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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第68話 副官の実戦訓練が想像以上に社会勉強だった件



 夜の街は、昼とはまるで別の顔をしていた。


 昼間は商人や職人が行き交う大通りも、夜になると雰囲気が変わる。酒場の灯りが石畳を赤く照らし、通りの奥からは笑い声や歌声が混ざり合って流れてくる。


 だが、少し路地に入れば空気は一変する。


 灯りは減り、人通りも少ない。


 酔った足取りの客や、怪しげな視線を送る男たちが壁にもたれている。


 そんな場所だった。


 その路地の入口で、ユウトは自分の服を見下ろしていた。


 黒い長い上着。


 背中には大きな刺繍。


 


魔王軍特殊訓練小隊

特別攻撃隊

黒崎悠人


 


 昼間見た時よりも、夜の方が目立つ気がする。


 レイナが横で腕を組んでいた。


「やっぱり」


 小さく息を吐く。


「どう見ても暴走族」


 ユウトは苦笑した。


「これ意味あるんですか」


 副官は少し前に立っていた。


 振り返らずに言う。


「あります」


 短い返事だった。


「実戦訓練です」


 ユウトは周囲を見回す。


 夜の街は騒がしい。


 だが、どこか落ち着かない空気も混ざっている。


 ガルドが低い声で言った。


「この辺りは」


「治安が良いとは言えない」


 ダインも頷く。


「盗賊崩れや喧嘩屋も多い」


 レイナが小さく眉を寄せた。


「つまり」


「そういう人たちと会う可能性があるってこと?」


 副官は静かに答えた。


「可能性ではありません」


 少し間を置く。


「会います」


 ユウトが思わず聞き返す。


「え?」


 副官は歩き出した。


「行きます」


 それだけだった。


 ユウトたちは顔を見合わせる。


 そしてその後を追った。


 路地は狭い。


 石壁の隙間から、酒場の光がちらちらと漏れている。


 酒の匂い。


 煙草の煙。


 遠くから笑い声。


 そして、何かを警戒するような視線。


 副官は迷わず歩いていく。


 まるでこの街を知り尽くしているようだった。


 レイナが小声で言う。


「副官さん」


「慣れてません?」


 副官は答えない。


 だが、その足取りには一切迷いがなかった。


 ユウトはその背中を見ながら歩く。


 胸の奥が少しだけ高鳴っていた。


 これは修行だ。


 それも――


 今までとは違う種類の。


 やがて副官が足を止めた。


 小さな広場だった。


 周囲には古い建物が並び、灯りは少ない。


 人影がいくつかある。


 男たちだった。


 酒瓶を持っている。


 その一人がユウトたちを見た。


 そして目が止まる。


 ユウトの背中だった。


 刺繍を見ている。


 男が笑った。


「おい」


 仲間に声をかける。


「見ろよ」


「なんか面白いの来たぞ」


 ユウトは少しだけ拳を握った。


 副官は静かに言った。


「黒崎悠人」


「はい」


「実戦です」


 その瞬間だった。


 男たちが立ち上がった。


 夜の広場には、湿った空気が溜まっていた。


 石畳には酒がこぼれた跡があり、壁際には空になった酒瓶が転がっている。昼の街の喧騒とは違う、少し荒れた空気だった。


 副官はその広場の中央で足を止めた。


 ユウトたちも自然と立ち止まる。


 周囲には数人の男がいた。


 壁にもたれ、酒瓶を片手にこちらを見ている。


 そのうちの一人が、ゆっくり立ち上がった。


 視線がユウトの背中に止まる。


 黒い長い上着。


 夕闇の中でも、背中の刺繍ははっきりと見えた。


 


魔王軍特殊訓練小隊

特別攻撃隊

黒崎悠人


 


