ターフのカノジョ自伝 中原牧人・さな師匠編 ~ 当てる君の奇跡そして未来へ… ~
本命が飛んでも終わりではなかった。
人生も同じだ。
人は自分が思い描いた通りに未来が進まなければ失敗したと思う。
第一志望に届かなかった。計画していた仕事がなくなった。信じていた人と別れた。目標が消えた。
だから終わりだと。
けれど人生には不思議なことがある。
本命が飛んだあとにまだ馬券の中に残っている馬がいる。
自分では大したことがないと思っていた選択肢。
最初から期待していなかった未来。
思い描いたルートから外れた道。
そこに次の人生が残っていることがある。
私はそれを二十年前の有馬記念で知った。
2007年12月23日
今でも覚えている。
2007年12月23日。
有馬記念。
あの日、私たちの競馬同人サークル[さなの夢馬券:お座敷ちゃんねる]は、ひとつの岐路に立っていた。
残された財産は60万円。
外れたら解散。
冗談ではなかった。
サークルを続けるための余裕などなかった。
だから、その日の有馬記念が最後だった。
「外れたら終わり。夢だったということでいいよね?」
その言葉が今でも胸に残っている。
そして私たちは最後のサークル資金全額を馬券に使った。
選んだのは五頭。
三連単五頭BOX。
60点。
60万円。
あの日の私たちに残された、すべてだった。
◎は、メイショウサムソンだった。
それだけは、今でもはっきり覚えている。
○はポップロックだったのか。
それともロックドゥカンブだったのか。
二十年近く経った今では、記憶が曖昧になっている。
しかし、ひとつだけ忘れられないことがある。
本命が飛んだ。
◎も。
○も。
上位に置いた馬たちはことごとく馬券から消えていった。
四コーナーを回った瞬間だった。
さな師匠の表情が変わった。
「サムソン来ないじゃん!」
その声にはもう希望がなかった。
「もう終わり……」
後になって聞いた。
さな師匠自身が購入した馬券はメイショウサムソンを軸にした三連単マルチだったという。
サムソンが来なければ終わり。
自分の馬券も。
そしてサークルも。
レースは終わった。
マツリダゴッホがゴール板を通過する。
続いてダイワスカーレット。
そしてダイワメジャー。
その瞬間、さな師匠はテレビの電源を切った。
「腹立つ!」
「もう終わりじゃん」
終わった。
さな師匠は立ち上がった。
そして言った。
「コンビニ行こう」
私は何か声をかけなければならないと思った。
それでもどんな言葉をかけても軽く聞こえる気がした。
迷った末に、私は言った。
「もっかい始めるのはどうなん?」
その瞬間だった。
さな師匠が私をにらみつけた。
「あんた、バカにしてるの?」
一瞬、言葉が止まった。
「外れたら解散って言ったの、あたしだよ!」
そして続けた。
「これで解散しないなんて、詐欺まがいのこと出来ないじゃん!」
「解散するって言ったらしなきゃダメ」
そして最後にこう言った。
「あんたともこのコンビニが最後!」
今思い返してもあまりにもさな師匠らしい。
最後まで不機嫌なお姫様だった。
私たちはコンビニへ行った。
飲み物を買った。
そして部屋へ戻った。
サークルの最後の日。
そのはずだった。
部屋に戻るとパソコンが立ち上がったままだった。
当時使っていたYahoo!ジオログ。
さな師匠はパソコンの前に座った。
「最後の批判コメント見て最後にするから!」
どこまで不機嫌なのか。
私はもう相手にするまいと思った。
ソファーに腰を下ろした。
その時だった。
「どういうこと?!」
突然、さな師匠が大きな声を上げた。
「なに?」
私は振り返った。
画面にはコメントの通知。
16件。
新着コメントが並んでいた。
「神。おめでとう!」
「1000円ですごくいいのが取れました。これからもよろしくお願いいたします」
最初は何のことかわからなかった。
有馬記念は外れた。
