五話
運動神経普通。
なにを持って普通とするか、なんて言うまでもなく。得意じゃないし、苦手でもない、だから中間の普通。
しかし!
「だらっしゃぁぁぁぁぁ!」
快音が響く。俺が素振りしてる横で、隣の田口君のバットから。あっ、今気合い入れて叫んだの俺です。そして素振りはしてるが、球は飛んできてます、俺が打てないから素振りになっただけです。泣きたくなってきた。まだ手の傷が痛いからって事にしとこうか。
「しょうく~ん! ファイトですよ~!」
「しょうちゃ~ん! 頑張って~!」
「……………が、頑張ったらいいんじゃない…………せいぜい」
泣きたくなってきた。つか、もう涙で視界がぼやけてきた。
「正太郎、なんだお前、モテ期か?」
と愛さん、愛と書いてめぐみさん。
「知らない。つか、なんで周りの皆そんなにぎらついた目で俺を睨んでんの!?」
いや、男子諸君、振り上げたバットと今にもこっちに飛んできそうなボールを下げて。
「そりゃ、双子の美少女転校生も転校初日からお前の婚約者、とか発言されたらな。『鬼畜日向。美少女達はお前に集まるのか!?』 『畜生日向。美少女達のどんな弱みを握っているのか!?』 『天使紗羅ちゃんの胸は一体なにが詰まっているのか!?』 この三つが次回の新聞部の見出しだそうだ」
三つ目は少し気になる。紗羅ちゃん最近風呂上がりネグリジェで居間にいるようになったからな。確実に俺に意識させようとしてる。実際ネグリジェ姿でチラチラこちらを見てくるし。流石に俺は居た堪れなくなって部屋に逃げるのだが。
いや、無理だよ。あんな官能的な姿で居られたら俺の精神がオーバーヒートしちゃうって。あのなにが詰まってるか皆気になってる膨らみなんて直視しただけで……………
「おい正太郎。なに鼻の下伸ばして昨日の紗羅のネグリジェ姿を回想している」
「………………そこまで分かる?」
「ああ。後、下手な事は言わん方がいいぞ。バット達がお前の頭というボールをホームランしたがってる」
いや、クラスメイト男子諸君落ち着いて。俺だってどうしてこうなったか分からないんだから。
むしろ、さっきの言葉を返すと弱み握られてんの俺だからね。
転校生の美少女双子。言うまでもなくあの二人、真宮姉妹だ。
可愛い双子の登場に歓喜するクラスメイト男子達、その歓喜は次の瞬間打ち砕かれた。
「私達、二人とも日向君が大好きです。あっ、ちなみに妹の沙織ちゃんはツンデレなんで日向君にはきつくあたりますが、実際は寝る前に日向君の写真にキスして寝るくらいの純情娘です」
「ちょっと! お姉ちゃん!」
「後婚約者でもあります」
静寂、そして―――
クラスメイト達からの問答、そして男子達からの実害。消しゴム消しカスをあそこまで投げなくてもいいじゃないか。
「日向の妻、と名乗って現れた転校生とはライバルです。皆さんよろしくお願いします!」
これが彼女達が現れた状況。
そして、今俺がバットやボールと戯れてるのは、ケンカとか男子達が暴力のために持ち出したとかじゃなくて、雨によって流れに流れた球技大会がなんと明日だからだ。午後の授業は練習にあてられている。
にしても、こんな暑いなかバット振るのもきついもんだな。それに、全く上達しないし俺。
「しょう君、お疲れ様です。あう、タオルとお茶です」
「ありがとう紗羅ちゃん。紗羅ちゃんは球技大会なにするの?」
ちなみに愛は野球。何故か男子しか出来ないのに野球。俺を弄るためなんじゃないかと思えてきた今日この頃。
「あう、テニスです!」
「へぇ、時間が合えば応援いくよ」
「あう、しょう君の応援があれば私は完璧です。私もしょう君の試合は必ず応援しますから」
…………………………ちょっと気になった。
「自分の試合が被ってたらそっち参加しなきゃ駄目だよ」
「嫌です」
即答かよ。そうだろうと思ったよ。
