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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第69話 勇者くんたちが魔王のケーキ屋に来た件


 昼下がりの店内は、甘い香りと人の声に満ちていた。


 ショーケースの中には、白いクリームをまとったケーキや、果物を飾ったタルト、層になったティラミスが整然と並んでいる。窓から差し込む陽の光がガラスに反射し、その向こうの菓子をいっそう鮮やかに見せていた。


 交易都市にケーキという菓子が根づき始めてから、店の空気は少し変わった。


 最初の頃のような物珍しさだけではない。


 今では「今日は何を食べようか」と楽しみに来る客も増えている。


 店の前に立ち寄る者の視線には、もう迷いが少なかった。


 レイナはその流れをうまく捌いていた。


「はい、こちら二つですね」


 皿に商品を乗せる手つきも、ずいぶん慣れたものになっている。


 マリナはショーケースの前で、初めて来た客に穏やかに説明をしていた。


「こちらは少し苦味のある層と甘い層を重ねたお菓子です」


 相手の表情を見ながら言葉を選ぶ、その話し方はやはり教師らしい。


 店の奥ではユウトが新しいケーキを仕上げていた。


 クリームを整え、果物を置き、仕上がりを一度目で確かめる。意識の一部ではショーケースの減りも追っていた。必要になればすぐ補充できるように、無限収納の感覚は常に開いている。


