表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/94

第58話 ネームドモンスターを倒したけど、懸賞金はもらわなかった件


朝の冒険者ギルドは、いつも通り騒がしかった。


高窓から差し込む光が広い床を斜めに照らし、掲示板の前には依頼票を見比べる冒険者たちが何重にも集まっている。革鎧の軋む音、武器が触れ合う乾いた音、受付へ報告する声。それらが重なり、朝の仕事場らしい落ち着かない空気を作っていた。


ユウトたち五人が中へ入ると、受付の女性がこちらに気づき、小さく手を上げた。


「皆さん、少しよろしいですか?」


ガルドが足を止める。


「ああ、もちろん」


そのまま受付へ向かうと、受付嬢はカウンターの下から小さな革袋を取り出した。


「以前討伐されたレア個体の査定が終わりました」


そう言って袋を置く。


置かれた瞬間の音が重かった。


銀貨の軽い響きとは違う。もっと鈍く、詰まった音だ。


レイナが目を丸くする。


「……え?」


マリナも少し身を乗り出した。


「それって……」


受付嬢が袋の口を開く。


中で、黄色い光が揺れた。


「金貨でのお支払いとなります」


ダインが袋を持ち上げる。手の中で重みを確かめるように一度だけ揺らし、低く言った。


「思ったより出たな」


ガルドも横から覗き込む。


「悪くない」


ユウトは素直に驚いていた。


「そんなに違うんですか」


受付嬢は査定書を広げ、指先で項目を示す。


「レア個体は通常個体より、皮も骨も牙も質が高いことが多いんです。今回は状態が非常に良かったので、査定がかなり上がりました」


一拍置いて、さらに続ける。


「通常個体のニ十倍近い金額になっています」


レイナが小さく息を呑んだ。


「ニ十倍……」


数字として聞くのと、実際に金貨を見るのでは重みが違う。


マリナも静かに頷く。


「これは大きいわね」


ガルドが短く言う。


「だからレア個体は当たりなんだ」


ダインが続ける。


「見つけられれば、だがな」


受付嬢は査定書を畳みながら少しだけ笑う。


「また見つけたら、ぜひお願いしたいところですけど」


ガルドが苦笑する。


「そう簡単に出るもんじゃない」


「ええ、でしょうね」


受付嬢も笑い返した。


手続きを終え、五人は受付を離れる。


掲示板の脇、少し人の少ない壁際まで移動したところで、レイナが改めて革袋を見た。


「でも、こうして見ると夢がありますね」


ダインが短く答える。


「夢だけ見て追うと死ぬがな」


マリナが苦笑する。


「その通りね」


ガルドは掲示板へ目を向けた。


「感心するのは後だ。仕事を探すぞ」


掲示板の前は相変わらず人が多かった。


紙を剥がす音、誰かが依頼を取り合う声、受付へ走る足音。


朝のギルドでは珍しくない光景だ。


レイナが背伸びして掲示板を見る。


「いい依頼ありますかね?」


ダインが腕を組んだまま答える。


「こればかりは掲示板を確認しないことにはなんともな」


ガルドが紙を一枚めくる。


「最近、少し魔物が増えてるようだ」


マリナが隣から依頼票を読む。


「無理せず出来る依頼を見つけましょう」


ユウトも頷いた。


「そうですね」


掲示板には採取依頼、護衛依頼、討伐依頼が混ざっている。だが護衛依頼は距離が長く、数日単位になるものが多い。最近の状況では街の近くの依頼を優先した方が良さそうだった。


