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一話

ねぇ、君はどんな大人になりたいんだい?


え?うーんとね……………パパみたいな!


おっ、ははは、嬉しいね。凄い嬉しいよ。うん、今日は記念日だ。親子記念日。


えへへ、でもパパ、ママに怒られちゃうよ。カレンダー記念日だらけだって。


う、でもね正太郎。記念日は良いことだ。良いことはいくらあったって良いんだよ……………










あれ?俺は、俺は……………田中太郎?


「オイ息子、ちょっとやり過ぎたかなって心配したが、お前が予想の三万倍以上バカだと理解した」


酷い。以上って事はそこから先は無量じゃないか。計り知れない!


「正太郎様? お加減は?」


お加減って…………加減なく母親にぶったたかれたっちゅうに。


「紗羅ちゃん、本当君何なの?」


ガシン。


説明するよ!今のは別にロボットが歩いたとか、そういう音じゃないよ?俺の頭と俺の部屋にある辞典が衝突事故を起こしたんだ。過失は確実に辞書の運転手の母親だ。過失百パーセントだ。


「あう、正太郎様!」


「オイ、いい加減しとかないと、私もいい加減を守れないぞアホ息子」


言っておく、誤解が生まれないように出来るだけ早目に言っておく。俺の家族は母親との二人だ。だから助け合って生きてきたため、家族中はかなり良好だ―――


ガコン。


今のは別になにかの機械の駆動開始音とかじゃないから。俺の首が機械のレバーのようにおかしな方向を向いただけだから、本当、気にしないで、うん、俺も気にしてないから。


「い、いたい…………本当、すげぇいたい…………」


「あんまり失礼な事を言うな。折角嫁に来てくれたんだぞ。超絶美少女花嫁が」


そりゃ可愛いのは知ってる。見りゃ一発だし、親戚の集まりで何度か見てるよ。忘れるわけないだろ。俺の初恋なんだから。


「つか、親戚だろ? 結婚とか良いのかよ」


「ああ問題ない。血筋上はあれだしな。向こうのじい様は何故か、何故か! お前の事気に入ってるからな。だから血縁が欲しいんだろ? 子供まで出来りゃ万々歳さ」


あ~、頭叩かれた過ぎた。いくら体が丈夫なのが取り柄でも、流石に思考の要である頭を集中攻撃されたらあまり思考出来ん。


「あう、正太郎様は、私がお嫌いですか?」


「いや好きだ」


「ひゃう!」


………………あれ?今俺なんて言った?


目の前の紗羅ちゃんは顔真っ赤、そのちょっと後ろに立っている母さんは猫の目みたいになんか輝いた瞳になってるし。


ああ、俺ベッドで寝てたんだ。全く気付かんかった。首と後頭部と側頭部と前頭部が痛い事しか分からん。


「あ、あう! 正太郎様。日向紗羅、よろしくお願い致します。あ、不束者ですが、ああう、不束にならないように精進して…………あう、正太郎様お慕いしています!」


「あら逆に息子が押し倒されちゃった。大胆ね~最近の子は」


いや、バカ母、俺の首が極まって…………落ちる。落ちていく…………









日向ひむかい 正太郎しょうたろう正太郎なんて大層な名前だけど、真っ直ぐ生きれてるのか。目標はある。その目標は輝いていて、遠くて、手が届く気がしないが、きっと掴んで、いや、追い付いてみせる。









「ん?」


なんか人生の目標に向き直った夢?


目標としている人物の優しい笑顔が頭に浮かぶ。


うん、今日も元気に、笑って行くか。


「あっ、正太郎様おはようございます」


「っ!」


え?え?何?何なの?もう止めて、俺の脳の処理能力を軽くごばい、いやいや、五倍は超えるこの状況は一体何!?


「同衾。ま、意味合い的には清い感じかなぁ」


「母さん! 何ドアの隙間からビデオカメラ持ってニヤニヤ笑ってみてる!」


「はいはい、説明台詞ご苦労さん。ほら、さっさと朝飯にするよ。紗羅ちゃんなんて、着替えて、朝ご飯作って、パジャマに着替え直してアンタの隣で寝直してんだから」


横の紗羅ちゃんを見る。目が合うと紗羅ちゃんは優しく微笑んでくれた。心がとても優しい気持ちになるが、そこまでするか!?


