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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第67話 副官の基礎訓練が想像以上に地獄だった件


 早朝の空気はまだひんやりとしていた。


 石畳に残った夜露が朝日を受けて淡く輝いている。通りにはパンを焼く香ばしい匂いが流れ、店の戸板を外す乾いた音がぽつぽつと響き始めていた。街はゆっくりと目を覚ましつつある。


 その静かな朝の通りを、荒い呼吸が横切っていった。


 ユウトだった。


 額から流れる汗を腕で拭いながら、街外れの道を走っている。足取りはすでに重い。それでも速度は落とさない。歯を食いしばりながら、前を行く背中を追っていた。


 副官だ。


 一定の速度で走り続けている。


 振り返りもしない。


 その走り方は不思議なほど安定していた。足音は静かで、体の軸も揺れない。まるで地面に線でも引かれているかのように、真っ直ぐ進んでいる。


 ユウトは息を整えながら距離を詰める。


 だが、その背中はなかなか近づかない。


 少し後ろではレイナが肩で息をしながら走っていた。


「これ……まだ続くんですか……」


 息を切らしながら絞り出す。


 副官は走るのを止めない。


「はい」


 短い返事だった。


 さらに後ろから低い声がする。


「まだ始まったばかりだ」


 ガルドだった。


 腕を振るたび鎧の革がわずかに軋む。だが呼吸はほとんど乱れていない。長年戦場を歩いてきた者の余裕だった。


 その隣を走るダインも同じだった。


「体力は戦闘の基礎だ」


 淡々とした声で言う。


 そのさらに後ろを、落ち着いた足取りで一人の女性が走っていた。


 マリナだった。


 長い髪を後ろでまとめ、姿勢を崩さないまま一定の歩幅で進んでいる。大人びた落ち着いた表情だが、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。


