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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第75話 久しぶりの酒場はやっぱりすごかった件 勇者パーティからの愛の相談を添えて


 夕暮れの交易都市は、討伐帰りの五人を、どこか気の抜けた賑わいで迎えていた。


 昼の熱をわずかに残した石畳には、店じまいの荷車と、これから夜を楽しもうとする人々の足音が交じっている。屋台の炭火は赤く熾り、焼いた肉の脂が落ちるたびに小さな音を立て、その香りが風に乗って通りを流れていく。香草の匂い、煮込みの湯気、酒場から漏れる笑い声。夜の街には、昼間とは違う種類の活気があった。


 フォレストディア討伐は上首尾だった。


 三頭。依頼としては十分。素材の買い取りも悪くなく、受付嬢からは未確認ながらレア個体の情報まで聞けた。仕事としてきっちり形になった一日であり、だからこそ、その帰り道に酒場へ向かう流れは自然だった。


 ただ、五人のうち一人だけは、その自然な流れの先に何が待っているのかを理解していない。


 ユウトである。


 機嫌はよかった。久しぶりの討伐依頼を、きちんと五人でこなし、きちんと報酬を得て帰ってくる。その感覚は、ケーキ屋での仕事とはまた違う満足感を伴っていた。剣の重みも、森の匂いも、討伐後の疲労も、やはり自分たちの一部なのだと改めて思わされる一日だったからだ。


 そんなユウトの横で、レイナは通りの反応を見て、早くも口元を押さえた。


 前方から歩いてきた男が、こちらを見て足を止める。


「おっ」


「久しぶりに見れるのか?」


 別の場所からも声が飛んだ。


「みんなに知らせなきゃ」


 ユウトは首を傾げた。


「?」


 その純粋な反応が、余計に周囲を面白がらせる。レイナが肩を揺らしながら言った。


「久しぶりだから」


「すごい事になるかもしれませんね」


 マリナがすぐに反応する。


「す、すごい事って何よ」


 レイナはにやりと笑った。


「先生、わかってるくせに」


 マリナはむきになったように言い返す。


「わ、わかってないわよ!」


 その横で、ガルドが前を向いたまま低く言った。


「まあいい」


「今日は覚悟した」


 ダインも短く続ける。


「諦めも必要だ」


 ユウトだけが、まだ何も分かっていない。


 それでも、分からないまま歩いていけば、やがて答えにはたどり着く。いつもの酒場が見えてくる頃には、通りの空気も少しずつ夜向きに変わっていた。扉の外まで漏れてくるざわめきと灯りは、いかにもこの店らしい。


 ユウトが先頭で扉を押す。


 きしんだ木の音とともに、暖かな空気が一気に流れ出した。酒と料理の匂い、木の卓を叩く音、笑い声。外の涼しさとは別世界のような熱気が、中には満ちている。


「おっ」


「久しぶりだな」


 入った瞬間、何人もの常連がこちらを振り向いた。


「先生いるぞ!」


「今日は見られるのか?」


 その声には、親しさと期待と、そして少しの野次馬根性が混ざっている。


 レイナが小さくため息をつく。


「やっぱりこうなりますよね」


 マリナはこめかみを押さえた。


「……本当に広がってるのね」


 ガルドは慣れた様子で空いた卓へ向かい、ダインも当然のようについていく。ユウトはきょろりと周囲を見回した。


「……?」


「何の話です?」


 レイナが即答する。


「そのうち分かります」


 その答えの投げやりさにも、ユウトはとくに疑問を持たない。五人が席につくと、店主がすぐに近づいてきた。


「今日はずいぶん機嫌がいいな」


 ガルドが答える。


「討伐帰りだ」


「フォレストディアを三頭」


 店主が感心したように眉を上げた。


「そりゃ景気がいい」


 ユウトは素直に笑う。


「久しぶりの討伐でしたけど、ちゃんと動けました」


 ダインが頷く。


「うむ」


 ガルドも短く言う。


「悪くなかった」


 レイナが胸を張る。


「水魔法もちゃんと仕事しましたからね」


 マリナも穏やかに頷いた。


「連携も悪くなかったわ」


 そうして、まずは普通に食事が始まった。


 焼いた肉、豆の煮込み、香草の利いたスープ、固めのパン。酒場の料理は飾り気はないが、仕事帰りの身体にはよく染みる。肉を噛めば塩気と脂の旨味が広がり、温かなスープが喉を通ると、森の中で張っていた神経がゆっくりほどけていくのが分かる。