つか、


「なんで一緒に寝てんだよ!?」


「あう! 私は正太郎様の妻です! 同衾は当然の権利であり義務です!」


うぉ…………何か昨夜からの口癖と思われる「あう」は大体驚いた時のリアクションとして使われる事が多そうだったが、今の「あう!」はもう攻撃的というか、防御ではなくこっちにズカズカ入り込んでくる感じ。続く発言も、さも当然と言った形で力強すぎる。


何か、黙ってると日本人形みたいに静かで、黙ってれば静かなのは当然だが、なんかこう…………そう影があるというか、森の奥にひっそりと隠れている泉のように神秘的で、綺麗なイメージを受ける子なんだが、「あう」のせいで近寄りやすい子供っぽいイメージを受けるな。


「あの、正太郎様? 森の奥に、の後のは何だか微妙です」


「ええ、予想以上のセンスの無さね。てかセンスって言葉に失礼」


母上よりも、まず紗羅ちゃんに駄目だしされたのがへこむ。しかも俺喋ってないし。


「あの、正太郎様? 私のパジャマどうですか? 正太郎様はパジャマ好きと聞いたんで」


……………何故、一体何故俺様のフェチが露見してる。確かに、俺は何を隠そうパジャママイスター、パジャママスター、パジャマ―――


「正太郎様! どうですか!? 私、凄く悩んで決めたんですよこのパジャマ」


ふむ、そこまで言われれば鑑定せねばなるまいな。


取り合えず、いまだに一緒のベッドにいるのはまずいので、ゆっくりとベッドを脱し、掛け布団を剥ぐ。


うむ、横向きで寝ている女の子のパジャマ、うん、素晴らしいな。仰向けとは違い体の隆起の見え方も違ってくる。俯せでも、腰から太ももまでのライン等の楽しみかたぐぁ!


「なぁ変態息子。ちょっと後戻りきかないくらい気持ち悪いから止めてくれるかな?」


「…………はい………………ずんまぜん………」


こりゃ首が駄目かな。痛くなくなってきやがったぜハハハ。


「あ、あの正太郎様? 私のパジャマは?」


「うん、基本を押さえた好成績。後、意外にスタイル良いんだな紗羅ちゃん」


何だかパジャマ夢中で、意識が戻ってきてから紗羅ちゃんを見ると気恥ずかしくて目を逸らしてしまった。


「へ? あう、正太郎様の事一杯考えたら育ちました」


もうこの子凄いわ…………色んな意味で。










うーん。急な展開過ぎて脳が追い付いて来ないから、昨日学校から帰った辺りから整理するか。


帰宅→三つ指ついてお出迎え→貴方の妻になりますね→以上


うっわ!少なっ!こんな簡単なイベント内容だったか!?


だが、強烈なモノは強烈だったな。


帰ったらエプロンまで装備した女の子が帰りを迎えてくれて、それが忘れもしない初恋の人なんだからさ。


始めて会ったのは古すぎてあまり思い出せないけど、父さんは父さんの父さん、つまり祖父さん、この祖父さんが集まるのが好きで親戚連中を集めては、宴だ、とか言って飲み会を開いてたんだ。そんな時に親戚連中、老若男女が入り乱れる中、その時…………確か八歳だったかな?八歳の俺が遊べる同い年ぐらいの相手が紗羅ちゃんだったわけだ。


幼少の紗羅ちゃんは寡黙な雰囲気で、何だか人を寄せ付けないオーラを放っていたが、そこは八歳の子供、そんなの無視して遊びに誘い続けた。別にかなり人が集まるところだったから、同い年ぐらいの子供が他にいないってわけじゃないのに、あの頃の俺は絶対に紗羅ちゃんと遊ぶんだと息巻いて、大体会う度に本を読んでる紗羅ちゃんに声をかけつづけたっけな。