ガルドが一枚の紙を指で押さえる。


「これだな」


マリナが読み上げる。


「川沿いの討伐依頼……最近、川の周辺で魔物が増えているため調査兼討伐」


レイナが言う。


「距離は近いですね」


ダインも頷く。


「悪くない」


そこでガルドが言った。


「ユウトの手と目があれば大丈夫だろう」


掲示板の前には人が多い。


隠語は自然に使われていた。


ユウトも短く答える。


「問題ないと思います」


マリナが依頼票を外す。


「じゃあこれにしましょう」


受付へ持っていき、手続きを済ませる。


受付嬢が書類を書きながら言った。


「最近この手の依頼、増えてるんですよ」


レイナが聞き返す。


「魔物ですか?」


「はい」


受付嬢は小さく頷く。


「大きな被害はまだ出ていないんですけど」


ガルドが短く言う。


「様子見ってところだな」


手続きが終わり、五人はそのままギルドを出た。



街の南門を抜けると、空気が変わる。


石畳の匂いが消え、代わりに草と土の匂いが強くなる。街道を少し歩き、川へ向かう獣道へ入ると、やがて木々の間から水の音が聞こえてきた。


湿った空気が肌に触れる。


川沿いの森だった。


地面は柔らかく、ところどころに泥が残っている。足を踏み入れた瞬間、ダインが足を止めた。


しゃがみ込み、地面を見る。


「……多いな」


レイナが覗き込む。


「足跡ですか?」


ダインが頷く。


「魔物の跡だ」


泥の上には複数の這い跡や爪跡が重なっていた。普通ならここまで重なることはない。


ガルドも周囲を見渡す。


「この辺りは、普段はもう少し静かなんだがな」


マリナが言う。


「縄張り争いでしょうか」


ガルドは少し考えたが、首を振った。


「それだけじゃない気がする」


ユウトは地面の跡を見て言う。


「大きいですね」


爪跡が深い。


体重の重い魔物の痕跡だ。


ガルドが言う。


「川鎧蜥蜴だろう」


川沿いに住む大型の爬虫類型魔物だ。鱗が硬く、普通の刃では浅くしか通らない。だが動きはそれほど速くない。


「行くぞ」


五人は森の奥へ進む。


しばらく歩いたところで、草むらが揺れた。


ユウトが言う。


「前です」


黒い影が出てくる。


泥に濡れた鱗、平たい頭、太い尾。


川鎧蜥蜴だった。


マリナの声がすぐに飛ぶ。


「正面はダインさん!」


「ガルドさん、目を!」


「黒崎くん横から!」


戦闘は短かった。


ダインが前で止め、ガルドの矢が目元をかすめ、レイナの水魔法が足場を崩す。そこへユウトの刃が入る。


一体目が倒れた。


だがすぐに草が揺れる。


二体目。


さらに奥から三体目。


レイナが言う。


「たくさんいますね」


ダインが頷く。


「普段より多いな」


三体とも倒すのに、それほど時間はかからなかった。


だが終わったあと、森は妙に静かだった。


川の音だけが聞こえる。


ガルドが地面を見る。


「……押し出されてるのか?」


マリナが聞く。


「何に?」


ガルドは答えなかった。


その時だった。


ユウトが立ち止まる。


「……待ってください」


全員が振り向く。


ユウトは川の奥を見ていた。


「大きいのがいます」


ダインが聞く。


「どれくらいだ」


ユウトは少し考えてから答えた。


「今まで見た魔物より、ずっと大きいです」


その瞬間。


森の奥で木が揺れた。


一本の木がゆっくり倒れる。


押し倒されるように。


次の瞬間、川岸の影から巨大な胴体が現れた。


黒い鱗。


丸太より遥かに太い胴。


それが森の中でうねる。


レイナの声が震えた。


「……蛇?」


ダインが言う。


「いや」


「化け物だ」


巨大な頭が持ち上がる。


その口が開いた。


顎の片側が耳元まで裂けている。


ガルドの目が細くなる。


「……裂け顎だ」


その名が落ちた瞬間、森の空気がわずかに張りつめた。