 ガルドは入口近くで列を整え、ダインはその少し後ろで店全体を見ていた。


 魔王はというと、今日は珍しく表に出ていた。


 新作の焼き菓子を並べながら、客の反応を楽しそうに眺めている。


 副官は会計台のそばにいた。


 いつも通り静かだったが、その場にいるだけで妙な威圧感がある。


 店としては、もう十分すぎるほど回っていた。



 その時だった。


 扉の鈴が、軽く鳴った。


 何気ない音だったのに、ユウトの手が一瞬だけ止まる。


 理由は分からない。


 ただ、少しだけ空気が変わった気がした。


 新しく入ってきた四人組は、この街の客にしてはどこか場違いだった。


 装備がいい。


 立ち方に隙が少ない。


 そして、店の空気に馴染むより先に、自分たちが場の中心になるのが当然だと言わんばかりの雰囲気があった。


 先頭に立っていたのは、見覚えのある顔だった。


 天城隼人。


 その後ろに、白石美咲、神崎剣也、高橋蒼真が続いている。


 勇者パーティだった。


 レイナが最初に気づいた。


 皿を片付ける手が止まる。


「……あれ」


 その小さな声に、マリナも顔を上げる。


 そして、すぐに相手を認めた。


「天城くん……」


 ユウトは何も言わなかった。


 ただ、静かに息を吐いた。


 修行でどうにかなるものではない種類の緊張が、胸の奥に小さく沈んだ。



 勇者パーティの視線も、すぐにこちらへ向いた。


 最初は店の内装やショーケースに向いていた目が、次にマリナとレイナを捉える。


 そして、最後にユウトで止まった。


 神崎が先に口を開いた。


「……黒崎?」


 その言い方には、驚きより先に軽い見下しがあった。


 高橋も眉を上げる。


「なんでここにいるんだよ」


 白石はマリナとレイナを見て、少しだけ表情を変えた。


「え……」


 そして、そのまま口にした。


「橘先生と桐谷さん、黒崎なんかと一緒にいるんですか?」


 店の空気が、わずかに変わった。


 強い言葉ではない。


 だが、十分だった。


 レイナがにこりと笑う。


 笑ってはいたが、目は笑っていなかった。


「黒崎なんか、ねえ」


 小さく繰り返す。


 マリナも穏やかな表情のままだった。


 けれど声は少しだけ冷えていた。


「天城くんたちこそ、ずいぶん失礼な言い方をするのね」


 白石は一瞬たじろいだが、すぐに言い返そうとする。


「だ、だって……」


 そこで神崎が肩をすくめる。


「いや、実際そうだろ」


「クラスでも目立たなかったし」


 その言葉で、ユウトの中の何かが小さく揺れた。


 だが顔には出さない。


 ただ、静かにマリナたちの前へ半歩だけ出た。


 その時だった。


 奥にいた魔王が、焼き菓子の皿を置いてこちらを見た。


 にやりと笑っている。


 どう見ても、面白がっていた。



 店の中には、まだ普通の客もいる。


 そのため勇者パーティも、あからさまに大声を出すことはなかった。


 だが空気は確実に張っていた。


 勇者の一行と、魔王のケーキ屋。


 その取り合わせだけでも十分妙なのに、そこへユウトの存在が加わっている。


 天城がショーケースを見た。


 それから、もう一度ユウトへ視線を戻す。


「へえ」


 口元だけで笑う。


「黒崎、お前」


「こんなとこで働いてるのか」


 ユウトは短く答えた。


「まあ」


「そんな感じ」


 天城は鼻で笑う。


「ずいぶん平和だな」


 その言葉の端にあるものは、よく分かった。


 勇者と冒険者。


 前線に立つ者と、そうではない者。


 そういう線引きだ。


 だが、ユウトはもう前のユウトではなかった。



 店の空気は、表向きは変わらないままだった。


 客の声。


 皿の触れ合う音。


 甘い香り。


 だが、店の奥にいる何人かは、はっきりと空気の変化を感じ取っていた。


 天城隼人はショーケースを軽く眺めたあと、もう一度ユウトを見た。


「黒崎さ」


 肩をすくめる。


「お前、冒険者やってたんじゃなかったっけ」


 ユウトは短く答えた。


「やってるよ」


「今も」


 神崎が笑う。


「これで?」


 店内を見回す。


 ケーキ。


 客。


 お皿とフォーク。


 どう見ても平和な光景だった。


「ずいぶんのんびりした冒険者だな」


 その時、レイナがすっと横から入った。


「お客さん」


 にこやかな営業スマイルだった。


「注文どうぞ」


 神崎は一瞬だけ言葉に詰まる。


 高橋が咳払いをした。


「……じゃあ」


「その、人気って書いてあるやつ」


 マリナがショーケースを指し示す。


「こちらですね」


「このお菓子は――」


 いつものように、落ち着いた声で説明を始めた。


 その様子を見ながら、魔王はカウンターの奥で腕を組んでいた。


 口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。


 


(相変わらず勇者くんたちは真面目やなあ)


 


 内心でそう思う。


 そして、少しだけ肩を揺らした。


 


(かわいいわ)


(からかいがいがある)


 


 隣に立つ副官は、相変わらず無表情だった。


 ただ静かに会計台の横に立っている。


 その場所は、ちょうど客の列の影になる位置だった。


 だから――


 勇者パーティの視界には、まだ入っていない。


 副官は店内の様子を一度見渡した。


 そして、勇者パーティを見る。


 


(ちょうどいい)


 


 心の中で、静かに判断した。


 


(実戦訓練の続きには)


(ちょうどいい相手です)


 


 視線がユウトへ向く。


 


(テスト相手が)


(都合よく向こうから来てくれました)


 


 評価はすでに決まっていた。


 


(サンドバッグとして)


(適任です)


 