そして、父さんが死んでからぱったりその集まりには顔を出さなくなって、紗羅ちゃんとは……………七、八年ぶりくらいになるのか。


あっ、訂正しとくけど、日向紗羅、じゃなくて中城紗羅なかじょうさらだったぞたしか。苗字はあまり覚えてない。


というか、紗羅ちゃん綺麗になったよなぁ。大人っぽい見た目なのに、「あう」というキャラ付けまでバッチリだもんなぁ。


「正太郎様? 似合いますか?」


ん?すっかり周りを見てなかった。


朝食後に時間があったからお茶を飲んでいたんだがががが……………


「あう、今日から同じ学年同じクラスですよ」


この一言で大体理解した。後紗羅ちゃんの格好。朝食の時は昨日着ていた服だったのに、気付いたら俺の学校の制服だ。一体何回着替えるんだよこの子は。


「同じクラスまで決まってるの?」


自分でもこの質問は的を射てるのか、外してるのかわからないけど聞かずにはいられなかった。


「はい、こういうときに使うから権力というのは便利だ、と御祖父様が言ってました」


クッソ。紗羅ちゃんにいらん事吹き込みやがってあのクソジジイ!


じい様が歯を見せ付けるように笑ってブイサインをしてるのが頭に浮かぶ。正直、かなり興味ないが、あのじい様金持ちらしい、つか、庭とか見る限り異様な金持ちだろう。そこまで興味ないが。ということで、その関係上紗羅ちゃんも少なからず影響を受けているらしい。


感謝してるところはしてるが、純真な紗羅ちゃんに余計な事してんじゃねぇよじい様め。


「あ、後、御祖父様が今日の放課後迎えにくるそうですよ」


……………うわぁ。面倒だな。


「……………うわぁ。面倒だな」


「あう、正太郎様、思ったまま口に出てますよ」










「今日は…………遅くなりそうよねじい様に呼び出しくらってんだから」


呼び出しくらうって、なんかガラ悪いなうちの母上様は。


「まぁ、多分ね。明日も学校あるし、そんな無茶はしないと思うけど」


「ま、気楽に一人で飯食うわよ」


「ああ、お土産は期待しないでな」


「婚約者パート2とかは勘弁してよ」


パート1だって勘弁したいよ。


「あう! お義母様! 正太郎様の妻は私だけです! オンリーワンです」


さて、玄関で話をズルズルしてもしょうがない。


「行ってくるわ」


母さんは格好よく右手の人差し指と中指だけ立てて、それを額に当てるとその指を少し前に出す感じの動作をしてドアを閉めた。クッ、不覚にも格好よかったぜ。


「あう、正太郎様、聞いてますか? オンリーワンですよ?」


「はいはい、制服似合ってるよ」


「あう、ありがとうございます。えへへ…………あれ? なんか話が逸れたような」


なんだかこの娘の扱いが分かってきた気がする。


にしても、じい様か…………最後に会ったのはいつだったかな?


俺は遠くを見つめたくて空を見上げた。そう―――あれは、じい様と最後に会ったのは―――


二日前の夜だな。その前は二日前から更に一週間前。


………………月に会う回数は平均十回前後。確かに、じい様の家はここから比較的近い、近いが、いくらなんでも会いに来過ぎだ。確か、じい様の子供は四人、俺の叔父さん叔母さんにあたる人は三人いるはずなのに…………もしかして、毎日ただ孫や子供に会いに行ってるだけなのかあのじい様は。