 呼吸は少し荒い。


 それでも周囲を観察する余裕は残っている。


「副官さんの動き……」


 息を整えながら小さく呟く。


「重心がほとんど動いていませんね」


 レイナが横目で見る。


「先生、観察してる余裕あるんですか」


 マリナは苦笑した。


「黒崎くんの指導に使えるかもしれないと思って」


 ガルドが低く笑う。


「さすが先生だな」


 ダインも小さく頷く。


「合理的だ」


 副官はその会話を聞きながら、静かに口を開いた。


「今週は基礎体力訓練です」


 ユウトは呼吸を整えながら問い返す。


「体力……ですか」


「はい」


 副官の声は変わらない。


「戦いは体力です」


 それ以上の説明はなかった。


 やがて街を一周し、訓練場所として使われている空き地へ辿り着く。


 ユウトは肩で息をしながら立ち止まった。


 だが休憩はなかった。


 副官が振り返る。


「次です」


 ユウトの前に立つ。


 静かな構えだった。


 ユウトも反射的に構える。


 次の瞬間。


 視界が揺れた。


 気がついた時には背中が地面に叩きつけられていた。


 肺から空気が押し出される。


「……っ!」


 レイナが声を上げた。


「今何したんですか!?」


 副官は表情を変えない。


「投げました」


 簡潔だった。


 ユウトはすぐに起き上がる。


 もう一度構える。


 だが結果は同じだった。


 次の瞬間にはまた地面に倒れている。


 ガルドが腕を組む。


「基礎だな」


 ダインが頷く。


「基礎だ」


 レイナは半ば呆れていた。


「これが基礎なんですか……」


 その時だった。


 少し離れた木箱の上から笑い声が聞こえる。


 魔王だった。


 いつの間にか座り込み、腕を組んで訓練を眺めている。


「ええ感じやな」


 楽しそうに言う。


「ええ感じにボコられとる」


 レイナが振り向いた。


「魔王さん!」


「見てるだけですか!?」


 魔王は肩をすくめた。


「基礎はな」


 のんびり言う。


「何ヶ月やっても足りへんねん」


 その言葉は冗談ではなかった。


 この訓練は、数日で終わるものではなかったからだ。

 数週間が過ぎた。


 副官の基礎訓練は、容赦がなかった。


 走る。投げられる。起き上がる。


 それを、ただひたすら繰り返す。


 技を教わるわけではない。


 型を覚えるわけでもない。


 ただ、自分の体の使い方を体に叩き込む。


 地味で、単純で、そして逃げ場がない。


 その合間を縫うようにして、ユウトたちはケーキ屋の手伝いを続けていた。


 朝の店は静かだ。


 扉を開けると、冷たい空気の中に甘い香りがふわりと広がる。前日の夜に焼いたスポンジの匂いと、砂糖の甘さが混ざり合い、店の奥からゆっくりと漂ってくる。


 ユウトはショーケースの前に立っていた。


 ガラスの向こうに並ぶケーキをじっと見る。


 配置、隙間、残りの数。


 そのすべてを一度に把握する。


 完全鑑定を軽く働かせると、材料の状態や鮮度まで自然と頭に入ってくる。


 魔王がその様子を腕を組んで見ていた。


「だいぶ慣れてきたな」


 ユウトは少し笑う。


「まだ勉強中です」


 視線をショーケースから外さない。


 その瞬間だった。


 奥の保存棚に置かれていたケーキが、ふっと消える。


 そして次の瞬間にはショーケースの空いた場所に現れていた。


 手は動いていない。


 無限収納による補充だった。


 魔王が小さく頷く。


「ユウト」


「はい、師匠」


「商品を収納する時だけやなく」


 ショーケースを軽く指す。


「補充する時も気ぃつけるんやで」


 ユウトはすぐに頷いた。


「はい」


「入れる時も出す時も気をつけます」


 魔王が満足そうに笑う。


「ええ返事や」


 その時だった。


 店の扉の鈴が鳴った。


 軽い音が店内に響く。


 ガルドが振り向いた。


「……おう」


 入口に立っていたのは、ガルドの妻だった。


 その隣には小さな娘がいる。


 娘は店の中を見た瞬間、ぱっと目を輝かせた。


 ショーケースの中に並ぶケーキを見ている。


 レイナが笑顔で声をかけた。


「いらっしゃーい」


 マリナもすぐに近づく。


 子どもの目線に合わせて、自然にしゃがんだ。


「こんにちは」


 柔らかな声だった。


「ケーキ見に来てくれたの?」


 娘は元気よく頷く。


「うん!」


 マリナはショーケースを指さした。


「これね、ふわふわのクリームケーキ」


「こっちはチョコのケーキ」


