第50話 五人パーティで討伐依頼を受けたら思ったより実入りのいい仕事だった件
共和国の冒険者ギルドは、昼間からいつも通り騒がしかった。
依頼掲示板の前では、紙を見比べながら難しい顔をしている冒険者たちがいて、奥の長机では、昼間だというのにもう酒を飲んでいる連中がいる。受付前では報告待ちの列ができていて、建物の中には革と鉄と酒と汗の匂いが混ざった、いかにも冒険者ギルドらしい空気が満ちていた。
ユウトたち五人も、その掲示板の前に立っていた。
採取、護衛、討伐、調査。
板いっぱいに並んだ依頼書を見上げながら、ユウトは腕を組む。
「討伐依頼、けっこう多いんですね」
隣でレイナが紙を覗き込みながら頷いた。
「この辺、森も畑も多いですからね。街の近くでも、魔物が出る場所は普通にあるんでしょうね」
マリナも一枚の依頼書を目で追いながら言う。
「共和国は王国と違って、こういう仕事がそのままギルドに回ってきやすいみたいね」
ガルドが短く頷いた。
「騎士団より冒険者だ」
ダインも続ける。
「この国じゃ普通だ」
掲示板には低難度の依頼も多い。
ゴブリン討伐。ウルフ討伐。街道沿いの間引き。畑荒らしの駆除。
ただ、ユウトたちは今、五人で動いている。
人数が多いということは、それだけ戦力に余裕があるということでもあるが、同時に報酬の分け前も薄くなるということだ。あまりにも安い依頼を選ぶと、危険度のわりに割に合わなくなる。
ガルドが掲示板を見たまま言う。
「五人なら、それなりの依頼を選んだ方がいい」
ダインも頷く。
「安い依頼は取り分が減る」
レイナが苦笑した。
「世知辛いですねえ」
「現実的ってことよ」
マリナがそう言って、ある一枚の紙に指を止めた。
「これなんて、どうかしら」
ユウトが横から覗き込む。
畑荒らし討伐依頼。
対象は、レッドボア。夜間に森から出てきて畑を荒らし、芋や麦を食い散らかしているらしい。肉は食用になるため素材価値も高く、牙や皮にも買い手が付くと書かれている。
さらに注意書きにはこうあった。
――基本的に人を積極的に襲うことはないが、飢えていれば子どもなどを襲うこともある。
レイナが依頼書を読み終え、小さく息をついた。
「怖いですね」
「野生の獣でも、腹が減れば何をするかわからないもの」
マリナが言う。
ガルドが依頼書の文面を見て頷いた。
「悪くない」
ダインも短く言う。
「報酬もそれなりだ」
ユウトは依頼書の金額を改めて見た。
採取依頼より明らかに高い。五人で分けても、十分に実入りがある額だ。しかも素材の買い取りも見込める。戦力的にも、五人なら過剰すぎず不足もない。
「これなら、いいですね」
ユウトが言うと、マリナも頷いた。
「危険度も高すぎないし、ちょうどいいわ」
レイナが笑う。
「決まりですね」
マリナが依頼書を取る。
「じゃあ、受理してくるわ」
受付に向かったマリナを見送りながら、ユウトは少しだけ肩を回した。
採取依頼で魔物と遭遇することはこれまでも何度もあった。ゴブリンもウルフも倒している。けれど、最初から討伐そのものを目的にする依頼は、また少し感覚が違う。
しばらくして戻ってきたマリナが言った。
「受けられたわ。街の北側の畑地帯、その奥の森に出ているそうよ」
「行きましょう」
ユウトがそう言うと、ガルドとダインが頷いた。
⸻
街を出ると、石畳はやがて土の道に変わり、その両側には畑が広がっていた。
麦、豆、根菜。
よく手入れされた畑が続き、その外れから先に森が広がっている。今回の依頼対象は、その森から夜になると出てきて畑を荒らすらしい。
依頼主の農夫は、畑の脇で待っていた。
日に焼けた顔に太い腕。年季の入った鍬を片手に、ユウトたちを見る。
「来てくれたか」
男はそう言って、畑の端へ案内した。
そこには、踏み荒らされた跡がはっきり残っていた。土は掘り返され、根菜は中途半端に食いちぎられ、柵も何本か折られている。