いや、仕事の意欲はまだ健在で、秘書さんつけて車で走り回ってるはずなんだがな…………うん、興味ないから今考えた事は全て忘れよ。


「あう? 正太郎様、あちらの女性がこっちに手を振ってますよ」


思考を終了して、俺の意識が戻ってくると俺の半歩後ろを粛々とついてくる紗羅ちゃんが話し掛けてきていた。


紗羅ちゃんの言葉に従って、その女性とやらを見る。


「いや、違うぞ紗羅ちゃん。あれは女性ではない」


「あう? でも、女性用の学制服ですよ?」


「うーん、見て分かると思うけど、十七歳の女性としては些か胸部に発達が見られ無さ過ぎやしないかい?」


「むっ、正太郎様、あまり女性の胸なんて見ないで下さい。私がいるんですから」


「いや、だからあれは女性なんかじゃげぶぅ!!」


「やぁ、正太。あまり調子に乗ってると…………うん、捻るよ?」


何をだよ。つか、既に俺の腹に一撃いれて、手を捻っちゃいけない方向に捻ってんじゃねぇか。あれ?おかしいな、声が出ないぞ、今喋ってるつもりなのに。


あっ、なんか喉の辺りを手で圧迫されている。そのせいか。納得納得。


「あう~、正太郎様、どなたなんですか?」


「…………(パクパク)」


駄目だ、声が全く出せない。震えよ俺の声帯!


「はて? 君は誰かな? 見たところ正太の知り合いみたいだけど」


「あう! 私は日向紗羅、正太郎様の妻です」


違う、苗字が違う。くそ、離せよ。うわ、男の俺が利き手の右で外しにかかってんのにビクともしねぇ。やっぱり女じゃないという解釈は………………


手が駄目になった。


「そうかい、ボクは佐山愛さやまめぐみ愛と書いてめぐみと読むんだよろしくね」


愛の常套句、自己紹介の固定ネタだ。爽やかに笑顔、短い髪、平らな胸が印象的なななななな。


肋骨あたりかな?なんか嫌な音をたてたぞ今。


「正太郎様から離れて下さい! その手も肋骨も首も全部私のなんですから!」


色々言いたい事はあるが、肋骨を攻撃した愛のあの異様な速さの一撃に気付いてたんなら止めたり、安否の確認ぐらいしてくれ。


まぁ、その安否の確認は無駄か、だって駄目だもん。


「ふむ、ボクの玩具を取り上げようって言うのかい?」


「正太郎様は、私のです」


何でこういう時だけ夫だとか言わないんだ。玩具扱いか?俺は皆の玩具なのか?


そしていい加減腕と喉を解放してくれ、いや、してけれ、してくださいよ。


「うーん、正太郎の妻ね…………昨日今日でそんなキャラ急に現れても困…………ふむ、もう遅刻してしまうな。では参ろうか正太?」


手を解放され、愛はその空いた手で俺の頭頂部を押して無理矢理首肯させる。俺に人権はないのか?いい加減発言権を返してはくれないか?そして、何で紗羅ちゃんは凄く恐い形相でこちらに?って、あれ?


一瞬、一瞬だ。瞬きを終えたら、自分を捕縛しているのが愛から紗羅ちゃんにかわっている。


そして、紗羅ちゃんも俺の喉を押さえ、発言権を潰している。


「ほう、やるな正太の嫁」


「ハァ、アー、アアアー」


「そして何をやってる正太?」


お前の発言のお陰で、紗羅ちゃんが喜んで両手を頬に当てて照れてくれたから俺の喉が解放されたの、それで声が出せるかどうか試してたの。


「そういう説明は声に出せばいいじゃないか」


あっ、そうか、もう声出るんだった。


「とにかく! 正太郎様は私のなんです。もちろん、私も正太郎様のです。ですから、私以外の女性は正太郎様には必要ありません。もう近づかないで下さい」


俺と愛の間に無理矢理入ってそう宣言する紗羅ちゃん。紗羅ちゃんの表情は見えないが、紗羅ちゃんと対している愛の表情は…………すっげぇ楽しそうだ。


なんでだ?


「正太の妻、紗羅と言ったかな? 残念ながら、ボクを排除しても、正太に好意を抱いてる子は山ほどいる。そんなんじゃ身がもたないよ」



不適に愛が笑った。なんかそんな掴み所のないキャラのくせに、なんで胸がないの気にしてるんだよ。


ごめんなさい。今横切った何かで、髪が少し無くなりましたよ。


「正太郎様! 本当なんですか? そんなに、その、女性関係がふしだらなんですか?」


ふしだらっておかしいよね?なんか卑猥に聞こえるんだけど。


「いや、愛の虚言だろ。俺モテた記憶ないし」


「知らぬは本人ばかり、と」


不穏な言葉を残して愛はさっさと行ってしまう。


「あう~」


そんな恨めしそうにしなくても。










「正太郎様は嘘つきです!」


本当に君はいきなりだな。とりあえず起承転結の承から入るなよ。いや転ぐらいか?