サムソンは来なかった。
サークルは解散する。
そう思っていた。
だから、画面に並んだ言葉の意味が理解できなかった。
もう一度、結果を見る。
一着 3番マツリダゴッホ
二着 7番ダイワスカーレット
三着 4番ダイワメジャー
サークルの馬券は5頭ボックス。
60点。
さな師匠の個人の買った馬券とは違った。
その中に確かに残っていた。
来たのは本命ではなかった。
▲マツリダゴッホ。
△ダイワスカーレット。
☆ダイワメジャー。
上位評価の馬たちは飛んだ。
しかし、紐馬と予想していた三頭がすべて馬券の中に残っていた。
3→7→4。
800,880円。
終わったと思った。
テレビを消した。
コンビニへ行った。
「あんたともこのコンビニが最後!」
そう言った。
しかし。
終わっていなかった。
もし一点勝負だったら外れていた。
もし本命だけを信じていたら終わっていた。
もし5頭を選んでいなければサークルは解散していた。
あれは予想の勝利だったのか。
それとも偶然だったのか。
二十年近く経った今でも私にはわからない。
ただ、私たちはあの日からそれをこう呼んでいる。
「あてるくんの奇跡」と。
ただ受け継がれたのは「さな師匠のレジェンド馬券」今となってはなんでもいい。
そして私は今になって思う。
あの日の60万円は・・・・万円になったのだろうか。
違うのかもしれない。
あの60万円は。
サークルの未来を買った。
その後も活動は続いた。
時代が変わった。
インターネットが変わった。
ブログの時代があり。
動画の時代が来た。
そして、お座敷ちゃんねるが生まれた。
物語を書き始めた。
『ターフのカノジョ』が生まれた。
キャラクターが生まれた。
そして今。
私は一頭の馬と出会った。
ベコ。
ベコと出会って、まだ三ヶ月も経っていない。
それなのに彼女は私の人生の物差しを変えてしまった。
私は長い間、自分の人生を自分の物差しで測っていた。
会社員として働く。
趣味で競馬をする。
サークルを続ける。
それが自分の人生だった。
しかし、ベコと出会ってから。
人生に、もう一つの道が現れた。
復興。地方創生。競走馬のセカンドライフ。
馬と人が共に生きる未来。
会社員として生きる人生。
そしてもう一つ。
馬と共に未来を考える人生。
ベコが私の人生を二足のわらじに変えた。
そして、このエッセイを書いている時。
私はひとつの事実に気がついた。
2007年12月23日。
サークルを救った三頭のうちの一頭。
ダイワメジャー。
あの日。
私たちの未来を三着でつないだ馬。
そして今。
その血を引く孫娘と私は出会っている。
ベコ。
あの日、サークルを救った馬の血を引く存在が。
二十年近く経って。
今度は私自身の人生を動かしている。
これは偶然なのだろうか。
私にはわからない。
ただ。
人生には後になって初めて意味を持つ出来事がある。
その時にはただの三着だった。
ただの万馬券だった。
ただの偶然だった。
しかし二十年後。
その点と点が、突然つながる。
2027年。
あの日から二十年になる。
これを書くときっとさな師匠は怒る。
「また余計なこと書いてる!」
そう言うかもしれない。
それでもこれは事実の物語だ。
あの日。
本命は飛んだ。
終わったと思った。
テレビを消した。
最後のコンビニへ行った。
サークルは解散するはずだった。
しかし。
未来は、まだ馬券の中に残っていた。
▲△☆
本命ではなかった三頭が。
私たちを未来へ連れて行った。
本命が飛んでも終わりではなかった。
思い描いた通りの人生が消えても。
計画していた未来がなくなっても。
まだ、残っているものがあるかもしれない。
自分では下位評価にしていた未来。
考えもしなかった出会い。
突然現れたもう一つの人生。
私にとってそれがベコだった。
あの日の3→7→4 「あてるくんの奇跡」
人にとってはただの有馬記念だったのかもしれない。