ここはなんとかして説得せねば皆に迷惑が。
あっ、向こうからやってくるのは。
「しょうちゃんタオル」
「スポーツドリンク、はいらないみたいね」
沙織が俺の手を見て言う。そんな時紗羅ちゃんが俺と真宮姉妹の間に入り、撓わに実った胸を張って言う。
「しょう君には私というお嫁さんがいます。ですから―――」
「しょうちゃんのために用意したタオルだよ。使ってくれるよね?」
紗羅ちゃんを無視して横を通って俺に触れるまで寄ってくる華織、微かに笑ってる。なんか背筋がゾクッとする目でこちらを見上げながら笑ってる。
「ちょっと真宮さん。話を聞いて」
「えへ、聞いてないよ。しょうちゃんは私達のお嫁さんなんだから」
嫁かよ!一瞬エプロンしてお出迎えする俺が見えちまったよ。キモいわ。自分でも。
「しょ、正太郎。まぁ、アンタのために用意したから、さ。よければ飲んでよ」
と紗羅ちゃんを避けて沙織がボトルを差し出してくる。
「あ、ああ、暑いし、飲めるかな貰うよ」
「うん。あっ、せいぜいお腹壊さないようにね!」
やべ、沙織が可愛い。
まずい、素直な感想が出ちまった。心情を読み取られたのか紗羅ちゃんがすっげぇジト目で睨んできてる。華織はそれを見て楽しそうに笑ってるし、じいさんはハンカチ噛みながら泣いてるし―――
「う…………ここは………?」
頭が酷く重い―――首に力が入らない。辺りも薄暗いし、腕が、動かないし、足も動かない?
「ってなんだこれ?」
小さな明かりを頼りに自分の動かない不自由な手を確認する。両腕にバングルがついてる。こんな銀の洒落たバングルをした覚えは全くない。このバングルどこが洒落てるって二つのバングルを鎖で繋いでる事かな。ほーら腕が離れな……………
「……………………………へ?」
足が気になった俺は重い首を上げて、半身起こして足を見てみる。
足にも同じ様に……………
日向正太郎は急速で脳を再起動させた。頭の上に小さな豆電球を確認。それが光源らしい。モルタルかなにかか床は酷く冷たい。室内であることはこれで分かった。夏が近いのになんだか空気はひんやりしている。
そして…………………え?手錠?これ手錠だよね?この私の自由を奪う物は手錠ってやつだよね?テレビか玩具の手錠しか見た事なかったし、すっげぇな。重いんだな手錠ってあははは……………
玩具だと思い込んで思い切り両手を広げようとするが、最近の玩具はよく出来ているらしい、本物の鉄のようにびくともしない。腕に食い込んで痛いだけだ。
凄いなぁ玩具、もう少し体鍛えなきゃなぁ。玩具も壊せないなんてあははは。
「起きましたか坊ちゃん」
この声、呼び方、間違いない。
俺は突然現れたこの俺を照らす豆電球より明るい光明に安堵しつつ、
「…………………へ? さ、いとうさん?」
「坊ちゃん、お仕置きです」
斎藤さんだ。間違いなく声も背格好も斎藤さん。
背格好という言い方をしたのは確実に斎藤さんではあるけれど、目元を仮面舞踏会で女性がつけてるような蝶々みたいな形をした物で隠してるからだ。あれって隠してる事になるとは思えないけど。
そしてメイド服、そして手には鞭。
「斎藤さん、その手の鞭は何をする物品でしょう?」
「おかしな事を聞きますね坊ちゃん鞭は人を叩くものです。この場にいる人間を考えれば流石の坊ちゃんでも理解できるでしょう」
「え? えー、僕馬鹿だからわかんなぁい」
「ならその身に刻み込みましょう」
ダメだ。本気だ。これは本気だ。
「よぉ正太郎」
「じいさん! アンタの差し金か!? なんでこんな事に……………」
更に暗がりの奥からじいさん登場。しかし様子がおかしい、なんか沈んでるというか、かなり悲しそうにしている。
「すまん正太郎。俺じゃどうにもならんかった」
え?なんでじいさんが謝るんだ?どうして?この馬鹿げた茶番を仕組んだのはじいさんだろ?
