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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第64話 魔王のブランデーケーキが危険すぎた件


 ここ最近の朝の空気は、少しだけ甘い匂いがしていた。


 ケーキ屋の中には、昨日の作業の名残が残っている。


 窓から入る朝の光が作業台を照らし、磨かれた金属の器具が淡く反射していた。


 まだ街は完全には動き出していない。


 だが、この店だけはすでに作業が始まっていた。


 魔王は作業台の前に立ち、瓶を一本持っている。


 琥珀色の液体。


 瓶の中でゆっくり揺れている。


 レイナが言った。


「それ」


 魔王が振り向く。


「なんや」


「昨日言ってた」


 レイナは瓶を見る。


「ブランデーですよね」


 魔王は頷いた。


「せや」


 瓶を軽く振る。


 光を受けて琥珀色が揺れた。


「今日はこれ使う」


 マリナが少し驚いた顔をする。


「本物のお酒を使うんですね」


 魔王は笑う。


「大人のケーキや」


 レイナが小さく言う。


「ちょっと危険な響きですね」


 魔王は肩をすくめた。


「ケーキや」


「そんな危険なもんちゃう」


 ガルドが腕を組む。


「酒は入るんだろう」


「入る」


 魔王はあっさり答えた。


 ダインが言う。


「酒場で出す菓子のようなものか」


 魔王は少し考える。


「まあ近い」


 それから作業台の上に材料を並べ始めた。


 卵。


 砂糖。


 バター。


 小麦粉。


 そしてブランデー。


 材料が整然と並んでいく。


 魔王がユウトを見る。


「鑑定」


 ユウトは頷いた。


 作業台を見る。


 完全鑑定。


 材料の情報が浮かぶ。


 卵の鮮度。


 砂糖の純度。


 バターの温度。


 そして――


 ブランデー。


 アルコール度数。


 熟成状態。


 ユウトが少し驚く。


「強いですね」


 魔王が笑った。


「ええ酒や」


 副官が静かに言う。


「魔王国産です」


 レイナが驚く。


「お酒も作ってるんですか?」


 魔王は頷く。


「せや」


 瓶を軽く叩く。


「これも結構がんばってるねんで」


 ガルドが言う。


「魔王国は食文化が発達しているな」


 ダインが頷いた。


「文明の成熟だ」


 作業が始まる。


 卵を割る。


 泡立てる。


 粉を混ぜる。


 生地を作る。


 いつもの作業だが、今日は少し違う。


 魔王が瓶を開けた。


 ふわりと香りが広がる。


 レイナが言う。


「いい匂い」


 マリナも頷く。


「甘い香りですね」


 魔王は生地に少量垂らす。


 琥珀色の液体がゆっくり混ざる。


「これで味が変わる」


 レイナが言う。


「大人の味ですね」


 魔王は笑う。


「そうや」


 生地を窯に入れる。


 時間が少し流れる。


 窯の中から甘い香りが漂い始めた。


 いつものケーキとは違う。


 少し深い香り。


 レイナが言う。


「なんだか香りが違います」


 魔王は頷いた。


「酒の香りや」


 ガルドが言う。


「確かに」


 ダインも言った。


「甘味と酒の匂いが混ざっている」


 しばらくして。


 魔王が窯を開けた。


 ケーキを取り出す。


 黄金色の生地。


 ほんのりとブランデーの香りが漂っていた。


 魔王はそれを作業台に置く。


「試食や」


 レイナが言う。


「待ってました」


 魔王はケーキを切り分ける。


 皿に乗せる。


 そしてユウトの前に置いた。


「まず弟子からや」


 ユウトは少し驚く。


「え、僕ですか」


 魔王は笑う。


「修行や」


 レイナが小さく笑う。


「またそれ」


 ユウトはフォークを持つ。


 一口。


 ケーキを食べる。


