第59話 命を助けた女冒険者が子どもを連れてお礼に来てくれた件
朝の森はまだ空気が冷たかった。
木々の間を抜ける風が葉を揺らし、湿った土の匂いが漂う。その静けさを破ったのは、魔物の低い唸り声だった。
ダインが一歩前に出る。
重い盾を構え、迫ってきた魔物の突進を正面から受け止めた。
鈍い衝撃音。
魔物の体が盾にぶつかり、その勢いが止まる。
「今だ」
ダインの短い声。
ガルドの弓がすでに引き絞られていた。
放たれた矢が一直線に飛び、魔物の首元へ突き刺さる。
魔物が大きく体を揺らした。
その足元に水が走る。
レイナの魔法だった。
地面に広がった水が足場を奪い、魔物の体勢を崩す。
マリナの声が続く。
「黒崎くん!」
ユウトが踏み込む。
短く剣を振る。
刃が急所を捉え、魔物の体が崩れ落ちた。
森が静かになる。
数秒の沈黙。
ダインが周囲を見回した。
「終わりだな」
ガルドが矢を回収する。
「今日も順調だ」
レイナが軽く伸びをする。
「最近ほんと安定してますね」
マリナが小さく頷いた。
「いい依頼に当たってるわね」
ユウトは倒れた魔物に手を触れる。
次の瞬間、魔物の体が消えた。
収納されたのだ。
「終わりました」
ユウトがそう言うと、ガルドが笑った。
「じゃあ戻るか」
五人は森の道を歩き始めた。
昼の依頼はすでに片付いている。
今日は早く終わりそうだった。
⸻
街へ戻ると、冒険者ギルドはすでに賑わっていた。
依頼を探す冒険者たちが掲示板の前に集まり、武器の音や笑い声が混ざり合っている。
ユウトたちは受付へ向かった。
受付嬢が顔を上げる。
「あ、お疲れ様です」
書類を確認しながら言った。
「依頼達成ですね」
レイナが笑う。
「はい、問題ありませんでした」
受付嬢は報酬袋を差し出した。
「今日は早かったですね」
マリナが言う。
「魔物の数も少なかったですから」
受付嬢が頷く。
「最近は街の近くも落ち着いていますね」
手続きはすぐに終わった。
ガルドが言う。
「さて」
「飯だな」
ダインも頷く。
「異論はない」
ユウトたちはそのままギルドを出た。
⸻
夕方の街は少しずつ灯りが増え始めていた。
石畳の通りを歩き、いつもの酒場へ向かう。
扉を開く。
店内の空気はいつものように賑やかだった。
店主が声をかける。
「おう、いらっしゃい」
ユウトたちは席に着く。
料理と酒が運ばれる。
ユウトはグラスを手に取り、一口飲んだ。
その瞬間。
ふらっと体が傾く。
「先生」
ユウトがマリナの腕に抱きついた。
マリナが驚く。
「く、黒崎くん!」
ユウトは幸せそうな顔をしている。
「先生は本当に綺麗ですね」
レイナがため息をついた。
「はい、始まりました」
ガルドが言う。
「早いな」
ダインが頷く。
「いつものことだ」
常連たちが笑う。
「今日も絶好調だな」
「先生離れられねえぞ」
マリナは真っ赤になっていた。
「離れなさい!」
ユウトは笑顔のままだった。
「先生〜」
全く離れる気配がない。
酒場の空気はいつも通りだった。
⸻
その時。
酒場の扉が開いた。
女性と子ども二人が入ってくる。
店主が声をかけた。
「おう、いらっしゃい」
子どもたちを見て笑う。
「安心しな。うちは大人から子どもまで楽しめる店だ」
女性は店主に軽く挨拶して店内を見回した。
そして奥の席にいるユウトたちを見つける。
「あんたらだね」
ユウトたちが振り向いた。
女性は軽く頭を下げる。
「この前は助けてくれてありがとう」
子どもたちも言う。
「ママ助けてくれてありがとう!」
レイナが慌てる。
「い、いえいえ!」
マリナも微笑む。
「無事でよかったわ」
常連の一人が言った。
「またユウトの客か?」
別の常連が笑う。
「今日は恋愛相談じゃないのか?」
マリナが言う。
「違います!」
ユウトはマリナに抱きついたままだった。
