第5話 王国騎士レオンの訓練が始まったので、とりあえず棒を選んでみました
翌朝。
宿舎の食堂には、まだ眠そうな生徒たちが集まっていた。
長い木のテーブルの上には、黒いパンと薄いスープ、それに少量の塩漬け肉が並んでいる。昨夜のメニューとほとんど変わらない朝食だった。
黒崎悠人はパンをちぎりながら小さく呟く。
「……硬い」
隣の桐谷玲奈が苦笑する。
「ね。石みたい」
向かいに座る橘真里奈がスープを飲みながら言った。
「栄養はありそうだけど、味は期待しない方が良さそうね」
玲奈が肩をすくめる。
「お風呂もあまり無いって聞きましたし」
この世界では、日本のように毎日湯に浸かる習慣は一般的ではないらしい。
昨日の説明を思い出しながら、悠人は改めて思う。
ーーーーー本当に異世界なんだな。
そのとき、食堂の扉が開いた。
鎧を着た騎士が顔を出す。
「食事が終わった者から準備しろ」
「騎士団が君たちの訓練を行う」
食堂がざわついた。
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朝食の後。
悠人たちは宿舎の部屋に戻っていた。
ベッドの上には服が置かれている。
王国から支給された服だった。
厚手のシャツ。
動きやすいズボン。
軽い革のベスト。
悠人は服を手に取る。
「訓練用か」
同室の相沢が笑う。
「完全にRPGだな」
二人は着替えた。
制服とは違うが、確かに動きやすそうだ。
悠人は腕を回してみる。
問題ない。
廊下に出ると、すでに多くの生徒が集まっていた。
「ちょっと冒険者みたいだな」
「まあ悪くないか」
そんな声が聞こえる。
その時、真里奈が部屋から出てきた。
いつも来ている教師用のスーツではなく、同じ支給服を来ている。
「みんな、着替えたわね」
真里奈が周囲を見回す。
「今日から訓練よ」
「私もまだ、状況を理解出来てないけど」
「この世界で生きていくために」
「がんばりましょう」
少し空気が引き締まった。
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宿舎の前の広場。
生徒たちは整列させられていた。
中央に立つ騎士が一歩前に出る。
三十代半ばほど。
短い黒髪。
日焼けした顔。
「オレはレオン・ヴァルグ」
「王国騎士団中隊長だ」
「お前たちの訓練を担当する」
レオンは生徒たちを見回した。
「この世界には魔物がいる」
「そして戦う力が無ければ死ぬ」
その言葉は淡々としていたが重かった。
その時、真里奈が一歩前に出る。
「私も訓練に参加します」
生徒たちが驚く。
「先生?」
レオンが真里奈を見る。
「教師か」
真里奈は真剣な顔で言った。
「生徒だけに任せるわけにはいきません」
少し沈黙。
レオンは頷いた。
「いいだろう」
「だが手加減はしない」
「望むところです」
真里奈は答えた。
レオンは言う。
「まずは武器からだ」
騎士たちが大きな木箱を運んでくる。
中には武器が並んでいた。
剣、槍、斧、棒。
「王国からの貸与品だ」
「好きなものをえらべ」
男子生徒たちが一斉に動く。
「やっぱ剣だろ」
相沢翔太が真っ先に剣を取った。
周りも次々と剣を選ぶ。
悠人は武器を見て考えた。
剣は重そうだ。
槍はかなり長く悠人の身長を超えている。
斧は扱いにくそうだ。
最後に残ったのは棒だった。
太くて頑丈な木の棒。
悠人はそれを手に取る。
「………棒?」
誰かが笑う。
「黒崎それ武器かよ」
悠人は肩をすくめた。
「扱いやすそうだから」
その時レオンが言った。
「クロサキ…」
少し言いにくそうに眉を動かす。
「いや、ユウトだな」
「この国ではその呼び方の方が通る」
悠人は少し驚いた。
名前を覚えられているとは思わなかったのだ。
「…わかりました」
レオンは相沢の剣を指さす。
「剣は簡単な武器じゃない」
「振ってみろ」
レオンが標的を示す。
相沢が剣を振る。
しかし当たらない。
もう一度振る。
今度は当たったが浅い。
レオンが言う。
「剣は重い」
「軌道がぶれる」
「リーチが短い」
「扱えない剣はただの鉄だ」
レオンが声を上げる。
「全員武器を構えろ!」
訓練が始まった。
まずは素振り。
剣を選んだ生徒たちはすぐにバテてしまう。
一方、悠人の棒は軽かった。
レオンが近付く。
「ユウト」
「はい」
「振るな」
悠人は止まる。
「棒は振り回す武器じゃない」
「基本は突きだ」
悠人は棒を前に突き出す。
レオンが頷く。
「それでいい」
そして続けた。
「ただし例外がある」
「乱戦だ」
レオンが棒を横に大きく振る。
ブンッ!
空気を切る音。
「囲まれたら振れ!」
「振って空間を作れ!」
「生き残るための場所を作れ!」
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午後は魔力訓練だった。
レオンが言う。
「魔力操作はこの世界の基本だ」
「これはスキルではない」
生徒たちが首をかしげる。
「魔力を身体に流す」
[肉体強化]
「武器に魔力を流す」
[武器強化]
騎士が実演する。
魔力を流した槍が淡く光り、木杭を簡単に砕いた。
生徒たちが息を呑む。
レオンは続けた。
「兵士なら誰でも出来る」
「だが訓練が必要だ」
そして最後に言った。
「覚えておけ」
「この世界に蘇生魔法は存在しない」
一瞬沈黙。
「死んだら終わりだ」
真里奈が静かに問う。
「生徒が死ぬ可能性もあるということですね」
レオンは頷いた。
「ある」
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その日から訓練は数日続いた。
武器訓練。
組み手。
魔力訓練。
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夕方。
レオンは部下と話していた。
「どうでしたか」
騎士が聞く。
レオンは少し考える。
「使えそうなのが二人いる」
「誰です?」
レオンは答えた。
「ユウト」
そしてもう一人。
「教師の女だ」
夕日を見ながら言う。
「覚悟が違う」




