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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第79話 魔王のケーキ屋さんに最適の人が見つかった件


 日曜の昼を少し回ったころ、店の中の空気は少しづつ落ち着いていった。


 開店から続いていた人の流れは引き、ショーケースの中にはもうほとんどケーキは残っていない。甘い匂いは変わらず濃いのに、声は少なくなり、なんとなく店内が広く感じる。先生とレイナが客の相手をし、副官さんが会計台の向こうで硬貨を整える音が乾いて響く。


 俺は厨房で容器を傾けた。


 底に残った生クリームは薄く、指先に触れる冷たさも頼りない。

 これでは何も作ることは出来ないだろう。


「……終わりですね」


 横で器具を洗っていた師匠が、手を止めずに答える。


「打ち止めやな」


 水の中で金属が触れ合う音が続く。


 小麦粉も卵も残りは少ない。だが、それらはなんとかなるのだ。


 容器の底を見ながら、自然と口が動く。


「生クリームが一番きついですね」


 言い切ると、胸の奥に重さが残る。


 師匠が短く返した。


「せやな」


 それ以上は言わない。理由も事情も、ここにいる連中は全員知っている。


 この交易都市には多くの品が集まってくる。小麦粉や卵なら店で使える高品質な物も存在する。だが、生クリームだけは難しい。品質というより鮮度管理の問題だ。一応、普通の収納スキル持ちが運んでくれているらしいのだが、普通の収納スキルは冷暗所レベルのため、どうしても劣化してしまう。いっそのこと自分で取りに行こうかとも思ったのだがそもそもの生産量が少ないのであまり意味が無いそうだ。


 うーん、何かいい方法がないだろうか?


 そんな事を考えていると。



 ふと、店の方からレイナの声が聞こえた。


「あれ……?」


 続けて、先生の声。


「山本さん? 高田さん?」


 その名前に、思わず顔を上げる。


 厨房からのぞくと、入口に立っていたのは見覚えのある二人だった。


 山本みなみと高田あかり。


 同じ異世界に召喚されたクラスメイトだ。


 顔を見た瞬間に分かる。向こうもこちらに気づいて、ぱっと表情を明るくした。


「先生だ」

「レイナもいる」


 先生が一歩前に出て、レイナも笑いながら近づく。


 俺は手を拭いてから厨房を出た。


「久しぶり、山本さん、高田さん」

「元気だった?」


「黒崎くんもいたんだ」

「ほんとに久しぶり」


 そのやり取りだけで、少しだけ肩の力が抜ける。


 だが同時に、頭の中では別のことが浮かんでいた。


 たしか山本さんは料理スキル持ちだったはず……

 同じ転移者で、話も通じる。同級生で人柄も分かっている。

 当然、ケーキのことも知っている。いや、日本でほとんどケーキを食べてこなかった俺よりずっと詳しいんじゃないだろうか?


 なんか都合よく条件が揃っているな。


 一瞬、頭の中でネギを背負ったカモの姿が見えたような気がする。


「……欲しい」


 気づけば口に出ていた。


「……黒崎くん?」


 先生の声がわずかに低くなる。


 振り向くと、笑っているのに妙に背筋が冷える。


 その横で、山本さんと高田さんが顔を見合わせる。


「懐かしいね、この感じ」

「うん、変わってない」


 先生の頬が赤くなる。


「な、何の話よ」


「先生、ケーキの話です」


 言い直すと、高田さんが吹き出して、山本さんも小さく笑った。


 そのとき、最後の客が残っていたケーキを手に取り、扉の音とともに店の中から人の気配が消える。


 これでショーケースは空っぽだ。


 副官さんが扉の札を裏返す。


「本日の営業は終了です」


 その言葉で、張り詰めていた空気がほどける。


 師匠が二人の方へ向く。


「せっかく来たんや。これ食べていき」


 試食用として残していたケーキを師匠が出してくれた。


 俺が皿を出し、師匠が手早く仕上げる。白に果物の色が乗り、皿の上で形が整う。


 二人は席についた。


 山本さんはひと口食べると、そのまま続けて口に運ぶ。味を追いながら、同時に作りも見ている顔だ。


「これ、すごいね」


 フォークを止めずに言う。


「軽いのに残るし、崩れてない。適当にやったらこうならないよね」


 師匠がわずかに目を細める。


「……すごいやん」


 俺も同じことを思っていた。


 一方で、高田さんは素直に頷いていた。


「おいしい。普通にすごい」

「こっちでこんな美味しいケーキ食べれると思わなかった」


「せやろ」


 師匠が軽く笑う。


 少し落ち着いたところで、先生が口を開く。


「それで、どうしてこの街に?」


 高田さんが答える。


「王都の仕事で動いてる途中で寄ったの」


 そこで言葉が切れる。


 王都で仕事?


「今は何やってるんだ?」


「えっとね。下着のブランド。相沢くんと一緒にやってる」


 一瞬、意味がそのまま入ってこない。


「……ブランド?」


「うん。アイデア出したり見本とか作るのは私で、売る方は相沢くん。王都いくつかお店やってる」


 そこでようやく形が見える。


 自分でデザインした物を大量生産していくつかの自分の店で売る。


 それってすごくない?


「スゴいことしてるんだな」


 自然に言葉が出る。


 レイナも横で目を丸くしている。


「普通に成功してるってことよね」

「そういうことになるわね」


 先生とレイナの反応も自然だった。


 高田さんは少しだけ肩をすくめる。


「まあ、それなりには」


 その横で、山本さんが続ける。


「私は料理かな。将来、自分の店をやるつもり」


「そうなのか」


 うーん。二人ともすごいな。しっかり前へと進んでいる。


「がんばってるんだな」


 山本さんが少しだけ照れたように笑った。


「高田さんほどじゃないけどね」

「方向が違うだけでしょ」


 二人の会話に、積み上げてきた時間がにじむ。


「相沢くんも一緒だよ」


 高田さんが言う。


「今は別で動いてるけど、あとで来ると思う」


「なるほど」


 元同室の顔が浮かぶ。


 やがて皿の上も空になり、店は片づけに入る。


「ごめんなさい。私たち外で待つね」


「かまへん。ちょっと片付けでバタバタするけど」


「うん。嫌じゃなかったらここで待ってなよ」

 

「ありがとうございます」 


 先生は帳簿を開き、レイナが食器を下げる。ガルドさんとダインさんが棚や箱を動かし、副官さんは台を拭く。俺と師匠は厨房に戻り、器具と食器を洗う。


 水に触れた指先の熱が、少しずつ引いていく。呼吸を整えると、胸の奥に残っていた重さもゆるやかにほどけていく。


 扉が叩かれる音がした。


 俺が開けると、そこに立っていたのは見慣れた顔だった。


「よお」


「相沢か」


 自然と口元が緩む。


「生きてたか」

「そっちこそ」


 短いやり取りだけで距離が戻る。


 中に入ってきた相沢が、空になったショーケースを見て軽く息をつく。


「ちょっと遅かったな」

「全部売り切れたんだ」


「だいたい毎回こんな感じだ」


 それ以上は言わない。


 俺は改めて山本さんを見る。


「山本さん」


「ん?」


「あのさ、ケーキ作りに興味ある?」


 山本さんは少し驚いた顔をして、それから空になった皿に目を落とした。


 すぐには答えない。


 けれど、その視線は止まらない。


「うーん。ないっていったらウソになるかな」


 けっこういい感じじゃないだろうか?


 そんな事を考えているとその考えを遮るように、師匠が手を打つ。


「よっしゃ、今日はみんなで飲もうや」


 その音が、営業を終えた店の中に静かに広がった。



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