第49話 前半 危険なスキルなので仲間に話すべきか真剣に相談した件
借家の居間には、夕方の柔らかい光が差し込んでいた。
窓の外では、住宅区らしい静かな物音がしている。
隣の家からは、ガルドの娘の笑い声がかすかに聞こえた。
宿屋にいた頃とは違う。
人の出入りも少ない。
騒がしさもない。
落ち着いて話をするには、ちょうどいい場所だった。
ユウトは木の椅子に腰掛けたまま、組んだ腕に少しだけ力を入れる。
向かいではマリナが湯を沸かしていた。
レイナは椅子の背もたれに腕を乗せ、何とはなしにユウトを見ている。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてレイナが先に言った。
「ユウトくん」
ユウトが顔を上げる。
「ん?」
「さっきから難しい顔してますよ」
ユウトは少し苦笑した。
「そんな顔してた?」
「してる」
レイナは即答した。
「そういう顔してる時って、だいたい大事な話なんですよね」
マリナも振り返る。
「どうしたの?」
ユウトは一度視線を落とした。
それから、小さく息を吐く。
「……ちょっと、相談したいことがあって」
レイナが足を止める。
「うん」
マリナも火から少し離れ、テーブルの方へ向き直った。
ユウトは言葉を選ぶように、ゆっくり言った。
「ダインさんとガルドさんのことなんだけど」
レイナ
「うん」
マリナ
「ええ」
ユウトは少しだけ間を置いてから言った。
「スキルのこと、話した方がいいんじゃないかって思ってる」
その一言で、部屋の空気が少し変わった。
レイナが背もたれから体を起こす。
マリナも、表情を引き締めた。
「……ついにその話?」
レイナが聞く。
ユウトは頷いた。
「うん」
マリナが静かに尋ねる。
「全部?」
ユウトは迷わず答えた。
「全部」
湯の沸く音だけが小さく響く。
しばらく誰も喋らなかった。
レイナが先に腕を組む。
「危ないのは分かってる?」
「分かってる」
ユウトはすぐに答えた。
マリナが言う。
「だから今まで言わなかったのよ」
「うん」
ユウトは頷く。
その返事は軽くなかった。
むしろ、それを分かった上で言っているのが伝わった。
マリナは椅子を引いて座った。
「じゃあ、まず整理しましょう」
「私たちが隠しているものは何か」
レイナが指を折る。
「まず、ユウトくんの収納」
「普通じゃない」
ユウトが小さく頷く。
「うん」
レイナ
「容量の話もそうだし」
「普通の収納じゃできないことが多すぎる」
マリナが続ける。
「それと鑑定」
ユウトは少しだけ顔をしかめた。
「まあ、そっちもだね」
マリナは真顔のまま言う。
「“そっちも”じゃないわ」
「むしろそっちの方が危険かもしれない」
レイナも頷く。
「見えすぎるんですよね」
「装備も、素材も、相手の状態も」
ユウトは苦笑する。
「便利なんだけどな」
「便利だから危ないのよ」
マリナは即答した。
そして少しだけ間を置いてから、さらに言う。
「あと、私たち三人が転移者ってこと」
その言葉で、空気がもう一段重くなる。
ユウトは視線をテーブルに落とした。
レイナがぽつりと言う。
「正直、これが一番面倒かもしれない」
マリナも同意する。
「ええ」
「スキルも危険だけど、転移者っていう事実そのものが面倒だわ」
ユウトは椅子の背に軽くもたれた。
「……やっぱりそう思うよな」
「当たり前です」
レイナが言った。
「だって、普通じゃないですもん」
「しかも普通じゃないってだけじゃなくて」
「珍しいし、目立つし、興味持たれますし」
マリナ
「利用したい人間も出てくるでしょうね」
ユウトはしばらく黙った。
今まで、その危険はずっと分かっていた。
だからこそ誰にも言わなかった。
収納のことも。
鑑定のことも。
転移者であることも。
街の人間に。
ギルドに。
依頼主に。
必要がない限り、見せないようにしてきた。
マリナが言う。
「だから今まで隠してきた」
「それは間違ってなかったと思うわ」
ユウト
「うん」
レイナが少し首を傾げる。
「でも、それでも話したいって思ったんですよね?」
ユウトは頷いた。
「思った」
「なんで?」
ユウトは少し考えてから言った。
「危険だから」
レイナ
「……うん?」
言葉が逆だったのか、少し不思議そうな声になる。
ユウトは続ける。
「危険なのは分かってる」
「でも」
「危険だからこそ、仲間には共有しておいた方がいいと思うんだ」