 指を動かしながら説明する。


 子どもでも分かる言葉を選んでいた。


 そしてくすっと笑う。


「とっても美味しいよ」


 ユウトの方を振り返る。


「これ、お兄ちゃんが作ったんだよ」


 娘がユウトを見る。


「お兄ちゃんすごーい!」


 ユウトは一瞬言葉を失った。


 それから照れたように頭を掻く。


「いや……そんな……」


 レイナが横で肩を揺らしている。


 その横で、魔王がガルドの妻に近づいた。


「あっ」


 軽く頭を下げる。


「旦那さんにはいつもお世話になってます」


 妻は柔らかく微笑んだ。


「いえいえ」


「こちらこそ」


 少し照れたように言う。


「うちの人、少し無口でぶっきらぼうですけど」


「決して悪い人じゃありませんので」


 魔王が大きく頷いた。


「いやいや」


「いつも真面目に頑張ってくれて助かってます」


 ガルドは少し居心地が悪そうに視線を逸らす。


 妻がふと魔王を見る。


「あの……」


「店長さん」


「なんとお呼びすれば?」


 魔王はにこりと笑った。


「よろしければ」


「魔王さんで」


 妻が目を丸くする。


「魔王さん?」


 魔王は肩をすくめた。


「まあ」


「商売上のニックネームみたいなもんですわ」


 店の中に小さな笑いが広がる。


 その横で娘はまだショーケースを見つめていた。


 目の前の甘い世界に、完全に心を奪われている。


 ユウトはその様子を見ながら、少しだけ頬を緩めた。


 ケーキを作る理由が、また一つ増えた気がした。



 ケーキ屋の仕事が一段落すると、空気は一変する。


 甘い香りの残る店の裏口を出た瞬間、そこから先は訓練場だった。


 街外れの空き地。


 草もまばらな土の広場に、ユウトたちは並んでいた。


 副官が前に立つ。


 静かな目だった。


「では、訓練を始めます」


 短い言葉だった。


 だがユウトは自然と息を整えていた。


 この人の「始めます」は、普通の意味ではない。


 レイナが横で小さく呟く。


「嫌な予感しかしない」


 ガルドが腕を組む。


「覚悟しておけ」


 ダインも頷いた。


「副官の訓練は容赦がない」


 少し後ろで、その様子を見ていたマリナが小さく息を吐いた。


 分かっている。


 副官が甘い訓練をするはずがない。


 それでも――


 ユウトを見る視線には、はっきりとした心配が浮かんでいた。


 副官はユウトを見た。


「黒崎悠人」


「はい」


「あなたは前へ」


 ユウトは一歩出る。


 副官は地面を指した。


 そこには太い丸太が置かれていた。


「まずはこれです」


 ユウトが少し首を傾げる。


「これを……?」


「運びます」


 副官は言う。


「走って」


 ユウトは丸太を持ち上げた。


 重い。


 腕にずしりと重量がかかる。


 副官が淡々と言う。


「収納は使用禁止です」


 ユウトは苦笑する。


「ですよね」


 レイナが言った。


「使えたら修行にならないもんね」


 副官はユウトを見る。


「街を一周」


 少し間を置く。


「十周」


 レイナが聞き返す。


「……十?」


 副官は頷く。


「はい」


 ユウトは丸太を肩に担いだ。


 そして走り出す。


 最初の一周は問題なかった。


 二周目もまだ余裕がある。


 だが三周目あたりから、肩の筋肉が悲鳴を上げ始める。


 丸太が急に重くなったように感じる。


 五周目。


 呼吸が荒くなる。


 六周目。


 足が鈍くなる。


 七周目。


 体が前に倒れそうになる。


 その時だった。


「黒崎くん!」


 マリナの声だった。


 ユウトが顔を上げる。


 マリナは少し離れた場所に立っていた。


 心配そうな表情だった。


 だが、止めようとはしていない。


 ただ言った。


「頑張って!」


 その一言だった。


 ユウトは息を吐く。


「……はい!」


 もう一度走り出した。


 八周。


 九周。


 そして十周。


 丸太を地面に下ろす。


 肩が震えていた。


 腕も上がらない。


 それでも、倒れない。


 マリナが小さく息を吐く。


 安堵と心配が混ざった表情だった。


 副官が言った。


「次」


 ユウトが顔を上げる。


「まだあるんですか」


「あります」


 副官は頷いた。


「ここからが本番です」


 レイナが小声で言った。


「今まで何だったの」


 副官はユウトの前に立つ。


「構えてください」


 ユウトは構える。


