確実に地雷を踏んだらしい、さてどう罵倒されるか。


「しょうちゃん、私、前にも言ったよね?」


前?ああ…………確か、華織と二人で出掛けた時になんかお叱りを受けた気がする。


「沙織ちゃん、こんなことで怒ってたらしょうちゃんとのデートはもたないよ。昨日言ったから大丈夫だよね?」


「そういうお姉ちゃんが既に大丈夫そうじゃないよ」


いや、二人ともなんかめっちゃ怒ってますやん。どっちも大丈夫そうには見えへん。


「急にそんな言われても、俺なんかしたか? なんか間違った事を―――言ったみたいッスね」


伊達に俺だって女所帯で暮らしてないんだ。こういう時の対処法だってバッチリだぜ。


「ごめんなさい。空気の読めてないこの馬鹿に今の失敗を教えてください」


平身低頭、大きくならないで小さく、小さく、悪くなくても謝るんだ。これが大人ってもんさ。


正太郎はちょっと悟りを開いた気がした、少し何かを失った。


「はぁ、本当にしょうちゃんは仕方ないよね」


嘆息しながらの華織、男が力を持った時代はとうの昔に失われ、今は男女平等、しかし、俺の現状には平等さなんてない。なんてことだ。


「しょうちゃんは今日の事なんにも、なぁ~んにも考えなかったの?」


「あ、ああ、全く」


「さいて~」


沙織が合いの手を入れてくる。そこまで俺は重大な事をしたのか?俺悪いのか?


「私達が『デート』と言ってるんだから、少しはワクワクしたり、期待したりしなかった?」


「一体何を期待するんだよ? 俺は買い物に付き合うだけだと思ってたし」


なにかを買うにもただ、男の意見を付け足したかっただけかな、と最初は思ってたし。


「女の子にもよるけど、場所は伝えてあったんだから、『私達の事を考えた上で』少しはデートを考えてほしかったな」


『私達の事を考えた上で』って事は、俺が行きたいところに行くのではなくて、華織と沙織が楽しめる場所を考えろって事だろう。女の子ってそういうの気にするんだな。


「もちろん、引っ張っていきたいって女の子もいるからアレだけど、私と沙織ちゃんはしょうちゃんに引っ張って行ってほしいな」


むむむ、さっきから華織は随分と下手な態度だ。沙織だったらケンカして終わりだろうが、優しく諭すような華織の態度には出来るだけ誠実に応えなきゃいけない気になる。


ただ、子供扱いされてるだけの気もするが。


「なら、一緒に考えてくれよ。俺は沙織の趣味とかそこまでわからないし」


ハッと驚いた顔した華織がこっちに小走りで寄ってきた。そして、俺の手を握り一緒に祈るように少し手を持ち上げ、目をうるうるさせて見上げてくる。


「そうだよ! 私的にはかなりの高得点の答えだよ。沙織ちゃんはどうかな?」


「別に……………」


「ほらしょうちゃん高得点だよ」


そんな上気して言っても、沙織さんは全く高得点の顔はしてませんよ。


にしても、なんだか疲れる。沙織に気を遣ってやらなきゃいけない気がして、なんだか沙織とぎこちなくなっちまうな。華織は俺の事を好いていてくれてるから上手くいくが、沙織から向けられる感情をそのまま返したら険悪になる。どうしたものか。


好意を持たれてるっていう設定のはずなんだけどなぁ。


「とりあえず、服、秋物を見て回りたいかな私は」


と沙織。


まだ夏なのに女の子も服屋も気が早い、俺なんか夏の服も去年の着回しなのに。今着てる服が今年初の夏物って事になるな。


「沙織ちゃん、しょうちゃんは去年の服を着回すくらい格好に無頓着なんだよ? しょうちゃんも楽しめるのが前提条件でしょ?」


あれ?俺今口に出したか?


「たしかに今年初の夏物が今着てるやつだとか言う奴だけど、だからこそ格好には少し気を入れてほしいっていうか…………」


華織に対してだからか少し自信なさ気の沙織さんも、なんで俺が心の中で言った事を知ってるんだ?



