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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第73話 やっぱり副官さんもすごかった件


森の空気が静かに張り詰めていた。


魔王が「ちょっとだけやで」と言ってから、ほんの一瞬だけ沈黙が落ちる。

風が枝葉を揺らし、乾いた葉がわずかに擦れる音だけが森の奥から聞こえていた。


次の瞬間だった。


空気が、わずかに揺れた。


本当に一瞬の出来事だった。


落ち葉がふっと舞い上がり、地面の砂がわずかに跳ねる。


それだけだった。


そして――静寂が戻る。


魔王と副官は、互いに数歩離れた場所に立っていた。


何も変わっていないように見える。


だが違う。


何かが起きたことだけは、その場にいる全員が理解していた。


ガルドが小さく息を吐く。


「……今」


腕を組んだまま魔王を見る。


「やったな」


ダインも低く言った。


「うむ」


レイナはきょとんとしている。


「え?」


「終わり?」


魔王は肩を回しながら苦笑した。


「ほらな」


「言うたやろ」


「危ないんや」


副官は静かに立っていた。


呼吸も乱れていない。


まるで最初からそこに立っていたかのように落ち着いている。


レイナが不満そうに言う。


「全然分からなかったんですけど」


魔王は肩をすくめた。


「そらそうや」


副官も淡々と言った。


「私のスキルは転移ですから」


その一言で、ユウトは納得する。


転移。


つまり――見えなくて当たり前なのだ。


副官が一歩前へ出る。


静かな声で言った。


「では」


少しだけ視線を魔王へ向ける。


「私の戦闘方法を説明します」


そして地面の一箇所を指す。


「魔王さま」


「そこに立って下さい」


魔王は一瞬だけ嫌そうな顔をした。


「ちょい待て」


すぐにユウトの方を見る。


「ユウト」


「はい」


「防具貸してくれ」


ユウトは頷き、無限収納を開いた。


訓練用の革防具を取り出す。


副官との修行で使っているものだ。


魔王はそれを受け取りながら、ぶつぶつと文句を言った。


「だからいややいうたのに」


「ほんまにもう」


言いながらも、防具はきちんと装着する。


胸当てを締め、肩当てを固定する。


そして副官を見る。


副官は、にやりと笑っていた。


その表情を見た瞬間、魔王の顔が引きつる。


「あれはやんなよ!」


副官は静かに首を傾げた。


「さて」


少し間を置く。


「魔王さま」


「怖いおばちゃんとは誰の事です?」


魔王は思わず叫んだ。


「まだ根に持っとったんかい!」


すぐにユウトを見る。


「ユウト助けて」


ユウトは即答した。


「無理です。すいません、師匠」


横からマリナが言う。


「おばちゃんはひどいよね」


魔王は肩を落とした。


「先生まで……」


副官は足元を見る。


そして地面に落ちていた一本の枝を拾った。


細く、どこにでもある枝だった。


副官はそれを軽く振る。


そして――


姿が消えた。



副官の姿が消えた。


本当に、一瞬だった。


目の前にいたはずの人影が、ふっと空気の中に溶けるように消える。


その次の瞬間。


「痛っ!」


乾いた音と共に、魔王の声が森に響いた。


ぱしん、と軽い打撃音が遅れて耳に届く。


ユウトたちは一斉に振り向いた。


副官は魔王の背後に立っていた。


手に持った枝を、振り下ろしたところだった。


魔王が肩を押さえる。


「ちょ、待っ――」


言い終わる前に、副官の姿がまた消える。


そして次の瞬間。


ぱしん。


今度は反対側から枝が振られた。


「痛い!」


魔王が声を上げる。


しかし副官はもうそこにはいない。


また消える。


次は正面。


ぱしん。


「ごめん!」


魔王が思わず叫ぶ。