「全然モテないと言いましたが、正太郎様に恋愛感情的な好意を寄せてるのは全校で三人いました。これから校内で絶対に私から離れては駄目ですよ」


起承転結の起を説明すると、やっぱりこの子は自己紹介時に先生より先に黒板に「日向紗羅」と書いた。言うまでもなく、わがままボデーを持った超絶美少女(名付け母)だ。それが日向を名乗って、更に俺の妻だと言ったらもう、もうクラスの男子からの殺気や、実害や、直接攻撃ダイレクトアタックがハンパなかった。


「って三人? 三人もいんの? つかいつ調べたの? その情報は確か? 相手は? 学年、パジャマは?」


「あうっ、今までに見た事がないくらいの食いつきに少々戸惑っちゃいます」


もしかして先輩?後輩?同い年は…………ないかな、愛のせいでなんか同い年の女子の評判悪いし。


「逞しい妄想に浸ってるところ悪いが、彼女は一言も異性と言ってないぞ」


「……………な、な………な………」


今俺の頭に居たのはパジャマを着た女神達、それが背後からのハスキーな女性の声によって、マッスルでハッスルでムキムキな漢達の笑い声とパジャマの間からはちきれんばかりに自己主張する筋肉、なぜだ!なぜそんなサイズの小さいパジャマを着るんだぁ…………やめろ、寄るな、パジャマを冒涜するな!くそ、くそぉぉぉぉ―――


「おっ、と虐めすぎたな。妻には悪いが、これだから正太弄りはやめられん」


そんな言葉も今の俺には全く理解出来ない。肉体は活動してるから声は聞こえるが、脳がそれの意味を処理しない。


「正太郎様! 愛さんも、何度も言いますがあまり正太郎様に近づかないで下さい」


「全く、休憩の時間の度にこれだ。よき妻は、これくらい寛容でいるべきと思うのだが?」


「休憩の度に近づく愛さんがいけないんです。それに、正太郎様の視線も声も触れた感触も、全部全部私のです。誰かにそれ一つでも取られるなんて嫌なんです、絶対に嫌」


「ふむ、あまり聞いていて気持ちの良い発言じゃないな。正太はそれを望んだのか?」


「その正太も止めて下さい! あう………あうう嫌だ……………嫌だ、嫌だ…………」


「おい! 正太の妻」


冗談で気絶してる場合じゃねぇ!


再起動、紗羅ちゃんが頭を抱えて床に座り込んでいる。

周囲の目や、ざわつきに脅えるように体を震わせている。愛が声をかければかけるほどビクンと反応して余計に怖がっている。


もう体は勝手に動いていた。


紗羅ちゃんを抱き上げて、廊下へ向かう。


「お、おい正太」


「正太郎だ。愛、不安な転校生に言い過ぎはよくないな!」


ちょっと大きめの声で、周囲に聞かせる。


「んじゃ、後は頼んだ」


「ボクを悪者にするとは………貸しだからな」


周囲に聞こえないトーンで話す、そして階段、目指すは保健室だ。










保健室に入ると先生もいないようなので、黙ってベッドを借りてそこに紗羅ちゃんを寝かせた。眠ってしまったのか、気絶してしまったのか、紗羅ちゃんの意識はないようだ。


本当、どうしたんだよ。


「邪魔するぜ」


保健室の扉が開く、そして、嗄れた声が入ってきた。


俺はその人がこちらにくるより先に、ベッドの周りにあるカーテンから出て、その人を確認する。確認するまでもなかった。


俺の祖父だ。じいさんは着物に半纏といつもどおりの格好だ。


「早速来たか、昼休みと授業一つくらいは諦めるから、話を…………まずは場所をかえよう」


「応。全く、孫と世間話する時間もないとは」


好々爺、じいさんの中身はそれがピッタリな言葉だ。だが、外見はそうじゃない。老いによって多少鈍くなってしまったが、顔に刻まれたしわの中に見える精悍さ、時折見せる眼光の威圧感はやはり人の上に立つそれだ。