 だが疲労で体が重い。


 次の瞬間。


 視界が回る。


 気がつくと地面だった。


 副官の投げだった。


「……っ!」


 ユウトが起き上がる。


 副官は言う。


「遅い」


 再び投げられる。


 起き上がる。


 投げられる。


 起き上がる。


 それが続いた。


 十回。


 二十回。


 三十回。


 レイナが呟く。


「これ訓練?」


 魔王が後ろで腕を組んでいた。


「基礎や」


 副官がユウトを見下ろす。


「あなたの動きはまだ甘い」


 ユウトは膝をつく。


 呼吸が荒い。


 その姿を見て、マリナが思わず一歩前に出かけた。


 だが止まる。


 拳をぎゅっと握る。


 そして静かに言った。


「黒崎くん」


 ユウトが顔を上げる。


「大丈夫?」


 ユウトは笑った。


「まだいけます」


 マリナも小さく笑う。


「そう」


 それから言った。


「頑張って」


 副官はそれを見て、静かに言った。


「立ちなさい」


 ユウトはゆっくり立ち上がる。


 その姿を見て、魔王が小さく笑った。


「ええやん」


「弟子らしくなってきた」



 副官はユウトの前に立ったまま動かなかった。


 ユウトの呼吸は荒い。


 肩が上下している。


 腕もまだ震えていた。


 だが、副官は休憩の指示を出さない。


 代わりに地面を指した。


「もう一度です」


 ユウトは一瞬だけ苦笑した。


「はい」


 再び構える。


 次の瞬間。


 視界が横に流れた。


 地面。


 また投げられている。


 ユウトはすぐに起き上がる。


 構える。


 また投げられる。


 起きる。


 投げられる。


 その繰り返しだった。


 レイナが思わず言う。


「さっきから同じことしかしてないですよね?」


 ガルドが低く答えた。


「違う」


 ダインが続く。


「動きが変わっている」


 レイナが目を細める。


「……あ」


 確かにそうだった。


 最初の頃と違う。


 ユウトはもう完全に投げられているわけではない。


 ほんの一瞬、踏ん張る。


 ほんのわずか、体勢を崩さない。


 それでも最後には投げられる。


 だが確実に変化している。


 副官が言った。


「今のは良い」


 ユウトが息を整える。


「本当ですか」


「はい」


 副官は頷く。


「今、あなたは初めて重心を残しました」


 ユウトが地面を見る。


 自分でも気づいていなかった。


 副官は続けた。


「もう一度」


 再び構える。


 今度はユウトが一歩踏み込んだ。


 副官の腕を取る。


 だが次の瞬間。


 また空を飛んでいた。


 地面に叩きつけられる。


 魔王が後ろで笑う。


「ええ感じや」


 ユウトが起き上がる。


 副官は言った。


「まだ足りません」


「何がですか」


 副官は静かに答えた。


「覚悟です」


 レイナが首を傾げる。


「覚悟?」


 副官はユウトを見た。


「戦いは技ではありません」


 静かな声だった。


「覚悟です」


 その言葉は重かった。


 ユウトは少しだけ考える。


「覚悟……」


 副官は言う。


「人は」


「死ぬ覚悟がある相手には勝てません」


 空気が少し変わった。


 レイナもガルドも黙る。


 ダインだけが小さく頷いた。


 副官は続けた。


「あなたは技を覚えようとしている」


「それは正しい」


「ですが」


 ユウトを見る。


「まだ戦う覚悟が足りません」


 ユウトは拳を握った。


 そして言う。


「もう一回お願いします」


 副官は頷いた。


 次の瞬間。


 また投げられる。


 今度は少し違った。


 ユウトは地面に落ちる直前に体を丸める。


 受け身だった。


 ダインが言う。


「覚えたな」


 ガルドも頷く。


「早い」


 副官は少しだけ目を細めた。


「続けます」


 そして次の訓練に移る。


「収納を使います」


 ユウトが顔を上げる。


「はい」


 副官は石を拾った。


 そして遠くへ投げる。


「回収」


 ユウトはすぐに無限収納を発動した。


 石が消える。


 副官は言う。


「次」


 また投げる。


 十個。


 二十個。


 三十個。


 次第に速度が上がる。


 ユウトの額から汗が落ちる。


 完全鑑定を使い、位置を把握する。


 それでも追いつかない。


 副官は止まらない。


「まだです」


 ユウトは歯を食いしばる。


 四十個目。