 甘い。


 柔らかい。


 そして――


 次の瞬間だった。


 ユウトの手が止まる。


 レイナが言う。


「ユウト?」


 ユウトはゆっくり顔を上げた。


 少し頬が赤い。


 そして言った。


「……美味しい」


 魔王は満足そうに頷く。


「やろ」


 だが次の瞬間。


 ユウトは立ち上がった。


 そして真っ直ぐ歩き出す。


 向かった先は――


 マリナだった。


 ユウトはゆっくり立ち上がった。


 その動きは妙に真剣だった。


 レイナが首を傾げる。


「ユウトくん?」


 ユウトは答えない。


 ふらふらしているわけでもない。


 むしろ、妙にまっすぐ歩いている。


 だが、顔は赤い。


 明らかに赤い。


 ガルドが腕を組む。


「……あれだな」


 ダインが静かに言う。


「来たな」


 レイナが目を丸くする。


「え」


 その時だった。


 ユウトがマリナの前で止まる。


 じっと見つめる。


 マリナが戸惑う。


「黒崎くん?」


 次の瞬間だった。


 ユウトが抱きついた。


「先生!」


 マリナ

「きゃっ?!」


 レイナが机を叩く。


「早い!」


 ガルドが小さく息を吐く。


「一口だぞ」


 ダインが言う。


「即効性が高い」


 ユウトは完全にいつもの状態だった。


 マリナに抱きついたまま言う。


「先生」


「今日もきれいです」


 マリナの顔が一瞬で赤くなる。


「や、やめなさい!」


 レイナが笑う。


「出ました」


 魔王は少し驚いていた。


「おお」


 副官を見る。


「これこないだのやつや」


 副官が静かに言う。


「酒ですね」


 魔王が頷く。


「酒やな」


 ユウトはまだマリナに抱きついている。


「先生」


「先生」


「世界一きれいです」


 マリナが必死に離そうとする。


「黒崎くん離れて!」


 ユウトは首を振る。


「無理です」


 レイナが笑いを堪える。


「理由は?」


 ユウトは真顔で言う。


「愛です」


 レイナが机に突っ伏した。


「ダメだ」


「いつものやつ」


 ユウトはさらに顔を近づける。


 そして――


 マリナの腹に顔を埋めた。


「先生」


「お腹ぷよぷよして気持ちいいです」


 一瞬、空気が止まった。


 レイナ

「……」


 ガルド

「……」


 ダイン

「……」


 副官

「……」


 魔王がぽつりと言った。


「……言うたな」


 マリナの顔が赤から紫に変わる。


「黒崎くん」


 声は震えていた。


「今」


「なんて?」


 ユウトは幸せそうだった。


「先生」


「柔らかいです」


 レイナが吹き出す。


「言い直した!」


 ガルドが低く言う。


「勇気あるな」


 ダインが静かに言った。


「死ぬな」


 マリナの手がゆっくり上がる。


 そして――


 ユウトの頭に拳が落ちた。


 ゴン。


 鈍い音がした。


 ユウトが床に倒れる。


 レイナが言う。


「はい」


「本日の終了」


 魔王は腕を組んでいた。


 少し感心した顔だった。


「なるほどな」


 副官を見る。


「酒癖か」


 副官は頷いた。


「アルコール耐性ゼロですね」


 魔王はユウトを見る。


 床で幸せそうに寝ている。


 魔王が言った。


「ブランデーケーキ」


 少し考える。


 そして言う。


「酒弱い弟子には危険やな」


 レイナがまだ笑っている。


「危険すぎます」


 ガルドが言う。


「兵器だ」


 ダインも頷く。


「戦略級だ」


 魔王は笑った。


「大げさや」


 その時だった。


 床で寝ていたユウトが急に言った。


「先生」


 マリナがびくっとする。


「まだ喋るの?!」


 ユウトは目を閉じたまま言う。


「先生」


「結婚してください」


 レイナが机を叩いた。