 会話も最初は普通だった。


 久しぶりの討伐の感触。ケーキ屋の仕事との違い。森の空気。副官の訓練と実戦の違い。話題は穏やかに行き来し、五人の空気はよく馴染んでいた。


 その時だった。


 レイナが、店の奥を見て「あ」と小さく声を漏らした。


 マリナも同じ方向へ視線を向ける。


 酒場の一番奥寄りの卓。そこだけ空気が妙だった。


 天城隼人と神崎剣也が向かい合って座っている。距離は近い。だが視線は噛み合わない。何か話しそうで話さない、避けたいのに避けきれないような、居心地の悪い沈黙がそこにあった。


 そして、その卓から少し離れた位置では、高橋蒼真と白石美咲が小声で何かを相談している。


 レイナの目が細くなる。


「……ああ」


 マリナも、だいたいを察したらしい。


「なるほど……」


 高橋と白石がこちらに気づく。


 互いに顔を見合わせ、意を決したように立ち上がった。そして勇者と剣聖から少し距離を取ったまま、こちらの卓へやってくる。


 高橋が、二人のいる奥の方をちらりと見てから、声をひそめて言った。


「橘先生と桐谷にも相談に乗ってほしいんだよ」


 白石が真顔で続ける。


「酒場では黒崎くんは役立たずみたいですし」


 ――その時点では、まだその台詞は成立していない。


 なぜならユウトは、まだただのユウトだったからだ。


 ちょうどその瞬間、店主が酒瓶を卓上に置いた。


 木の卓に当たる、こつんという音。


 透明な酒が、とく、とく、と杯へ注がれていく。


 レイナが眉をひそめる。


「やめてください」


 店主は胸を張る。


「仕事帰りだろ」


「店からの祝いだ」


 ガルドが小さく息を吐く。


「始まるな」


 ダインが短く言った。


「止めても無駄だ」


 マリナが言う。


「黒崎くん」


 ユウトが顔を上げる。


「はい?」


「一口だけよ」


 レイナが即座に言う。


「それがダメなんです」


 ユウトは苦笑する。


「そんなにですか?」


 常連たちが、あからさまではない程度にこちらを気にしているのが分かる。見ていないふりをしているが、耳は完全にこちらへ向いていた。


 ユウトは肩をすくめる。


「じゃあ一口だけ」


 そう言って、酒を口に運ぶ。


 一口。


 それだけだった。


 ほんのわずかな沈黙のあと、ユウトはゆっくりと顔を上げた。


 目が少し潤んでいる。


 表情が、すでにいつものそれではない。


 そして次の瞬間には、当然のようにマリナへ抱きついていた。


「先生、いい匂いがします」


 マリナの肩がびくっと揺れる。


「く、黒崎くん……!」


 そこでようやく、高橋と白石の視線が、完全に「相談相手失格」を確認した。


 高橋が白石に小声で言う。


「やっぱり役立たないじゃないか」


 白石が真顔で頷く。


「役立ちません」


 マリナは困りきった顔で、しかしどこか庇うように言った。


「べ、別に役立たずって訳じゃないのよ」


「時と場合とタイミングと運が良ければたまに役に立つこともあるし」


 レイナが間髪を入れずに突っ込む。


「先生、それほぼ役立たずです」


 ユウトはまったく気にしていない。


 マリナに顔を押しつけたまま、うっとりした声で言う。


「先生、愛してます」


 高橋と白石が一瞬、そろって言葉を失う。


 それから高橋が、小声で、それでも真面目に相談を続けた。


「……いや、別に天城と神崎が好きあってるならそれはそれでいいんだよ、僕らは」


 白石が静かに頷く。


「ご時世ですし応援もします」


 高橋は困った顔のまま続ける。


「それなのに二人とも否定したり照れあったりで」


「僕らも応援したらいいのか?」


 白石も言う。


「応援しない方がいいのか?」


「分からないんです」


 相談の内容は、存外真面目だった。


 だからこそ、マリナも抱きつかれたままで真剣に考える。


「う、うーん、それはやっぱり自分の気持ちをまず素直に受け入れなきゃいけないと思うの」


 レイナが呆れ半分に言った。


「先生真面目に答えてますがユウトくん抱きつきっぱなしですよ」


 ユウトは幸せそうに言う。


「先生、気持ちいいです」


 マリナは半ば本気で、半ば諦めて言う。


「大丈夫、ちょっとうるさいけど噛みついたりしないから」


 レイナが思わず聞き返す。


「動物扱い?」


 高橋は、勇者と剣聖のいる奥の卓を見た。


「でも、否定したがってるようにも見えるので」


 白石も同じ方向を見ながら続ける。


「それを私たちが受け入れさすのもなんだかかわいそうな感じがして」


 一同、そろって悩んだ。


 酒場の喧騒は相変わらず賑やかなのに、この卓の周りだけ妙に真剣で、しかしその中心ではユウトがマリナに抱きついている。そのちぐはぐさが、かえって場の空気を濃くしていた。