だが副官は、もう背後に回っている。


ぱしん。


「悪かった!」


さらに消える。


次は横。


ぱしん。


「もう言わん!」


また消える。


背後。


ぱしん。


「許して〜!」


森の中に乾いた音が連続して響く。


その光景を、ユウトたちは呆然と見ていた。


いや――


正確には、見えていない。


枝が振られる瞬間だけは分かる。


だが副官がどこから現れたのか、その移動はまったく見えない。


ガルドが腕を組んだまま小さく呟いた。


「……速いな」


ダインは首を横に振る。


「いや」


「速いんじゃない」


短く言う。


「消えてる」


つまり、移動しているのではない。


副官は消え、別の場所に現れる。


それを繰り返しているだけだ。


だが、その「だけ」が異常だった。


魔王は枝で叩かれながら必死に身をよじる。


だが避けられない。


副官がどこに現れるのか分からないのだ。


ぱしん。


また一撃が入る。


魔王が肩を押さえてうずくまる。


「痛い痛い痛い!」


そこで、副官は動きを止めた。


すっと姿勢を戻し、元の場所に立つ。


まるで最初からそこにいたかのように。


副官は枝を軽く振りながら言った。


「まあ」


少し肩をすくめる。


「こんな感じと」


魔王はその場にしゃがみ込み、肩をさすっていた。


「あいたたた……」


ユウトが慌てて近づく。


「師匠、大丈夫ですか?」


魔王は恨めしそうな顔でユウトを見る。


「ユウト」


「お前師匠を見捨てたな」


ユウトは苦笑するしかない。


魔王は続けた。


「愛弟子から」


少し間を置いて言う。


「ただの弟子に格下げや」


レイナが横で吹き出しそうになっていた。


副官は何事もなかったかのように枝を地面に放り投げる。


そして近くの大木へ歩いていった。


「後は」


静かに言う。


「こんな事も出来ますね」


副官が木の幹に手を触れた。


その瞬間だった。


木の一部が、ふっと消えた。


いや――違う。


よく見ると、その部分が後ろへ移動している。


ガルドが感心したように言った。


「魔王さんのと似てるな」


魔王は肩を回しながら言う。


「斧でもノコギリでも木は切れるやろ」


マリナが少し考えてから言った。


「結果や事象は同じでも」


「やり方が違うって事ですか?」


魔王は頷いた。


「そんな感じや」



レイナが思い出したように副官を見る。


「前にパッと行ってパッと戻るって聞きましたけど、どこからでも大丈夫なんですか?」


副官は落ち着いた様子で答えた。


「見えている範囲と、自分がよく知る場所なら可能ですね」


ユウトは思わず周囲を見回した。


今いるのは森の中の小さな空き地だ。視界に入る範囲は限られているが、それでもその範囲なら一瞬で移動できるということになる。


ガルドが腕を組んだまま低く言う。


「便利だな」


ダインも短く頷いた。


「うむ」


マリナが副官へ尋ねる。


「じゃあ、私たちの拠点なんかは?」


副官はわずかに首を傾けた。


「一度しか行っていないので、不可能ではありませんが、かなりズレるでしょうね」


レイナが肩を落とす。


「そっかあ、残念」


マリナが不思議そうに聞き返した。


「残念?」


レイナは少し照れたように笑った。


「世界旅行出来るかなぁって」


副官は少し考え、それから言う。


「魔王庁ぐらいなら行ってみますか?」


「たぶん、お二人ぐらいなら可能ですよ」


レイナの顔がぱっと明るくなる。


「やった!」


しかしマリナは少し不安そうだった。


「あの……たぶんって?」


副官は落ち着いた声で説明する。


「重量制限があります」


「私が持てる重量までですから」


そして続けた。


「だいたい100キロくらいですね」


一瞬、沈黙が落ちた。


マリナとレイナが、ゆっくりとお互いを見る。


マリナが慎重に聞く。


「えっと……その、だいたいって」


