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パーティー追放と勇者

作者: ティアナ
掲載日:2026/10/31

「エヌ、おまえはこのパーティから出ていってくれ」


酒場のすみのテーブルで、勇者のアレクが言った。たき火のような赤い髪をした、大柄な青年だった。となりでは、魔法使いの女と、大盾の戦士が、気まずそうに目をそらしていた。


エヌ氏は、手にしていたペンを止めた。


「なぜだい」


「おまえは戦えない。魔法も使えない。荷物を運ぶのも、もうおれたちのほうが早い。毎晩、ろうそくの下でちまちま何か書いているだけじゃないか」


エヌ氏が書いていたのは、旅の記録だった。


その日どこを歩き、何と戦い、だれが何を言ったか。五年前にパーティに加わってから、一日もかかさずつけてきた。革の表紙の帳面は、もう十二冊になっていた。


「記録なんて、だれにでも書ける」とアレクは言った。「おれたちに必要なのは、魔王をたおす力だ」


エヌ氏は、何も言いかえさなかった。帳面をかばんにしまい、その夜のうちに宿を出た。


  *


ひとりになったエヌ氏は、港町の安い下宿に部屋を借りた。


金はなかった。剣も魔法も使えない男に、冒険者組合はろくな仕事をくれなかった。しかたなく、エヌ氏は手もとの帳面をもとに、旅の話を書いてみることにした。


五年間の旅だった。雪山でのなだれ。地下迷宮の毒の霧。竜の巣での三日三晩の戦い。書くことは、いくらでもあった。


エヌ氏は、正直に書いた。アレクの剣のすごさも、魔法使いの機転も、戦士の盾の重さも。そして、自分が後ろのほうで、荷物を背負ってふるえていたことも。


書きあがった原稿を、町の本屋に持っていった。


本屋の主人は、ぱらぱらとめくって、首をふった。


「おもしろい。おもしろいが、売れないね」


「なぜです」


「語り手が、荷物持ちだからさ。読む人は、荷物持ちの目から見た冒険なんか読みたくない。自分が勇者になった気分で読みたいんだよ」


  *


エヌ氏は、下宿にもどって、長いあいだ原稿を見つめていた。


それから、ペンをとり、一行目から書きなおしはじめた。


雪山でなだれを読みきったのは、勇者エヌということにした。地下迷宮で毒の霧の抜け道を見つけたのも、竜の巣で最後の一撃を放ったのも、勇者エヌということにした。


赤い髪の大柄な男も、話の中に残した。ただし、役を変えた。口ばかり達者で、戦いになるとすぐ逃げだす、ずるがしこい荷物持ちのアレク。第一章で、勇者エヌに見かぎられて、パーティを追いだされる男。


ペンは、おどろくほどすらすらと進んだ。


なにしろ、出来事はすべて本当にあったことなのだ。帳面には、なだれの音も、毒の霧のにおいも、竜のうろこの色も、こまかく書いてある。ちがうのは、だれがやったか、ということだけだった。


  *


本は、売れに売れた。


『勇者エヌの冒険』は、港町から王都へ、王都から国じゅうへと広まった。子どもたちは木の枝を剣にして勇者エヌごっこをし、ずるがしこいアレクの役は、いつもいちばん負けた子にまわってきた。


続編も書いた。帳面は、まだ何冊も残っていた。


そのころ、本物のアレクたちは、とうとう魔王をたおしていた。


だが、それを記録した者はいなかった。冒険者組合の係員が、報告書に三行だけ書きとめた。


『勇者アレクの一行、魔王を討伐。けが人二名。報酬支払いずみ』


報告書は、組合の倉庫の、たくさんの書類の山の中にまぎれた。


アレクたちは、しばらくのあいだ、酒場で英雄としてもてはやされた。しかし、何年かたつと、だれも話題にしなくなった。魔王をたおした話より、勇者エヌの話のほうが、ずっとくわしく、ずっとおもしろかったからだ。


アレクは、晩年、ある酒場で、こんなふうにぼやいていたという。


「おれが魔王をたおしたんだ。本当なんだ」


まわりの客は、笑った。


「わかったよ、勇者エヌさま」


  *


それから、三百年がたった。


王都の広場には、剣をかかげた勇者エヌの銅像が立っている。台座には、本の中の名ぜりふがきざまれている。


組合の倉庫は、二百年前の火事で焼けてしまった。


王立図書館の子ども向けの棚には、いまも『勇者エヌの冒険』が何十冊もならんでいる。


ある日の午後、ひとりの男の子が、その本を胸にかかえて、図書館の係員のところへやってきた。


「ねえ。勇者エヌって、本当にいたの」


「いたとも」と係員は言った。「本人が書いた、くわしい記録がたくさん残っているからね。こんなにこまかい冒険の記録は、ほかにないんだよ」


男の子は、ページをめくった。第一章の、追いだされる荷物持ちのところを指さした。


「じゃあ、このずるいアレクは?」


係員は、少し考えてから、肩をすくめた。


「さあ、どうだろうね。そっちは、何の記録も残っていないから」


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