「おい息子」
ゾクッ、とした。生命の危機を本能が感じ取った。声が怒っている。
現れた母さんは………………
「母さん! 待ってくれ! その木刀はなに? 母さん、母さん!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな」
蹴られた。腹を思い切り蹴られた。なんでこんな厳しい仕打ちを受けなきゃならんのだ。
「待ってくれ。一体俺がなにを―――」
「馬鹿息子!」
木刀が振り下ろされた。半身起こして座っていた俺の真横の床が砕ける。
砕ける!?おかしいだろ!木刀だぞ、木刀よりこの床確実に硬いぞ!?
「息子、お前嫁というものがいながら、他の女にうつつを抜かすとは……………」
「ちょっと待ってくれ! 誰の事だ!? 俺はそんな女の子知らな―――」
母さんは木刀をモルタルだろう床に突き立てた。突き立てた。突き刺さった。木刀が、突き刺さっている。
あまりの恐怖に普通に漏らしそうになってしまった。
「次に下らない事を言ってみろ。叩き割るぞ」
なにをですか!?あ、俺だよねやっぱり。
「…………しかし、好意を持たれる事はいいことだ。それに、紗羅ともしっかりとした婚約ではない。はっきりしろ! 愚息!」
母さん、愚息って俺に対して言う言葉じゃないよね?他人にへりくだって言う言葉だよね?
「どういう事だよ? 俺は―――」
真後ろから轟音。恐る恐る振り返れば、壁が真っ直ぐ縦に裂けていた。
もう一度母さんを見れば、木刀を天に掲げるようにしている。つまり、刺さった木刀を抜きながら振り上げたら、壁を叩き割ったということだろうな…………………………え?
「晶子さん!? ちょっと手加減しても……………」
「アンタは黙ってて! これは私と息子の問題です!」
いや、だから、俺を置いてきぼりな感じなんとかしてよ。
そして俺が口を開く度にこの部屋が破壊されていくのなんとかして。発言権が全くないじゃないか俺の。
「いや、紗羅との婚約は正式なものでね、じいちゃんそれを守ってくれると……………いえ、正太郎の意見が大切です」
母さんの一睨みで小さくなるじいさん。俺と一緒で発言権ないな。
「…………………」
なんか出オチの斎藤さんが暇だからか、鞭の素振りを始めた。
「お義母様待って下さい!」
声がした方を見ると、その場所にスポットライトが当たって紗羅ちゃんと真宮姉妹が姿を現す。
「どうして? 私は正太郎にそんな半端な事をし続けることをしてほしくない」
どうやら紗羅ちゃんに対しては怒ってないらしい。そりゃそうか。
母さんは怒っているときは男っぽい口調になる癖がある。まぁ、怒ってない時もたまに出る癖だが。
「まだしょう君の言葉をしっかりと聞いていません」
と紗羅ちゃん。何故か華織か眉をひそめた…………気がする。
「中城さんが言った事はその通りですが、しょうちゃんは今は誰にも恋愛感情がないと思います。まだそれを聞くのは、ちょっと早いのでは」
一つ気になった事がある。今だけ俺の発言権よ復活しろ。
「華織と沙織はなんでここにいるんだ?」
その瞬間世界が停止した。この冷たい感覚はどうやら真宮姉妹からきているらしい。
あれ?なんで華織と沙織は二人でこっち歩いてくるの?なんで顔がそんな引き攣ってるの?
華織が眼鏡を外す。丁寧にそれを仕舞って母さんとなにか話してる。沙織は斎藤さんのもとへ行き、話してる。
あれ?なんで母さんは木刀を華織に渡したの?そして、斎藤さんはなんで鞭を沙織に渡す?
「しょうちゃん、ちょっと調子に乗っちゃったかな? ううん、怒ってないよ怒ってない。ちょっとしたスキンシップだよ」
華織さんの目が恐ろしい。笑ってない。顔は頬が引き攣って笑ってるように見えるが目が笑ってない。
「えー、と華織さん? 俺の話を聞いて欲しいなぁ」
「問答無用」
華織の姿が一瞬ブレた。そして華織はいつの間にか木刀を振り切っていた。
それと同時に再度背後から轟音。恐る恐る振り返れば、壁に十文字が出来上がっていた。
………………嘘でしょ?