 副官の思考は、相変わらず容赦がなかった。



 マリナの説明は続いていた。


「このお菓子は層になっていて、苦味と甘味が――」


 白石は途中から、ほとんど話を聞いていなかった。


 視線は店内をさまよっている。


 そして――


 ふと、客の列が動いた。


 その瞬間だった。


 白石の目が止まる。


 会計台の横。


 そこに立つ人物が、はっきり見えた。


 副官だった。


 白石の顔色が、一瞬で変わる。


「……っ」


 息が止まる。


 神崎が振り向く。


「どうした?」


 白石は震える指でそちらを指した。


「……あ」


 声が出ない。


 神崎も視線を向ける。


 そして――


 固まった。


「げっ」


 思わず口から出る。


「あの時の……」


 小さく呟く。


「バケモノ」


 高橋が振り向く。


「何の話――」


 そして、副官を見た。


 次の瞬間、顔が引きつる。


「……うわ」


 天城もゆっくり振り向いた。


 副官は静かに立っている。


 いつも通りだった。


 何もしていない。


 ただそこにいるだけだ。


 それなのに――


 勇者パーティは一斉に後ろへ下がった。



 店の端。


 四人は小さく円になった。


 声を潜める。


「どうすんだよ」


 神崎が言う。


「あんなバケモノの相手、二度としたくねえぞ」


 高橋も頷く。


「俺もだ」


「死ぬかと思った」


 白石は半泣きだった。


「絶対にいやです!」


 声を抑えながら言う。


「あんな事またされたら」


「私、お嫁に行けません!」


 レイナが思わず聞き返す。


「副官さん」


「何したんですか」


 副官は首を少し傾げた。


「特には何も」


 ガルドが小さく笑う。


 ダインは腕を組んだまま頷いた。



 その時だった。


 魔王が、のんびりと歩いてきた。


 勇者パーティの前に立つ。


「大丈夫やで」


 軽く言う。


 勇者たちはびくっとする。


 魔王は親指で副官を指した。


「そっちの怖いおばちゃん」


「今日は不参加やから」


 副官は無言だった。


 ただ魔王を一度だけ見た。


 魔王はにやりと笑う。


 そしてユウトを見る。


「今日は」


 楽しそうに言った。


「弟子に任せます」


 ユウト


「……え?」


 レイナが小さく呟く。


「完全にバトル展開ですね」




 店の外に出ると、昼の光が石畳を白く照らしていた。


 交易都市の通りは、いつもと変わらず人の流れがある。だが勇者パーティとユウトたちが店の前に出た瞬間、周囲の人々は自然と距離を取った。


 普通に魔物が生きる世界だ。


 一般人でも危険な空気を本能的に理解する。


 神崎剣也が一歩前に出た。


 腰の剣を抜く。


 刃が光を反射した。


 構えは無駄がない。


 剣を振るう者の立ち方だった。


「黒崎」


 口の端だけで笑う。


「まさかお前が相手になるとはな」


 ユウトは肩の力を抜いたまま立っていた。


 副官の言葉が、頭の奥に残っている。


 


 ――重心。


 


 足の裏で地面を感じる。


 視線を下げない。


 神崎が動いた。


 速い。


 剣聖の踏み込みは、一般の剣士とは明らかに違った。


 石畳を蹴る音と同時に、距離が消える。


 横薙ぎ。


 ユウトは半歩だけ後ろに下がる。


 刃が胸の前を通り過ぎた。


 神崎の目が細くなる。


 二撃目。


 突き。


 今度はかすかに腰を落として避ける。


 神崎の眉がわずかに動いた。


 普通なら、ここで焦る。


 だがユウトの動きには、まだ余裕があった。


 副官の基礎訓練。


 何百回も繰り返した動き。


 重心。


 間合い。


 体の軸。


 剣が三度振られる。


 四度目。


 その瞬間、ユウトは踏み込んだ。


 神崎の腕に触れる。


 


 無限収納


 


 空間が、わずかに揺れた。


 神崎の手の中から剣が消える。


 ほんの一瞬だった。


「……は?」


 神崎の声が遅れて出る。


 その瞬間、ユウトの体が動いた。


 腕を取る。


 重心を崩す。


 副官の体術。


 神崎の体が宙に浮いた。


 次の瞬間、石畳に叩きつけられる。


 鈍い音が響いた。


 周囲が静まる。


 神崎はしばらく空を見ていた。


「……マジか」


 小さく呟く。


 その横で、白石が慌てて駆け寄った。


「大丈夫?」


 光がふわりと広がる。


 聖属性の魔法だった。


 傷がゆっくり塞がっていく。


 レイナが小さく口を開いた。


「剣聖を投げた……」


 ガルドは腕を組んだまま頷く。


「副官の型だ」


 ダインも言う。


「基礎が効いている」



 その時だった。


「蒼真!」


 天城の声。


 高橋蒼真が一歩前に出る。


 空気が一瞬重くなる。


 魔力の流れだった。


 高橋の手が前に出る。


「くらえ!」


 火が生まれた。


 火球が一直線に飛ぶ。


 だが――


 ユウトは動かなかった。


 


 無限収納


 