レイナが小さく息を呑む。


「知ってるんですか?」


ガルドは巨大な蛇から目を離さない。


「ああ」


「あいつはこの川の主だ」



黒い巨体がゆっくりと動く。


川の泥を押し分けるようにして、巨大な蛇が体を引き上げていく。近くの草が押し倒され、枝が軋む音が響いた。


近くで見ると、その顎の形は普通ではなかった。


右側の顎が深く裂け、口元の形が大きく歪んでいる。古い傷跡らしく、鱗の並びがそこだけ乱れていた。


マリナが小さく言う。


「それで……裂け顎」


ガルドが頷く。


「昔の討伐隊がつけた傷だって話だ」


ダインが言う。


「噂は聞いていた」


「この川に人喰いの大蛇がいるとな」


レイナが振り向く。


「ダインさんも知ってるんですか?」


ダインは首を横に振る。


「名前だけだ」


「実物を見るのは初めてだ」


ガルドが続けた。


「あいつには懸賞金が付いてる」


レイナが言う。


「懸賞金……」


ガルドは静かに続けた。


「あいつに喰われた人間は百人近い」


マリナが眉を寄せる。


「そんなに……」


ダインが補足する。


「だが討伐は成功していない」


レイナが聞く。


「どうしてです?」


ガルドは川を見る。


「あいつは水に潜る」


ダインが続ける。


「しかも」


「一度潜ると一週間は出てこないらしい」


マリナが呟く。


「一週間も……」


裂け顎はゆっくりと頭を動かす。


黄色い目が細くなり、空気を探るように舌が揺れた。


その時だった。


ユウトが言った。


「……待ってください」


全員がそちらを見る。


ユウトの視線は裂け顎に向いていた。


「あの魔物から、人の反応があります」


一瞬、全員が黙った。


レイナが言う。


「え?」


ユウトははっきり言った。


「女性です」


「まだ生きてます」


マリナが目を凝らす。


裂け顎の口元の端。


そこに、垂れ下がった腕が見えた。


鎧に覆われた腕だった。


人だった。


完全には飲み込まれていない。


マリナの声が低くなる。


「まだ間に合う……?」


ユウトは頷く。


「助けられます」


ガルドとダインが目を合わせる。


判断はすぐだった。


ガルドが言う。


「助ける」


ダインが盾を構える。


「時間がない」


マリナも頷いた。


「黒崎くん、位置は?」


「胸の手前あたりです」


ユウトは迷いなく答えた。


「まだ奥までは行ってません」


裂け顎の頭がゆっくりこちらを向く。


巨大な体がわずかにうねる。


森の枝が擦れ合い、低い音が広がった。


ガルドが剣を抜く。


「だが」


低く言う。


「逃がすわけにもいかん」


ダインが頷く。


「潜られたら終わりだ」


マリナの目が鋭くなる。


「救出優先」


「必ず助けます」


レイナも頷いた。


怖くないわけではない。


だが退かない。


ガルドが短く指示を出す。


「ダイン、正面」


「レイナ、視界を潰せ」


「先生、動きを読む」


最後にユウトを見る。


「ユウト」


「まず助ける」


「そのあと仕留める」


ユウトは頷いた。


「はい」


その瞬間。


裂け顎が動いた。


巨体とは思えない速さで、黒い塊が地面を滑る。


泥が弾けた。


巨大な口が開く。


戦闘が始まった。



裂け顎は、巨体に似合わぬ速さで前へ出た。


黒い塊が地面を滑る。泥が跳ね、伏せていた草がまとめて倒れる。大きすぎる体が動いているのに、足音の代わりに聞こえるのは鱗が地面を擦る重い音だった。


ダインが前へ出る。


盾を構える。


裂け顎の頭が横へ振られた。


衝撃が森に響く。


地面が鳴り、足元の泥が大きくえぐれた。ダインの足が半歩ほど沈む。それでも体勢は崩れない。両足を踏み込み、真正面から押し返す。


「今だ!」


ガルドの矢が走る。


狙いは目ではない。