「しょうちゃん。ちょっと、私と、うーん、楽しいことしよ? えへへ」
俺は逃げ出した。
もちろん、芋虫のように無様に這って、這って、這いずって、出口なんてわからないが必死で這う。
「いたっ! 痛い! なんか背中がめっちゃ痛いっ!」
「そりゃね、哀れな芋虫にお仕置きをしてあげてるんだから、感謝しながら鳴きなさいよっ!」
沙織の声と風をきる音。
ああ……………寒い日に足に当たる縄跳びと同じくらいの痛さだと思ってた俺は今死んだよ。
予想以上にめっちゃ痛い。背中の皮が駄目になるんじゃないかってくらい痛い。体操着じゃ駄目って事だけは文字通り痛いくらい理解した。。
「つかなんで俺こんな痛い目合わなきゃなんないのさ!?」
「「自分の胸に聞け馬鹿! 鈍感! 唐変木!」」
流石双子だ。完璧なユニゾン。美しいね。斎藤さんめ、予備の鞭を華織に渡したな。
あれ?なんで俺はこんな客観的に……………………
花畑、幻想的で、色とりどりの花は現実から掛け離れている。
そう、ここはきっと現実じゃない!夢の世界だ。ここでなら俺は全てを解放出来る。心も体も全てここは受け入れてくれる。
そう確信した俺は走り出す。絶叫する、とりあえず声を出して解放を喜ぶ。心地好くて、本当に気持ち良くて、嬉しくて。
いくら叫んでも喉に痛みはやってこない。叫ぶ事がこんなに楽しいなんて知らなかった。ストレスがみるみる消えていく。もう俺を止める物はなにもない。
あれ?誰かが、誰かが呼んでる。
初めては俺は目の前に川があることに気付いた。花畑の対岸は曇っていて暗い。花畑に暖かさを感じるなら向こう側は冷たさを感じる。
「おーいしょ~たろ~!」
じいさん!
その時俺は悟った。理解した。真に至った。真実を知った。
花畑の対岸、つまりじいさんに背を向けて駆け出す。
こういう時じいさんはよくない。なにがよくないって?とりあえずよくないんだ!
走る。
疾走する。
駆け抜ける。
俺の体がが風になった。いや、世界になった。俺という世界は駆け抜け――――
「ゴフッ!」
「あっ、起きた。大丈夫? しょうちゃん痛くない?」
目の前に華織がいた。眼鏡をかけた双子の片割れ、華織だ。
「あれ? 俺なんかボコボコにされたような…………」
背中が結構ヒリヒリするが、とりあえず痛む後頭部を触る。
そこで華織の手が手刀の形を作っている事に気づく。
「……………ああ! 叩いたよ。しょうちゃん起きないんだもん。斎藤? って人の話だと背中は後も残らないって、一日二日お風呂に入るのがきついだけだって。自業自得だよね! しょうちゃんが私や沙織ちゃんの気持ちを考えてくれないんだから」
………………?