 男が口元を歪める。


「おい」


 仲間に声をかける。


「見ろよ」


「なんか面白いの来たぞ」


 男たちの笑い声が広場に広がった。


 ユウトは静かに立っていた。


 拳を軽く握る。


 副官の訓練を思い出していた。


 ――重心。


 ――踏ん張れ。


 男の一人が近づく。


 酒の匂いが強かった。


 ユウトの胸を軽く押す。


 だが、ユウトは動かなかった。


 足に力を込める。


 重心を落とす。


 もう一度押される。


 それでも踏みとどまる。


 後ろでガルドが小さく息を吐いた。


「踏ん張ったな」


 ダインも頷く。


「重心は悪くない」


 男は眉を上げた。


「お?」


 そして笑う。


「生意気だな」


 次の瞬間だった。


 拳が飛んだ。


 ユウトは反射的に体をひねる。


 完全には避けきれない。


 肩に衝撃が走る。


 体が揺れる。


 それでも倒れない。


 ユウトは踏み込んだ。


 男の腕を掴む。


 体をひねる。


 副官の投げを思い出していた。


 だが――


 うまくいかない。


 男の体はびくともしない。


 逆に腕を振り払われる。


 次の瞬間。


 腹に拳が入った。


「……っ!」


 息が詰まる。


 ユウトは一歩よろめいた。


 その時だった。


 副官の声が静かに落ちた。


「黒崎悠人」


 ユウトが顔を上げる。


 副官はユウトを見ていた。


 冷静な目だった。


「人から言われて戦う者の攻撃には」


 ほんの一瞬、間があった。


「芯がありません」


 広場の空気がわずかに変わる。


 副官は続けた。


「あなたの今の攻撃がそれです」


 ユウトは歯を食いしばる。


 拳を握る。


 男が笑った。


「なんだよ」


「説教か?」


 その瞬間だった。


 副官が動いた。


 音がなかった。


 一歩踏み込む。


 男の腕を取る。


 体が宙に浮いた。


 次の瞬間。


 男は地面に叩きつけられていた。


 乾いた音が広場に響く。


 他の男たちが一瞬固まる。


 副官は何事もなかったように立っていた。


「黒崎悠人」


「はい……」


 ユウトは呼吸を整える。


「今のは悪くありません」


 副官は淡々と言った。


「ですが」


 ほんの少し間を置く。


「覚悟が足りません」


 男たちは顔を見合わせる。


 そして一人が舌打ちした。


「行くぞ」


 誰かが言った。


 男たちはそのまま路地の奥へ消えていく。


 広場に静けさが戻る。


 レイナが息を吐いた。


「副官さん」


「強すぎません?」


 副官は少し首を傾げた。


「少し躾けただけです」


 その横で、マリナがユウトのところへ歩いてきた。


 表情は穏やかだったが、目にはまだ心配が残っている。


「黒崎くん」


 ユウトが顔を上げる。


「大丈夫?」


 ユウトは少し苦笑した。


「まだ……いけます」


 マリナは小さく頷く。


「そう」


 そして優しく言った。


「頑張って」


 ユウトはゆっくり立ち上がる。


 副官は静かに言った。


「次に行きます」


 夜の街の実戦訓練は――


 まだ始まったばかりだった。



 広場を離れると、夜の街はまた別の表情を見せた。


 酒場の灯りが石畳を赤く染め、遠くからは酔客の笑い声が流れてくる。だが一本路地に入るだけで、人の気配は急に少なくなる。


 副官は迷いなく歩いていた。


 その背中には一切の躊躇がない。


 この街の夜を知り尽くしている者の歩き方だった。


 ユウトは少し後ろを歩く。


 腹の奥に残る鈍い痛みを感じながら、ゆっくり呼吸を整えていた。


 先ほどの言葉が頭に残っている。


 


 ――人から言われて戦う者の攻撃には芯がない。


 