ユウトがしゃがみ込んで土を見る。
「けっこうひどいですね」
農夫が顔をしかめた。
「昨夜もやられた。最初は一頭だったんだがな、最近は増えた」
ガルドが足跡を見て言う。
「一頭じゃないな」
ダインも続く。
「複数だ」
農夫が頷いた。
「そうだ。でかいのが何頭かいる。昼は森の奥に引っ込んでるらしいが、夜になると出てきやがる」
マリナが訊ねた。
「人が襲われたことは?」
「今のところ大人はねえ」
農夫はそう答え、それから少し声を低くした。
「だが、隣の畑じゃ子どもが追いかけられたって話もある。飢えてくりゃ何するかわからん」
レイナの顔つきが少し引き締まる。
「それは放っておけませんね」
ガルドが頷いた。
「充分だな」
ダインも短く言う。
「森に入る」
農夫は何度も頭を下げた。
「頼む。何頭かでも仕留めてくれりゃ、しばらくは静かになるはずだ」
ユウトがその言葉を聞いて、少しだけ首を傾げる。
「それでいいんですか?」
ガルドが答えた。
「群れる魔物じゃない」
ダインも補足する。
「数を減らせば被害は減る」
なるほど、とユウトは思った。
全部狩り尽くすことが目的ではない。群れで動くタイプなら根絶を考える必要もあるが、縄張りの中に単独でいるタイプなら、数を減らすだけで十分な効果が出る。依頼の目的は農地被害を減らすことであって、森の魔物を一匹残らず消すことではない。
マリナが周囲を見回す。
「日が高いうちに見つけましょう。夕方以降に畑へ出やすくなるかもしれないけど、視界は悪くなるわ」
全員が頷き、森へ向かった。
⸻
森の中は静かだった。
風が枝葉を揺らし、遠くで鳥が鳴いている。人の手が入った畑地帯とは空気が違う。湿った土と草の匂い。木漏れ日。けれど、その静けさの中に、確かに魔物の気配が混じっていた。
ユウトは歩きながら完全鑑定を使う。
生き物の位置。魔力の反応。地形。
意識を向ければ、必要な情報が自然に浮かび上がる。
しばらくして、ユウトが足を止めた。
「います」
全員がその場で止まる。
ガルドが小声で聞く。
「距離は」
「ちょうど百メートルです」
レイナが目を丸くした。
「ちょうど?」
ユウトが頷く。
「はい。百メートルです」
完全鑑定で把握する距離は曖昧ではない。大まかではなく、かなり正確だ。
ダインが盾に手を置く。
「数は」
「今見える範囲では一頭です」
さらに意識を広げる。
「少し離れた位置に、もう一頭。さらにその奥にもう一頭います。全部で三頭です」
ガルドが低く言う。
「まず一頭目だな」
マリナが手短に指示を出す。
「ダインさんが正面で受ける。ガルドさんは横から削る。レイナは足を止めて。黒崎くんは私と一緒に機を見て入る」
ユウトは頷いた。
「わかりました」
ガルドがユウトを見る。
「相手の正面は硬い」
歩き出しながら続ける。
「頭も分厚い。狙うなら首の横だ」
「首の横」
ユウトが繰り返すと、ダインが短く言った。
「耳の下から肩の前」
「そこなら通る」
ガルドも頷く。
「突進してる時は難しい。ダインが受けた後に横へ回れ」
ユウトは剣の柄に手をかけた。武器屋の店先の樽に入れられていた安物の中古剣だ。
槍だけだと対応しにくい事もあるかと思い買っておいたのだ。中古なので刃こぼれが数ヶ所にあるが歪みは無く普通より少し分厚めに作られているのでまだ充分に使える。案外掘り出し物だったのかもしれない。
「わかりました」
レイナが小さく笑う。
「ユウトくん、がんばってくださいね」
その言い方に、ユウトも少し笑う。
「そのつもり」
これまでも戦ってきた。だが今回は、最初から討伐依頼だ。いつもより少し緊張する。
⸻
最初の一頭は、倒木のそばで土を掘っていた。