顔のすぐ横をかすめる軌道だった。


裂け顎の意識がわずかに流れる。


その隙へ、レイナの水魔法が叩きつけられた。


大量の水が巻き上がり、巨大な顔へ当たる。その衝撃で裂け顎の動きが一瞬だけ乱れた。


マリナの声が飛ぶ。


「黒崎くん!」


「はい!」


ユウトが走る。


ぬかるんだ地面を蹴り、裂け顎の横へ回り込む。近くで見ると、その鱗はさらに大きい。一枚一枚が厚く、刃を弾きそうな硬さを感じさせた。


口元へ近づく。


裂けた顎の一番端。


そこから腕が力なく垂れ下がっている。


だが指先はまだかすかに動いている。


ユウトはその腕を掴んだ。


「引きます!」


だが、まったく動かない。


裂け顎は体をくねらせ、奥へ押し込むように動いた。


ユウトは予備のナイフを抜いた。


狙ったのは、裂け顎の顎の古傷の近くだった。鱗の並びが乱れている場所へ、出来るだけ深くねじり込む。


蛇の頭が大きく揺れた。


ダインが押し返す。


「今だ、引け!」


ユウトは力を込める。


女の体が少しだけ動いた。


もう少し。


その時だった。


裂け顎の尾が大きく振られる。


太い木が一本、途中からへし折れた。


レイナが叫ぶ。


「来ます!」


マリナの声が続く。


「ダインさん、半歩左!」


ダインが動く。


尾の直撃を外す。


代わりに泥と折れた枝が雨のように降った。


ユウトは歯を食いしばる。


牙が食い込んでいるのか、筋肉で押さえつけられているのか。


女性は全く動かない。


このままでは引き抜ききれない。


「……無理です!動きません!」


ガルドが言う。


「ちっ、先に仕留めるぞ」


裂け顎は大きく体をうねらせていた。


暴れた時に岩にでもぶつけたのか。


腹の一部にも傷ができている。


そこだけが、この巨大な魔物に対して人の攻撃が通る場所だった。


ダインが言う。


「ここで終わらせる」


レイナが息を整える。


マリナが周囲を見て、すぐに次の指示を出した。


「レイナ、足場を崩して」


「ガルドさん、傷を広げてください」


「ダインさんは頭を止めて」


最後にユウトを見る。


「黒崎くん」


「次で決めるわよ」


「はい!」


巨大な蛇もこちらを見ていた。


黄色い目が細くなる。


そして、巨体が再び動いた。



裂け顎の巨体が大きくうねった。


その動きだけで、周囲の草木がまとめて揺れる。湿った土が押し流され、川沿いの地面に深い跡が刻まれた。


ダインが盾を構え直す。


巨大な頭がゆっくりと持ち上がる。その動きは遅く見えるのに、実際には一瞬で距離を詰めてくる速さを持っている。


「来るわよ」


マリナの短い声。


裂け顎が前へ滑る。


頭が振られ、太い幹ほどもある顎がダインへ迫った。


盾がぶつかる。


重い衝撃が森に響いた。


ダインの足が地面へめり込み、泥が横へ押し出される。それでも体勢は崩れない。全身で押し返し、巨体の動きを止める。


「ガルド!」


「分かってる!」


弓はすでに引き絞られていた。


放たれた矢が裂け顎の顔をかすめる。狙いは深く通すことではない。視界を乱すための射だった。


その瞬間。


「今!」


マリナの声に合わせて、レイナの水魔法が走る。


大量の水が持ち上がり、裂け顎の足元へ叩きつけられた。泥が崩れ、巨大な体の一部がわずかに沈む。


ほんのわずかな揺らぎ。


だが、それで十分だった。


ガルドが踏み込む。


剣が振り下ろされる。


狙うのは、先ほど作られた腹の傷だった。


刃がそこへ深く入る。


裂け顎が体をよじった。


地面を押し流すような力が広がる。周囲の枝が揺れ、川面が波立った。


ダインが踏み込み直す。


「逃がすな!」


盾を押し出す。


裂け顎の頭を横へ押し戻す。潜ろうとする動きが一瞬だけ止まる。


その間に。


「黒崎くん!」


マリナの声が飛ぶ。


「はい!」


ユウトが走った。


