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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第60話 いつもの酒場に魔王様と副官さんがやって来た件


 その日の討伐依頼は、拍子抜けするほどあっさり終わった。


 街の南側に広がる林の縁。まだ昼の熱がわずかに残る土の上で、小型の魔物が最後に短く痙攣し、やがて動かなくなる。ダインが盾を下ろし、ガルドが放った矢を一本ずつ回収し、レイナは足元に広げた水を引かせた。マリナは周囲を見回し、残りの気配がないことを確かめてから、ようやく肩の力を抜く。


「終わりね」


 短い言葉に、ユウトも頷いた。


「はい」


 汗を拭うほどでもない。呼吸も乱れていない。以前なら一戦終えるたびに立ち位置や連携を確認していたが、今では誰がどこにいて、どの一歩を踏み出せばいいのか、ほとんど体が勝手に知っている。ダインが止め、ガルドが削り、レイナが足場と流れを整え、マリナが全体を動かす。そこへユウトが入る。いつもの形だ。


 ガルドが矢筒に矢を戻しながら言った。


「最近ほんと安定してきたな」


 ダインも同意するように小さく頷く。


「危なげがない」


 レイナが笑った。


「先生の指示が良いですからね」


 マリナは少し困ったように目を細める。


「そういうのは終わってから言うものじゃないわ。慢心の元よ」


「は〜い」


 レイナが肩をすくめる。その横でユウトは倒れた魔物に手を触れ、音もなく収納した。地面に残るのは、わずかな血の染みだけだ。


 風が林を抜けた。


 葉擦れの向こうに、街道を行く荷馬車の車輪の音がかすかに混じっている。日が傾き始めていた。まだ夕方には早いが、これ以上遠出して目的の獲物を探すには半端な時間だ。


 ガルドが空を見上げる。


「今日はここまででいいだろ」


「そうですね」


 ユウトが答えると、ダインも当然のように続けた。


「異論はない」


 レイナはその一言を待っていたように、すぐに口元をゆるめた。


「じゃあ、帰ったらいつものですね」


 ユウトもつられて笑う。


「行きましょう」


 マリナはため息をついたが、止めはしない。ガルドとダインの顔にも、仕事を終えた男の緩みがあった。結局のところ、今日も向かう先はひとつしかないのだ。



 夕方の酒場は、仕事帰りの熱気で膨らんでいた。


 扉を開けた瞬間、肉の焼ける匂いと酒の香り、それに人の笑い声が一気に流れ込んでくる。木の床は昼間よりも少し踏みしめられて鈍く鳴り、奥の卓ではすでに何組もの冒険者が出来上がっていた。店主は忙しそうに皿を運びながらも、こちらに気づくとすぐに声を張る。


「おう、いらっしゃい!」


 常連の何人かも振り向いた。


「来たぞ」


「今日はどうだ」


「始まるか?」


 露骨に期待に満ちた目だった。


 レイナが苦笑する。


「皆さん完全に見物人ですね」


 ガルドが鼻で笑う。


「まあ、しょうがない」


 五人はいつもの卓へ向かう。席につくと、店主が注文を聞く前から大体の料理を並べ始めた。焼いた肉、野菜の煮込み、硬めのパン、薄切りの燻製。酒も当然のように五つ置かれる。