少し言いにくそうに続ける。


「上振れですか? 下振れですか?」


副官は迷いなく答えた。


「上振れですが」


そして静かに付け加える。


「ただし、あまりオーバーするとその分ズレますよ」


マリナとレイナは、もう一度お互いの顔を見る。


そして同時に言った。


「ちょっと」


「ちょっとだけダイエットします」


そのやり取りを見ながら、ユウトはふと思い出したように口を開いた。


「師匠」


魔王が振り向く。


「ん?」


「さっき言ってた、あれって?」


ユウトの言葉に、魔王は少しだけ嫌そうな顔をした。


「ああ……」


頭を掻く。


「前な」


「怒らせてもうてな」


少し間を置いて続ける。


「空中に転移された」


その言葉に、ガルドが目を見開いた。


「それは……」


ダインが低く言う。


「よく生きてたな」


魔王は苦笑した。


「いや、死ぬか思った」


副官は平然と言う。


「魔王さまなら死なないと信じてましたから」


魔王はすぐに言い返した。


「アホ」


そして腕を組む。


「魔王やからってなんでも出来る訳ちゃうぞ」


レイナがくすっと笑う。


マリナも少し肩をすくめた。


その時だった。


マリナがふと何かを思い出したように魔王を見る。


「あっ、そうだ」


「魔王さん」


魔王が首を傾げる。


「ん?」


「スキルレベルって知ってますか?」


その言葉に、ガルドとダインが同時に反応した。


「スキルレベル?」


魔王は少し意外そうな顔をした。


「先生よう知ってるなあ」


それから、すぐに何かに気づいたように頷く。


「ああ」


「ユウトの完全鑑定か」


マリナは小さく頷いた。


魔王は少し考えるように顎をさすった。


「スキルちゅうのはな」


静かに言う。


「筋肉や技術みたいなもんや」


「使えば使うほど伸びる」


ユウトは思わず自分の手を見る。


確かに、ここ最近は毎日のようにスキルを使っている。


ケーキ屋での作業。


戦闘。


修行。


そのすべてで無限収納を使ってきた。


魔王は続ける。


「えっとな」


少しユウトを見る。


「今のユウトが」


「だいたい20ちょいやな」


ユウトは少し驚いた顔をした。


それほど高い実感はなかったからだ。


その様子を見て、魔王は少し笑う。


それからガルドとダインの方を見る。


「ふむ」


そして少し申し訳なさそうに言った。


「すまんけど」


「ちょい見せてもらうで」


ガルドとダインは顔を見合わせたが、特に拒む様子はなかった。


魔王は二人を軽く見る。


そして言った。


「お二人さんで」


「だいたい30ってとこか」


ガルドが眉を上げる。


「ほう」


ダインも短く言う。


「高いのか?」


魔王は頷いた。


「高い方や」


そしてユウトを見る。


「ユウト」


「えらい伸びとるな」


ユウトは少し照れたように言う。


「たぶん」


「先生のスキルの影響だと」


その言葉に、魔王が興味深そうにマリナを見る。


「ふーん」


「珍しいスキルやな」


「初めて聞くわ」


マリナは少し驚いたように目を瞬かせた。


「私の、ですか?」


魔王は軽く頷く。


「せや」


それから肩をすくめた。


「出来るだけ一緒におった方がええな」


少し笑う。


「まあ、言われんでもおるけど」


その言葉に、マリナの頬がほんのり赤くなる。


レイナがすぐ横でにやりと笑った。


「先生、照れてますね」


「照れてないわよ」


マリナはそう言いながらも、少し視線を逸らした。


そのやり取りを見ながら、レイナがふと魔王へ尋ねる。


「ねえ」


「カンストってあるんですか?」


魔王は少し考えるように顎に手を当てた。


「無いやろ」


あっさりと言う。


「見たこと無いし」


それから肩をすくめた。


「ってか、その前に寿命が保たんやろな」


レイナが小さく息を吐く。