巨大な体の横へ回り込む。腹の傷は、今ならはっきり見える。黒い鱗の隙間が広がり、その奥がわずかに露出していた。


だが普通の刃では届かない。


厚い筋肉が邪魔をしている。


ユウトは迷わず手を伸ばした。


傷口へ触れる。


その瞬間、無限収納が働いた。


内部の一部が消える。


裂け顎の体が大きく震えた。


ガルドが言う。


「効いてる!」


ユウトはさらに踏み込む。


もう一度触れる。


収納が働く。


巨大な体が大きくうねり、地面へ重い音を立てた。


ダインが押し込む。


「今だ!」


ガルドの剣が再び振り下ろされる。


傷口がさらに広がる。


レイナの水魔法が、泥を崩しながら裂け顎の体勢を崩す。


そして。


ユウトが最後に手を伸ばした。


触れる。


無限収納が働く。


裂け顎の巨体が、大きく揺れた。


長い体が地面へ崩れる。


枝が折れ、泥が跳ねる。


数秒の沈黙。


やがて巨体は完全に動きを止めた。


森が静まり返る。


風の音だけが残った。


ガルドが息を吐く。


「……終わったな」


ダインが盾を下ろす。


「川の主、討伐完了だ」


レイナがようやく息を抜く。


「本当に……倒しましたね」


マリナはユウトを見る。


「黒崎くん」


ユウトが振り向く。


「はい?」


「よくやったわ」


短い言葉だった。


だが、そこにははっきりとした安心があった。


その時。


倒れた裂け顎の体の奥から、かすかな音が聞こえた。


マリナが顔を上げる。


「……あ」


思い出す。


まだ救出が終わっていない。


ガルドが言う。


「急げ」


ダインが頷く。


「助け出すぞ」



倒れた裂け顎の巨体は、まるで小さな丘のようだった。


長い体が川沿いの地面を覆い、折れた枝や倒れた草がその下へ押し込まれている。先ほどまで暴れていたとは思えないほど、森は静かになっていた。


「急げ」


ガルドの声で全員が動いた。


ダインが裂け顎の体の横へ回り込み、盾で鱗を押さえる。巨体がわずかでも動けば危険だからだ。


ガルドは剣で鱗の隙間を探る。


「この辺りか?」


ユウトが頷く。


「はい」


マリナが言う。


「レイナ」


「水、お願い」


「分かりました」


レイナの魔法が動く。


魔法で生まれた水が裂け顎の体へ流され、泥と血を洗い流す。視界がはっきりする。


ガルドが言う。


「ここだ」


剣が入る。


だが深くは切らない。慎重に隙間を広げるだけだ。


ユウトが手を差し入れる。


すぐに腕に触れた。


冷たい。


だが、まだ動いている。


「います」


ゆっくりと引く。


重い。鎧が水を吸っている。


ガルドが手を貸した。


二人で慎重に引き上げる。


やがて女性の体が外へ出た。


泥と体液で濡れた鎧。髪は乱れ、顔色は悪い。


だが――


呼吸はある。


レイナがすぐに膝をついた。


「大丈夫」


回復魔法が静かに流れる。


淡い光が女性の体を包む。


しばらくして。


女性のまぶたがわずかに動いた。


「……う」


声が漏れる。


ガルドが腕を組む。


「運がいい」


ダインも言う。


「普通なら助からん」


女性はゆっくり目を開いた。


ぼんやりとした視線が動く。


そして。


巨大な蛇の死体を見た。


「……え」


理解するまで数秒かかった。


それから慌てて起き上がろうとする。


「待って」


レイナが肩を押さえた。


「まだ無理です」


女性は荒い息を吐きながら周囲を見る。


ガルド。

ダイン。

マリナ。

ユウト。

そして裂け顎の巨体。


「……倒したのか」


ガルドが答える。


「ああ」


女性はしばらく言葉を失った。


それから小さく笑った。


「そりゃ……すごいな」


レイナが言う。


「動けますか?」


「なんとか」


女性はゆっくり体を起こした。


ダインが聞く。


「ソロか?」


