第78話 魔王のケーキ屋さんの営業中に少し油断したら地獄が待っていた件
師匠が経営する魔王のケーキ屋さんの評判は嫌になるほど順調にこの交易都市に広まっている。
ご近所への配慮から週末三日間(金、土、日)だけの営業なのだが営業中はほとんど客足が途絶えることはない。
早朝から師匠と二人で可能な限りのスピードでケーキを作り続けるのだが師匠も俺も残念ながら手は二本しか無くどんなスキルがあってもこれ以上の量産は難しかった。
俺も師匠も何もしなかった訳じゃない。
何度も話し合って昼に売り切れたら一時店を閉めてまたケーキを作り夕方から再度オープンする案もあった。
だが、現在朝6時には店に出勤してそこから全力でケーキを作り10時からオープン。店が開店してからも師匠とケーキを作り続けてもだいたい13時か、遅くとも14時には売り切れる。
そこから店を再オープン出来るぐらいケーキを作れるのはだいたい16時、下手をすると17時を回るだろう。
この世界ではそんな時間にオープンするのは酒場関係ぐらいでいくら人気でもそんな時間にケーキを買いに来るとは思えない。また、ケーキという商品の特性上、残ったケーキを翌日販売するのも難しい。
では、もっと早くからケーキを作るかとも思ったがそもそも師匠は週末には早朝というよりほとんど深夜からケーキを作り始めている。
なんなら俺も店に泊まり込んで深夜から手伝おうと思ったのだが、労働環境に対して妙に意識の高い師匠にあっさりと断られた。……自分はへろへろになってもやってるんだが。
「ねえ、師匠」
今日も大盛況の中、師匠に話しかける。
「ん?なんや」
師匠がまったくこちらを見ずにケーキを作りながら答えてくれる。
「やっぱりせめてもう一人ケーキ作れる人を雇いませんか?」
俺も師匠の方を見ずにケーキを作りながら提案してみる。
「うーん。多少は広まったけどこっちではケーキなんかまだまだ未知の菓子やからなあ」
「こう、ケーキの概念いうんか、ケーキがどんなんかが分からんといくら料理が上手くても難しいやろ」
そうなのだ。そこが一番難しいところなのだ。
探せば経験やスキルで料理の上手い人は見つかるだろう。だが、その人はほぼ確実にケーキを作った事が無い人だ。
日本で料理人とケーキ職人が分けられていたように根本的な技術が違うのだ。もちろん共通する部分もあるので応用は効くと思うがケーキ自体を知らないとなかなか難しいだろう。
うーん。頭の中で悩んでいると背後から鋭い声が飛んできた。
「黒崎悠人」
店の統括マネージャーともいうべき副官さんが視線でショーケースを指す。
油断してる隙にショートケーキがほとんど無くなっている。
慌てて無限収納の中の在庫をスキルで補充するが慌てたせいで少しズレてしまった。
それを見た副官さんの目がごく僅かにほんの少しだけ鋭くなる。知らない人には分からないだろう、ごく僅かな変化だ。
でも、ずっと指導してもらっている俺にはその視線の変化の意味が痛いほど理解できた。
「あほ」
師匠に冷たく告げられた。
………今日の訓練はいつも以上に覚悟しなくてはいけないようだ。
ケーキが売り切れたら大抵俺は副官さんとの実戦形式の訓練を近所の人気のない空き地で行う。
すでに防具を付けることは許されず、普段着のままでの特訓だ。
なんというか常在戦場な副官さんらしい。
ビュッ!
耳元スレスレに打ち出された拳をなんとか躱しながら副官さんに話しかける。
「あの、副官、さんは、ケー、キを作っ、たり、は、しな、いんで、すか?」
次々と矢継ぎ早に打ち込まれる副官さんの打撃をなんとか躱す。
拳。
掌底。
流れるように左右で連撃される。
それをなんとか弾く。
「料理が出来ない訳ではありませんが」
その隙に拳を打ち込んだらあっさり躱された。
カウンターで喉元に貫手が向かってくるのをぎりぎりで躱す。
躱して体勢が崩れたところに顔面に向かって肘が打ち込まれる。
「ぐっ」
体勢が崩れて躱せないので額で受け止める。
「お店に出せるレベルでとなると」
伸びた胴にむかって膝が打ち込まれる。
情容赦なくみぞおちに。
「ーーーッ」
痛みでうめき声も出ない。
「難しいですね」
下がった頭に向かって追撃の膝!