 その空気をぶち壊したのは、やはりユウトだった。


 いきなり立ち上がる。


 もちろん、マリナに抱きついたまま。


 マリナが慌てる。


「く、黒崎くん、ちょっと手がズレてるから」


「ちょっと触っちゃダメなとこ触ってるから」


 少し抵抗するが、ユウトは気にしない。酔って力加減が雑になっているわけではない。むしろ安定しているのが厄介だった。


 レイナが妙に感心したように言う。


「ユウトくん修行して力が強くなったから先生を軽々持ち上げるなぁ」


「先生もダイエットがんばってるし」


 ガルドが腕を組んだまま言う。


「前より安定してるな」


 ダインも短く言った。


「うむ」


 そのままユウトは、勇者と剣聖のいる奥の卓まで一直線に歩いていった。


 酒場の何人かが、もう手を止めて見ている。


 止める者はいない。止めても無駄だと知っているからだ。


 ユウトは酔っている。


 そして、いつも以上に真剣だった。


 卓の前に立つ。


 天城と神崎が同時に顔を上げる。


「橘先生、黒崎」


 神崎が慌てて言う。


「た、橘先生大丈夫ですか?」


「そ、その大変、破廉恥なことになってますが」


 マリナは顔を真っ赤にしたまま、それでも何とか言葉を返す。


「ええ、黒崎くんちょっと酔ってるけど全然私は大丈夫、大丈夫だから」


 レイナが後ろからさらりと言う。


「だいたいいつも通りですもんね」


 天城と神崎が同時に反応する。


「い、いつも通り?」


 その直後、ユウトがびしっと天城を指差した。


 店内の空気がぴんと張る。


「天城、大丈夫だ!愛は決して傷つかない!愛は消えたりしない!」


 天城の喉がひくりと動いた。


「黒崎…」


 今度は神崎をびしっと指差す。


「神崎、愛に生きろ!愛が欲しければ愛するんだ!」


 神崎も固まる。


「黒崎……」


 静かになる。


 さっきまで笑っていた常連たちも、今はただ見守っていた。面白い。だが同時に、ここから先は誰にも予測がつかない。


 天城と神崎が、しばらくじっと見つめ合う。


 互いに目を逸らしたいのに逸らせないような、不器用な沈黙が流れた。


 やがて天城が、意を決したように口を開く。


「神崎、じ、実は俺前からお前のことが……」


 神崎が叫ぶ。


「言うな!」


 天城がびくっとして俯く。


 その次の瞬間だった。


 神崎が、ぐいと天城を抱きしめた。


 卓の周囲の空気が、一度完全に止まる。


 そして神崎が、大声で言い切った。


「俺はお前を愛している!」


 次の瞬間、酒場が爆発した。


「すげぇ!」


「真の勇者と愛の剣聖だ!」


 卓を叩く音、笑い声、口笛。常連たちが一気に沸き立つ。


 店主が腕を組んで、真顔で唸った。


「うーむ、看板に真実の愛見つかりますと書いとくか」


 少し離れた席では、休日で飲みに来ていた魔王と副官が、その一部始終を見ていた。


 魔王は呆れと苦笑の混じった顔で言う。


「なにをやっとるんや、あいつは」


 副官は少しだけ目を潤ませていた。