「そっか」


確かに、いくらスキルが伸びるとしても、人間の寿命には限界がある。


ユウトはその話を聞きながら、ふと疑問が浮かんだ。


そして魔王を見る。


「あの」


「師匠は?」


その場の空気が一瞬だけ止まる。


レイナが振り向き、マリナも魔王を見る。


ガルドとダインも静かに視線を向けていた。


魔王は少しだけ考えるように空を見上げた。


それから、何でもないことのように言った。


「ん?」


「だいたい五百くらいやな」


その言葉に――


全員が固まった。


森の中に沈黙が落ちる。


レイナがぽつりと呟く。


「……え?」


マリナも言葉を失っている。


ガルドは腕を組んだまま黙り込み、ダインも静かに魔王を見ていた。


ユウトはしばらく言葉が出なかった。


そして、ようやく口を開く。


「……五百?」


魔王は軽く肩をすくめた。


「そんなもんや」


まるで大したことではないかのような口調だった。


だが周囲の反応は、まったく違った。


レイナが思わず声を上げる。


「いやいやいや!」


「おかしいでしょそれ!」


魔王は苦笑する。


「そう言われてもな」


それからふと思い出したように言った。


「あっ」


「そうや」


そして、ガルドとダイン、ユウトを見る。


「お前ら来い」


三人は顔を見合わせた。


魔王は少し離れた場所へ歩いていく。


仕方なく三人もついていった。


そこから少し離れた場所で、四人は自然と円陣のような形になる。


魔王が小声で言った。


「ユウト」


「お前まだ気づいて無いみたいやけど」


ユウトは首を傾げる。


「何をですか?」


魔王は少し顔を近づける。


「スキルで悪さすんなよ」


ユウトは目を瞬かせた。


「悪さ?」


魔王はさらに声を潜める。


「完全鑑定で」


「スリーサイズでもなんでも見放題やし」


そして続けた。


「無限収納の射程伸びたら」


さらに小声になる。


「先生のパンツでもなんでも取り放題や」


ユウトは一瞬固まり――


慌てて首を振った。


「し、しませんよ!」


魔王は眉をひそめる。


「お前は酔ったら危ないやろ」


その言葉に、ガルドとダインが同時に言った。


「確かに」


ユウトは思わず頭を抱えた。


ユウトは思わず頭を抱えた。


「しませんよ、本当に」


慌てて言い返すが、魔王は半分疑うような目を向けてくる。


「今はそう言うやろ」


「でもな」


魔王は腕を組む。


「酒入ったらどうなるか分からんやろ」


その言葉に、ガルドが小さく笑った。


「それは確かにそうだな」


ダインも短く頷く。


「うむ」


二人とも真面目な顔で言っているので、余計にタチが悪い。


ユウトは困った顔で二人を見る。


「ガルドさんまで……」


だがガルドは肩をすくめるだけだった。


「事実だ」


ダインも続ける。


「過去の実績がある」


ユウトは反論の言葉を探すが、なかなか見つからない。


実際、酒を飲んだときの自分の行動については、あまり強く言い返せる自信がなかった。


魔王はそんな様子を見て、くつくつと笑う。


「まあええ」


「気ぃ付けとけって話や」


それからふっと視線を外す。


「先生に嫌われたら終わりやぞ」


その言葉に、ユウトは少しだけ真面目な顔になる。


それは、確かにその通りだった。


マリナに嫌われるというのは、あまり想像したくない未来だ。


ユウトは小さく息を吐く。


「……気をつけます」


魔王は満足そうに頷いた。


「それでええ」


四人がそんな話をしている間、少し離れた場所ではレイナとマリナがまだスキルの話をしていた。


レイナが腕を組みながら言う。


「でもさ」


「スキルレベルって面白いですね」


マリナも頷く。


「ええ」


「こんな形で成長が見えるなんて思わなかったわ」


レイナは少し考えてから言う。


「それにしても」


「五百って……」


思わず魔王の方を見る。