「来た!」


 ガルドが言う。


「いつもの流れだな」


 ダインが頷く。


「完全再現だ」


 魔王が笑った。


「名言や」


 店の中には甘い匂いと沈黙が広がっていた。


 床にはユウト。


 完全に横になっている。


 だが目は閉じているのに、口だけは動いていた。


「先生……」


 マリナが少し距離を取る。


「まだ喋るの?」


 レイナが言う。


「黒崎くん、完全にいつもの状態ですね」


 ガルドが腕を組む。


「酒場と同じだ」


 ダインが頷いた。


「再現性が高い」


 魔王が小さく笑う。


「面白い体質やな」


 ユウトは床に寝たまま手を少し動かす。


「先生……」


「愛してます……」


 マリナの顔がまた赤くなる。


「やめなさい!」


 レイナが吹き出す。


「先生、完全に慣れてますよね」


「慣れてない!」


 マリナが即答した。


 その時だった。


 ユウトの視線がゆっくり動く。


 床に寝たまま、別の方向を見る。


 その視線の先には――


 副官がいた。


 副官は腕を組んで静かに立っている。


 ユウトがじっと見る。


 レイナが気づく。


「……あ」


 ガルドが小さく言う。


「鑑定か」


 ダインが頷いた。


「無意識だな」


 ユウトの目が少し細くなる。


 完全鑑定。


 意識していない。


 だがスキルは動く。


 そして――


 ユウトがゆっくり言った。


「副官さん……」


 副官が視線を向ける。


「はい」


 ユウトは真面目な顔だった。


「大丈夫です」


 レイナが首を傾げる。


「何が?」


 ユウトは続ける。


「魔王さんも」


「あなたのこと愛してます」


 一瞬。


 店の中の空気が止まった。


 レイナ

「……え?」


 ガルド

「……」


 ダイン

「……」


 マリナ

「……?」


 魔王は少しだけ目を丸くした。


 副官を見る。


 副官は一度だけ瞬きをする。


 そして、静かに言った。


「もちろんです」


 魔王が笑う。


「即答やな」


 副官は落ち着いていた。


「当然です」


 レイナが叫ぶ。


「否定しないんだ?!」


 魔王は腕を組みながらユウトを見る。


「酔っとるのに鑑定使っとるな」


 ダインが言う。


「精度が高い」


 ガルドが苦笑する。


「やめてやれ」


 副官は静かに言った。


「酔っています」


 レイナが言う。


「それはもう分かってます」


 床ではユウトがまだ喋っていた。


「先生……」


「愛……」


 マリナが額を押さえる。


「黒崎くん……」


 魔王が言う。


「面白いな」


 レイナが聞く。


「何がです?」


 魔王は笑った。


「酒弱いのに」


「酒ケーキ食うとる」


 レイナが言う。


「弟子ですから」


 魔王は頷いた。


「修行や」


 レイナが笑う。


「またそれ」


 その時だった。


 ユウトが急に起き上がる。


「先生!」


 マリナが飛び退く。


「まだ続くの?!」


 ユウトは真顔で言う。


「先生」


「きれいです」


 レイナが机を叩く。


「二周目!」


 ガルドが小さく笑う。


「完全に再起動したな」


 ダインが頷いた。


「繰り返し処理だ」


 魔王が言った。


「これは」


 少し楽しそうに笑う。


「ええネタや」


 ユウトは起き上がったかと思うと、そのままふらりと前へ出た。


 マリナが一歩下がる。


「黒崎くん」


「そこから先は来ないで」


 だがユウトは真顔だった。


「先生」


「今日もきれいです」


 レイナが机に突っ伏す。


「また最初からだ」


 ガルドが小さく息を吐く。


「完全に同じ流れだな」


 ダインも頷いた。


「本人は忘れてるからな」


 魔王は肩を揺らして笑っている。


「おもろいなあ」


 副官だけが静かだった。