「ほら、あの子は私が見てるからとっとと行きな」


「うっせぇババァだな。孫とのんびり会話もさせらんないのかよ。紗羅は俺の大事なベイビーだからな。しっかり見てろよ」


「気持ち悪い事言うな。この学校の子は全て私の子供だ。言われんでもしっかりやるよ」


じいさんの後ろから登場したのはこの学校でとても、とてつもなく偉い人。


え?じいさんそれ理事長だよね?やめて、なんか心臓に悪い会話やめて、ただでさえ二年生への進級ギリギリだった俺のクビを簡単に落とせる相手なのに。


「ほら、行くぞ正太郎」


そう言ってじいさんは保健室を出て行ってしまう。









「紗羅の事、話すぜ」

ここはどこか?早々学生が入る事はない学校の中の部屋、理事長室さ。その中の向かい合うように設置されている応接用のソファーに座っている。


「どうぞ、坊ちゃん」


そう言って目の前の机にお茶を置いてくれるじいさんの秘書兼雑用兼お世話係兼その他色々の斎藤さん。年齢不詳の見目麗しい女性だ。


「あら、中々良い男になりましたね坊ちゃん、お菓子を追加します」


煎餅まで出てきた。やはり出来る女性は違う、気配りも、何もかも違う。凄い人だ。


「はい、坊ちゃんにはあんみつも追加です」


「…………おい、斎藤君よ。俺にも茶ぐらいくれてもいいんじゃねぇか?」


「あら、社長急須は目の前に置いたじゃないですか」


「湯呑みは!? じか飲みしろってか?」


「え?」


「なにさも当然って顔してる。全く、正太郎にはとことん甘いな君は」


「社長に言われたくありませんよ」


ちょっと悪ふざけが過ぎたな。紗羅ちゃんが心配だし、さっさと戻ってやんないと。


「んで、紗羅の話だったな」


ようやく真剣な表情になったじいさん。


紗羅ちゃん。急に家に来て、妻になると言って、一生懸命な子。俺はあの子が嫌いじゃない、むしろ好きだ。だけど、昔の彼女ならまだしも、今は全く知らない。


「正太郎、こっから興味本位じゃ聞いちゃなんねぇ。大事な話だ。覚悟はあるな?」


覚悟。正直色々急過ぎて覚悟なんてない。でも、あんなになってしまった紗羅ちゃんに何が起こってるのか知らなくちゃ、じゃなきゃ守る事も助ける事も出来ない。


「ああ、まだ浅い覚悟かもしれないけど放ってはおけないよ」


「そうか。なら聞けよ」










それから始まったのは酷い言葉達だった。


紗羅ちゃんが虐待を受けていた事、じいさんがそれに気付いたのは二年前って事。


紗羅ちゃんの家庭は両親との三人家族だった。父親は仕事で海外を飛び回り、一年に家はおろか日本にもいる時間は殆どなかった。


お母さんは再婚でやってきた継母らしく、紗羅ちゃんには酷く冷たかったそうだ。それがいつからか暴力に発展、気付けば軟禁のような状態になって。中学二年生の出席日数は五分の一にも満たなかった。


幼少から冷たい扱いを受け、コミュニケーション能力を高められなかった紗羅ちゃんは中学では友達と呼べる人はおらず、それゆえの不登校と見做され、誰も紗羅ちゃんを助けなかった。


そして、紗羅ちゃんの父親と親戚であったじいさんは、紗羅ちゃんの事をとても可愛がっていた。まぁ、じいさんは紗羅ちゃんの虐待に気付いてもやれずに何が可愛がってた、だよと自嘲していた。


