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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第72話 師匠にスキルのすごい使い方を教わった件


森の奥は、街とはまるで空気が違っていた。


木々が高く枝を広げ、昼前の光を細かく刻んで地面へ落としている。葉の隙間からこぼれる光が揺れるたび、地面の模様もゆっくりと形を変えていく。湿った土の匂い、木の皮の匂い、風が葉を揺らす音。街の喧騒とはまったく違う静けさがそこにはあった。


魔王は周囲を見回し、満足そうに頷いた。


「この辺でええか」


森の中でも少し開けた場所だった。周囲には大木が立ち並び、足場も比較的平らで、多少暴れても問題が起きにくい場所だ。


ガルドが腕を組んで周囲を見渡す。


「確かに、ここなら多少派手にやっても問題ないな」


ダインも短く頷いた。


「十分だ」


魔王はそれを聞いて、くるりと振り返った。


「ほな、始めよか」


その視線はまっすぐユウトに向いていた。


「まずは完全鑑定からや」


ユウトは思わず背筋を伸ばす。


魔王は軽く顎をさすりながら、ゆっくりと説明を始めた。


「完全鑑定で相手をよく観察するのは基本やけど」


言いながら、魔王は近くの木を指で軽く叩いた。


「それだけやとまだ浅い」


少しだけ目を細める。


「相手の奥を見るみたいな感覚で見ると相手の考えなんかも見える」


ユウトは思わず瞬きをした。


完全鑑定はこれまでも何度も使っている。相手の能力、状態、装備、魔力、そういうものは確かに見える。だが――


考え。


そこまで見えるという話は初めてだった。


ユウトは正直に答える。


「全然見えません」


魔王はあっさり頷いた。


「まあ、いきなり出来るもんでもない」


そして軽く笑う。


「けっこう高度なテクニックやからゆっくりやり」


レイナが横から興味深そうにユウトを見る。


「黒崎くんでもまだまだなんですね」


「まだまだですね」


ユウトは苦笑した。


完全鑑定は確かに便利だ。だが、魔王の話を聞くたびに思う。


自分はまだ、このスキルのほんの一部しか使えていないのだと。


魔王はそこで手を軽く振った。


「次や」


今度は、近くに立っている大きな木の前へ歩いていく。


幹は太く、大人三人でようやく抱えられるかどうかというほどの大木だった。


魔王はその幹を軽く叩いた。


「無限収納をこう自分の好きなとこに展開して」


ユウトは眉をひそめる。


好きなところ。


魔王は自分の拳を軽く持ち上げた。


「自分の身体の好きな場所や」


次の瞬間だった。


ドン、と鈍い音が森に響いた。


魔王の拳が大木を殴った。


しかし――


普通の拳ならあり得ない結果が起きていた。


幹の一部が、まるでそこだけ削り取られたように消えている。


ガルドが低く声を漏らす。


「……ほう」


魔王は何でもない顔で今度は軽く蹴った。


バキッ


乾いた音。


今度は木の表面が斜めに切り裂かれていた。


ユウトは思わず声を上げる。


「脚でも出来るんですか?」


魔王は当然のように答える。


「出来るで」


その答え方があまりにも当たり前すぎて、逆に驚く。


無限収納は物をしまうスキルだ。


だが魔王はそれを、攻撃として使っている。


収納空間を、拳や脚の位置に展開する。


触れた瞬間、対象を収納する。


結果として――


削り取られる。


魔王は今度は少し離れた木を指さした。


「あと射程距離が伸びたら」


軽く手を振る。


「こんなんも出来るで」


その瞬間。


ドンッ


離れた場所に立っていた木の幹に、突然大きな穴が開いた。


レイナが目を丸くする。


「えっ」


マリナも驚いた顔をしていた。


「触ってないのに?」


魔王は肩をすくめる。


「慣れたらな」


ユウトはその穴を見つめながら、無意識に自分の手を見る。


同じスキル。


同じ能力。


だが使い方が、まるで違う。


魔王は続けた。


「あと、重い物を高いところで放出するとかもあるな」


空を軽く見上げる。


「あんま当たらんけど」


レイナが苦笑した。


「確かに当たらなそうですね」


魔王はふっと笑う。


「まあな」


そしてユウトを見る。


「ユウトもこないだやっとったけど」


その言葉に、ユウトは思い出した。


勇者くんたちとの戦い。


あの時、自分は無限収納を防御として使った。


攻撃を収納して防ぐ。