「なんだよ気持ちって? 俺、さっきなんで打たれた?」
「なんでって……………決まってるじゃない!」
耳まで真っ赤にするかお、いや、
「沙織、眼鏡似合うな。流石は双子」
「え!? なんで!? なんで分かるのよ!?」
「ん? ホクロ、ほら」
俺はそう言って頬を指す。『黒子』って読めないよね?『くろこ?』なに言ってんだってなるよね?だからカタカナだよ。俺、少し賢そう?……………虚しくなってきたやめよ。
「……………そんなところまで見てたの?」
「そりゃな。小さい頃は華織、眼鏡してなかったろ? だから見分ける方法はいくつかあるよ」
小さい頃限定だが髪型だろ、後は耳の形、後、
「おい! どうした沙織!?」
「ねぇ、このまま聞かせて…………私の、私達の事好き?」
抱きしめられた、というか、胸に沙織が飛び込んできた。そこで俺は自分の状況が見えてきた。本当、動き悪い頭だ。
和室、恐らくじいさんの家、俺は布団で半身起こしてる。和室の癖に空調がきいてるのか部屋は涼しい。
よし、状況確認完了。
「そりゃあ…………幼なじみみたいなもんだからな。沙織は、俺の事嫌いじゃないのゴフッ―――」
「しょうちゃん? 嫌いな人に抱き着くかな? …………てかそろそろいい加減しなさいよ?」
「はい! すみません!」
今まで気配を殺していたらしい華織が、俺の後頭部に手刀を叩き込んで登場。『てか』の後はいつもの声色とは違って恐ろしかった。本気で。
「いや、だから、幼なじみとしては…………好きかな………」
「「………………………」」
華織は俺を見下ろしながら黙り、沙織は俺の胸に顔を埋めたまま反応がない。
そして間を置いて、二人は一斉に溜息を吐いた。沙織の溜息は俺の胸に当たってるので生暖かさを体操着越しに感じる。
「って俺まだ体操着じゃん…………着替えたいな」
「あーっ! だから沙織ちゃん胸から動かないんだな!」
華織が突然騒ぐのでびっくり、眼鏡なしも似合うな華織。なんて言って見たり。
「………………」
「沙織、そろそろ離れないか?」
「私達が恋愛感情で好きって分かってくれたよね?」
そりゃもう痛いくらい。紗羅ちゃんの時と一緒だ。俺すんごく鈍いのか?そんな漫画の主人公みたいな特殊設定現実であるわけない。
「いや、鈍いよ。すっごくすんごく鈍い。ばかしょうちゃん」
………………沙織ってこんな可愛かったっけ?
とりあえず撫でてみる。
「むぅー」
とりあえず横で俺を睨んでる華織も撫でる。
「とりあえず、私と沙織ちゃんはこれで中城さんとは完璧にライバルだよ。ガンガンしょうちゃんを誘惑するからね」
と結構恐ろしい事を言う華織さん。
「私……………もう少し素直になる。これ以上嫌われたくないし」
と沙織。俺は別に嫌っちゃいない。嫌われてたとは思ってたが。
「うーん、なんかすまん。あんまし恋愛感情とか分かんなくて……………でも、俺の好きは友人の好きだと思う…………多分」
「「だ~か~ら~、私達がメロメロにしてあげる」」
顔を上げた沙織、二人はユニゾンでそう言った。
「それで? 良かったの紗羅」
と葵は問う。
「はい。あう、辛いことですから。好きって気持ちを気付いて貰えないのは。私もしょう君に妹扱いの時は辛かったですし、その、一緒に住んでる分のハンデです」
と紗羅は答えた。それに対し葵は苦い顔で返した。
「あう? なんか嫌な予感がしてきました」
紗羅はその苦い顔に確かに感じた寒気に体を震わせる。
「……………あう………そんな………」
紗羅ちゃんの悲哀に満ちた呟きが聞こえる。
そりゃ、真宮姉妹がまさか……………………
「これからはお隣さんだねしょうちゃん。ご飯とかお風呂とか一緒に寝るとか好きな時にしていいからね。うーん、部屋も用意しよう! やっぱり、こっちに住んじゃいなよしょうちゃん!」
「……………プライベート空間ぐらい用意したあげる。い、嫌じゃなかったら住むべきよ。うん住むべきだわ…………」
沙織、もう少し自信持って喋れ。なんかよく聞こえない。
「駄目です! しょう君は、私がお世話するんです!」
「駄目な道理がないわ。それはしょうちゃんが決める事」
華織の眼鏡の奥にある瞳が蛇のように輝いた。気がする。
「しょう君は元々この家に住んでるんですから、態態隣に引っ越す道理はありませんよね!?」
と紗羅ちゃんも猛禽類を彷彿とさせる目で見つめてくる。
えと、なんで俺責められてんの?
「はぁ、前途多難ね…………一度言ってみたかったわこの台詞」
あお姉ちゃんは関係ないとばかりに楽しそうに見てるだけだし。
とりあえず、今日は逃げる。
「しょうちゃん!」
「しょう君!」
「正太郎!」
……………逃げれば追われるよなぁ……………