 腕を組み、床に転がるケーキの皿を避けるように一歩だけ横へ動く。


 ユウトはもう一度マリナに手を伸ばしかけた。


 その瞬間だった。


 マリナの拳が動く。


 ゴン。


 鈍い音が響いた。


 ユウトの体がその場でぐらりと揺れる。


 レイナが言う。


「先生、今日キレがいいですね」


 マリナは顔を真っ赤にしていた。


「二回も三回も同じことされたら慣れるの!」


 ユウトはふらつきながらも、どこか幸せそうだった。


「先生……」


「愛が重いです……」


 レイナが吹き出す。


「そこは分かるんだ」


 だが、さすがに限界だったのだろう。


 ユウトの膝から力が抜ける。


 そのまま床へ崩れ落ちた。


 レイナが覗き込む。


「寝ました?」


 ダインが短く言う。


「寝たな」


 ガルドが頷く。


「静かになった」


 マリナは大きく息を吐いた。


「……もう」


 額を押さえる。


「なんなのよ本当に」


 レイナが肩をすくめる。


「ブランデーケーキです」


 マリナが睨む。


「分かってるわよ」


 魔王は床のユウトを見下ろしていた。


 少しだけ真面目な顔になる。


「酒耐性ゼロやな」


 副官が静かに言う。


「ほぼありません」


 魔王は腕を組む。


「一口やで」


 ガルドが言った。


「前からそうだ」


 ダインが続く。


「酒に関しては異常だ」


 レイナが笑う。


「異常なのは今に始まったことじゃないですけどね」


 マリナが小さく言う。


「笑い事じゃないわ……」


 魔王は作業台へ戻った。


 残ったブランデーケーキを見る。


 少し考えるように首を傾げる。


「うーん」


 レイナが聞く。


「どうするんですか?」


 魔王は言った。


「どうするも何も」


 肩をすくめる。


「修行や」


 レイナがすぐに返す。


「やっぱり続けるんだ」


 魔王は笑った。


「大丈夫や」


「弟子には量を調整したる」


 ガルドが言う。


「その前に酒抜けるまで待て」


 ダインが頷く。


「当然だ」


 魔王は少し残念そうだった。


「しゃあないな」


 その時、床のユウトが寝言のように呟いた。


「先生……」


 全員の視線が一斉に向く。


 マリナが身構える。


 だが続いた言葉は、少しだけ違った。


「……ケーキも……きれいです……」


 レイナが吹き出す。


「そこ褒めるんだ」


 魔王が笑う。


「ええ弟子や」


 マリナは呆れたように言った。


「本当にそうかしら」


 副官が静かに言う。


「少なくとも、素直ではあります」


 ガルドが小さく笑った。


「否定は出来ん」


 店の中にはまだ、ブランデーの甘い香りが残っていた。


 窓の外では、夕方の光が少しずつ色を変え始めている。


 今日の修行は、さすがにこれで終わりだった。


 魔王は瓶を棚に戻しながら言う。


「次はもうちょい加減するか」


 レイナが聞く。


「次もやるんですか?」


 魔王は振り向く。


 にやりと笑った。


「そらそうや」


「修行やからな」


 レイナが肩を落とす。


「やっぱりその言葉、怖いです」


 魔王は楽しそうだった。


 そして床で寝ているユウトを見て、少しだけ満足そうに頷く。


「まあでも」


「今日のは収穫あったな」


 マリナが聞く。


「収穫?」


 魔王は笑った。


「弟子の酒癖、よう分かった」


 レイナが言う。


「知りたくない情報でしたけどね」


 ガルドが腕を組む。


「俺たちは知っていた」


 ダインも短く言った。


「今さらだ」


 こうして、その日の修行は終わった。


 店の中には甘い香りと、少しだけ騒がしい余韻が残る。


 そして誰もが薄々理解していた。


 この修行は、まだ始まったばかりだということを。



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