 五十個目。


 収納成功。


 ユウトは膝をついた。


 呼吸が荒い。


 副官が言う。


「今日はここまでです」


 レイナが空を見上げた。


「夕方……」


 ガルドが腕を組む。


「半日やったのか」


 ダインが言う。


「よく立っていた」


 ユウトはその場に座り込んだ。


 マリナが静かに近づく。


「黒崎くん」


 水袋を差し出した。


「ありがとう……ございます」


 ユウトは水を飲む。


 マリナは少し笑った。


「頑張ってるわね」


 ユウトは少し照れた。


 その様子を見て、魔王が笑う。


「ええやん」


「地獄の基礎訓練や」


 副官は静かに言った。


「明日から」


 少し間を置く。


「次の段階に入ります」


 ユウトが顔を上げる。


「次?」


 副官は言った。


「実戦です」



 夕方の風が、訓練場の土を静かに撫でていた。


 西に傾いた太陽が、長い影を地面に落としている。


 ユウトはその場に座り込み、ようやく呼吸を整えていた。


 肩が重い。


 腕も足も、まだ力が戻らない。


 丸太の重さと、何度も投げられた衝撃が体に残っていた。


 それでも、不思議と嫌な疲労ではなかった。


 副官の言葉が、まだ頭の奥に残っている。


 ――戦いは技ではない。


 ――覚悟だ。


 その時だった。


 訓練場の端から、軽い足音が近づいてくる。


 魔王だった。


 相変わらず気楽な様子で歩いてくる。


 その視線の先に、副官が立っていた。


 副官の手には、大きな包みがある。


 布を包んだ、少し細長い荷物だった。


 魔王はそれを見るなり、少し笑った。


「おっ」


 気楽な声だった。


「制服やっと出来たんか」


 その言葉で、周囲の視線が自然と包みに集まった。


 副官は静かに頷く。


「はい」


 そして包みをユウトの前に差し出した。


「黒崎悠人」


 ユウトはまだ座ったままだったが、顔を上げる。


「これを」


「次の訓練で使用します」


 ユウトは少し戸惑いながら包みを受け取った。


 思ったより重い。


 布の感触だった。


 ゆっくりと紐をほどく。


 布を広げる。


 次の瞬間だった。


 黒い長い上着が、夕日の中に現れた。


 厚手の布。


 肩まで覆う長い丈。


 そして背中には、大きな刺繍が入っている。


 


魔王軍特殊訓練小隊

特別攻撃隊

黒崎悠人


 


 しかも名前は、堂々と漢字だった。


 ユウトはしばらく言葉を失った。


 隣でそれを見ていたレイナが、ゆっくり額を押さえる。


 刺繍を見て、もう一度見る。


 そして小さく息を吐いた。


「いや」


 少し間があった。


「昭和の暴走族か」


 魔王が肩をすくめる。


「いやいや」


「それな」


「ほんまにうちの軍で使われとる制服や」


 レイナが振り向く。


「本当なんですか?」


 魔王は親指で副官を指した。


「副官の趣味や」


 レイナが副官を見る。


 副官は相変わらず無表情だった。


「機能性を重視しています」


 その横で、ガルドが腕を組んだまま言う。


「悪くない」


 ダインも小さく頷く。


「うむ」


「実戦向きだ」


 レイナが思わず振り返る。


「そっち側なんですか!?」


 ガルドは少し笑う。


「男はこういうの嫌いじゃない」


 ダインも同意するように頷いた。


 レイナは小さく呟く。


「ジェネレーションギャップ……」


 その横で、マリナがユウトを見ていた。


 黒い上着を手にしたまま、まだ戸惑っている。


 少しだけ笑った。


「似合うと思うわ」


 ユウトが顔を上げる。


「え?」


「かっこいい」


 マリナの声は自然だった。


 本気でそう思っているように聞こえる。


 レイナが思わず振り向いた。


「先生」


「実はダメンズ好き?」


 マリナが慌てて首を振る。


「違うわよ」


 その様子を見て、魔王が楽しそうに笑った。


 それからユウトを見る。


「それ着て」


 親指を軽く立てる。


「明日から実戦訓練や」


 ユウトが聞き返す。


「実戦……?」


 副官が静かに言った。


「はい」


 短い沈黙。


 そして告げる。


「夜の街です」


 夕日が沈みかけていた。


 ユウトはもう一度、特攻服を見下ろす。


 背中の刺繍が、赤い光の中で静かに浮かび上がっていた。


 ――副官の修行は、まだ序章にすぎなかった。



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