マリナは静かにユウトを見る。
ユウトは言葉を止めなかった。
「ダインさんとガルドさん、今はもう一緒に戦う相手だろ」
「なのに、俺たちが何を持ってるか知らないままだと」
「逆に危ない気がする」
レイナが腕を組んだまま言う。
「例えば?」
ユウトはすぐに答えた。
「判断だよ」
「戦闘中とか」
「何かあった時に、こっちができることを知らなかったら」
「助かるものも助からないかもしれない」
マリナの表情が少しだけ変わる。
その言葉は軽くなかった。
そして確かに、その通りでもあった。
ユウトは続ける。
「今までなんとかなってきたのは」
「たまたま上手くいったからかもしれない」
「でも、これから先もずっとそうとは限らない」
「特に、パーティとして動くなら」
レイナが小さく息を吐いた。
「……確かに」
マリナも頷く。
「それはあるわね」
しばらく、三人とも黙る。
窓の外から聞こえていた娘の笑い声も、いつの間にか止んでいた。
借家の中は静かだった。
その静けさの中で、マリナが言う。
「黒崎くん」
「うん」
「もし話したら、もう戻れないわよ」
ユウトは少し笑った。
「うん」
「知ってる」
「秘密を共有するって、そういうことでしょう」
マリナは目を細めた。
「そうね」
レイナが言う。
「だから、相手をちゃんと見ないと駄目ですよ」
「ええ」
マリナが頷く。
「そこは大事」
ユウトは二人を見た。
「じゃあ、二人はどう思う?」
まず答えたのはレイナだった。
「私は……」
少しだけ考える。
そして言った。
「ダインさんとガルドさんなら、大丈夫だと思う」
「理由は?」
ユウトが聞く。
レイナは指を折るようにして言った。
「まず、二人とも落ち着いてる」
「いきなり欲を出すタイプじゃない」
「それに、自分の力だけで何とかしようとする人でもない」
少し間を置いて、さらに続ける。
「あと」
「これが一番大きいですけど」
「仲間を軽く扱わない」
その言い方は、レイナらしくなかった。
冗談抜きで本気の評価だった。
ユウトは少しだけ驚く。
「そこまで見てたのか」
レイナ
「見てますよ」
「私は応援団長なので」
「何の?」
「色々です」
曖昧に言って、肩をすくめる。
マリナが小さく笑った。
それから、今度は自分の考えを言う。
「私も、同じ」
「二人とも、利益優先で動く人じゃない」
「少なくとも、目先の得だけで人を売るようなタイプじゃないわ」
ユウトは黙って聞いている。
マリナは続ける。
「ガルドさんは家族を持ってる」
「だからこそ、守るべきものがある人の判断をする」
「ダインさんは……」
少しだけ言葉を探した。
「ぶっきらぼうだけど」
「簡単な人じゃない」
「軽い気持ちで秘密を漏らす人には見えない」
ユウトはそれを聞いて、少し安心したように笑った。
「そっか」
レイナが言う。
「少なくとも」
「裏切るタイプじゃないと思います」
マリナも頷いた。
「ええ」
「私もそう思う」
それで十分だった。
ユウトは一度だけ視線を落とし、それからゆっくり言った。
「じゃあ」
「話そう」
レイナ
「うん」
マリナ
「ええ」
ユウトは続ける。
「でも、条件はつける」
レイナが言う。
「外では普通の収納スキルのまま」
「うん」
マリナ
「鑑定も外では使わない」
「必要最低限だけ」
ユウトは頷く。
「分かった」
レイナがさらに言う。
「転移者のことも外では言わない」
「当然」
マリナ
「それは絶対」
三人の視線が一度交わる。
レイナが小さく笑った。
「なんか、本当にパーティって感じですね」
ユウトも苦笑する。
「今さらかよ」
「今さらです」
マリナが立ち上がった。
「じゃあ呼びましょう」
ユウトも立つ。
「うん」
扉に手をかける前に、マリナが小さく言った。
「……黒崎くん」
ユウトが振り返る。
「なに?」
「私たちが賛成したのは」
「あなたが信じるって言ったからよ」
ユウトは少しだけ目を丸くした。
マリナは真っ直ぐ言う。
「そこを間違えないで」
「うん」
レイナも笑う。
「ユウトくんが信じるなら、私たちも乗る」
「そういう話です」
ユウトは少し照れたように笑った。
「ありがと」
それから扉を開けて外に出る。
夕方の風が少し涼しかった。
ガルドとダインを呼びに行くその足取りは、重いようでいて、不思議と迷いはなかった。
危険なのは分かっている。
でも、それでも話す。
仲間だからこそ。
その判断だった。