「先生、愛してます」
酒場に笑い声が広がる。
酒場の中はすっかり賑やかな空気になっていた。
女冒険者は少し照れくさそうに頭をかく。
「本当に助かったよ」
「子どもたちもずっと礼を言いたがっててさ」
子どもたちは嬉しそうにユウトたちを見ている。
レイナが笑う。
「元気そうでよかったです」
背中にユウトが張り付いたままのマリナも頷いた。
「本当に」
その時、女冒険者がふと店の奥を見る。
「あれ?」
手を上げる男がいた。
女冒険者の顔が少し明るくなる。
「あんたも来てたのかい?」
男は笑った。
「そりゃ来るさ」
「仕事終わりだからな」
鍛冶屋だった。
常連の一人が笑う。
「おお、そっちも知り合いか」
鍛冶屋は席を立ち、こちらに歩いてくる。
女冒険者が言う。
「この人たちに命助けてもらってさ」
鍛冶屋がユウトたちを見る。
「そうか」
少し頭を下げる。
「礼を言う」
常連がまた笑う。
「今日は恋愛相談じゃなくて命の恩人か」
「ずいぶん格が上がったな」
レイナが言う。
「最初から高いですよ?」
マリナがため息をついた。
「そういう話じゃないでしょう」
ユウトはまだマリナに抱きついたままだった。
「先生、いい匂いです。」
マリナ
「離れなさい!」
酒場の笑いは止まらない。
女冒険者はその様子を見て少し笑った。
「なるほどね」
「この街で有名な連中ってわけだ」
常連が頷く。
「まあな」
「恋愛相談の先生だからな」
マリナ
「違います!」
レイナ
「半分ぐらい合ってます」
その時だった。
酒場の扉がまた開く。
受付嬢だった。
隣には男がいる。
店主が声をかけた。
「お、今日は二人か」
受付嬢が笑う。
「こんばんは」
レイナが手を振る。
「あ、受付嬢さん」
受付嬢が少し照れる。
「今日は仕事帰りなんです」
常連が騒ぐ。
「おお!」
「こっちもカップルだ!」
「今日は恋愛祭りだな!」
酒場が一気に盛り上がる。
受付嬢は困ったように笑った。
「そんな大げさな」
隣の男も少し照れている。
女冒険者がそれを見て言う。
「今日はカップルが多い日だね」
常連が笑う。
「あと一組出来れば完璧だな」
視線が一斉に向く。
マリナとユウト。
マリナ
「違います!」
ユウト
「先生〜」
抱きついたままだった。
レイナが肩をすくめる。
「先生、もう時間の問題ですよ」
マリナ
「違うわよ!」
酒場の空気は完全にコメディになっていた。
しばらくして。
夜も更けてきた。
ガルドが立ち上がる。
「さて」
「そろそろ帰るか」
ダインも頷く。
「風呂だな」
ユウトはまだマリナに抱きついたままだった。
「先生〜」
マリナ
「歩きにくい!」
常連の一人が立ち上がる。
「俺たちも行くぞ」
別の常連も言う。
「風呂入らせてもらう」
ガルドが肩をすくめた。
「好きにしろ」
こうして一行は酒場を出た。
夜の空気は少し冷えていた。
街灯の明かりが石畳を照らしている。
ユウトは相変わらずマリナにしがみついていた。
レイナが言う。
「先生、歩けてます?」
マリナ
「重いわ!」
常連が笑う。
「相変わらず離れねえな」
ガルド
「いつものことだ」
ダイン
「ああ」
拠点に到着する。
常連たちは早速風呂へ向かう。
その時。
マリナが立ち止まった。
「あれ?」
レイナが振り向く。
「どうしたんです?」
マリナが困った顔をする。
「私今日どうやってお風呂入ればいいの?」
一瞬沈黙。
レイナが言った。
「一緒に入ったらいいじゃないですか」
マリナの顔が真っ赤になる。
「そ、そんなのまだ早いわよ!」
常連が反応する。
「お?」
「なんだなんだ?」
レイナがにやにやする。
「先生、何想像したんですか?」
マリナ
「レイナ!」
ユウト
「先生〜」
抱きついたまま。
夜に笑い声が響いた。
その日も、拠点はいつも通り賑やかだった。