女性は苦笑する。


「そうだ」


ガルドが眉をひそめる。


「ずいぶん無茶をする」


女性は首を振る。


「仕方ないだろ」


少し空を見た。


「子どもを食わせなきゃいけない」


レイナが言う。


「子ども?」


「二人いる」


女性は答える。


「夫とは死別した」


「だから長く街を離れられないんだ」


女性はため息を吐いた。


「いつもの依頼だった」


「川沿いでの討伐」


「それが」


視線を落とす。


「魔物の動きが急に変わった」


ガルドとダインが顔を上げた。


女性は続ける。


「急に、川から逃げるように出てきた」


「普段見ない数の魔物が」


レイナが言う。


「逃げてきた?」


「そう」


女性は頷く。


「それで気づいた時には、こいつがいた」


裂け顎を見る。


「完全に運が無かった」


ガルドが低く言う。


「そうでもない」


「生きてる」


女性は苦笑した。


「確かにな」


しばらく沈黙が流れる。


それから女性がユウトたちを見た。


「礼を言う」


「助かった」


「ありがとう」


マリナが優しく言う。


「当然のことよ」


レイナも笑う。


「こう見えてもプロの冒険者ですから」


女性は少し考えたあと、言った。


「この蛇」


「どうする?」


ガルドはダインを見る。


ダインは裂け顎を見上げる。


巨大な死体。懸賞金付きの魔物。


普通なら街へ運ぶ。


だが。


ガルドは首を振った。


「持ち帰らない」


女性が驚く。


「……は?」


ダインが続ける。


「理由はある」


ガルドが言う。


「だが聞かない方がいい」


女性は数秒黙った。


それから笑った。


「分かった」


「冒険者の仁義ぐらいは知ってる」


それ以上は聞かなかった。


女性は立ち上がる。


まだ少し足取りは重いが、歩くことは出来そうだった。


「子どもたちが待ってる」


「今日は本当に助かった」


そう言って軽く手を上げる。


ガルドが短く答えた。


「ああ」


「気をつけて帰れよ」


女性は森の小道へ歩き出した。


やがて木々の間に姿が消える。


その足音も聞こえなくなったのを確認してから、ガルドがユウトを見る。


「収納出来るか」


「はい」


ユウトは裂け顎の鱗に手を置いた。


次の瞬間。


巨大な裂け顎の体が消えた。


そこに残ったのは、押し倒された草と深い跡だけだった。


レイナが目を丸くする。


「……やっぱりすごいですね」


ガルドが言う。


「よし」


「戻るぞ」


夕暮れの森を抜け、街へ戻る。


その後、ギルドでは依頼達成の報告だけを済ませた。


裂け顎の話は誰もしない。


それは五人だけの秘密だった。


夜の街を歩きながら、レイナがぽつりと言う。


「でも」


「ちょっと惜しかったですね」


ガルドが横目で見る。


「何がだ」


「裂け顎ですよ」


「懸賞金、すごかったんでしょう?」


ガルドは肩をすくめた。


「大丈夫だ」


「ユウトの見物人から見物料を取れば、あっという間に取り返せる」


ダインが続ける。


「それに恋愛相談とやらもある」


「なかなか繁盛しているらしい」


「ちょ、ちょっと!」


マリナが慌てる。


レイナが吹き出した。


「大人って汚いなぁ」


ガルドが胸を張る。


「これが冒険者の智慧だ」


ダインも頷く。


「正当な報酬だけだ」


ユウトだけが困った顔をしていた。


「……?」


夜の街の灯りの中へ、五人は歩いていく。


誰も知らない。


この街を長く脅かしていた川の主が、今日、静かに消えたことを。


そしてその功績を、彼らが表に出すつもりがないことも。


明日もまた、彼らはいつものようにギルドへ行き、依頼を受けて仕事をする。


ただ、それだけのことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