 火球が途中で消える。


 高橋の表情が固まる。


「……え?」


 もう一度。


 今度は雷。


 青白い光が走る。


 だがそれも――


 消える。


 収納される。


 空間がわずかに揺れるだけだった。


 高橋が後ずさる。


「おいおい」


 思わず言う。


「どうなってるんだ」


 魔王が店の前で笑っていた。


「ええやん」


 楽しそうに言う。


「ケーキ修行の成果出とるな」


 副官は静かに頷く。


「応用としては良好です」


 白石は倒れた神崎を支えながら、目を丸くしていた。


「なにこれ……」


 思わず言う。


「勇者パーティが押されてる……」



 最後に残ったのは――


 勇者、天城隼人だった。


 天城はゆっくり剣を抜く。


 ユウトを見る。


 そして言った。


「黒崎」


 少し笑う。


「お前」


「こんな強かったか?」


 ユウトは少し考えた。


 それから言う。


「いや」


 肩をすくめる。


「最近ちょっと」


 魔王を見る。


 副官を見る。


 そして答えた。


「強くなりたくて」


「修行してる」


「少しだけ」




 通りの空気が、ゆっくり張り詰めていく。


 倒れた神崎を白石が支え、高橋は少し距離を取って立っていた。


 残っているのは――


 勇者、天城隼人。


 天城は剣を軽く握り直した。


 その姿勢には、さっきまでの軽さがもうない。


 ユウトを見ている。


 真っ直ぐに。


「黒崎」


 低く言う。


「ちょっと見ないうちに、変わったな」


 ユウトは肩の力を抜いたまま立っていた。


 副官の訓練で身についた癖だ。


 必要以上に力を入れない。


 視線を落とさない。


 呼吸を乱さない。


「まあ」


 小さく答える。


「修行してるから」


 天城が少し笑う。


「それだけで剣聖投げられるなら」


「俺もやってる」


 次の瞬間だった。


 天城の体が動く。


 踏み込み。


 速い。


 神崎とはまた違う速さだった。


 勇者の身体能力。


 剣が振られる。


 鋭い斬撃。


 ユウトは半歩だけずらす。


 刃が空を切る。


 だが――


 二撃目。


 三撃目。


 連撃が来る。


 神崎より速い。


 力もある。


 剣がかすめる。


 ユウトの袖が裂けた。


 レイナが思わず声を上げる。


「ユウトくん!」


 ガルドは腕を組んだままだった。


「落ち着け」


 低く言う。


「見ろ」


 ダインも頷く。


「軸は崩れていない」


 ユウトの足は止まっていなかった。


 避ける。


 流す。


 間合いを取る。


 副官の基礎。


 その積み重ねだった。


 天城が眉をひそめる。


「逃げてるだけか?」


 その言葉で、ユウトは少しだけ止まった。


 ほんの一瞬。


 天城が踏み込む。


 剣が振り下ろされる。


 その瞬間。


 ユウトは踏み込んだ。


 剣の内側。


 天城の腕に触れる。


 


 無限収納


 


 刃が、消えた。


 空間がわずかに歪む。


 天城の手から剣が消える。


「……!」


 天城の目が見開く。


 その一瞬。


 ユウトの拳が動いた。


 腹。


 衝撃。


 天城の体が後ろへ下がる。


 石畳を滑る。


 数歩。


 それでも倒れない。


 さすが勇者だった。


 天城は息を整えながら、ユウトを見た。


 そして小さく笑う。


「なるほどな」


「そういう戦い方か」


 剣のない手を握る。


 だが、もう前には出なかった。


 数秒。


 静かな時間が流れる。


 そして――


 天城は肩をすくめた。


「参った」


 あっさり言う。


 レイナが目を丸くした。


「えっ」


 天城は笑う。


「これ以上やったら」


「本気になる」


 ユウトを見る。


「街でやるもんじゃない」


 白石がほっとしたように息を吐く。


 高橋も苦笑した。


 神崎はまだ座り込んでいる。


 その様子を見ながら、副官が一歩前に出た。


 ユウトを見る。


「黒崎悠人」


「はい」


 ユウトは姿勢を正す。


 副官は短く言った。


「及第点です」


 レイナが小さく笑う。


「副官さんにしては」


「かなり高評価ですね」


 魔王が楽しそうに笑っていた。


「さすが愛弟子や」


 ユウトは少し照れたように頭を掻いた。


 通りの空気が、ゆっくり元に戻り始める。


 野次馬たちが小声でざわつく。


 勇者パーティが負けた。


 そんな噂が、もう広がり始めていた。




 通りのざわめきが、ゆっくり元に戻り始めていた。


 勇者と冒険者が睨み合っていた空気はもうない。野次馬たちは少しずつ散り、街のいつもの音が戻ってくる。


 ユウトは軽く息を吐いた。


 そのまま意識を向ける。


 