ようやくじいさんが気付いた時には、紗羅ちゃんはただ継母のために家事をする奴隷のようで、心はかなり蝕まれてしまっていた。


怒った、それではすまない、激怒したじいさんは継母から紗羅ちゃんを取り上げ、紗羅ちゃんの父親を強制的に呼び戻し、父親をボコボコに殴って離婚させ、紗羅ちゃんを無理矢理引き取った。


そして、紗羅ちゃんは入院。心も体もボロボロの紗羅ちゃんをじいさんは必死で助けようとした。


そして、じいさん、ではなく斎藤さんが気付いたらしい。紗羅ちゃんが病院に入ってからいつも握っていた物に。


小さな石だったそうだ。小さなその辺に転がっている石。でも、大事な物だと判断した斎藤さんはそれがなんなのか懸命に聞いた。


そして、そこで俺の名前が出てきた。



俺が送った石を持って、必死に堪えてきたんだと、生きてきたんだと。


じいさんは言ったそうだ。病院から出られるくらい頑張れたら俺に会わせると。


そこからの紗羅ちゃんは凄かった。活力に満たされ、遅れきっていた勉強すら年齢以上まで学力を引き上げ、なくしていた対人能力も少しずつ回復し、あっという間に今の状態までになったそうだ。


それがじいさん、斎藤さんに聞かされた紗羅ちゃんの過去。










「…………あ………う…………」


「起きたか?」


「正太郎様? 私…………そっか、やってしまいましたね」


目を覚ました紗羅ちゃんは酷く落ち込んでいた。俺は優しく頭を撫でてやる。くすぐったそうに目を閉じる紗羅ちゃん。


俺は、日向正太郎は何をしてやれる?


「私、また一人になるんですか? また、あそこに戻るんですか? 嫌です、やっとしょう君に会えたのに、やっと私は―――」


俺は紗羅ちゃんのほっぺを親指と人差し指で摘む。これぞ必殺ピヨピヨの口だ。


「あんまりいらん事を考えるな。俺は、君が好きだよ。だから守ってやるよ。どんな恐い事からも、どんなに痛い事からも」


ピヨピヨを解くと、紗羅ちゃんのは更に落ち込んだ。


「聞いてしまったんですね私の事。いつか自分で話そうと思ってたのに、正太郎様に同情で一緒にいてほしくなんかないのに」


更にピヨピヨ。


「だぁぁぁぁ、上手く言えない。上手く言えないんだけど、同情とかそんなんじゃない。ほら!」


俺はズボンのポケットから石を出す。そう、小さな石だ。その辺に転がっている何の変哲もない石。


紗羅ちゃんは慌てて自分の胸元をまさぐる。急な精神攻撃に俺は慌てて目を背ける。少しシャツから覗く白い物が見えたぞ。


「あっ……………」


もう一度紗羅ちゃんを見ると紗羅ちゃんは泣いていた。


「それと呼び方、様付けやめろ。さっきの…………しょう君とかでも良いから」


「しょう君、こ、これ、あの」


早速呼び方変えたな。ちょっと微笑ましい。


俺は紗羅ちゃんが震えながら出してくる石に俺の石を合わせた。流石に完全にピッタリとはいかないが、石が二つ合わさって形を作る。


「嬉しい…………私嬉しいです…………こんな幸せな日がくるなんて………」


俺達の間で形を成すハート。なんだか無性に恥ずかしい。


「斎藤君! 証拠は!?」


「完璧です社長」


「よし、後は婚姻届だ!」


「既に印鑑が押されたのがここに」


「よし! 挙式日は!?」


「坊ちゃんの誕生日」


「くっそう! 待ってらんねぇ、政界に乗り込んで法を」


「いつまでやってんだこのバカジジイ!」


「可愛い孫達の結婚をだな…………」


頭痛い、本当、疲れるよ。


「しょう君、大好きです」


急に抱きしめられた。


好きだけど、恋愛感情かどうかわからない。曖昧だけど、この子が大切って事にはかわらない。


だから、上手く言えないけどこの子が幸せになれる場所を作ってあげたい、この子が俺以外を好きになるもいいし、とにかくこの妹みたいに放ってはおけないこの子を守ってやろう。父さんのように。

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