それを腕でなんとかガードする。
ガードした腕の隙間から副官さんの脚がしなやかに振られるのが見えた。
ローキック。
一歩下がってそれを躱す。
「そう」
下がって距離が出来てしまったので頭に向かって副官さんの脚が飛んでくる。
さらに下がることで副官さんのハイキックをなんとか躱す。
「ですか」
一息つけるかと思ったがスルスルと副官さんが距離を詰める。
そこからまた副官さんの怒涛のラッシュが始まる。
必死に躱し受け、たまにやられる。
こちらも隙を見つけてなんとか反撃するが一度も当たらない。
副官さんが十度打撃を繰り出す間になんとか一度か二度反撃できれば良い方だ。
何度かめのハイキックを躱した時、副官さんが一気に距離を詰めてきた。
あっと思った時にはもう遅かった。
重心が崩れた俺の顎を副官さんが掴む。
そのまま天高く持ち上げられた俺はそのまま地面に後頭部から叩きつけられる。
あまりの衝撃と痛みで頭を抱えてうずくまる。
「そこまでだろう」
ずっと俺たちの訓練、というか俺がやられるのも見ていたダインさんが止めに入る。
「…まあ、いいでしょう」
ダインさんに止められた副官さんがすっと上げていた脚を下ろすのが視界の端で見えた。
………トドメ刺すつもりだったみたいだ。
ダインさんありがとう。あなたは命の恩人です。
俺はダインさんにおんぶしてもらいながら副官さんに話しかける。
「副官さんも人増やしたほうがいいと思いますか?」
少し情けないが仕方ない。後頭部を地面に強打したせいで手足がしびれて歩けないのだ。
最初の頃は投げられる事が多かったが慣れるにつれどんどん距離が縮まり今ではほとんどが打撃での攻防になる。少しは成長したんだろうか。
不安だったので完全鑑定で自分の事を鑑定したら[ダメージ:中][後遺障害の危険無]と出たので大丈夫だろう。…たぶん
「魔王さまが言われたように」
歩く副官さんをそっと見る。どう見ても細い。
「技術があり」
あの細い身体でどうやって片腕で俺を頭より上に持ち上げれるのだろう。
以前、聞いてみたら副官さんは体幹と重心、タイミングが合えば簡単だと教えてくれたが。
「ケーキの事を理解している」
うーん。俺も副官さんに鍛えられて筋肉も付いたし体重も十キロ近く増えたんだけど。
「そんな人材は難しいのではありませんか」
副官さんはそう結論づけた。消極的賛成って感じみたいだ。
「それに加えて」
俺をおんぶしてくれているダインさんが続ける。
俺と副官さんの訓練にはガルドさんかダインさんが付いて来てくれる。
毎回では無いけど俺が歩けなくなる事があるからだ。
ケーキが売り切れ、店を閉めると俺と副官さんは訓練に。師匠とレイナが片付けを。先生がその日の帳簿を付けてくれて、ガルドさんかダインさんが店回りの片付けや力仕事をしてくれる。そして、どちらかが必ず俺たちの訓練に付き添ってくれるのだ。
「ユウトのスキルや」
ダインさんが少し声をひそめる。
「魔王やその副官の秘密を護れる人物でなければならんだろう」
そういえばそっちの問題もあったか。
周囲の人たちは師匠が魔王と名乗っているのを一種の冗談だと捉えているが、二人は正真正銘、マジもんの魔王とその副官だ。
それが知られて騒ぎになるのはやはり困る。
魔王やその副官というのはとにかくイメージが悪い。当人たちは全然普通のいい人たちなんだがそれが肩書だけで誤解されてしまうのも寂しい話だ。
まあ、約一名がドSなのは間違いないことだが……
その日の夜
「どないや、ユウトの成長は?」
「……私との組手中に話す余裕があります」
「……ほう」
魔王が驚いたように目を見開く。いや、驚いたのだ。
「これなら訓練強度を上げても大丈夫でしょう」
「……ほどほどにしときや」
魔王はそっと心の中で愛弟子の無事を祈った。