見た目はイノシシに似ている。だが一回り以上大きく、肩の筋肉の盛り上がり方も明らかに異様だ。毛並みは黒く、背には硬そうな毛が逆立っている。口元からかなり長い牙が伸びている。
ダインが前に出る。
気づいた魔物が頭を上げ、次の瞬間には突進してきた。
速い。
だが一直線だ。
ダインの盾が真正面からそれを受け止めた。重い衝突音。
「今!」
マリナの声。
レイナの水魔法が飛ぶ。足元の土が濡れ、魔物の体勢がわずかに乱れる。
ガルドの矢が首筋に刺さる。
ユウトはその横へ回り込んだ。
首の横。
耳の下、肩の前。
教えられた位置へ、ためらわず剣を突き込む。
分厚い肉の抵抗。だが刃は入る。
魔物が大きく首を振る。
ユウトはすぐに身を引く。
その瞬間に、ガルドの二本目の矢。レイナの二撃目。ダインの押し込み。
体勢を崩した魔物へ、ユウトはもう一度踏み込んだ。
同じ場所へ剣を深く通す。
魔物は数歩よろめき、そのまま地面に崩れ落ちた。
静かになる。
ダインが盾を下ろす。
「終わりだ」
ガルドが近づき、死体を確認する。
「悪くない」
レイナが笑う。
「すごく目立ちましたね、ユウトくん」
ユウトは息を整えながら言う。
「まだ一頭目だけどね」
マリナも頷いた。
「動きはよかったわ」
その言葉に、ユウトは少し肩の力を抜いた。
⸻
「これ、持って帰るんですよね」
レイナが死体を見下ろして言う。
ガルドが頷いた。
「討伐証明だ」
ダインも言う。
「肉はもちろん、皮や牙、骨も売れる」
ユウトが言った。
「収納しますね」
魔物に触れる。
死体が消える。
レイナが素直に感心した。
「やっぱり便利ですね」
ガルドが言う。
「収納スキルは役に立つ」
ダインも頷く。
「運搬が楽だ」
マリナが続ける。
「冒険者には珍しいけど、あると助かるわね」
ユウトは軽く笑う。
収納スキル持ちはそれなりに存在するそうだ。だが多いのは商人や運搬業。普通の収納スキルの容量は馬車一台分程度。時間停止はなく、保存状態も冷暗所レベル。
それでもこういう場面では十分便利だった。
ガルドが言う。
「商人の方が多いがな」
ダインが続ける。
「物流向きだ」
ユウトが頷く。
「確かに」
⸻
二頭目は少し離れた場所にいた。
ユウトが確認する。
「七十五メートル先です」
ガルドが小さく言う。
「近いな」
今度の個体はこちらに気づいた瞬間、逃げるように見せて向きを変えた。
「来る」
ダインが前に出る。
突進。
盾が受ける。
今度はユウトも最初から動いた。
正面はダイン。足止めはレイナ。削りはガルド。そこまでは同じ。だから自分は、空く位置へ最短で入る。
「黒崎くん、右!」
マリナの指示。
ユウトは右へ回る。
首の横。
今度は最初の一撃で深く入った。
魔物が暴れる。
だがガルドの矢がさらに刺さり、レイナの水弾が顔面を打ち、ダインの盾が押し込む。
二頭目も短時間で倒れた。
ユウトが剣を引き抜く。
レイナが言った。
「慣れてきましたね」
「まだ二頭目です」
そう返すと、ガルドが短く言う。
「それでいい」
ダインも頷いた。
「油断はするな」
収納。
二頭目も消える。
⸻
三頭目は少し離れていた。
ユウトが周囲を探る。
「百三十メートル先です」
ダインが聞く。
「まだやるか」
ガルドが周囲を見て、少しだけ息を整える。
「三頭で充分だろう」
レイナも小さく頷いた。
「この手の魔物って群れないんですよね?」
ガルドが答える。
「群れない」
ダインも続ける。
「数を減らせば被害は減る」
マリナが二人を見る。
「疲労は?」
「まだ平気だ」
「問題ない」
ベテラン二人の答えは短い。
だがその短さの中に、判断がある。
無理に森中を歩き回って狩り尽くす必要はない。依頼の目的は被害の軽減であって、無駄な消耗ではない。
ユウトは三頭目の位置を確認しながら言った。
「じゃあ、その一頭で終わりですね」
ガルドが頷く。
「ああ、充分だろう」
⸻