「それはたしかにあるけどぉ……………まずは、今日のデートは遊ぶだけにしましょ? 格好とか私達の好みを知ってもらうのは追い追い、ね?」


「そうだよね。うん、わかった」


なんというか、華織は凄いな。俺とだとあんなに上手くいかない沙織も華織だと素直に言うこと聞くし、俺だって華織と喋ってると上手く華織のペースに乗せられて、華織のしたいように誘導されてる気がする時もあるくらいだし。喋り上手って言うか、口が上手い……………この言い回しだとなんか悪口みたいだがそんなことはなく、本当尊敬する点だねそれは。


「と、いうわけで今日はここだぁ!」


話しながら歩いてきて、華織が指定した場所は―――


「映画館か…………………」










「はー、楽しかったねぇ!」


「そうね、悪くなかった。うん、悪くなかった」


「ぺ?」


「とか言って、沙織ちゃんはしょうちゃんの隣に座れたのが嬉しいんだよね? 本とかでそういうの憧れてたみたいだし」


「ちょっと! お姉ちゃん!」


「みゅ?」


「しょうちゃんは映画どうだった?」


「みゅーん?」


「なによそれ、真面目に答えなさいよ」


「みょん!?」


「な、凄まないでよ。キモい奇声で凄まれたらちょっと恐いじゃない」


「っょっぱょまゅ」


「しょうちゃん、今のどうやって発音したの…………?」


またか!この状況またか!?


「なんか俺、記憶飛んだんだけど!? またなんかファーストフード食ってるし!」


また俺の奢りか?


「なによ、さっき気前よく『服の礼もあるし、デートなんだから少しカッコつけなきゃな。お前達みたいなお嬢さんの口にあうかわからんが、ここぐらいは奢ろう』って言ってたじゃない!」


「わっ、少し似てたよ沙織ちゃん」


落ち着け、冷静になれ。KOOLになるんだ俺。


「COOLだよしょうちゃん」


「そっかさんきゅ華織」


「どういたしまして」


……………………………………………あれ?


「どうしたのしょうちゃん? 話の途中だったのに、描写が面倒になって無理矢理時間を飛ばされてしまった小説の主人公のような顔をして」


…………………………………戦慄ッ!


私が覚えたのは迸るような戦慄!


血が全て液体窒素に換えられたかのような寒気、いや、これ寒気じゃすまないやん。


「なに自分でカッコイイ文章作ろうとして、失敗して我に帰ってるのしょうちゃん?」


ニコニコ、華織の笑顔がこんなに恐いとは思わなかった。沙織もなんだかたじろいでるし。


本当、時間が飛んだのは一体なんだったんだろうか。やっぱこのファーストフードになにか秘密が……………










結局、三人がしたい事を順番にしようという事になり、女の子の買い物タイムに突入、俺の番がくることもなく、家路につくことになった。



夕暮れの中、二人の間に挟まれて歩く。流石は双子、出す足とタイミングがピッタリ一緒になってる。


とか考えてると、


「しょうちゃんごめんね。なんだか熱中しちゃって」


「私も、悪かったわよ」


珍しく沙織が申し訳なさそうにしている。なんか、いつもの高圧的な態度からだと新鮮で、やっぱ少し可愛く見える。


まさか、これがギャップ萌えというやつか!?


「なにニヤニヤしてんの? 女の子をそういうふうに見るな…………」


蹴り一つでも飛んでくるかと思ったが、なんかしおらしく引き下がりやがった。


「また出掛けようねしょうちゃん」


「ああ、今度からは、沙織もな」


華織の方を向いていた俺は、ちょっと反応が気になって沙織の方に顔を向けた。


「え? う、うん、予定がなければ行ってあげる……………」


「もう! 沙織ちゃんはもう少し素直に―――」


家までもう少しといったところで目の前に車が停まった。


多分あれだろう。今日の夜は親との食事の約束があるらしいから、その車だろう。


家の前まで行く途中に見つけたってところだろうな。この黒塗りの高級車は、本当にお嬢なんだよな。


「少しは空気読みなさいよね…………」


あれ?今の声、華織の方から聞こえたような?


キャラ的には沙織が言いそうなのに―――


「本当にしょうちゃんは行かないの?」


「流石に家族の食事の邪魔は出来ない」


「そんなことないよ、家族になるかもだし、ね沙織ちゃん」


「…………行かないの?」


そんな俯きながら上目遣いで言うな、狙ってやってんのかこの女の子は。


「いや、今日はやめとくわ」


「うん、仕方ない。ほら、沙織ちゃんいこ?」


「うん、しょうち―――正太郎、また」


「ああ、またな」










その後、泣きそうな紗羅ちゃんに今日の出来事を事細かに聞かれ、よかったよかったと言われた。


なんか着ていた服も褒められた。


あお姉ちゃんの様子も回復してるみたいで、母さんもいて家族での食事が出来た。


やっぱ家族っていいよな。

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