それは確かに有効だった。


その時だった。


ヒュッ


風を切る音。


石が飛んできた。


次の瞬間。


石は魔王の目の前で消えていた。


収納されたのだ。


魔王は少しだけ肩を揺らす。


「危な」


そして副官を見る。


「なにすんねん」


副官はまったく表情を変えない。


「防御確認です」


レイナが思わず笑う。


「いきなりですね」


魔王は少し呆れたように息を吐いた。


その時だった。


ガルドが腕を組んだまま口を開く。


「その不躾な質問だが」


魔王を見る。


「魔王さんと副官さんならどちらが強いんだ?」


レイナがすぐに言う。


「ちょっと興味ある」


ダインも静かに頷いた。


「うむ」


魔王は副官を見る。


副官も魔王を見る。


そして、ほぼ同時に言った。


「無理」


「無理ですね」


一瞬の沈黙。


そして。


ユウトたちは、少しがっかりした顔をした。


魔王はその表情を見て苦笑する。


「なんやその顔」


副官もわずかに口元を緩めた。


魔王は頭を掻く。


「しゃあないな」


そして肩をすくめる。


「ちょっとだけやで」


森の空気が、静かに張り詰めた。


ほんの少し前まで、軽い調子でスキルの説明が続いていた。魔王はいつもの調子で話し、レイナは驚き、ガルドとダインは感心したように頷き、ユウトは必死に頭の中で整理していた。


だが今、空気は確かに変わっている。


ほんの小さな変化だ。殺気と呼ぶほど強いものではない。それでも、この場にいる全員が無意識にそれを感じ取っていた。


ガルドが腕を組み直す。


ダインもわずかに姿勢を変えた。


レイナは目を輝かせている。


マリナは少し不安そうだった。


そしてユウトは――


思わず息を止めていた。


目の前にいるのは、魔王だ。


そして、その隣に立っているのは副官。


どちらも、これまで何度も一緒に行動してきた。会話もするし、冗談も言う。ケーキを作りながら雑談をすることもある。


だが。


ふとした瞬間に思う。


この二人は、普通ではない。


今、森の中に立っているのは。


魔王と、その副官だ。


魔王は肩を軽く回した。


「ほんまはな」


ぽつりと言う。


「やりたないんや」


レイナが小さく笑う。


「絶対そういう言い方しますよね」


魔王は苦笑した。


「危ないんや」


その言葉は、冗談ではなかった。


魔王自身が危ないと言っている。


それがどういう意味か、ユウトにはよく分かっていた。


ほんの少し前、魔王が木を殴っただけで幹がえぐれた。蹴っただけで木が裂けた。触れずに遠くの木に穴を開けた。


あれは、まだ軽い実演だった。


本気ではない。


本気なら、どうなるのか。


想像するだけで、背筋が少し冷たくなる。


副官は静かに立っている。


表情はいつもと変わらない。


姿勢も変わらない。


だが、よく見れば分かる。


いつの間にか、ほんのわずかに足の位置が変わっている。身体の重心も、戦う者のそれに近い形へ移っている。


魔王はそれを見て、小さくため息をついた。


「まあええわ」


そう言って、軽く肩をすくめる。


それからもう一度、全員を見回した。


「言うとくけどな」


少しだけ真面目な声になる。


「ほんまにちょっとだけや」


レイナが小さく頷く。


「はい」


ガルドは黙ったまま腕を組んでいる。


ダインも同じだった。


マリナは少しだけ息を飲む。


ユウトは何も言わなかった。


ただ目を逸らさず、二人を見ていた。


魔王はその視線を感じたのか、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「まあ」


小さく言う。


「参考にはなるやろ」


そして、ほんの一歩だけ前へ出た。


森の空気が、さらに静かになる。


風が枝を揺らす音が聞こえる。


葉が擦れる音が聞こえる。


誰も、言葉を発しない。


ほんの少し前まで軽い調子で話していたのが嘘のようだった。


魔王はゆっくりと副官を見る。


副官も、静かに魔王を見返す。


その距離は、ほんの数歩。


互いに手を伸ばせば届く距離。


魔王は頭を軽く掻いた。


「ほんまに」


苦笑する。


「なんでこうなるんやろな」


副官は、何も言わなかった。


ただ静かに立っている。


そして。


森の中の空気が、ぴんと張り詰めたまま――


その瞬間を待っていた。





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