三頭目は沢に近い場所にいた。
今までの二頭より少し大きい。
レイナが顔をしかめる。
「一番でかいですね」
マリナが指示を出す。
「同じようにいくわ。でも、正面の圧は強いはず。ダインさん、無理ならすぐ下がって」
ダインが頷く。
「わかった」
戦闘が始まる。
やはり重かった。
突進を盾で受けた瞬間、ダインが半歩押し込まれる。
「重い」
ガルドの矢が飛ぶ。
肩に刺さる。
レイナの水魔法で足元が崩れる。
マリナが声を飛ばす。
「左に、黒崎くん!」
ユウトは左へ回り込む。
首の横を狙う。
だが一度目は浅かった。
魔物が首を振る。
牙がユウトの脇をかすめる。
「ユウトくん!」
レイナの声。
それでもユウトは下がらない。
魔物がダインへ意識を向け直す、その一瞬。
首の横が空いた。
今度は迷わず踏み込む。
深く、突き入れる。
手応え。
そこへガルドの矢。ダインの押し込み。レイナの水弾。
最後にユウトが剣を引き抜き、そのまま横へ薙ぐように斬り抜けた。
魔物は大きくよろめき、沢の手前で倒れた。
静寂。
ダインが盾を下ろす。
「終わった」
ガルドが息を整えながら言う。
「これで充分だろう」
マリナも頷いた。
「ええ。今日はここまでにしましょう」
マリナがユウトを見る。
「黒崎くん、怪我は?」
「大丈夫」
ユウトは短く答えた。
疲れはある。だが、まだ動ける。何より、今回は自分でもしっかり戦えたという実感があった。
収納。
三頭目も消える。
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ギルドへ戻ると、受付は少し驚いた顔をした。
「三頭ですか」
ユウトが収納から死体を取り出すと、受付の女性は手際よく確認に入った。牙、傷口、体格、毛並み。慣れた動きだ。
「確かに対象です。三頭分、受理します」
報酬が支払われる。
さらに素材の買い取り額も提示された。
ユウトが言う。
「肉も買い取るんですね」
受付が頷く。
「食用になりますから。鮮度が落ちていなければ結構いい値も付きます」
ガルドが横から言う。
「討伐の利益はそこだ」
ダインも続ける。
「皮、牙、肉」
「全部金になる」
レイナが報酬額を見て言った。
「思ったよりいいですね」
マリナも頷く。
「五人で分けても十分ね」
ユウトが笑う。
「悪くないですね」
ガルドが短く言う。
「上々だ」
ダインも頷いた。
「三頭で充分だったな」
レイナがユウトを見る。
「今日は大活躍でしたね、ユウトくん」
ユウトも笑った。
「そのつもりで戦ったからね」
マリナが言う。
「ええ、ちゃんと見てたわ」
それだけで、今日は充分だった。
⸻
ギルドを出ると、街は夕暮れに包まれていた。
屋台からは料理の匂いが漂い、人の流れも少しずつ酒場の方へ向かっている。
ユウトが言った。
「じゃあ今日は」
四人がユウトを見る。
「飲みに行きましょう」
レイナがすぐに言う。
「またですか」
マリナも言う。
「ほどほどにね」
ガルドが言う。
「いつもの店だな」
ダインが頷く。
「監視付きだ」
ユウトが首を傾げる。
「監視?」
レイナが即答する。
「ユウトくん一人で飲ませると危険なんで」
「そんなに?」
マリナが言う。
「そんなに」
ガルドも続ける。
「名物になる」
ダインも言った。
「確実に」
ユウトはしばらく考えてから聞いた。
「まだなってないですよね?」
三人が同時に言う。
「時間の問題」
ユウトはため息をついた。
「……そんなにですか」
レイナが笑う。
「そんなにです」
五人はそのまま、借家の近くにあるガルドのなじみの店へ向かった。
今日の仕事は上々だった。
実入りもよく、怪我もない。
だから少しくらい騒がしい夜になっても、きっと悪くはない。
もっとも――
その騒がしさの中心が誰になるのかについては、もう全員が分かっていた。




