パーティー追放と勇者
「エヌ、おまえはこのパーティから出ていってくれ」
酒場のすみのテーブルで、勇者のアレクが言った。たき火のような赤い髪をした、大柄な青年だった。となりでは、魔法使いの女と、大盾の戦士が、気まずそうに目をそらしていた。
エヌ氏は、手にしていたペンを止めた。
「なぜだい」
「おまえは戦えない。魔法も使えない。荷物を運ぶのも、もうおれたちのほうが早い。毎晩、ろうそくの下でちまちま何か書いているだけじゃないか」
エヌ氏が書いていたのは、旅の記録だった。
その日どこを歩き、何と戦い、だれが何を言ったか。五年前にパーティに加わってから、一日もかかさずつけてきた。革の表紙の帳面は、もう十二冊になっていた。
「記録なんて、だれにでも書ける」とアレクは言った。「おれたちに必要なのは、魔王をたおす力だ」
エヌ氏は、何も言いかえさなかった。帳面をかばんにしまい、その夜のうちに宿を出た。
*
ひとりになったエヌ氏は、港町の安い下宿に部屋を借りた。
金はなかった。剣も魔法も使えない男に、冒険者組合はろくな仕事をくれなかった。しかたなく、エヌ氏は手もとの帳面をもとに、旅の話を書いてみることにした。
五年間の旅だった。雪山でのなだれ。地下迷宮の毒の霧。竜の巣での三日三晩の戦い。書くことは、いくらでもあった。
エヌ氏は、正直に書いた。アレクの剣のすごさも、魔法使いの機転も、戦士の盾の重さも。そして、自分が後ろのほうで、荷物を背負ってふるえていたことも。
書きあがった原稿を、町の本屋に持っていった。
本屋の主人は、ぱらぱらとめくって、首をふった。
「おもしろい。おもしろいが、売れないね」
「なぜです」
「語り手が、荷物持ちだからさ。読む人は、荷物持ちの目から見た冒険なんか読みたくない。自分が勇者になった気分で読みたいんだよ」
*
エヌ氏は、下宿にもどって、長いあいだ原稿を見つめていた。
それから、ペンをとり、一行目から書きなおしはじめた。
雪山でなだれを読みきったのは、勇者エヌということにした。地下迷宮で毒の霧の抜け道を見つけたのも、竜の巣で最後の一撃を放ったのも、勇者エヌということにした。
赤い髪の大柄な男も、話の中に残した。ただし、役を変えた。口ばかり達者で、戦いになるとすぐ逃げだす、ずるがしこい荷物持ちのアレク。第一章で、勇者エヌに見かぎられて、パーティを追いだされる男。
ペンは、おどろくほどすらすらと進んだ。
なにしろ、出来事はすべて本当にあったことなのだ。帳面には、なだれの音も、毒の霧のにおいも、竜のうろこの色も、こまかく書いてある。ちがうのは、だれがやったか、ということだけだった。
*
本は、売れに売れた。
『勇者エヌの冒険』は、港町から王都へ、王都から国じゅうへと広まった。子どもたちは木の枝を剣にして勇者エヌごっこをし、ずるがしこいアレクの役は、いつもいちばん負けた子にまわってきた。
続編も書いた。帳面は、まだ何冊も残っていた。
そのころ、本物のアレクたちは、とうとう魔王をたおしていた。
だが、それを記録した者はいなかった。冒険者組合の係員が、報告書に三行だけ書きとめた。
『勇者アレクの一行、魔王を討伐。けが人二名。報酬支払いずみ』
報告書は、組合の倉庫の、たくさんの書類の山の中にまぎれた。
アレクたちは、しばらくのあいだ、酒場で英雄としてもてはやされた。しかし、何年かたつと、だれも話題にしなくなった。魔王をたおした話より、勇者エヌの話のほうが、ずっとくわしく、ずっとおもしろかったからだ。
アレクは、晩年、ある酒場で、こんなふうにぼやいていたという。
「おれが魔王をたおしたんだ。本当なんだ」
まわりの客は、笑った。
「わかったよ、勇者エヌさま」
*
それから、三百年がたった。
王都の広場には、剣をかかげた勇者エヌの銅像が立っている。台座には、本の中の名ぜりふがきざまれている。
組合の倉庫は、二百年前の火事で焼けてしまった。
王立図書館の子ども向けの棚には、いまも『勇者エヌの冒険』が何十冊もならんでいる。
ある日の午後、ひとりの男の子が、その本を胸にかかえて、図書館の係員のところへやってきた。
「ねえ。勇者エヌって、本当にいたの」
「いたとも」と係員は言った。「本人が書いた、くわしい記録がたくさん残っているからね。こんなにこまかい冒険の記録は、ほかにないんだよ」
男の子は、ページをめくった。第一章の、追いだされる荷物持ちのところを指さした。
「じゃあ、このずるいアレクは?」
係員は、少し考えてから、肩をすくめた。
「さあ、どうだろうね。そっちは、何の記録も残っていないから」