「真実の愛の勝利です」


 魔王は肩をすくめる。


「まあ弟子に格下げしとったけど、真実の愛に免じて愛弟子に再昇格やな」


 そう言うと、二人は大人らしく、騒ぎの熱が頂点に達したところでこっそり席を立った。


 酒場の騒動が落ち着いた頃には、夜もだいぶ更けていた。


 ユウトたちと勇者パーティは、それぞれ帰ることになる。


 ユウトは当然のように、まだマリナにがっちり抱きついたままだ。


「先生、大好きです。誰よりも愛してます」


 マリナは疲れたように、しかしどこか柔らかく答えた。


「はいはい、分かってるわ」


 その横を、手をつないで歩く天城と神崎が歩く。


 その少し後ろを、高橋と白石が何とも言えない顔でついていく。


 レイナが後ろ姿に声をかけた。


「そういえばそっちは大丈夫なの?」


「魔王討伐とか言われてたけど」


 高橋が苦笑する。


「国王と宮廷魔導師には言われるけど他からはそれほど言われないから」


 白石も続けた。


「私たち魔王どころか魔王の副官にぼこぼこにされてますし」


 高橋が肩をすくめる。


「国王や宮廷魔導師には魔王討伐に向けて修行中とか言って誤魔化してる」


 白石が言う。


「国王陛下や王国の方々もまさか本物の魔王がケーキ屋さんしてるなんて信じないでしょうし」


 レイナが笑った。


「そりゃそうだよね」


 皆で笑う。


 その空気が少しだけ柔らかくなったところで、レイナは真面目な顔になった。


「元クラスメイトとしての忠告」


「魔王さんと副官さんに挑むのはマジでやめといた方がいいよ」


「二人とも大人だし優しいけど、一線越えたら……」


 高橋は素直に頷く。


「ああ、忠告ありがとう」


「僕たちじゃ勝てる訳ないから挑んだりしないよ」


 白石も安堵したように言う。


「あの二人もようやく自分の気持ちを受け入れて幸せになったことですし」


 その視線の先では、先ほどまで手をつないでいた天城と神崎が、今度は自然に腕を組んで歩いている。


 高橋と白石は、その光景を複雑そうに、それでもどこかすっきりした顔で見ていた。


 やがて道が分かれる。


 高橋と白石が立ち止まった。


「それじゃ今日はありがとう」


「先生にもよろしくお願いしますね」


 そう言って、勇者パーティは宿の方へ向かっていく。


 ユウトたちも借家の方へ歩き出した。


 夜風は少し冷たかったが、酒場帰りの身体にはちょうどいい。


 ユウトは相変わらず幸せそうだった。


「先生、先生は最高です」


 マリナは、少しだけ視線を下げた。


 それから、抱きつかれたまま、ぼそりと呟く。


「黒崎くん」


「さっきからずっと触っちゃダメなとこ触ってるけどほんとに酔ってる?」


 ユウトはマリナに抱きついたまま、きょとんとしたように小さく首を傾げた。


「??」


 その横で、レイナがついに吹き出した。


 夜の交易都市に、軽やかな笑い声がしばらく響いていた。

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