そして数あるレースの中のただの1レース。
競馬を知らない人にとってはなおさらだ。
しかし今になって思う。
本当に「ただの1レース」なんてあるのだろうか。
私は今でも競馬の馬券を予想するプレーヤーの一人だ。
今日行われているレースも他人にとってはただの一レースかもしれない。
明日になれば新しいレースが始まり昨日のレースは過去になる。
しかしその1レース1レースの中には私たちが気づいていないだけで数え切れないほどの人生が詰まっている。
馬がいて騎手がいる。
調教師がいて厩務員がいる。
馬主がいて牧場がある。
そしてその馬を生まれる前から見守ってきた人たちがいる。
一頭の競走馬がスタートゲートに入るまでには何年もの時間がある。
その馬に人生をかけてきた人がいる。
夢を託した人がいる。
そして、その馬を家族のように見守ってきた人がいる。
以前の私にはそこまで見えていなかった。
私が見ていたのは、
オッズ・着順・配当・賞金・数字だった。
もちろんそれが競馬の楽しさでもある。
馬券が当たる喜び。
高配当を手にした興奮。
予想が的中した時の快感。
それを否定するつもりはない。
今でも私は競馬を予想する。
「あてるくんの奇跡」もまさにその世界の中で起きた。
サークルの最後の60万円が未来をつないだ。
私にとっては人生を変えた1レースだった。
しかしベコと出会ってから私はもう一つの競馬を知り始めた。
馬券を買う側ではなく馬を送り出す側。
夢を託し競走馬と共に生きる側。
もちろん私はまだその世界のすべてを知っているわけではない。
それでもベコと出会ったことで以前とは違う景色が見えるようになった。
一頭の馬が走る。
その背景には数字だけでは測れないものがある。
そこにはロマンがある。
人は生きていくためにお金を考える。
それは悪いことではない。
生活があり、仕事があり、現実がある。
競馬にも賞金があり馬券には配当がある。
数字は必要だ。
しかし数字だけで測ると見えなくなるものもある。
私は長い間、知らず知らずのうちに多くのものを数字で測っていたのかもしれない。
この馬はいくら稼いだ。
この馬券はいくら当たった。
この活動はいくらの価値がある。
そんなふうに。
しかしベコは違う物差しを私に渡した。
彼女は賞金だけでは測れない。
馬券の配当でも測れない。
経済的な数字だけではその存在を説明できない。
ベコと出会ったことで私は知った。
数字の外側にも人生がある。
一頭の馬との出会いが人間の人生を変えることがある。
一頭の馬が走ることで誰かの夢が続くことがある。
一つのレースが二十年後の未来につながることがある。
2007年12月23日。
あの日の有馬記念。
多くの人にとっては数ある有馬記念の一つだったかもしれない。
しかし私にとっては違った。
あの日の 3→7→4 その中に。
未来が残っていた。
そして今、私たちのサークルを救ったダイワメジャーの血を引くベコと私は出会っている。
もしあの日の有馬記念がなかったら。
5頭ボックスを買っていなかったら。
サークルが解散していたら。
今の私はここにいない。
そしてベコとも出会っていなかった。
そう考えると。
競馬の1レース1レースには誰にも見えない物語がある。
誰かにとってはただの1レース。
しかしそのレースが誰かの人生を変えているかもしれない。
私は今でも馬券を買うし予想もするだろう。
けれどもう以前と同じようには競馬を見ることができない。
オッズの向こう側に一頭の馬がいる。
賞金の向こう側に人の人生がある。
配当の向こう側に物語がある。
ベコが私にそれを教えてくれた。
だから私は思う。
ベコと出会えてよかった。
競走馬を数字だけで見る世界から。
その数字の向こう側にあるロマンを見る世界へ。
ベコは私を連れてきてくれた。
そして今。
私自身もその物語の中を歩いている。
誰にもわからない未来に向かって…