 無限収納


 


 空間がわずかに揺れた。


 次の瞬間、二本の剣がユウトの手の中に現れる。


 神崎の剣。


 そして天城の剣。


 ユウトはそれを差し出した。


「はい」


 天城が受け取る。


 少しだけ苦笑した。


「ありがと」


 神崎も立ち上がりながら剣を受け取る。


「いやあ……」


 頭を掻く。


「マジでやられた」


 その様子を見ながら、ユウトは高橋に目を向けた。


「さっきの魔法」


 少し考えて言う。


「返そうか?」


 高橋は一瞬固まった。


「……は?」


 レイナが後ろで吹き出す。


 高橋は苦笑した。


「いいよ」


「そんな危ないのいらない」


 ユウトは「そっか」と頷く。


 あまり深く考えていない顔だった。


 魔王がその様子を見て、肩を震わせて笑っている。


「ええなあ」


「ほんま天然や」


 副官は静かに言った。


「戦闘判断としては合理的です」


 魔王


「そっちなんや」



 そのまま一行は店へ戻った。


 扉の鈴が鳴る。


 甘い香りが再び鼻をくすぐった。


 店内ではマリナが客に説明をしていた。


「こちらはクリームを軽く仕上げた――」


 言葉が途中で止まる。


 戻ってきた面々に気付いたのだ。


 その瞬間、レイナが駆け寄った。


「先生!」


 マリナが少し首を傾げる。


「どうしたの?」


 レイナは興奮気味だった。


「すごいですよ!」


「ユウトくんがですね!」


 手振りまで入る。


「剣聖投げて!」


「魔法消して!」


「勇者と戦って!」


 息継ぎもなく説明が続く。


 ガルドが後ろで小さく笑う。


 ダインは腕を組んだままだ。


 レイナの説明はまだ続いた。


「それでですね!」


「もう完全に――」


 マリナはその様子を見て、穏やかに笑った。


「そうなの」


 ただ、それだけ言う。


 レイナが一瞬止まる。


「……あれ?」


 マリナはショーケースのガラスを軽く拭きながら言った。


「でも大丈夫だと思ってたわ」


 視線だけユウトへ向ける。


「黒崎くんなら」


 少し照れたように笑う。


「きっと大丈夫って」


 ユウトは少しだけ視線を逸らした。


 耳が少し赤い。


 レイナがにやりと笑う。


「先生」


「信頼が重い」


 マリナ


「何か言った?」


 レイナ


「いえ別に」



 その横で、魔王が勇者たちを見ていた。


「まあまあ」


 手を軽く振る。


「ケーキ食べていき」


 神崎が笑う。


「さっきの戦いのあとで?」


 魔王


「せや」


「甘いもんは正義や」


 高橋が肩をすくめる。


「理屈が雑だな」


 白石はまだ少し複雑そうな顔だった。


 だがショーケースを見て、少し迷う。


「……美味しいの?」


 レイナがすぐに答えた。


「めちゃくちゃ美味しいです」


 魔王が胸を張る。


「オッチャンのケーキやからな」


 副官は静かにその様子を見ていた。


 そして、ほんの一瞬だけユウトを見る。


 その視線は、わずかに評価を含んでいた。



 その日の夕方。


 交易都市には、もう一つ新しい噂が広がり始めていた。


 魔王のケーキ屋。


 勇者が来た店。


 そして――


 勇者と戦って勝った冒険者の話。


 その噂がどこまで広がるかは、まだ誰にも分からなかった。


 だがその夜、ユウトたちはいつもの酒場へ向かうことになる。


 祝勝会のためだ。


 そして――


 偶然にも、その酒場にはもう一つの宴が開かれていた。


 勇者パーティの残念会である。



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