マリナも苦笑した。


「あれはもう別の生き物ね」


レイナがくすっと笑う。


「魔王ですし」


その言葉に、マリナも小さく笑った。


少し離れた場所で、魔王がこちらを見ている。


レイナはその視線に気づき、軽く手を振った。


魔王は肩をすくめてみせる。


森の中に、穏やかな空気が戻っていた。


先ほどまでの転移の連続や、スキルの話が嘘のように静かだ。


風が枝葉を揺らす。


遠くで鳥の声が聞こえる。


ユウトは空を見上げた。


木々の隙間から、青空が見えている。


自分の修行は、まだまだ終わっていない。


いや、終わることは無いのだろう。


それでも今は、ほんの少しだけ穏やかな時間が流れていた。


四人が戻ってくると、レイナがすぐに振り向いた。


「何の話してたんですか?」


魔王は何でもない顔で答える。


「男の話や」


レイナは眉をひそめる。


「なにそれ」


「怪しい」


ガルドが小さく笑う。


「気にするな」


ダインも短く言った。


「大した話ではない」


レイナはまだ疑わしそうな顔をしていたが、そこまで深く追及する様子はなかった。


マリナが静かに言う。


「それより」


「今日はここまでですか?」


魔王は周囲を見回した。


森の空き地は、すでに元の静けさを取り戻している。

さっきまで副官が転移していた場所も、今はただの地面だ。


魔王は肩を軽く回した。


「まあ」


「今日はこんなもんやろ」


副官も小さく頷いた。


「十分でしょう」


レイナが少し不満そうに言う。


「えー」


「もう終わりですか」


魔王は苦笑する。


「お前は何を期待しとるんや」


レイナは即答した。


「もっとすごいの」


ガルドが鼻で笑う。


「さっきので十分だろ」


ダインも静かに言った。


「うむ」


ユウトはまだ、さっきの光景を頭の中で整理していた。


副官が消える。


そして現れる。


枝が振られる。


その繰り返し。


だが――


ほとんど見えなかった。


ユウトは副官を見る。


「副官さん」


副官が振り向いた。


「はい」


「さっきの」


ユウトは正直に言う。


「全然見えませんでした」


副官はあっさり答えた。


「転移ですから」


「見えなくて当然です」


魔王も頷く。


「そもそも見せるつもりないからな」


レイナが腕を組む。


「なるほど」


「そりゃ分からないわけだ」


マリナが静かに言った。


「でも」


「いいものを見ましたね」


ユウトは小さく頷く。


確かにその通りだった。


魔王と副官。


この二人が戦えばどうなるのか。


それはまだ分からない。


だが、さっきの一瞬だけでも十分だった。


規格が違う。


ユウトは改めてそう思った。


魔王は空を見上げて大きく伸びをする。


「さて」


「そろそろ戻るか」


森の空気が、ゆっくりと緩んでいく。


先ほどまでの緊張が、嘘のように消えていた。


魔王が手を叩いた。


「ほな、この話はここまでや」


軽く肩を回しながら言う。


「スキルの話ばっかりしとってもしゃあないしな」


ガルドが腕を組んだまま頷いた。


「確かにな」


ダインも静かに言う。


「十分だ」


レイナはまだ少し興奮した様子だった。


「でもすごかったですよね」


「副官さんの転移」


副官は特に表情を変えない。


「慣れです」


あっさりとした答えだった。


だが、それを聞いたレイナがすぐに言う。


「いやいや」


「慣れであれは無理でしょ」


魔王がくつくつと笑う。


「まあ普通は無理やろな」


それからユウトを見る。


「せやけど」


「ユウトは覚えとけ」


ユウトは姿勢を正す。


「はい」


魔王は指を一本立てた。


「スキルはな」


「使えば使うほど伸びる」


それから少し顎を上げる。


「せやけど」


「使い方を間違えたら意味ない」


その言葉に、ユウトは小さく頷いた。