 レイナが小声で言った。


「さっきの人たち、本当にただの喧嘩屋だったよね」


 ガルドが頷く。


「この辺りには多い」


 ダインが低く続けた。


「盗賊崩れもいる」


 副官は振り返らない。


 ただ歩きながら言った。


「今のは実戦ではありません」


 ユウトが顔を上げる。


「え?」


「確認です」


 副官の声は淡々としていた。


「あなたの戦い方を見ました」


 ユウトは少し黙った。


「……やっぱりダメでしたか」


 副官は足を止めた。


 ゆっくり振り返る。


 夜の灯りが横顔を照らした。


「ダメではありません」


 ユウトは少しだけ安堵する。


 だが副官は続けた。


「ですが」


 短い沈黙が落ちた。


「戦っていません」


 レイナが思わず言う。


「え?」


「普通に戦ってましたよね?」


 副官はユウトを見た。


「あなたは」


「言われたから戦いました」


 その言葉は静かだった。


 だが重かった。


 ユウトは言葉を失う。


 副官は続ける。


「人は」


 ほんの少し空を見上げる。


「死ぬ覚悟のある相手には勝てません」


 夜の空気がわずかに張り詰める。


 副官の声だけが、静かに路地に落ちた。


 ユウトは思わず聞いた。


「……じゃあ」


「どうすればいいんですか」


 副官はユウトをまっすぐ見た。


 その目は冷静で、揺れがない。


「普通は」


 ゆっくり言う。


「引きます」


 ガルドが腕を組んだまま小さく頷いた。


 それが現実だ。


 覚悟を決めた相手は戦い慣れた者でも怖い。


 だから人は退く。


 副官は続ける。


「ですが」


 ほんの一瞬、間を置いた。


「それを」


 静かに言った。


「ねじ伏せるのが強さです」


 その言葉が夜の路地に落ちた。


 レイナが息を呑む。


 副官は続けた。


「戦いは技ではありません」


「覚悟です」


 ユウトは拳を握る。


 今までの戦いを思い出していた。


 魔物との戦闘。


 依頼。


 危険。


 だがそれは――


 どこか仕事の延長だった。


 副官は言った。


「あなたは強くなります」


 ユウトが顔を上げる。


「ですが」


「覚悟がなければ」


 副官の声は変わらない。


「本当に強い相手には勝てません」


 その時だった。


 路地の奥で、靴音が響いた。


 ゆっくり。


 だが重い。


 複数の足音だった。


 暗い路地の奥から、数人の影が現れる。


 さっきの酔っ払いとは違う。


 動きが静かだった。


 目も冷たい。


 ガルドが低く言った。


「……こっちは本物だな」


 ダインが頷く。


「盗賊だ」


 レイナが小さく息を呑む。


 副官はユウトを見た。


「黒崎悠人」


「はい」


「今度は」


 静かな声だった。


「あなたから行きなさい」


 夜の路地に、張り詰めた空気が広がった。



 副官の言葉が、まだ胸の奥に残っていた。


 


 ――それをねじ伏せるのが強さです。


 


 路地の奥から現れた男たちは、ゆっくりと距離を詰めてくる。


 人数は四人。


 服装はばらばらだが、動きに無駄がない。


 目も据わっている。


 酔っ払いではない。


 ガルドが低く言った。


「盗賊だな」


 ダインが頷く。


「しかも場数を踏んでいる」


 レイナが小声で言った。


「ユウトくん……」


 ユウトは一歩前に出た。


 副官の言葉が頭の中で反響している。


 


 ――言われたから戦うのではない。


 


 拳を握る。


 足の裏で石畳の感触を確かめる。


 盗賊の一人が笑った。


「おいおい」


「一人で来るのか?」


 もう一人が言う。


「若いな」


 ユウトは何も言わない。


 ただ距離を詰めた。


 盗賊が腕を振るう。


 拳が飛ぶ。


 ユウトは体をひねった。


 肩をかすめる。


 完全には避けられない。


 だが――


 止まらない。


 一歩踏み込む。


 相手の腕を掴む。


 体をひねる。


 副官の動きを思い出していた。


 投げる。


 盗賊の体が揺れる。


 完全には崩れない。


 それでも体勢が崩れた。


 その瞬間。


 ユウトは咄嗟に意識した。


 


 無限収納


 


 盗賊の腰にあった短剣が、ふっと消えた。


 盗賊が一瞬目を見開く。


「……は?」


 ユウトはその隙に距離を取る。


 レイナが小さく声を上げた。


「今の!」


 ガルドが笑う。


「なるほど」


 ダインも頷く。


「応用だな」


 だが盗賊はすぐに立て直した。


「チッ」


「面倒なガキだな」


 次の瞬間。


 三人が同時に動いた。


 ユウトの目が追いつかない。


 拳。


 蹴り。


 体が揺れる。


 腹に衝撃が走る。


 ユウトはよろめいた。


 その瞬間だった。


 副官が動いた。


 音がない。


 一歩。


 踏み込む。


 盗賊の腕を取る。


 体が宙に浮いた。


 石畳に叩きつけられる。


 もう一人が振り向く。


 だがその前に――


 膝が腹に入る。


 空気が抜ける音。


 残り二人は一瞬で戦意を失った。


 副官は静かに立っている。


「これ以上続けますか」


 声は穏やかだった。


 盗賊たちは顔を見合わせる。


 そして一人が言った。


「……行くぞ」


 数秒後、路地には再び静けさが戻った。


 レイナが大きく息を吐いた。


「副官さん」


「やっぱり強すぎません?」


 副官は少し首を傾げた。


「少し躾けただけです」


 ガルドが苦笑する。


「それを躾と言うのか」


 ダインが言う。


「盗賊が気の毒だ」


 その横で、マリナがユウトに近づいた。


「黒崎くん」


 ユウトは少し息を整えている。


「大丈夫?」


「はい……」


 まだ痛みはある。


 だが立てる。


 マリナはほっとしたように笑った。


「よかった」


 副官はユウトを見て言った。


「今のは悪くありません」


 ユウトが顔を上げる。


「自分で動きました」


 その言葉は短かったが、重かった。


 ユウトは小さく頷いた。


 その時だった。


 マリナが副官を見て言った。


「副官さん」


 副官が振り向く。


「なんでしょう」


 マリナは少し首を傾げた。


「副官さんって」


「スリムできれいなのに」


 少し考えてから言った。


「骨太ですよね」


 一瞬、空気が止まった。


 副官がじっとマリナを見る。


 レイナが小声で言う。


「先生……」


 ガルドが咳払いをする。


 ダインは腕を組んだままだ。


 マリナは少し慌てた。


「あ、いえ」


「その」


「私も頑張ります」


 副官は数秒沈黙した。


 それから静かに言った。


「……褒め言葉として受け取っておきましょう」


 レイナが吹き出した。


 夜の路地に、少しだけ笑いが戻った。



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