 ユウトは何の疑いもなく杯を手に取った。


 一口飲む。


 そして、いつものように即座に酔った。


「先生ぇぇぇ!!」


 勢いよくマリナに抱きつく。


「黒崎くん離れて!」


 マリナが慌てて椅子を引くが、遅い。ユウトは幸せそうな顔で腕にしがみついたまま離れない。


「先生は今日も綺麗です!! 世界一です!!」


 酒場が爆笑した。


「早いな」


 ガルドが言う。


「うむ」


 ダインが頷く。


 レイナはもう慣れた顔で額に手を当てている。


「はい、始まりました」


 ユウトは止まらない。マリナの手を両手で包み込むように掴んで、真顔で宣言した。


「愛は無限なんです!!」


 その瞬間、奥の卓から「出た!」と声が上がる。別の卓では誰かが拍手を始めた。すでに酒場全体がこの流れを理解している。


 常連の一人が椅子をずらして身を乗り出した。


「今日はどこまで行くかな」


「告白三件は欲しいな」


「お前は見世物小屋か」


 店主が笑いながら皿を置く。


「飲むと頭の冴える酒だぞ!」


「どこがだ!」


 誰かがすぐに突っ込んで、また笑いが起きる。


 ユウトはマリナに抱きついたまま、今度は別の席の若い男へ顔を向けた。


「あなた、どうして彼女に愛してると言わないんですか!!」


 いきなり指を差された男が固まった。


「え?」


 隣にいた女も固まる。


 ユウトはお構いなしに断言した。


「大丈夫です!! 彼はあなた事が好きなんです!!」


 卓の周りがざわついた。若い男は真っ赤になり、女の方も視線を泳がせる。何人かの常連が息を呑み、次の瞬間を待つ。


 沈黙は長くなかった。


「……その」


「……うん」


 それだけで十分だった。


 酒場のあちこちから歓声が上がる。


「おおー!」


「ほんとに解決した!」


「名人芸かよ!」


 店主が笑いながら杯を掲げた。


「今日は景気がいいな!」


 ユウトは誇らしげに頷く。


「素直になるんです!!」


「愛が全てを解決します!!」


 さらに別の卓から、明らかに空気の悪い夫婦がちらりとこちらを見た。見るからに喧嘩の最中だ。ユウトは逃さない。


「あっちもです!!」


「余計なお世話だ!」


 夫の方が反射的に言い返したが、ユウトはびくともしない。


「大丈夫です!旦那さんは浮気なんかしてません!」


「旦那さんが愛しているのはあなたです!!」


 また酒場が静まる。


 さっきよりも少しだけ長い間が落ちる。


 やがて。


「……ごめん」


「……こっちこそ」


 夫婦の間から小さな声が落ちた途端、酒場中がどっと沸いた。


「解決した!」


「またか!」


「名言やな!」


 その一言を口にしたのは、見知らぬ男だった。


 酒場の隅、柱の陰に近い卓に座った二人連れの客。片方はどこにでもいそうな、ごく普通の男にしか見えない。年の頃は分かりにくいが、妙に場に馴染んでいる。隣の女は外套のフードを浅く被っていて、顔立ちは整っているのに不思議と印象が滑る。だがその二人の間にある空気だけが、わずかに違った。


 男――魔王は楽しそうに杯を揺らしていた。


「おっ、解決したやん」


 副官が静かに言う。


「本当に解決しましたね」


 魔王は笑う。


「名言やな」


 常連と変わらない調子だった。まるで何度もこの酒場で騒ぎを見てきたような顔で、ユウトを眺めている。


 副官もまた視線を中央へ向けた。そこではユウトがマリナに抱きついたまま、次の相談相手を探すようにきょろきょろしている。


「面白いことは確かですね」


「せやろ?」


 魔王はご機嫌だった。


「勇者くんは真面目でちょっと硬すぎるからなぁ」


 副官は頷く。


「確かにそうでしたね」


 魔王は卓に肘をつき、頬杖をつく。


「あほな奴は強いで」


 副官が即座に返す。


「強いかどうかはともかく、酒場では非常に有能ですね」


 魔王は声を殺して笑った。


 その時だった。


 酔ったユウトの視線が、ふと酒場の隅へ滑った。


 魔王と副官の卓。


 ほんの一瞬だけ、ユウトの動きが止まる。


「……?」


 ただ、それだけだった。


 理屈も推測もない。ただ引っかかる。だが次の瞬間にはもう、ユウトはマリナの肩口に頬を寄せていた。


「先生、愛してます。先生も愛してると言って下さい」


 魔王はその様子を見て、楽しそうに口元をゆるめる。


「見えへんやろなぁ」


 副官が小さく問う。


「完全鑑定の範囲外でしょうか」


 魔王は杯を傾けながら、柔らかく首を振った。


「ちゃうちゃう」


 それ以上は言わない。


 ただ、満足そうにユウトを見る。


「いやー、あいつ最高やな」


 副官も、今度は否定しなかった。


「面白いことは確かですね」


 それからしばらく、酒場はいつものように騒がしかった。


 ユウトは恋愛相談を続け、マリナは顔を赤くしながら止めようとし、レイナは笑いながら火に油を注ぎ、ガルドとダインは短い感想だけを落とす。店主と常連は完全に観客だった。


 結局、ユウトの「愛は無限なんです!!」はその夜だけで何度も酒場に響いた。


 やがて料理の皿が空になり、杯の中身も減ってくる。


 ガルドが腰を上げた。


「そろそろ帰るか」


 ダインも頷く。


「うむ」


 レイナが立ち上がりながらマリナを見る。


「先生、大丈夫ですか?」


「黒崎くんが重いわ!」


 当のユウトはまるで話を聞いていない。


「先生、あったかいです」


 いつものことだ。


 五人はそのまま酒場を出ていく。ユウトは当然のようにマリナに抱きついたままだし、何人かの常連は面白がって後ろからついて行こうとして店主に笑われていた。


 その背中を見送りながら、魔王が残念そうに言う。


「いやー、もうちょっと笑わせてもらいたかったけど、帰るんならしゃーないな」


 副官が席を立つ。


「では、我々もそろそろ」


 二人もまた静かに酒場を出た。


 夜の空気は少し冷えていた。通りの石畳に灯りが淡く落ち、遠くでまだ笑い声が続いている。


 しばらく歩いたところで、魔王がふと思い出したように足を止めた。


「あっそや」


 副官が振り向く。


「どうしました?」


 魔王は少しだけ真面目に考え込むような顔をしてから、妙に惜しそうに言った。


「あいつん家、風呂あるやん」


 一拍置く。


「着いて行ったら良かったわ」


 副官は即答した。


「いや、いくらなんでもかわいそうですよ」


 魔王は噴き出すように笑った。


「せやな」


 二人の足音が夜の街へ溶けていく。


 その少し前を、ユウトたちが歩いている。酔っぱらいの愛の叫びは、まだ遠くに聞こえていた。

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