確かにそうだ。


魔王が見せた無限収納の使い方。


副官が見せた転移。


どちらも、ただ持っているだけではあそこまで使えない。


「だから」


魔王は軽く手を振る。


「ちゃんと考えて使え」


ユウトは答える。


「分かりました」


レイナが横から口を挟む。


「黒崎くん」


「考えるタイプですからね」


マリナが苦笑する。


「そうね」


「考えすぎるくらいだけど」


魔王はそれを聞いて笑った。


「それでええ」


「何も考えんよりよっぽどええ」


森の中に、少しだけ穏やかな空気が戻る。


先ほどまで転移が飛び交っていた場所とは思えないほど、静かな時間だった。


魔王が空を見上げる。


「さて」


軽く伸びをする。


「そろそろ戻るか」


ユウトたちも自然と頷いた。


今日の修行は、十分すぎるほど濃かった。


まだ頭の中で整理しきれていないことも多い。


だが、それでも一つだけははっきりしていた。


自分たちは今、とんでもないものを見ている。


そんな実感だった。


木々の間を風が抜ける。


葉がささやくように揺れた。


魔王は歩き出す。


「ほな行こか」


ユウトたちはその後を追った。


森の空気は、もうすっかり落ち着いていた。


だがユウトの胸の奥には、先ほど見た光景がまだはっきりと残っていた。


森を抜ける帰り道、しばらくは誰も口を開かなかった。


木々の隙間から差し込む光が、ゆっくりと地面を照らしている。足元で乾いた枝が折れる音だけが、小さく響いていた。


やがてレイナが、ふうっと息を吐く。


「なんか、すごいの見ましたね」


振り返りながら言う。


「魔王と副官が戦うって」


「普通、見られないですよね」


ガルドが鼻で笑った。


「まあな」


ダインも短く答える。


「うむ」


ユウトは二人の背中を見ながら歩いていた。


さっきの光景が、まだ頭の中に残っている。


副官が消える。


そして、別の場所に現れる。


それが繰り返されるたびに、魔王の声が森に響いていた。


だが、ほとんど見えなかった。


見えないのに、確かにそこに技がある。


そんな戦いだった。


ユウトは小さく呟く。


「すごかったです」


その声を聞いて、魔王が振り向く。


「そらそうや」


軽く笑う。


「魔王の副官やからな」


副官はその言葉に特に反応しない。


ただ静かに歩いている。


マリナが少し考えながら言う。


「でも」


「転移って、やっぱり便利ですね」


魔王は肩をすくめる。


「便利やな」


それから少しだけ真面目な顔になる。


「せやけど」


「使い方間違えたら危ない」


ユウトを見る。


「スキルはな」


「持っとるだけやと意味ない」


「どう使うかや」


ユウトは頷いた。


「はい」


魔王は満足そうに笑う。


「まあ」


「ユウトは大丈夫やろ」


「先生ついとるしな」


その言葉に、マリナが少しだけ照れた顔をする。


レイナがすぐ横から言う。


「先生強いですからね」


マリナは小さく肩をすくめる。


「そんなことないわよ」


ガルドが言った。


「いや、ある」


ダインも続く。


「うむ」


二人とも真顔だった。


レイナが笑う。


「ほら」


「言われてますよ」


マリナは困ったように笑った。


そのやり取りを見ながら、魔王がふっと笑う。


「まあ」


「ええチームや」


その言葉に、ユウトは少しだけ驚いた。


魔王は前を向いたまま続ける。


「スキルも大事や」


「せやけどな」


「結局は人や」


森の出口が見えてくる。


木々の向こうに、街の屋根が見え始めていた。


魔王は足を止めずに言う。


「今日の話、忘れるなよ」


ユウトは答える。


「はい」


その声は、自分でも驚くほどしっかりしていた。


森を抜ける風が、背中を押す。


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